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転生したら神になれって言われました  作者: 澪姉
第二章 水龍篇
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25話 最後の訓練

「これはさ、ほんとはクルルとのデートが終わった後で、ちゃんと手渡しするつもりだったんだけどさ。

 ――あれからアマテラスの野郎が突然やってきて、何もかもめちゃくちゃにして行きやがったりでなんかそんな感じじゃなくなってたからさ。


 ……そのまま忘れてた。ごめんな」


 たった三ヶ月前まではあんなにも賑やかな子供たちの声で賑わっていた街の別殿――「元」孤児院からかなり外れた小高い丘に作られた仮初めの墓碑の前で、俺はそこに収められているはずもない、今はここに居ない、姿を消してしまった人物に向かって語りかけた。


「――お酒、好きだったのも演技か? いや、ありゃ素だろ? 呑んでるときは素のシルフィンだったんだと、俺は思ってる」


 墓碑には『我が母シルフィン・フェイここに眠る』と刻まれてるそうだ。


 ……そういや、俺ってこっちの文字読めないままなんだよな。今までは不便なかったけど、クルルが眠りについたこれからは必要になるかもしれないな。


「俺は前の人生のときから、初任給は必ずそこで世話になった上司や恩人に何か物を贈る用途に遣う、って決めててさ。

 シルフィンと初めて会ったあの日、冒険者の心得を教えてくれたり、この世界で最初に世話になったこっちの世界の人――エルフか、まあどっちでもいいけど。


 とにかく、シルフィンには何か目に見える形で贈呈しよう、って思ってたんだ」


 こっちの世界にも一升瓶ぽいサイズのガラス瓶があったのはちょっと驚いたけどな。


 俺は贈呈用に丁寧に飾り紐で飾られた瓶の栓を開けて、直接口をつけて中身を一口ごくりと喉を鳴らして飲んでみた。


「おっ? 手持ち全額突っ込んだだけのことはあったな。めちゃくちゃ美味しいわこれ。

 ……あれ、そういえば、俺のこっちの世界での初めての飲食物ってこれになるのか?


 13歳で飲酒が最初の飲み物ってどうなんだろな法的に。まあヨーロッパとかロシアじゃ水の方が酒よりも貴重で高価だったんで、子供の頃から飲酒は当たり前だったって話も聞いたことあるけど」


 取り留めのないことを話しながら、片手に持った瓶の中身を傾けて、墓碑と墓前に置かれたシルフィンの愛用していた精霊弓にまんべんなく振り掛ける。


 中身の半分ほどを使って、だいたい全体に振り撒き終わってから、俺は瓶にもう一度固く栓をし直すとそれを墓碑の前に置いて、その場にあぐらをかいて座り込んだ。


『ここに母様が眠っているわけではないし、母様が敵方で、「子どもたちを虐殺した犯人」ってことは理解してる。だから、これは「僕らを育ててくれた優しくて厳しい母様」と別れるためのけじめだ』、なんてフープ兄は言ってたっけ。


