26話 二人目の銃使い
タクミくんのMMDモデルはもーちょっと待って欲しいっ。調整に手間取ってましてな。
ずどがぁぁぁあぁあああん!
――と、まるで大質量砲弾のような炸裂音が湖面に響き渡った。
どうやらかなり火力の強い魔法の炸裂のようであったが――。
あまりの威力に吹き上がった水柱が怒涛の豪雨の如く周囲に大粒小粒の水滴となって降り注ぎ、湖面には白い腹を見せた気絶したらしい魚が次々に浮かんで来る。
「おおっ、大漁大漁っ。な、簡単だろ?」
「……簡単なわけェ、あるかーい!!」
小さめの三角帆を装備した木製――というか、この世界には未だ金属艦船は存在しない――のヨットの上で、このにわか雨の原因を実演して見せたタクミは軽く振り返ってリュカに笑って告げたものの。当のリュカは納得行かなかったようだった。
「あら、そこまで高い魔力を込めたわけではありませんから、リュカちゃんでも出来ますわよきっと」
「ティースも! タクミにかなり毒されちゃってんぞ! ふつー出来ねェからな、あんなの!!」
両手に持つ『銃棍』を杖代わりに床面に立てて、両足に付与された反重力魔法でふよふよと宙に浮かびつつ、ティースが憤慨を続けるリュカに話しかけてくる。が。
「あら?」
軽く笑って、ティースは頭を抱えてしゃがみ込んでいるリュカの髪をくしゃくしゃと片手で撫でた。
「いつからタクミさんが普通だと錯覚していた? ……で用法合ってるんでしたっけタクミさん?」
「合ってるけどそれ俺のこと暗に貶してない?」
タクミの元の世界のネタな言い回しを覚えたらしいティースを見やり苦笑しつつ、タクミは水面に浮かぶ水中衝撃波で気絶した魚群を捕るために軽く両手を打ち合わせて両手の中央に真っ黒な重力渦を作り出した。
そのまま、軽く両手を振るようにして湖上に投擲すると、重力渦はするすると水上1メートルほどの高さを滑るように弧を描いて浮遊しながら進み、その重力の影響下となる魚群が見えない網に引かれるように重力渦の進行方向へと引きずられて行く。
「ソレも割と反則級の技だからな、タクミ?」
「魔法はそんなに使えないのに、知識は凄いよなリュカって」
「そりゃ相手の使う魔法とかは知ってるにこしたこたねェし……って、ごまかすんじゃねェよ」
自分を睨むのをやめないリュカに、タクミは苦笑を更に三割ほど増して肩を竦め、舷側に腰を降ろした。
「分かった分かった、じゃあ種明かし。今のは、ほんとにただの『氷矢』なんだよ。だよね? ティース姉」
「ええ、わたくしが魔法詠唱するのもリュカちゃんは見てたでしょう? それに、かなり最小威力に抑えたんですのよ」
「ええー?? じゃあなんであんなクソみたいな威力に?」
相変わらず自分の頭を撫で続けるティースを見上げ、それからその『氷矢』が炸裂した湖上に目を移しつつリュカが疑問を口にする。
「んーと。じゃあ、ただの氷で原理を説明するけど」
ティースを見上げるまでもなく、既にティースは手のひらサイズの氷を生み出し、軽くタクミに放り投げて見せた。
片手でそれを受け取ったタクミが、手早くその氷を半透明の重力渦で覆う。
「で、これがさっきやった、重力渦との組み合わせで。ほんとは氷矢の飛翔中に周囲を覆うし中身も見せないんだけど、これなら分かりやすいだろ」
「氷矢と重力渦で威力上げたってこと?」
「惜しい、合ってるんだけどちょっと違う」
言いながら、タクミは軽く魔力を込めて重力渦の内部方向へ向かう重力をじわじわと強めて行く。
「で、これは当然氷の周りの空気も取り込んでんだけど。空気を圧縮すると熱になる、って話は前にもしたよな」
「ああ、そりゃ毎日見てれば嫌でも覚えるっての。点火の魔法だろ?」
「ありゃ本来の炎の元素魔法じゃなくて重力魔法で同じ効果を出してるだけなんだけどな。まあそれはいいとして。
で、この透明になってるとこから中を覗いてみると分かると思うんだけど。こうやって、圧縮率をどんどん上げてやると――、中の氷が変化してるのが分かる?」
「あっ……! 消えた??」
先程まであった氷の塊が沸騰し水に変化したかと思うと、煙になって消失し、今は煙すら見えなくなっている。
「うん、見えなくなってるんだけど。これ、水が水蒸気に変わっただけで、水そのものはものすごい高熱かつ高圧な気体になって相変わらずこの中にあるのな? で、コイツをこうやって」
ぽん、と軽くそれを水上に放り投げる。そして、それが水面にぶつかると同時に、それは「ばん!」と音を立てて大きく弾けた。
「目標に命中したら、元の氷矢とは比較にならん威力の『炸裂弾』になるってわけ。重力だけでもできるけど、破裂させるんだったらこっちのが威力高くなるのな」
「なるほどな……、って、そんなんオレにできるわけねェだろっての、魔法苦手なんだぞオレは?」
「いや、違くてさ」
「魔法をいちいち詠唱して戦うスタイルはリュカちゃんの体術メインな戦い方と合いませんでしょう?
