33話 思いがけぬ再会
「ただいま戻りました。こちら、傭兵団『暗く重き渦』の副団長で。
……タクミどのの話をしたところ、お会いしたいとのことで王都からお連れしたのですが」
「タクミ? 本当にタクミ?? 大きくなったネ!?」
「レイリー兄ちゃん! えーっ、傭兵団って、なんで?? 大工の仕事は!?」
三ヶ月ぶりに戻ってきたライバックさんの紹介が終わるのも待たずに、俺は紹介されてたレイリー兄ちゃんと手を掴み合ってお互いに驚きまくっていた。
あ、レイリー兄ちゃんはシーンの村で冒険者やってたときの大工の親方の一団にいた大工さんの一人で、親方の右腕的存在だった兄ちゃんね。
歳もフープ兄とあんまり変わらないんで取っ付き易くて、俺もよく構って貰ってた。
「ああ、ボクら大工集団は元々アゼリア王国民出身の傭兵団だったのヨ。
親方が傭兵団を息子さんに譲って引退したときニ、ボクは親方に拾われて育てて貰った恩義あるカラ、傭兵団稼業じゃなくテ、足洗って大工を始めたんダネ」
片言の共通語が懐かしい。元々はものすごく東の端の出身なんだってね、レイリー兄ちゃん。まさか旅の途中で出会えるなんてなあ。
「タクミの方はどうカ? 変わりないカ? ものすごく背丈伸びていい男になったネ?」
ばしばし肩とか背中とか叩かれて、嬉しくなってにやにやしてたら同じくニヤニヤ顔なリュカにやーい、みたいな顔されてしまった。
うるせえな、重力魔法の師匠のひとりなんだから認められたら嬉しくもなるわっ。
「えっと、レイリー兄ちゃんの用事は俺に逢いに来ただけ? それなら、もっと魔法教わりたかったんだけど」
「ああ……、イヤ、それだけではなくてネ」
途端にレイリー兄ちゃんの顔が曇る。
うーん、そりゃそうだよな、それだけのために傭兵団の副団長が片道一か月以上もかけてこんな国土の西の端までやって来たりしないか。
「チョット、込み入った話になるのヨ。タクミ、続きは二人きりのトキにしよウ?」
人目を憚る、って感じの目線を感じたので、あんましいい話じゃないんだろうな、って予感が。
最前線に近いとこに居たんだろうから戦争の話とかかなあ。
「うん、解った。宿とかは決まってるの?」
「アー。まだ決めてないネ。安宿を取ろうと思ってたケド」
「じゃあ神殿に居たら? まだ全然部屋に余裕あるし」
だよね? と後ろを振り返ると、「投槍からハンパなく長い銃棍に持ち替えたルシリアとシーベルを従えたティース姉」がこくり、と頷くのが見えた。
――この話は長くなるのでまた後で。
「アア、それは助かるネ。でも大丈夫カ? お邪魔でないカ?」
「いや全然大丈夫! ていうか、いつまで居るの? 魔法とか技術とかまた教わりたいんだけど」
「ンー、一週間程度は居る予定だったカラ、合間なら大丈夫ヨ? タクミの方は真面目に神サマの修行してるノカ?」
くすくす笑いで頭撫でられて、苦笑を返す。真面目にやっちゃいるけど水準に届いてるかどうかは怪しいよなあ。
みんな修行自体は厳しいけど評価は甘々に言ってくれてるんだ、って自覚はあるし。
「うーん、びみょーかなあ? レイリー兄ちゃんの判断に任せるから、暇見て助言よろっ!」
と、目の端になんか「テロップみたいな文字列」が流れるのが見えて。
『タクミくんが甘えるのって最近じゃ珍しいですね、どうしてクルルには甘えてくれないんですか?』
……とか書いてあったので華麗にスルーした。
どうしても脳内音声で話しかけられると考え込む感じにシフトしちゃうんで、対策でこういう方法に変えたんだよね。
もちろん、ほんとにテロップがあるわけじゃなくて、クルルが視界を操作してそういう視覚効果を脳内で挟んでるだけなんだけどさ。
そうそう、クルルが合体してからこっち、ヒルコの神力使っていろんなこと実現する方法を全部一任しちゃってるんで。
視界や筋力や身体操作もほとんど健常者な肉体だった頃と同じってか、既に前世の肉体以上のことが出来ちゃうんだよね。