 実際にシルフィンが子供らを手に掛けてる現場を見たわけじゃないんだけど、状況証拠が揃いすぎてて、疑う余地がありすぎて。


 ほんとは子供らや忍者さんたちの陸上組な街の守備隊と同じく別殿敷地内に作りたかったらしいんだけど。


 号泣して怒ってるリュカに反対されたんで、こんな一見そうと判らないくらいの僻地にこの墓は立てられている。


 クラさんやティース姉と縁のあったっていう、あの元気な男の子――ロッドくんはリュカの実弟だったそうだ。


 全身を真っ赤に染めて血溜まりの中に沈んでいるあの子を発見したときのリュカの取り乱し様は、もうあんな光景を絶対にリュカには見せたくない、と思った。


 物も喰わずに一週間も泣き叫び続けて、ティース姉の魔法で強制的に眠らされるまでそれは続いて。


 あれ以上続くと生死に関わるっていうけど、それならもっと早く眠らせてあげたら良かったのに、とも思う。


 三ヶ月も経った今はようやく落ち着いてきて、普段通りの生活を取り戻しつつあるけど。


 ……ときどき一人で隠れて泣いてるのを知ってるだけに、悲しさとやりきれなさが辛い。


 クラさんが神力を失った余波で、最初の予定通り本殿を脱出するときには廃材利用の簡易イカダを使ったけど、目指す街が大炎上してたのには参った。


 なんで街を焼いたり子供らや陸上組の守備隊を皆殺しにする必要があったのかは全然判らないけど、間違いなく盗賊ギルド――アマテラスの差し金だろう、ってのは分かる。


 今まではクルルのために、あいつの言った通りに五年以内にあいつの待ってる神国に辿り着いて盗られた神核を取り戻す。なんて漠然と考えてたけど。


 ――甘かった。あいつは正真正銘、間違いなく人類の敵だ。


 世界最強だとか、神族最強だとか、そんなのはほんと「戦わないための、勝てない理由を探す言い訳」にしか過ぎなくて。


 あいつがこの世界で活動している間、ずっとあいつのせいで泣く人が増え続ける。そんなのは、間違ってる。


『神様だから人を救わなきゃならない』なんてお題目を唱えるつもりはないし、それを言ったら器だけは不老不死な俺だって救わなきゃならないことになる。


 だから、そんなことは微塵も考えちゃいないけど。


 ……せめて、知り合った人たちが泣かずに笑ってられる時間を長く過ごさせてあげたい。


 それが、俺が考えた『神に成る理由』だ。


 また目覚めなくなったクルルにもいつかちゃんと返事しなきゃだし、笑わなくなったクルルやシェリカさんの笑顔も取り戻したい。


 他の神器がどんな風に思ってたのかは知らないけど、俺にその力があってそうなれる可能性があるんだったら。


 俺はその力を得てみんなが笑って過ごせるように頑張りたい。


 そして。たぶん、俺の中にある『本当の魂』とも向き合って、そいつと戦うことになるのかは判らないけど。


 たぶん勝てなきゃ俺は消滅してしまうんだろう、という予感がある。


 クルルがこの世界に来た最初の頃に言ってた「修行しないと魂が消滅する」ってのは実はちょっと違ってて。


「俺の人格が消滅する」とか、「俺という人間が変わってしまう」って意味なんじゃないだろうか。


 そう、多分、予感めいたものがあるんだけど。クラさんを連れ戻しに行ったあのとき、暴走したクルルの浄化の光球に触れて気づいたこと。


 あの光は、俺の心を浄化しようとしていたように思える。


 それ以前に、クラさんの濁って汚れた神力を浄化してたことから、あの光は確かに悪しきものを浄化する神力だった。


 つまり、俺はクルルの浄化能力に対すると浄化されてしまう『穢れ』そのものなんだ、という理解ができる。


 クラさんも以前洞窟で初めて会ったときに『穢れが多すぎる』『器と魂がかけ離れ過ぎてる』なんて言ってたけど、理由を考えると納得が行く。


 アマテラスやクルルみたいな日本神話でも超大物が俺みたいなちっぽけな一般人に執着する理由も。


 ――俺の魂は、たぶん。


 ……アマテラス、ツクヨミの弟、暴神スサノオだ。


 そんな風にアマテラスが最初に俺のことを末弟だとか言ってたけど、あれは真実だったんだろう。


 クルルの神核を抜いたときもスサノオってはっきり口に出してたしな。


 あとは、冒険者カード作ったときに「一つの身体にふたつの魂がある状態」とか説明されたっけ。


 思い出してみればいろいろ、俺の中に本当の魂があるような状況説明は揃ってたように思える。


 ティース姉さんの話だと、スサノオは暴神ってことでここの世界では畏れられてるみたいだから内緒にしておくけど。


 それに、スサノオが持ってたんだろうスサノオ固有の能力や神力を利用する方法、なんてのはまだ判らないから、そこに気づいたところですぐにどうこうするってわけでもないけど。


『アマテラスの野郎の顔面に一発鉄拳をぶち込める可能性がある』ってだけで今は十分だ。


 クルルが深い眠りに入ってるから具体的な方法は判らないけど。


 それが使えるようになれば、クルルの負担をもっともっと軽くすることができるだろうし?