ですから、これを併用してみませんか? って提案ですのよ」
リュカの隣にしゃがみ込んだティースが、体育座りのリュカを横からそっと抱きしめる。
船酔い対策でタクミの反重力力場により常時空中に浮いている状態であるため、より体重の軽いリュカの身じろぎにティースが引っ張られる形でその場に滞空している格好となった。
「これを、戦闘中にィ? ……あっ! オレにも銃棍作ってくれんの??」
合点が行った、という顔になり、リュカはティースとタクミの双方を見比べた。ティース、タクミ共に、笑みを浮かべて頷く。
「魚獲り用にって積んで貰った銛の鉄を使ってちょっと試作してみたんだけど、俺らが使うよりもガチで蹴り技メインで順応性の高いリュカが使った方がいいだろ、って二人で話してたんだ。
で、これと同じ原理の『弾丸』はティース姉の魔力収納に入ってるのをティース姉が装填する形になるから、ときどきティース姉のそばに戻らなきゃいけないんだけどさ。
あと、銃棍と違う形なんで無反動じゃなくてかなり強い反動あるんだけど、それも合わせてリュカなら使いこなすだろうと思って、銃棍とは違う形になってる」
「リュカちゃんならきっと使いこなせると思いますけども。ふたつセットで使う形で、ひとつにつき六発撃てるように弾丸の形状を調整しましたの」
言いながら、タクミとティースがそれぞれの魔力収納空間から手ずから作成した新武具と弾丸を取り出してリュカに手渡した。
「なんか変な形の杖? 棍棒? だなこれ」
「反動がかなり強いんで、ひじと手で受け止められるようにしたんだ。こうやって……、そうそう、取っ手を握って、そこの半輪を二の腕で支えて使うんだけど」
リュカに渡した木製の武器は、地球の武器で言うところの把棍だ。
ただし、棍の中央部に銛を分解・再構成した銃身が埋め込まれているほか、タクミが言う通り、取っ手から伸びた把支が二の腕にまで達しており、銃身も含む棍が取っ手の部分で自在に回転するように出来ている。
「リュカの体術は見てたら足技がかなり多かったから、あまり今までの体術の技構成を変えずに継ぎ足す形で工夫できるんじゃないかなって思ってさ」
軽く取っ手を軸にくるくると先端を回してみていたリュカが、おもむろにその場で位置をほとんど変えずにバク宙して前後開脚で船底に着地。
その姿勢のまま左手に持ったトンファーの先端を船底に軽く突き立て、その先端を軸に鞍馬のように両足を広げた姿勢を維持しつつ上方に蹴りの二連撃を放つ。
それはまるで芸術的な舞踊のようで、ティース、タクミは驚きにほぅ、と息を吐いた。
「相変わらずマジですげえ足技だよな、打点も低くて捌きづらいし」
「全力で軸足蹴っ飛ばして一ミリも動かなかった癖に良く言うぜ、この重力男」
「ハハッ、そりゃ『使えるもんは何でも使え』って尊敬する兄上の教えでな」
体重差もあまりないタクミとリュカが戦えば身軽さと遠心力の扱いに勝るリュカの蹴りを受け止めれば、タクミでも本来なら吹き飛んでおかしくない高威力技と成り得るが。
――タクミは重力魔法により自在に自重を増やすことが出来るため、その自重のみが防御力を高める手段とも成り得る。
体積を変えずに自重を増やせるということは、攻撃技にも重力魔法による重量増加分を乗せられるということでもあり、それ故に、タクミの戦闘術は近接肉弾戦のみでもその見た目に有り得ないほどの強力な威力を身に着けつつあった。
「んじゃ、射撃してみっか。つっても、作っといて何だけどマジ結構『痛い』から注意な?
