02話 魔法を使ってみたかった
「確か、アメノウズメって言えば天の岩戸開きのときに全裸で裸踊りかましてアマテラスの気を惹いたっていう伝説の痴女神……」
「そうだけどそうじゃないっ!! あれはタヂカラオがお供えにマタタビとか混ぜるからっ!!!!」
「脱ぎ癖……あるんですね?」
「ぅぅっ――ハイ……、身体中熱くなってっ、脱いでしまうのでするっ」
「クルルは禁酒決定な。俺の目の届く範囲じゃ絶対に飲ませないから」
「はぅっ、お酒は割りと大丈夫なんでっ。マタタビがダメなんですよっ。そこんとこはどうか見逃してっ」
「ダメ」
「がーんっ」
俺の魂の回復に3日ほど掛かって、その間にアメノウズメことクルルは甲斐甲斐しくベッドに寝たきりになっちまった俺の身の回りの世話(つっても食事も排泄も必要のないこの身体じゃたまに身体を拭く程度だが)をしてくれていた。
そんなこんなで会話するうちに気安くなって先程の会話に至る。
なぜか俺が日本書紀や古事記に出てくるような超有名神より上位になってるけど気のせいだ。
三日もあれば説明って説明はだいたい終わってるわけで、聞いた話としてはこんな感じだ。
ここは確かに地球とは全く別の惑星で、原住民は「アトラス」って呼んでる。
神々の識別番号としてはバイオスフィア10、という位置づけ。
元々45億年前に10個の惑星をそれぞれあの男――アマテラスが生命創造も含めた「趣味の一環」で始めた遊びが始まり、ってことらしい。
趣味がバイオスフィアとはまた高尚すぎる。規模は桁違いすぎるが。
で。究極の目的としては「文明を与えたバイオスフィアの中から新しい神が生まれ出るかどうか」という実験を兼ねているそうだ。
今までは原住民の自主性に任せてあの男自身は殆ど手出しせずに、配下に任せっきりで最後の最後まで見守っていたが。
何故か理由は判らないが、文明を与えると必ず同種族間で争いを起こして最後は必ず自滅してしまうらしい。
……あの日は地球最後の日だったってわけか。
自分たちで自分たちの住む惑星を何百回も滅ぼせるだけの兵器を作りまくって自爆で終わる、って事例がもう9回も積み重なってるってことか。
文明人の根っこはどこも原始的なままなんだな。
親父やお袋、同僚や仕事先の依頼主も含めてみんなが死んで滅亡した、って聞かされても、あまりにも事態が壮大すぎて現実感が全くないけど。
たぶんみんなが死ぬ瞬間を目撃したわけじゃないからだろう。
それに、もう既にコトは終わっているわけで、今更じたばたしてももう過去には戻れない。
しかしこの最後のバイオスフィア10だけはもうこれが最後の実験ってことで。自粛をやめてド派手に干渉しまくってやろう、という心づもりで俺っていう神候補を用意したらしい。
俺一人が神候補ってわけじゃないらしく、地球からは俺が、ってだけで既に滅びた他の8つの惑星から連れて来られた器候補がもう先にこの世界で活動を開始してるって話で。
俺は最後のバイオスフィア9「地球」から来た最後の候補、ってわけだ。だから「末弟」呼ばわりだったわけね。
他の候補は鍛えれば身体は成長するし強くもなるけど、俺だけは最後の1人で。
しかも他の種族と違って最弱種族の人間だから、っていうことでハンデとして最初から身体だけは神の器そのものを与えられてるそうだ。
しかし魂はただの人間のものだから、そこを鍛えないといずれ器の力に負けて魂が摩耗してしまうって話だ。
魂が摩耗し切ったら、器から弾き出されて肉体を失っていずれ消滅するだろう、ってのはクルルが申し訳なさそうに説明してくれた。
つまり、この器に魂を留めておくことにすら無理がある欠陥を、器そのものの高性能っぷりで補おうって無理に無茶を重ねてる状態が現状ってことか。
クルルと俺が出会ったのは全くの偶然だが、あの男が何か因果律を操作した可能性は捨てきれない、とのことだった。
あの男ってのは、アマテラス。全世界、全宇宙に遍く存在する光の神。
聞いてるだけで何だかバカバカしくなってくるが、あの美青年の姿は仮の姿のひとつでしかなくて、何の生物にも何の形にでもなれるんだとか。
アフラマズダ、ベレヌス、ヘイムダル、バルドル、世界中にあった光の神の名前・姿はアマテラスが変身した姿でしかないってことだ。
あと、異なる場所に同時・別個に別人格で存在出来たりとか、ありとあらゆる魔法を使えたりとか。
とにかく「神」と呼ぶに相応しいケタ外れの存在だ、ってことは判った。
「さて。そろそろ起きて運動でも……」
「ダーメっ。タクミくんにはまだ休息が必要ですっ」
「つってももう三日も寝てるんだぜ。身体動かさないといい加減なまるわ。魔法の修行もやってみたいし」
眉を吊り上げてベッドから出ることを許可してくれない怒り顔のクルルに、ベッドに横たわったまま俺は頼んでみた。
正直怒り顔も魅力的だ。もう少し成長した姿なら誰もが振り返る美少女だろう。
実際、出るとこは出てるし引っ込むところは引っ込んでるし。
すらりと伸びた長い手足に青みがかった後ろで一束にしたさらっさらの白髪と白磁のような透き通った真っ白な肌。