 あいつが暗躍するのを止めれば、少なくとももっとたくさんの人が笑って暮らせる世の中になる、と思う。


 私怨ばりばりで褒められた動機でもなんでもないけど、これが、俺がこの世界で進むべき道だと、俺が決めた理由。


「そこに、シルフィンがどう関わってるのかは、ほら、俺って馬鹿だから全然理解出来てないんだけどさ」


 よっこらせっと、とかなんとか声を出して立ち上がりながら、シルフィンの墓から目を離さずに呟く。


「でも、この先で敵として邪魔しに出てくるんだったら、俺は全力でシルフィンと戦う。

 俺にも流されるばかりじゃなくて、戦う理由が出来たから。


 ……だから、この酒は手切れってわけじゃないけど、まあ俺なりのお世話になったけじめみたいなもん」


 実は、フープ兄、ティース姉、俺の三人がかりでシルフィンひとりに挑んだことは何回かあるんだけど。


 弓と水魔法と精霊魔法と体術、っていう四種類の攻撃手段を使い分けるシルフィンに、俺たちが勝てたことは一度もない。


「……だけど、あれだけの冒険者としての個人戦闘力を持ってて、その上で『本当は風の精霊術師エレメンタラー』ってのは反則すぎると思う」


 暗殺者『風刃のシルフィン』についての情報はティース姉とクラさんが知ってた。


 900年くらい前に存在した凄腕の暗殺者で、風の精霊魔法を使った無音の暗殺術の使い手で。


 多くのエルフの里がシルフィンと、双子の妹『爆炎のシフォン』に滅ぼされたせいで、今も残るエルフってのはすごく希少になってるんだとか。


 風の刃を受けると無数の裂傷から血煙が舞うことで、『血煙のシルフィン』なんて別名もあるらしい。悪人も悪人、大悪人だよな。


 でも俺たちが知ってるシルフィンは風魔法や風精霊とは相性が悪いからって水精霊しか使ってなかったし。


 別の種類の精霊を同時に使用できる精霊使いは稀だって話で、クラさんもティース姉も同一人物だってことに気づかなかったらしい。


 話を聞いた俺たちでも、シルフィンたちの方が一枚も二枚も上手だったのは分かる。あのレベルの自然な振る舞いが演技だった、って言われても、誰も気づかなかったに違いないし。


「ああ、ここでしたか。タクミさん、そろそろお時間ですわよ」


「あれ、もうそんな時間か。のんびりしすぎたな」


 背後からかけられたティース姉の声に気づいて振り返ると、今までのローブ姿をやめてしまい、ばっさりと長かった金髪をショートにカットして。


 身体の線が出るくらいの動きやすい軽装の革鎧に身を包んで、1メートルくらいの長さの割と厚みのある金属管を両手に構えたティース姉が俺のことを待ってた。


「……『銃棍ガンロッド』の扱いは慣れた?」


「ええ、まあまあですわね。実は『儀式』の方も、慣れて来ちゃいましたわ。まあ、毎日何回も繰り返してますしね」


 くすくすと笑いながら、俺の隣に寄り添って俺の方に目をつむって顔を向ける。細いティース姉の肩を抱いて、二人で歩きながら結構長めのキス。


 こくん、と軽く喉を鳴らして、俺の口内から高濃度の魔力を含んだ唾液をティース姉が飲み込むのが分かる。


 つっても、これはただ俺の魔力をティース姉の体内に移す魔力移動の儀式なんだけどな。


「ふう。だんだんわたくしの身体もタクミさんの魔力を流し込まれるのに慣れて来たのか、貯蔵量が増えてるように思えますわ」


「だよね。最初は三発程度がぎりぎりだったのに、今じゃ一回の補給で作れる量がすごい弾数に達してるみたいだし」


 長めのキスを終えて口を離すなり、ティース姉が大きく息をついて頬を染めたまま俺の身体に更に密着して言葉を続けた。


「『銃』と『弾丸』の概念を教わったので、わたくしなりに効率化を図ったんですわ?

『プラズマキャノン』は大物には有効すぎる威力がありますけど、あのままでは大きすぎて取り回しが悪いですから。


 要は『先に唱えておいた魔法を放出せずに、溜めておいて必要なときに取り出して使用する』ことができれば良いのですから。……通常魔法で言うところの遅延魔法術式ですわね。


 そちらは術式が複雑になりすぎて使い勝手が悪いのですけども、このやり方ならデメリットが小さくて良いですわね」


 俺の身体に寄り添ったまま、左手一本で銃棍、と名付けた中空の棍を軽くくるくるとバトンのように回して見せている。


「一発の形に小分けした、タクミさんの魔力と重力魔法で超高圧縮した弾丸を異空間収納して、必要毎にこの銃棍に転送装填して発射する形が最適ということになりましたの」


 発射自体にはティース姉の魔力を使用するけど、それは単に圧縮してある重力魔法を解除するだけだからほとんど魔力を消費しないし、中空の銃棍の中央部で開放された魔力弾丸は双方向に直線的に威力を開放することで棍の両端から魔法が発射されることになる。


