34話 レムネア・レイメリア
やっと折り返し地点まで辿り着いた。ここが半分の予定。
「はーい、次のリーダーさんどうぞー?」
と、声が掛けられたものの。
あまりにも長時間待たされていた『神撃の軍団』の団長、ということになっていたタクミは、順番待ちの列の先頭にありながら、壁に寄りかかり完全に熟睡していた。
更に後ろで待つ男たちから肩をゆすられるが、タクミが目覚める気配はない。
業を煮やした誰かがタクミの尻を思い切り蹴り飛ばすことで、長身となったタクミは押される勢いにバランスを崩し、受付の狭い窓口に頭を叩きつける羽目になった。
「きゃああああっ?!?!」
「……んあっ?! うおぉ、痛くはないけどびっくりしたわ。あ、すんません寝ぼけました。『神撃の軍団』の団長でっす。
新規登録お願いしまーっす」
命名はタクミが三日三晩ほど悩んだ末に地球で読みかけのまま転生してしまった漫画と、大好きなアクション映画からそれぞれをもじったものである。
「団名は団長が命名するもの」という慣習があるらしかったことで全力で頭を捻ってみたものの、ネーミングセンスが皆無である事実に気づいただけだった。
タクミとしては、自分で命名しておきながら中二病全開で最初のうちは発言するたびに身悶えしていたのであるが。
王都までの馬車で約二週間の旅路を経ているうちに幾度も団長として他に名乗る機会があり、そのうちに慣れてしまっていた。
「んもうっ、驚かせないで下さいな。はい、王都アグアにようこそ。
ここは冒険者ギルド登録所……、今はもう事実上完全に傭兵団ギルドですね。で、ここで登録作業やってるシンディと申します。
以後の情報は責任もってギルドで処理しますね。
えーっと、はいはい、『神撃の軍団』さんですねー。団員は何名ですかー?」
「えっと、俺とティース姉とリュカと……、合計八人でよろしく」
「はいーっと。連絡の関係上団長さんだけギルドカード登録させて頂きますけど、冒険者カードはお持ちですか?」
手際良くぱたぱたと半透明石版状のタッチパネルに指を走らせながら、シンディは声の主に妙な既視感を感じていた。
「冒険者カード……、おお、そんなもん登録してたっけ。長いこと使ってないから完全に存在を忘れてたな。えーっと。ああ、あった。これっす」
「大丈夫ですよー、冒険者カードは一度作ったら失くしても再発行出来ますし、一生使えますから。
……はい、受け取りです、確かに。内容を複写させて頂きますねー。
……あらやだ、シーン発行ですね? 奇遇ですねえ、私、昨年までそちらの方で働いてたんですよー」
言いながら、シンディは裏返しで受け取った冒険者カードを表にひっくり返し、そこに書かれた数値を流し読みして、びきっ! と全身を硬直させた。
「ぜ……全数値カンスト……???」
さして大きな声ではなかったのだが、その言葉が聞こえたものか、受付と待合室を仕切る壁の向こうでもどよめきが広がるのが分かる。
一体、どんな大物が登録に訪れたというのか?
「いえっ、実は私、以前も全カンストカードを見たことがありまして?