男神アマテラスの呪いが強力すぎて、手足の再生は出来なかったからちょっとサイズ調整した義手義足のままだけど。
でも、素材は神鉄に変更出来たから扱いは以前より格段に楽になったし。
今はクルルのサポートあるから偽物の手足だ、ってことをほとんど認識せずに自由に動かせるようになってるし。
まあ、スサノオに言わせればまだまだぬるいって話だけど、世界を破滅未遂した前科者の話は真面目に聞かずに置いといて。
それからはレイリー兄ちゃんがとりあえず馬に積んできた荷物取りに戻って、それから街の方で所用済ませて来る、って話になったんで、夜にまた再会することを約束して、レイリー兄ちゃんを神殿外門まで見送って別れた。
「ライバックさんの所用の方はどうでしたか?」
「目線が同じ高さになりましたな、良い体躯に育ちましたなあ。これは鍛え甲斐のある。
おっと、所用というか昔のコネなどを使って前線の方にも寄り道してみたのですが。芳しくないですな」
ライバックさんにも模擬戦申し込み済みなんだよね。そういえば対戦したことなかったな、って思って。
ライバックさんは主に隠密魔法重視で体術は苦手、って言ってたけど絶対謙遜だと思ってたり。
俺と殆ど互角に戦えるくらいまで成長してるリュカが、手も足も出ないまんま瞬殺される、ってぼやいてたもんな。
「うーん、王国が負ける、ってこと?」
「今の情勢で言うと断言はしませんが、厳しいでしょうなあ。
緒戦で虎の子の近衛師団の半数を失いましたから、熟練騎士が定数割れしてどこの前線でも帝国騎士の突進を止められずに敗退を続けているようでしてな。
……今は雨季に入りましたので双方で戦線が膠着しておりますが」
南部国境に近いアバートラム要塞が元々は沼地の上に築いた万里の長城みたいな城壁要塞だから、雨季になるとそこら中が沼地化して街道を外れられなくなるから守りやすくなるのが膠着状態の理由らしい。
「なんでわざわざ雨季に近い時期選んで戦争仕掛けて来たんだろうね、帝国って」
「解りかねますなあ。しかもアゼリア王国は小国で、攻めても帝国に旨味はないのですがな」
大陸公路からも外れておりますし、とライバックさんが言葉を続けて、一同全員がうーん? と疑問符。
大陸公路、ってのは初代の盗賊ギルドマスターが大陸全土に敷いた国道みたいなもんで、それでその初代マスターは流通と販路を支配して一代で成り上がった人らしい。
最初は元盗人の戯言、って思われてたのが、公路が出来たら補給・流通や軍の移動速度がめっちゃくちゃ高速化する=儲かりながら強くなる、って利点に気づいた各国がこぞって資金援助したもんで。
数年足らずで国境関係なしに大陸全土で全線接続・開通したんだとか。すごいこと考えつく人が居たもんだよね。もう亡くなってるらしいけど。
話が逸れた。
アゼリア王国内が公路の恩恵から外れてるのは、当時は鎖国政策中で外部との連絡を遮断してたのと、基本的に南の国境は鎖国状態で内海使った海路流通が基本だったから、ってことらしい。
「やっぱ、エイネールの件も含めて、盗賊ギルド――神国の手の上で踊らされてると思う?」
俺の疑問にみんな一様に頷く。だよねえ、エイネールを焼いたのはアゼリア王国の生命線潰したかったんだろうねえ。
おかげで船舶補給路が足りなくなったのと、戦争始まったせいで内海の貿易路が軒並み縮小傾向らしいし。
そりゃ、好き好んで戦争真っ最中の国に物資補給したくはないやな。
地図で見るとフィーラス帝国の方が圧倒的大国みたいだし、商人が様子見に入っちゃってんだろうな。
「雨季の間を兵糧攻め期間として利用しているのではないでしょうか?
戦いが長引くほど内需が粗末で備蓄が少ない王国の不利になりますし、緒戦で勝利しております上に大陸公路の恩恵がある帝国側は補給に余裕があるでしょうし」
クシナダさんの発言に、みんながはっとした感じになった。
「ああー、なるほど。雨季が終わるのはいつごろになるの?」
「だいたい一か月少々は続きますわね。農民の繁忙期でもあるので農民は大打撃ですわよ?