 原理上はそれで銃棍を使って射撃するティース姉には無反動になる、ってことらしい。


 つまり、ティース姉はこの世界で最初の『銃使い』ってことだ。


 地球の銃とは随分違う形になってるけど、銃身単体で引き金すら不要ってことで取り回し的には棒術と併用可能ってことで、その手の訓練をフープ兄からも手ほどきされてるみたいだ。


「で、その弾丸を貯蔵するために、せっせと毎日俺の魔力を吸い取ってる、ってことだよね」


「――まあ、そういうことですわね。異空間収納内では時間停止してますので、そこに溜めておけば魔力を使用するとは言ってもほとんど無制限に収納出来ますから。

 これはもう、これからの日課、ということで勘弁して下さいませ?


 これが尽きると、わたくしは以前のように数発の魔法で息切れしてしまって戦闘員としては使い物になりませんから」


「それは全然おっけーなんだけどさ。……キス以上の行為をしたらどうなるんだ、って疑問をフープ兄が言ってたっけ」


 何気なく口にしただけなんだけど、何故かティース姉が俺の左腕をきゅっと抱きしめる感じで更に密着して来て。


 え、何? キス以上の行為でどうやって魔力を受け渡すんだ、って疑問なだけだったんだけど。


「わたくしたち、血の繋がりはありませんし……、タクミさん相手でしたら、わたくし……」


「あ、クラさん居た居た。ほんとに大丈夫? 懐妊したって話だし、神力もなくなったって言うし、戦闘力がどうこうより身体の心配しちゃうんだけど」


 丘の上からの長い下り坂を下り切ったところに、クラさんとシェリカさんと、こっちをすごい剣呑な目で見てくる怖い顔したリュカと、フープ兄が揃って談笑しながら俺たちを待ってくれてた。


 ささっとティース姉が俺から離れたんで俺も肩に回してた手を戻したけど、家族の親愛な抱擁もティース姉的には見られたら恥ずかしいんかな?


 俺、一人っ子だったからそういうの全然判らないんだよなあ。


「孕んだとは言っても、この腹から子が生まれるわけではありませんのじゃ。そもそも、生まれ出ずる子の魂はミツハ兄様ですからの」


 クルルが浄化の神力を使って暴走したあのとき、クラさんが必死に暴走を食い止めてくれたらしいんだけど。


 そのとき、錯乱した俺があの場に拡散した高濃度のクラミツハの魂の残滓を含む水の神力を吸いまくってクラさんの中に注ぎ込んだおかげで、クラさんはクラミツハを自分の子供として産み直すことが可能になったらしい。


 全然記憶にないのが申し訳ないんだけど、つまりクラさんの中に注ぎ込んだってことはキスとかそんな方向性のアレコレで俺はクラさんと接触したってことで。


 出てきたときクラさん全裸だったらしいし。なんかクラさんしばらく俺を見るたびにやたら赤面してたし。


 やっぱりそういうことなのかな??


 あれからずっと眠ったままのクルルに顔向け出来ないような。


 クラさんが恥ずかしがってんのか決して真相を語ってくれないんで、俺の心痛は増える一方だ。


「産まれるとしても儂の神力が戻ったのち、そしてミツハ兄様の持つ神力が儂の身の内で整えられ、儂の神力と釣り合いが取れたのちに初めて子として産まれることになりましょう。


 それがなければ再び肉の身体を持つことなく、精神の存在に成り果てておりましたことでしょう、ですので、改めましてタクミどのに感謝を」


「いや、ほんとに全然記憶にないんで感謝されても困るんすよね」


「ほほほ、儂としては記憶を飛ばすほどに錯乱したタクミどのの所作もなかなかに野性的で好ましかったですがの」


 またうっすらと頬を上気させてるクラさんが俺をベタ褒めするもんで、フープ兄の冷たいジト目の視線が痛い。


 違うんだよフープ兄、俺、ヤッてないから、たぶん、きっと?


 ほら、そんなに長時間異空間内部に居たわけじゃないじゃん? そんな短時間でコトが済むわけないじゃん!