創始者レムネアさまと、シーンで新規登録されたアメノウズメさまで。
これは三人目ですから、実はカンスト達成者って多いのかもしれませんね?」
どよめきを鎮めようとして、努めて明るく表にも聞こえるような大声で感想を述べたところ。
さらにどよめきが広がった、と思う間もなく、狭い窓口の小窓から突然、黒髪の頭部が飛び出して、シンディは更に悲鳴を上げた。
「もしかして、シーンの村の冒険者ギルドで受付やってたシンディさん!?」
「も、もしかして……、タクミくん?! まぁまぁ、大きくなっちゃって、もう大人ですね?! 皆さんお元気ですか??」
懐かしすぎる再会であった。
「後がつかえてんだよ早くしろ!」などと怒鳴られたため再会の挨拶もそこそこにシンディも通常業務に戻ることになったものの。
珍しい冒険者カードカンスト達成者ということで、タクミがギルドマスターに面会を求められた折りに旧知として同席することになり。
シンディのその日の登録業務は昼前には終了することになったのだった。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「いやぁー、お姉さんもうびっくりです。あんなに小さかったタクミくんが、こんな大人のかっこいい青年に成長しちゃうだなんて。いやー、お姉さんも歳取るわけですねー」
「全力でボケなくてもいいから。あれから二年も経ってないし、本来神器になったらそこから全く成長しないんだから。今の俺ってものすごく異常な存在なんだからね」
「あ、そうなんですか。いえ、私も受付業務担当して長いんですけど、実は神器や神使の登録を行ったのはタクミさんたちが初めてでして。
ものすごく珍しい体験した受付業務員ってこととか、その他の理由もあって栄転になりまして。
――それでここ、王都アグア本部に来たんですけど。でも、うーん、まさか着任して数ヶ月で戦争始まっちゃうとか、とほほーな感じですよー」
賓客として通されたギルドマスターの部屋で、なぜかギルドマスターが不在のため高級そうな茶菓子を前に豪華すぎるふかふかのソファに隣り合って座り。
落ち着かなさにそわそわと身動きしながら部屋の主を待つ二人だった。
「流通が止まっちゃったんで砂糖や塩が配給制になって、お菓子とかが店先から消えちゃったんですよねえー。ああん、残念」
「戦争ってまずそういうとこから不便になってくんだなあ。って、まあ、俺は戦争参加に来た感じになるんだけど」
「冒険者稼業続けるなら西方や北方の方が未開ダンジョンも多くて稼ぎやすかったんでしょうに、どうしてわざわざ開発が進んでる東方へ?
ここから南だともう冒険者ギルドの影響力ほとんどゼロですよ?」
「うーん、個人的事情ってか家庭の事情ってか、嫁になる子の大切なものを取り返す旅っつか。
――うるさい黙っておとなしくしてなさいっ後で構ってあげるからっ」
言葉の後半はシンディに向けられたものではないようだったが。軽く周囲を見回したものの、自分以外の誰かが居る様子もなく。
少々脳裏に疑問符を浮かべつつ、シンディはテーブルの上に乗せられていたクッキーのひとつに手を伸ばした。
「あっ! これちゃんと砂糖使ってますね?! ああん、チョコレートクッキーなんてもう食べられないと思ってましたぁ!
うわぁ、どこで入手出来たんだろうお砂糖ー」
「んー、それは戦争前に仕入れといた砂糖を使ったやつ。お気に召して頂き恐悦至極ん」
ゆらり、という表現が適切か。
突如無人と思われた執務室の執務テーブルの上の空間が陽炎のように揺らめいた、と思う間もなく。
そこに、まさしく唐突に、純白の白髪をポニーテールに束ねた、申し訳程度に胸を覆う程度の革鎧を身に着けた少女が出現した。
右手だけに白手袋を装着しているのが非常に目立つ。胸元から腹、背中にかけてが大きく露出した白地を基調にした、もはや防具とは言い難い軽装備を身に着けている。
――が。それによる劣情を覚えさせるような気配は無に等しく、ただ「元気娘!」という印象に集約されてしまうのは凹凸の少なさ故か。
「試すような真似してゴメンよ、ボク以外のステータスカンスト者って神族以外で見たことなかったからさー、珍しくって。
えっと、即戦力って期待していいのかなあ?」
「えーと。もしかして、レムネアさん? ギルドマスターの??」