次年度以降の収穫にもモロに影響しますから、これから前線の兵隊さんたちが農作業に復帰出来ずに最前線に動員されたままですと……。
早ければ、今年の冬頃には餓死者が出て来るかもしれませんわね」
相変わらず俺の後ろできりっと立ったままなティース姉が一言。
後ろのルシリアとシーベルがほんとに微動だにしないまんま直立してるんだけど、マジでどうやって鍛え直したんだろう。
あれから紆余曲折を経てティース姉とクシナダさんの配下あんど専属護衛、って立ち位置に収まったんだよね、ヴァルキリア。
前衛やるほどの技量なかったし、比較的安全な後衛で「火力だけ見たら最強」なティース姉に預けてりゃひとまず安心って判断からだけど。
――守る対象の方が護衛より圧倒的に強いのはどうかなって気がしないでもない。
『歴史的に見たらそういう親衛隊も少なくないですし?』
――あ。うっかり話しかけてしまった。いやクルルとは夜中にたっぷり二人きりでお話しような。ベッドで。
『うにゃぁん、楽しみですぅ。――でもそっこー疲れて寝ちゃいますよねタクミくん?』
……全スルー。俺のスルー力は確実に向上中だ。
「いっそ帝国側についちゃって早期終結……、はダメなのね?」
女性陣が示し合わせたように両手でバツ、のサインして来た。
なんでか聞いたら、帝国ってもんのすごい男尊女卑社会で女性は道具扱い、獣人やエルフが奴隷扱いだかららしい。
やなこと聞いたな。女系集団なウチの子たちは絶対ダメじゃん。
「うーん。八方塞がりだなあ。北の山脈国境もどうせ封鎖されてるんでしょ?」
脳内地図を見ながらいろいろ考えてみてたら、ティース姉とかライバックさんが目を丸めて俺を見て来るんだけど。
「タクミさん、アゼリア王国は初めてですわよね? 地理に詳しすぎませんか?」
「王国は小国故、地図自体が軍事機密で詳細地図は出回っておりませんぞ? いや驚いた。私の情報より詳細です」
――え? そうなの??
『確か日本でも日本地図盗み出そうとして国外追放になったオランダ人が居ましたねー。
現代日本だと人工衛星ありますから秘密にする意味がなかったですけど、気象とか地理とかは普通国家機密ですよっ?』
――へー、そうなのか。でも話しづらいからクルル、俺の代わりに地図書いちゃって?
『むむっ。タクミくんに頼られるクルル、頑張りますっ!』
そう。合体してこういう真似が出来るようになったのがかなり利点。
何やってんのかって、身体の一部の操作権をクルルに渡してプリンタみたいに正確に図面とか描けるようになったんだよな。
何度見ても自分の腕が自動で動いて図面引いてるのは違和感あるけどさ。
「これが、アゼリア王国周辺の地図ですか……。これほど正確な地図は初めて見ますわね」
「この地図が帝国に渡ると大変なことになりますな。都市と街道と地形の位置関係が正確すぎますし」
「大雑把な感じならすぐ描けるから、この図はここで破棄しよう。持ち歩くと危なそうだしね」
で。結論。もういっそ傭兵団に参加して前線出て勝たせた方が早いんじゃねーの的脳内筋肉論法。
経済戦とか兵糧補給術とか、どう考えても俺ら向きじゃないんだもん。とにかく勝てば国境封鎖解けるんでしょ? 的な。
まさかここが分水嶺になるとは、後から考えたら全然思いもよらなかったんだけどさ。
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「アー、チョット遅くなっちゃったネ、ごめんネタクミ」
徒歩でそんなに多いとも言えない荷物担いで一人でレイリー兄ちゃんがもう一度神殿にやって来たのはそろそろ月が真上にかかろうかって時間帯で。
「街でチョット聞いたケド、神殿って男子禁制じゃないノカ? 大丈夫カ?」
「うん大丈夫、心配ないよ。男子禁制なのは奥殿だけで、周りは基本どこでも歩けるし」
タキリたちやツクヨミさんの寝室がある奥殿と、ヴァルキリアの女子寮になってる奥殿詰め所周辺だけ男子禁制なんだよね。
今、俺ら男子軍――つっても俺とライバックさんしか居ないけど――が居るのは正規騎士団が使ってた中庭詰め所で、本来は六十人くらいが入ってたってことなんですんげえ広々と空いてる。
「ライバックさんはまた留守カ。あの人よく街で情報収集してるネ。本職は諜報活動かもネ?」
「ああ、そうなのかも? 元は忍者の副首領って話だし」
軽く答えたら、ものすごいびびったよ! って顔になったレイリー兄ちゃんが。
「アー、タクミ、その話は他ではしない方がいいネ? 忍者は普通、暗殺者と同じ扱いで物凄く怖がられてるネ?