「タクミ、オレらこれから入浴するからな、もう覗くんじゃねーぜ?」


「ああ、はいはい、行ってら。てーかリュカ、あれはほんと誤解なんだって、男と間違ってたことはマジ謝るからさ」


「オレの全部を見たんだから、責任、取れよな?」


「責任? ああ、ちゃんとリュカが思う通りの謝罪するし聞ける範囲なら言うこと聞くし」


 そう。やたら赤面しまくりで、困り顔のシェリカさんの陰から俺を指差し指南して来るリュカのことを、俺とフープ兄は全然疑いもなく男の子だと思い込んでたんだよな。


 だから、リュカが入浴中、って聞いたとき、あ、これは男同士の入浴親睦タイムだねっ、なんてフープ兄と話しながらマッパで内部に踏み入っちゃって。


 いやー。リュカって結構着痩せする方なのな。ティース姉よりは小さめだけど、ちゃんと膨らんでたし細身だけど女の子らしいスタイルで。


 俺の粗末なもん見せたせいで可愛い黄色い叫び声も聞いたし、いや、あれはマジで申し訳なかった。


 でも俺を抱えて同じくマッパで立ってたフープ兄の巨大な暴れん棒も見たんじゃないだろうか?


 フープ兄も同じもの見てるはずだけど、そっちはなんで責めないんだろう。人徳の差か?


「神力なしのガチ肉弾戦って聞いたんで、一言釘差しに来たんだけどよ。

 やっと片付け終わったとこだから、壊れるようなことするんだったら叩き出すとこだが……、そこんとこどうよ?」


 ちょっとだけ目の下にくま作ったシェリカさんが、割とおどけた感じで貼り付けたような笑顔を作って訊いてきたけど。


 俺たちだって、あの子たちが眠るここを壊したりする気なんか絶対ないことくらい、シェリカさんも知ってるはずで。


 これはほんとに念のための確認、程度の意味合いなんだろう。


「いや、ゲートはここに出すけど、やり合うのは異空間でやるんでゲートを閉じてる間はこっちには何の影響もないよ」


「ゲート、か。やっと神力使えるようになったんだってな、おめでとうよ」


「教わってから二ヶ月もかかったけどね。これで、できることがいろいろ広がった感じ」


 そう、別殿に戻ってから街の復興を手伝う傍ら、俺は神力を失ったクラさんに初歩の神力を使う手ほどきを受けてたのだった。


 重力魔法を習得してたのと、日本人としての科学知識があったことが幸いだった、って話なんだけど、それはそうかもしれない、と俺も思う。


 神力ってのはおおざっぱに解説するなら『別次元由来の純粋なエネルギーを利用する力の使い方』だ。


 どういうことかって言えば。


 魔力はこの世界のそこら中に存在してたり体内にある魔力を吸収したり外部利用したりしながら、望みどおりの魔法術式に魔力を通してそれぞれの元素系統に変換しながら術を完成させる魔術が、あらゆる魔法の基礎だ。


 でも魔力の変換効率ってのは実は40%にも満たないんで、使用する魔力総量の六割が無駄になってるのを、さらに力技で魔力を上乗せして威力を高めてるっていう、なんか太陽電池みたいに実はロスの多い術式だったんだな。


 で、これの例外が重力魔法と光魔法で、この二つは元素系統に依存しないんで変換効率が関係なくて。


 使った魔力が100%効果に乗るっていう特徴がある。俺の重力魔法もそう。


 この『使用効率100%の純粋エネルギー』ってのが神力の基礎で。


 これは神々だけがアクセスできる次元空間に、それぞれの固有の神力波長で呼び出せる量がある。


 具体的にどれくらいの総量なのかは知らんけど、全部使用したら宇宙が壊れるってくらいの量らしいから普通に使う分には一生かかっても使い切れないんだろう。


 俺の一生ってこの先何億年続くのか知らんけど。


 話が逸れた。


 それで、別次元にアクセスして力を引き出す方法で神力を使用してみたらば。この力、マジで桁違いすぎた。


 俺の既に数万に達してる魔力総量を全力使用してやっと実現可能っていう別空間と通路を繋げる異空間通路、ゲート魔法――重力魔法の応用でワープみたいに空間を超重力で捻じ曲げて作る通路なんだけど。