返答に窮したタクミの言葉に、はっとした風のレムネア、と呼ばれた娘は口元を片手で押さえ、軽く舌を出して軽い勢いでテーブルから飛び降り、タクミの前まで歩み寄り。
「ゴメンー、そういえば自己紹介まだだったね。そう、ボクは冒険者ギルドマスターのレムネア・レイメリア。
でもたぶん、オキタ・タクミくんだっけ? キミにはこう言った方が分かりやすいと思うんだよね」
小気味よい動作で一度ぺこりと頭を下げたあと、中腰で頭を上げずにタクミに思い切り顔を寄せて一言、述べる。
「ボクは、武神タケミカヅチの神器。お仲間さんだね、タクミくん?」
その言葉を告げた瞬間、目の前に神速で突き出されたタクミの拳をレムネアははっしと瞬間的に片手で掴んだものの。
そのままその掴んだ手を更に逆の手で掴んだタクミが同時に掴まれた拳を思い切り開きつつ手首でレムネアの手首を関節技――擒拿術で極めたことにより応力を逃がすためにその場で体ごと半回転せざるを得ず。
しかしながらその回転力を利用してタクミを自身に引きつけタクミの体勢を崩すと同時に、タクミの顔面目掛けて空中姿勢からの膝蹴りを放った。
とっさにレムネアの腕を極めていた両手を離し拳の背を交差させてガードしたことで、タクミは半身での立ち姿勢、レムネアは瞬時にその場から柔らかい後転で離れ、お互いに戦闘姿勢で対峙することとなる。
「てめえ……、男神アマテラスの手先か?」
「ああん、やだなぁー、あんなキチ○イと一緒にされちゃ困るよー?」
「タケミカヅチは前の神族戦争んときに神国で戦ったって聞いてるぞ? そっち側じゃないのか?」
「神族戦争って、いつの話してるんだよー、900年も前だよあれ? 男神とはとっくに縁切ってるってば。
っていうか、今の男神はもうただの狂神で、どんどん孤立しまくってるからね?」
一瞬黙りこくったタクミだったが、『脳内で確認が済んだ』ものか、大きく息を吐いて構えた両拳を降ろして見せた。
それを見て、レムネアも両手を開いてぴらぴらと空手を振ってみせる。
「じゃあ、話し合いのテーブルに着いて貰ってイイ? あ、シンディは遠慮せずどんどんお菓子食べちゃっていいよ?
浄化前でボクそれ食べられないやつだから」
突然の事の成り行きについて行けなかったシンディは、手に持っていたクッキーがそのままだったことに気づき、対峙しているタクミとレムネアを交互に見比べたものの。
暫しの逡巡の後、レムネアに言われた通りにそれを口に収めた。
それで、一瞬のうちにその場を和ませたのは故意ではなかっただろうが、賞賛に値したかもしれなかった。
「じゃあ、本物のスパイを確認しに行こうよ? キミのパーティの調べはついちゃってるんだ、実は」
「……敵じゃない、ってのはひとまず信じるけど。スパイってのはシルフィンのことか?
エイネールで別れてそれっきりで音信不通なんだけど?」
「いやいや、忍者の人だよ。あの人もあんなに派手に王都で動いたらバレるの解ってたはずなのに、焦ってたのかなんか別の目的があったのか。
ボクの情報網が張ってあるのは解ってたはずなのに、盛大にかき回してったね」
「――もしかして。ライバックさんのことか?? オマエよりライバックさんの方が世話になってる期間長いんだから、喧嘩したいって言うんだったら買うぞ?」
再度拳を固めようとしたタクミを見やりつつ、軽く執務机に腰を乗せたレムネアは困った風に苦笑を浮かべつつ片手の拳で口元を隠した。
「いや、ボクらが本気で喧嘩したら、そこのシンディなんか最初の一発で跡形もなく消し飛んじゃうよ?
さっき言ったでしょ? ボクは『雷神タケミカヅチの神器』なんだよ?」
自分の名を呼ばれたシンディが、その発言の内容に慄き「ひっ?!」などと声を上げるのを苦々しく見下ろし、再度タクミは拳を下ろす。
「シンディさんを同席させたのも最初から計算づくか。可愛い外見に似合わず性格くっそ悪いなちくしょう」
「いやーん、可愛いとか言われたの何百年ぶりだろう。最近は『915歳のロリババア』なんて陰口叩かれてたからねー、素直に嬉しいよ。さて」
テーブルの上にまだまだ大量に残っているクッキーに歩み寄り、レムネアはそれを名残惜しそうにひとつ手に取ってしげしげと眺め倒した後、器に戻すと器全てをまとめて未だ身を震わせるシンディにまとめて差し出した。
「意図したわけじゃないんだけどー、人質みたいな使い方になっちゃってゴメンね?