最初は後ろで俺が支えるから。ティース姉、装填よろ」
「出来てますわよ。リュカちゃん、何でもいいので何かキーワードをわたくしにだけ教えて下さいな。それを始動キーにして射撃魔法陣に結びつけますから」
「えっ? ええと、じゃあ……ごにょごにょ」
「うん……うん、はい、組み込み終わりです。キーワードは言葉に出さなくても念じるだけで良いですわよ?
一応、弾丸は六発一組のカートリッジにして入れてありますからリュカちゃんが自分で装填することも出来ますけど……。
両手武器で両手が塞がってますから、わたくしのそばまで戻って来たら魔法で転送しますので。あと、右と左のキーワードを間違えないように、ですわね」
「うん、戦闘中に装填? とかそんなん隙だらけになっから、やらねェ方がいいとオレも思う。
じゃあ両方で十二発を使えるってことか……、おいコレ、爆発したりしねェだろうな??」
タクミの方を振り返って、リュカが疑わしげな目を向ける。タクミは失笑して見せた。
「弾丸の方向性調整とか細かい調整作業はティース姉任せだから、ティース姉が失敗してない限りそれはないよ」
「そか。じゃあ安心か。って、そんな密着して来んなよ、そんな威力強ェのか??」
「いや、ティース姉も銃棍の初射撃んときは反動逃し忘れて吹っ飛んだから、それを踏まえてな」
舷側に片足を着いて湖上の遠方に左側のトンファーを向けたリュカの腰に、中腰になったタクミが右肩を当てて軽くリュカの腰から腹に回すように右腕を回して密着しており。
逆の左手はトンファーの底面部分に添えるようにしてリュカの射撃反動に備える姿勢を取った。
「反動……、ああそうか、拳でも固いもん殴ったら反動来るもんな」
「あー、そういう理解でいいと思う。リュカなら反動も利用出来ると思うけど……、いつでもいいよ? 怖い?」
「怖くなんかねェよ! 行くぜ?!」
にやにや笑いを顔に貼り付けたままで左の脇下からリュカを見上げて来たタクミをむっとした顔で一瞥し、リュカは遠くの水面に狙いを付けて撃ち下ろすように左の初弾を開放した。
――と同時に、「どかん!」という轟音と共にリュカの左腕が弾かれたように上方に跳ね上げられる。
そして、狙った水面が斜めに抉られるように爆発、先程のタクミの魔法には及ばぬものの、それなりに大きな水柱を上げた。
「うっは……、すげえ! なんだこれ、すげー!!」
「おお。銃棍を初めて手にしたティース姉を見てるようだ」
「わたくし、あんなにはしゃいでましたかしら?」
微笑ましいものを見るように、早速足技に組み込んで射撃の構えを取るリュカを眺めつつ、ティースは素早くタクミの唇を奪った。
「――あれ、そんなに魔力使ったっけ?」
口から引く糸を軽く手の甲で拭って、してやったり、の表情を浮かべているティースを見る。
「いえ、それほど消費してはいませんけど、リュカちゃん用のカートリッジはたくさん用意してあげた方が良いでしょうし」
「あ、そうか。ティース姉が二人分の製作しなきゃいけなくなったのか。リュカも自分で貯められればいいんだけど、攻撃魔法使えることが前提だもんな」
「事前に余裕持って作り置き出来るようになりましたから、戦闘中に体力が尽きることはもうあまりない、と思いたいですわね。
油断は禁物、と兄さんは仰るでしょうけど」
「あー、タクミどの。ひとつだけ注文をよろしいでしょうか?」
背後から突然かけられた男性の声に、そろそろとさり気なさを装いつつタクミを抱きしめようとしていたティースがびくん、と背筋を伸ばして慌てて振り返ると。
身嗜みをぱりっと整えたライバックが苦笑しながらそこに立っていた。
「あっ。済みません起こしちゃいましたか。一応防音用に二重結界区切ってたんですけど」
「いえ、そうではなく。今しがた、進行方向の横方向に魔法を撃ちませんでしたかな?