こんな美少女に言い寄られて落ちない男は居ないだろう。しかし俺は最後の地球人として、この格言をこの世界に広めたい。
『Yesロリータ、Noタッチ!』
それは置いといて。
魔法。この世界では誰でも使えるらしい。アマテラスが光を出したりしてたのはこの流れに至らせるためだろうか。
相手が全知だと知った後だと、全ての行動に何か意味があるんじゃないか、とも思えて来る。
そういう考えに至ること自体、アマテラスの手のひらの上、って気もするが。
これだけいろいろ考えさせといて、実はほんとに遊んでただけ、なんて考えも。そっちの方が正解って気もしてくる。
あの軽薄さはたぶん、素だろう。
「魔法っ。ううーんっ。じゃあ寝てても出来るやつからっ……、無理したらすぐ止めますからねっ?」
「おおっ! 念願の魔法っ! 簡単なやつでいいから、頼む!」
「えーとっ。じゃあ、初歩の初歩……、いつもやって見せてますけどっ、水を集める重力魔法ですっ」
クルルが軽く目を半目にして軽く両手を差し出すと、その手のひらの間にみるみるうちに宙に浮かぶ水球がいくつも現れて合体しどんどん大きくなっていく。
これまでの世界では文明を伝えて魔法を伝えなかったから大量破壊兵器まで武器が発達して自滅したので、この世界では魔法最優先で文明を後から伝えることにしたんだとか。
なので、この世界「アトラス」では文明的な道具そのものよりも魔法を利用する形での道具が発達しているらしい。
その弊害として、科学自体は相当に遅れているんだとか。
そりゃそうだよな、落下や慣性の法則なんか発見しなくても魔法でそいつを無視出来てしまうなら、そこに注目して実験と実証繰り返すのはただの暇人だけだ。
「これはっ、<水球>の魔法ですねっ。
原理は両手の間に重力球を生成してっ、空気中の水分を集めて液体にしてますっ。
魔力の扱いはもう出来てますよねっ?」
「ああ。言われた通り、寝るとき以外はずっと身体の中で回してる。
つか、これ、出来るようにならないと俺、魂が消滅するんだよな?」
言われた通り、ってのは体内に存在する魂の力の一部を使って吸引力を働かせて、大気中に存在する魔力を吸収する魔力制御の初歩。
普通の人間なら体内に常に魔力があるんでそれを使って魔法を使い、魔力を使い切ったら気絶するだけで済むらしいんだが。
俺は神の器に魂をねじ込まれただけの異世界人で魔力の根源みたいなもんが最初からないんで。
文字通り魂を削って魔力をある程度常にプールしておかないと、身体から異成分である魂が弾き出されて死ぬ可能性があるらしい。
ただし、神の器だけあって魔力をプールする量には制限がないんで、普段から魔力を貯める作業を日課にすることは十分に意味があるそうだ。
しかし魂の力を常に削ってると魂そのものが危うくなるんで、そこでアマテラスの眷属であり神の一柱であるアメノウズメ、クルルの出番だ。
クルルが毎晩俺と一緒に寝ることで、神力によって俺が使った魂の力は回復する。そこ、羨ましいと思わなかったか? 羨ましいと思うか?
実はな、この神の器って名の少年の身体だけどな。欲情しないっぽいんだ。ナニがお役に立ちませんのことなんですよ。
考えてみて下さい。誰もが羨む絶世の美少女が同じベッドに寝てて、しかもその子はどうやら自分に好意的らしいとまで分かってて。
俺の方も前世は27歳童貞小僧、あと3年我慢すれば賢者に手が届いた存在だったにしても、健康な男子。
据え膳食わずはっ、この状況で、お役に立ちませんとか、血涙流さんばかりのこの悔しさが分かってくれるだろうか?!
閑話休題。
結論としては……、魔法は使えなかった。というか、体内に貯めた魔力を放出することが出来なかった。
代わりに、瓢箪から駒というか、へその下辺りに集めた魔力を回転させながら体内循環させることで全身に魔力を纏って身体強化を行うことに成功した。
功夫で言うところの内功を練るってやつだな。
あと、手に持った固形物になら身体強化術の延長線上で魔力を伝導させられることも判った。魔力を伝達した物品も強度が増すみたいだ。
これだと素手でも武器持ち状態でも、打撃や防御全部に魔力を上乗せ出来るんで。
魔力のプール量が多ければ多いほど攻撃力と戦闘可能時間の両方が強化されるのと、攻撃を受けても魔力が尽きない限り常に強化されたままの状態を維持出来るから、元々武術の心得がある俺向きの戦い方が出来るだろう、って話をされた。
でも魔法使ってみたかったよちくせう。俺のこの世界での目標は決まった。世界を旅して、魔法を使う方法を探すんだ!
「いえっ、タクミくんには神になる修行をして貰わないといけないんですけど……っ」
「いつ到達するか判らん先の目標よりも、目先の目標を優先するのが成長の第一歩だ!」
なんかクルルが言ってるけど気にしたら負けだ。
とにかく、俺は魔法を使いたいのだ。身体強化も魔法の一種だけど、そうでなく、ファイアーボールとかなんかそんな派手なやつが使いたいのだ!
これは浪漫だ、俺は浪漫を追い求めるんだ!!
「○賊王に、もとい魔法王に、俺はなるっ!」
「そんなヤバイネタはやめて下さいっ!」
そんな調子で、俺はクルルとふたりでその後半月を修行して過ごした。