自分ちの職員をそんな使い方しちゃうとか酷すぎだよねー、ボク反省ー。
……というわけで、このクッキーは全部シンディちゃんに進呈しちゃおうっ。――ボクの分まで頑張って味わって食べてね?」
押し付けられたクッキーの器を両手で受け取りながら、クッキーとレムネアを交互に視線往復させた後、シンディはがくがくと首肯して見せた。
「さてさて。たぶんシンディちゃんは緊張の限界が近いから。タクミくん、場所移そ?
シンディは後で特別勤労手当出すからね、期待しといて♪」
などと言い放ちつつレムネアは、優しい手つきでシンディを立ち上がらせ退室を促しつつ、その片手間にゲートを形成してタクミを誘った。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「あら。懐かしいですね、タケミカヅチの神器ですか。何百年ぶり?」
「ああーんクシナダねーさーん。会いたかったぁー。そして未だにボクの名前覚えてくれないのね、ボクさみしー。
結界張ってよろしく頂戴、内緒話ですう」
全員の待つ宿の室内に開いたゲートの出口を出るやいなや、目ざとくレムネアの正体に気づいたクシナダが声を掛けると同時に、レムネアはクシナダに縋り付きつつ必要事項を端的に述べた。
すぐにタキリたちが反応し、それぞれでラインを繋いで簡易結界を張って見せる。
「サヨリちゃんたちは初めましてかな、タケミカヅチの神器、レムネアですー。よろしくね?」
しかし、どうやら実は極度に人見知りする性質だったらしいサヨリはすぐに椅子で寛ぐクシナダの後ろに隠れ、タキリも物珍しそうにレムネアの方を覗いつつも、サヨリの後に続く。
残るタギツはと言うと、レムネアに続いてゲートから出てきたタクミに真っ先に駆け寄ってレムネアとの間に立ちはだかるように両手を広げてみせる。
「うわぁー嫌われまくりだ、ボクのピュアなハートは傷つきまくりだよ、くすんくすん」
「冗談はそろそろ終わりにして、本題に入れよ。内容によっちゃ、ここから生きて帰れないぜ?」
ゲートをくぐる以前に脳内のクルル経由で情報を伝えていたため、人間のティースとリュカはあらかじめ部屋から退出し、この女子部屋には残っていなかった。
ヒルコの神力をフルに利用出来るクルルの計算能力をもってすれば、ゲートを開く以前から行き先を判明させることなど造作もないことである。
「ありゃ? 人間の女の子がいるはずだったんだけどな。逃がしちゃった? そっちの情報網もなんだかすごいレベルに達してる気配だねえ。ウチに転職しない?