速度は落としているとは言え、三角帆はそれほど安定性がありませんのでな、撃つのであれば進行方向の前方か後方の同軸方向にして頂ければ、と。
そういうお願いです。出来ますか?」
下手をすると船が横転する危険がありますのでな、と相変わらず笑みを絶やさず控えめに告げられたことで、タクミは慌てて頭を下げて謝罪した。
ティース、リュカもそれに続く。
三人共に操船経験がなかったことで、船の扱いは全てライバックに任せており、既にエイネールを出て四日ほどになるが、その間に船上の指揮は自然と船長扱いとなっているライバックが主導権を握る形になっていた。
「あ、いや、怒ったわけではありませんから誤解なきよう。タクミどのの重力魔法のおかげで、本来なら一か月は掛かる航路が夜半には到着しそうになっておりますし。
――ああ、見えて来ておりますなあ」
並んで頭を下げている三人に向けて、ライバックは慌てた風もなく頭を上げるように身振りで促しつつ、遠く水平線上に見えて来た対岸を見据えた。
顔を上げたタクミたちも、ライバックの視線に釣られて船首方向を振り返る。
「いやはや、全く重力魔法というのは万能ですな。まさか、このような使い方があるとは」
「一応秘密にしといて下さいね。もう少し近づいたら『船を浮き上がらせている』方の重力魔法は解除しますし。
これたぶん、盗賊ギルド側にバレたら凄い鬼畜な使い方されると思うんで」
眉間に皺を寄せつつ、タクミはライバックにぼそりと告げ、ライバックも重々しく頷いて見せた。
タクミが使っているのは、船底にいくつかの反重力渦を取り付けることで船を水面からやや浮き上がらせた状態で、船底の摩擦をゼロにした状態のままで帆走を行っている一種のホバークラフトである。
風がなければ縮帆し重力魔法を更に船首方向に配置し船ごと引っ張ることで動力船としても移動を可能にしたことで、一般的なこのサイズの船であれば一か月は掛かる航路を僅か一週間程度にまで短縮することに成功していた。
「鬼畜ってか、重力魔法で進めるんだったら帆が要らないってことじゃん? それって船の構造自体が変わるんじゃねェの」
「いえ、これはタクミさんの神力で賄っていますから、普通の魔術師には無理ですわよ」
「んー、でも知られないに越したことはないし。海上移動はこの一回きりな予定だけどさ」
納得行かない風な表情を浮かべたティースに告げて、もう一度改めてライバックに頭を下げて横をすり抜け、タクミは小じんまりとした船室へと歩を進めた。
これは他には教えていないことだが、ホバークラフトは陸上でも浮揚可能であり、現在のタクミが浮揚させている船体は地球のホバークラフトと原理が違って浮揚魔法を使用しているため、方法さえ考えれば砂漠の国土である神国周辺を船を使用して『陸上帆走』が可能な新兵器が登場してしまう懸念があった。
この理由のため、この原理は秘密にするようにフープから戒められているのであった。
「さて、我が麗しのお姫様のご様子は……、お変わりなくいらっしゃる、よな?」
身体を冷やさないように何重にも柔らかな布に包まれた眠り続けるクルルが変わりなく寝息を立てていることを両手で胸に抱いて間近で確認し、おもむろにタクミは深く息を吸い込み、そのまま眠るちびクルルの――いや、そろそろ赤子サイズにまで縮みつつあるクルルの小さな唇にキスをし、そのまま呼気と共にようやく引き出すことが出来るようになった神力をゆっくり、長く時間を掛けて流し込んだ。
「……全然足りてないんだろうなあ、不甲斐なくてごめんよ。――一応、前に魔力蓄積やったときみたいに毎日少しずつ扱える神力増やしてんだけどさ?
やっぱクルルが側にいて指導してくんないと上達しないっぽくてさ」
それでも注ぎ込んだ効果は出たのか、頬にやや赤みが差したことを確認し、タクミはそのままそっとクルルの身体を元の簡易ベッドに降ろした。
「いろいろ教わりたいことたくさんあるし、話すこともたくさんあるんだぜ? だから、早く起きてくれよな」
言いながらも、それが現状では叶わぬ願いであることはタクミ自身も痛切に理解していた。