忍者伝説もたくさんあるくらいデ、恐怖心の方が勝るからネ?」
「え、そうなんだ? 女の子の忍者も奥に居るんだよここ」
「ウヒッ?! お、女の忍者は毒殺が得意と言われてるネ? ここの食事は大丈夫かネ??」
リュカって食事作れたっけ。ていうかティース姉もリュカも乾燥食や保存食焼く程度で、食材加工してるとこ見たことないぞ?
もしかして自炊出来ないんじゃないか??
「食事は可愛い幼女が作ってくれるから問題ないよー? 子供の神様なんだけど、もう寝入っちゃってるんで明日以降紹介するよ」
「ソウカ、安心、あと楽しみネ。じゃあタクミ、ちょうど二人きりだし、話いいかネ?」
――そうか。昼間もその話したがってたっけ。クルルー、一応念のため防音結界張ってくれる?
クルルちゃんにお任せあれ! とかいう返事と共に、真空二重窓原理な防音結界が張られる様子を確認して、レイリー兄ちゃんに向き直る。
「いちおー防音結界張っといた。……やっぱ親方絡み?」
「――タクミ察しいいネ。うん、ソウ、親方絡みネ。今のボクが居る傭兵団『暗く重き渦』の団長は親方の息子、っていうのは昼間に話したネ?」
親方の顔を思い出して、ちょっと心痛。
ちょうど俺が重傷で寝たきりだった時期に亡くなったんで、死に顔も拝めなかったし葬儀にも出られなかったしで申し訳無さがいっぱいで。
「それがチョット問題になっててネ。何がどう間違ったのカ、『親方が死んだのはタクミのせい』って感じで話が伝わってしまってるネ。
ボクは親方の二人目の息子、みたいにタクミのコトを思ってるカラ、誤解を解きたいんだケドネ?」
「あ、でも……、俺の敵が親方を狙ったんだったら、巡り巡って俺のせいで、って理解も間違ってはないかも……」
「違うネ! 親方を殺したのがタクミの敵ナラ、それは親方の敵でありボクらの敵ネ!」
俯きかけた俺の両肩を掴んで、レイリー兄ちゃんが強く言って来た。
「もしそれでボクらがタクミを付け狙うような形にされたラ、それはタクミの敵の思い通りに使われルってことネ!?
そっちの方が悔しいじゃナイカ?」
……そういう考え方もあるのか。ちょっと申し訳なさすぎて泣けて来てたんだけど。クルルが全身でそっと抱き締めてくる感覚だけが熱で感じられる。
「ウーン、タクミ、背は伸びたけど泣き虫なのは相変わらずネ? 大丈夫、お兄ちゃんはみんなに黙っててあげるからネ?」
「……うん。じゃあ、やっぱレイリー兄ちゃんと一緒に王都に移動した方がいいのかな? レイリー兄ちゃんの傭兵団ってそっちに居るんだっけ?」
「アバートラムが民間人立入禁止で避難民が街道に溢れてるカラ、今は王都の中もごちゃごちゃになってるネ。
もしタクミたちにその気があるナラ、傭兵団登録した方が自由に動けるヨ?
タクミたちはいずれアバートラムの南街道に抜けたいんでショ?」
ライバックさん情報でそういう話が伝わってたみたいで。こっちの方でもそういう話になってた、って伝えたら一緒に戦えることを喜んでたけど。
俺らの最大最強戦闘力持ちがティース姉とクシナダさんっていう女性二人な事実にはめちゃくちゃ驚いてた。ふつー、傭兵団に女性は居ないそうな。
まあ俺らの場合はどうにでもなるでしょ。半分以上神様な傭兵団はたぶん世界初だと思うし。
最初で最後、の例になるといいんだけどね。
神々が戦争に関わるとろくなことにならない、みたいなこと言ってたクラさんたちの言葉が思い出されてさ。
とりあえず、それで内緒話は終わり、ってことで、あとは夜遅くまでレイリー兄ちゃんと思い出話に花を咲かせた。