いやほんと、最近急に諜報員減っちゃってすごい苦労してんだよね、ボク。
ほら、どんだけ苦労してるかってギルドマスターなボク自身がこうして出てこなきゃいけないくらいの」
「時間稼ぎはもういいから本題に入れっての。神器だからって図に乗るなよ、封じる方法なんかいくらでもあるんだぜ?」
タクミが瞬速でレムネアの首元に突きつけた愛用の短剣を、にこにこと笑いながら突きつけられた当の本人であるレムネアは自身の右手の人差指と中指で挟んで遠ざけつつ。
はふぅ、とため息をついて、レムネアは安物のベッドに腰掛け、肩をすくめて見せた。
「んじゃ、ぶっちゃけちゃうけど。……ライバックはシルフィン・フェイの配下で盗賊ギルド員。
盗賊ギルド員同士は魔法でギルド員かどうか分かるギルドカードを持ってるんですぐ分かるんだな。
ライバックがボクに気づくはず、っていうのは、ボクが元盗賊ギルド員で『冒険者ギルド創立時から今までずっと生存してる』ってのは周知の事実なのに、平気でボクのお膝元な王都をうろちょろしてたから」
「でたらめ……、じゃないのか。クルルも現盗賊ギルド員なんだもんな。盗賊ギルドカードってどんなのなんだ? 見たことないんだが」
「フフッ、信じてくれたみたいで嬉しいよ。盗賊ギルドカードは生存中ずっと効いてる種類の人間自身にかかる『呪い』みたいなもので、実体はないんだ、実は。
効果はねえ、言って分かるかなあ、ギルドメンバーの名前と称号がここんとこに出るんだよ。まあ隠す方法もないわけじゃないけど、神族以外は無理だね」
タクミの質問に、レムネアは自分の頭の上付近をくるくると両手でろくろを回すように軽く囲んで見せた。
「頭の上に名前と称号……? なんだそりゃ、まるっきりネトゲじゃん。マジな話なのかそれ?」
「んー? ねとげ? っていうのが何かは分からないけど、タクミくんは異世界人なんだっけ。そっちにも同じような見え方する魔法があるのかな?
まあマジもマジで、初代盗賊ギルドの頃には既に導入されてたよ。
逆に言うと、それだから『盗賊ギルドからは足抜け出来ない』って不文律が出来ちゃったんだけどね。たぶんこれはオモイカネとかの仕業だと思うけど」
困ったもんだ、と腕組みしたレムネアは眉間に皺を寄せて呟いた。
「ライバックさんがスパイ、って話は信じられないな。それやってライバックさんに何の得が? 裏切れない弱みでもあったりするのか?」
「ライバックに弱みはないよ。むしろ、ライバックの目的とシルフィンの目的が合致した結果、って言ってもいい。
シルフィンの目的は最高の戦士と戦って死ぬことで、ライバックの目的は最高の資質を持つ戦士に自分の技術の全てを伝えること、だから」
ここまで調べるの結構苦労したんだよー、などとレムネアは心底疲れた、という風に顔をしかめて見せたが。一同の視線は愕然とした様子のタクミの表情に注目されていた。
「あと一個だけ信用して貰うために教えとこうか。シルフィン・フェイはボクの元仲間で、アゼリア王国や冒険者ギルドの創立に関わった一人でもある。
――そして、シルフィンたちが『狂ってしまった』のは、ボクにも責任の一端がある。
ボクを助けようとした仲間で、シルフィンの夫となるはずだった戦士を同じエルフ族の攻撃で失ったことで、シルフィンは精霊力を暴走させて壊れてしまった。
だから、もし、シルフィンの方に同情するならボクをどう料理してくれてもいい。……神器だから死ねないけどね」
「……それは、いつの話なんだ?」
「まだボクが人間の頃だから、900年くらい前だね。その前にも、神族戦争とかいろいろあって、世界は緩やかにどんどんと壊れて行ってる最中の出来事で。
今も、壊れてる途中なんだけどね。もう実体を残している神々は数えるほどしかいなくなってるし。
――おかしな話だよね、神々の楽園にしようとして作られた世界なのに、神々同士で争って実体を失って地上から去ってってるなんてさ」
自嘲気味に呟いたレムネアの言葉に、タクミは思い当たる節があった。
タクミが最初にこの世界にやって来たときに、それは男神アマテラスが話していた戯言に含まれていなかったか?
『最後のテスト、バイオスフィア』と。
「でも、クラさんはこの星を作ったのはアマテラスじゃない、って……」
「違うよ? 神々が作ったのはこの宇宙全体だもん。この宇宙全部がバイオスフィア10だよ。
キミが住んでた星も、ボクらが今生きてるこの星もバイオスフィアの中のひとつの星に過ぎない。
しかも、平行次元世界が56億7千万も用意されてたりして」
まあ、全部の宇宙を合わせると12個あるんだけどね、とレムネアは続けたが、タクミは男神の発言の虚実の混ざり具合に混乱に頭を振る。
『男神の言葉の九割は嘘だが、必ず一割の真実が混じる』と言ったのは誰だったか。
「何か男神に聞いてて混乱したかい? 男神はほんとに狂い始めて長いから、言ってる内容に整合性がないことの方が多いはずだよ。
騙そうとしてるわけじゃなくて『男神の頭の中でのみ辻褄が合ってる、男神にとってのみの真実』を語ってるから余計たちが悪いんだけど」
「……混乱しまくりだよ、二度しか会ったことないのにマジくそたち悪すぎだろ」
二度目はこんな身体にされちまって恨みしかないんだけどな、と自嘲気味に笑って、頭に手を当てて軽く頭を振ると話題を無理矢理に切り替えて切迫事項に引き戻した。
「――ライバックさんの目的がそれってことは、厳密に言えば敵対者じゃないってことだよな?」
「そうとも言えない。ライバックはときどき手紙でシルフィン宛の報告書をしたためてる。
盲点だったんだよねえー、念話全盛なこの時代に伝書鳩とか手紙とか超アナログな手段で何週間もかけて中継地経由しながら伝達するなんて。
南国境の開戦で手紙類も含む全部の物流移動が停止しなかったらたぶんボクは見つけられなかったね」
「ライバックさんの手紙がシルフィン宛に送られてるからって、なんでそれだけでスパイ認定なんだ?
そもそも、シルフィンの立ち位置が分からないだろ」
「いや、バリバリの敵方なんだな、これが。だって」
ひとつ言葉を切って、テーブルの上にあった菓子をひとつまみ。この部屋にある菓子は主にタキリたち用で、浄化済みの菓子なため神器でも食べられる。
「南国境で戦闘指揮取ってるのがシルフィン・フェイとシフォン・フェイの姉妹なんだもん。あのふたりは神国の軍団司令官でもあるからね?」
だから、フィーラス帝国と神国は繋がってるっていう証明にもなるね、というレムネアの言葉は既にタクミには届いていなかった。
代わりに、脱力したように壁に背をついてそのまま座り込む。
「いつかは対決することは解ってただろう? フープくんだっけ? あっちの子もやる気満々で西方で準備進めてたよ。
弟って扱いのキミがこんなところで立ち止まってていいのかい?」
まあ、心配しなくてもある程度の損害を与えるだけで、元々は他国軍だから帝国側が損害を気にして退却を選ぶだろう、とレムネアは推測を続けた。
「――ずいぶんと情報通なんだな、レムネアさんつったっけ。これだけ俺たちを引っ掻き回しといて、自分は高みの見物、なんて考えてないだろうな?」
「莫迦言うんじゃないよ。ボクがほんとにどれだけ苦労してるか解ってないね、キミ?」
憤慨した、という風にタクミに詰め寄る素振りを見せたレムネアに、タギツがきっ、とレムネアを真っ直ぐに睨みつけながらレムネアの進路を阻む。
「父上に害成すならばタギツは容赦しませんよっ?」
「タギツ。下がりなさい。父は話し合い中ですよ」
「母上、でも! この方は父上を責めて!」
「タギツ。二度は申しません。その方は敵ではありませんし、雷神タケミカヅチの神器。タギツでは敵いませんよ。
父から頂いた大切な身命を無駄に傷つけることはクシナダが許しませんし、父もお許しになりませんよ」
三童女の中でもタギツは群を抜いてタクミに懐く度合いが強かったが、この場では能力不足の感は否めず、目に涙を溜めながらレムネアの前の道を譲った。
毒気を抜かれた風でレムネアは肩を竦めて、床にへたり込んでいるタクミの前にしゃがみ込む。
「いい子じゃないか、あの気難しいって噂のタギツちゃんに懐かれるなんて、ここ数百年なかったことだよ?」
「……タギツたちのことも知ってんのか。ほんとに900歳なんだな」
「ロリババアとか言ったら死ぬより辛い目に合わせて100回殺す」
言わねえよ、それ言ったらウチのクルルなんてどうなるんだよ、と軽く答えて見せて。
タクミは差し出された手に自らの手を伸ばし、軽く引き上げられて自分の足で立ち上がった。
「あんたは、王国を守るために戦うんだな? そうだろ?」
「初代国王との誓約があるからね。ボクはこの身が砕け散ってもこの国を守り抜かなきゃならない理由がある。
――ほんとはシルフィンにもそれがあったんだけど、彼女は狂ってしまったからね。ボクが代わりにやらなきゃいけなくなって、苦労が数倍さ。
ああ、みんな先に向こうに行って苦労性なボクのこと指差して笑ってんだろうなあ、って思うとつくづく貧乏くじだって泣けてくるのさ」
口では茶化しながらも、その目の奥には真剣味が感じられて、タクミも気を引き締めた。
レムネアが900年の生命の全てを王国の平和のために捧げてきたという事実が伝わって来たからだ。
「もう聞き及んでると思うけど、『暗く重き渦』の副団長がわざわざシュラーデンくんだりまで出かけてたのは新人傭兵団集めのためさ。
……あそこだけじゃなくて、動ける傭兵団や騎士団にはみんな各地に出て貰ってるけど。
はっきり言えば戦闘員が足りなさすぎて、士気がガタ落ちなんで、もう少し前線の膠着が長引けば脱走兵や敵に寝返る裏切り者が出て来る。
そういう工作やるのに、ライバックは経験豊富すぎて、放置するとものすごくまずいことになる、ってのは解って貰えるかな?」
だから、ボクの立場的にはライバックを殺さないまでも拘束する必要がある、とレムネアは言葉を続ける。
事前にタクミたちにそれを伝えに来たのは、タクミたちと対決する意志はないことの証明でもある、と。
「ライバックさんのことは、任せるけど。なんつーか、なんでか分からないけど、あの人はたぶんどんなことしても俺のところに戻ってくるような気がしててさ。
自惚れってわけじゃないけど、まだ訓練っつか教習途中なんで、それ放り出して逃げるような人じゃないな、って。
『最強の戦士』つったらフープ兄のことだから、ほんとは俺なんかお呼びじゃないのかもしれないけど」
謙遜を交えながら話すタクミを、レムネアは茶化さず真剣な目で見つめ続けた。
「だから、もしそれが王国を守るために必要だ、って『王国の盾』を地でやってるあんたが判断するんだったら、俺はそれを止めないってか、止められない。
俺の目的はそこじゃないし、俺の前に立ち塞がってるわけじゃないから。ただ……」
言葉を選ぶように少し言葉を切って、逡巡の後に、続きを待ち続けているレムネアに対し更にタクミは続ける。
「ただ、もし、ライバックさんがスパイをやめて、俺の訓練に残りを費やす、っていうんだったら俺に会わせて欲しい。それだけをお願いしとく」
「わかった。ボクの名に掛けて約束する。――ただ、ライバックもシルフィンと並ぶくらいの強力な暗殺者だから、無傷で捕らえることは難しい、ってことは覚えといて欲しい」
不承不承ながら、タクミは重々しく頷いた。
他国の事情に首を突っ込むつもりはなかったが、事ここに至ればライバックと心中を選ぶ道を選択する気は最初からタクミにはない。
この場にいないリュカに相談なく決めることを申し訳なく思ったが、タクミの目的はタクミにとってはリュカやライバックの個人事情よりも優先されるからだ。
「ああ、あと、ひとつだけ俺からも情報がある。たぶん、こいつは――取り扱い要注意な情報なんだけど――あんたの役に立つし、南国境で使えると思う」
部屋の入口から去ろうとしていたレムネアに、タクミは声を掛ける。
何事かと振り返ったレムネアに、タクミは一言だけ質問を投げかけた。
「あんた、『銃』って見たことあるか?」