 これを神力で使ったら、1パーセント程度の力も使用しないで作れちゃうのな。


 今まで使えなかったのは、俺の神力波長が不明でアクセスを手伝おうにも手がかり皆無だったから、って言われたけど、そんなことはまぁ些細なことで。


 戦闘力が格段にアップしたし、使える手が増えたってことで単純に喜んでる。


 ゲートみたいな高魔力魔法もすぐに使えるようになったことだし。


 てか、重力魔法しか知らなかったから重力だけしか使えない魔法って思い込んでたけど、これって本来は闇系統に属する、光系統と同じく万能系統の魔法で。


 火を起こすために火の元素を使用する火系統魔法は空間を重力圧縮することで火ではなく熱そのものを作れるし(ディーゼルエンジンの内部と同じ原理)。


 水を出すなら水の元素を使う水系統魔法を使わなくても、空気中や地中とかそこら中に存在する水分子を選択して重力で集めることで水を作れる。


 風も土もそんな感じで「同じ効果」を出すためなら重力を直接使用する方が効率がいい、ってことが判った。


 でも、問題は力を得ても、使い方に詳しくなっても、戦闘中にどう利用するか、って方が今の俺には重要で。


 それを、剣技に加えて、魔法や神力の戦闘併用も達人クラスのクラさんに、今から実戦指導して貰うとこで。


「まあ、これからはタクミくんとティースの二人がペアを組んで協力して戦う感じになるんだから、少しでも実戦形式の訓練やって慣れておくのがいいよ」


 相変わらずちょっとだけ青い顔してるフープ兄が、「中身のない左袖をさすりながら」俺らに向かって話しかけてきた。


「ここでお別れ、ってことの方が俺は辛いよ、兄さん」


「別に死に別れるわけじゃないんだから、全部終わったらちゃんとここに帰って来るんだよ。待ってるからね、ずっと」


 残った右腕でいつものように俺の頭をぐしゃぐしゃにしてくる。これも、今日で最後。


 この模擬戦が終わったら、俺とティース姉は明日には街を出て湖を渡る手はずになってる。


「何二人だけで雰囲気出してんだよ、オレも一緒に行くんだからな!」


 シェリカさんの陰から身を乗り出したリュカが、自己主張しまくりで。


 ロッドくんの敵討ち、ってことだから、ぶっちゃけ無謀だと思うんだけど俺には強く止められない。俺と似たような動機だから。


「とうとう最後まで心変わりさせられなかったわ。足手まといになると思ったら捨てて行ってくれていいけど、頼むわ、タクミ」


 困った顔でシェリカさんがちょっとふらついてるフープ兄を支えながら、俺に頼み込んで来て、俺は軽くサムズアップサインして了承の意を。


 フープ兄の左腕がなくなったのは、あの戦いの終盤にシフォンが最後っ屁のようにシェリカさんに向けて放たれた炎蛇をフープ兄が左腕を犠牲にして庇ったって話で。


 そのせいか、フープ兄の左腕がない不便をシェリカさんがずっとカバーしてるんだけど、なんか見てていい雰囲気を醸し出す感じになってて。


 いろいろあったけど、フープ兄も炎に込められたカグツチの邪神力の影響受けてて見た目以上に衰弱してるらしいし。


 女医なシェリカさんがずっと側についててくれるなら安心していいのかな、と思うし。


 フープ兄を支える立場として、シェリカさんは信頼できると思うし。


 あと、帰ってきたとき、フープ兄の奥さん、になってくれてたらすごく嬉しいな、と思ったりもする。これは勝手な想像だけど。


 フープ兄、頑張って。たぶんこれを逃したらたぶんきっともう確実にたぶんとにかくたぶんたぶん婚期ないよ。たぶん。


 クラさんも懐妊と神力喪失で戦闘員としてこの先の戦いは厳しいだろうってことで、クラさんともお別れ。


 元々の住居だったこの別殿で、子どもたちの魂を護りながらクラミツハの転生を待つんだとか。


 何千年も先になるだろう、って言ってた。


 クラミツハも、とうとうまともに話せなかったままで終わった方だから、転生するときは話してみたいな。


 そのときまで俺が生きてるのかどうかは知らないけど、たぶん大丈夫だろう、と思ってる。


 トーラーさんたち忍者の方々は街の復興で大忙しで。


 一度は街を離れてた元の住人たちも、後から街を占拠してた難民たちが街を見限って離れて少数派になったことでまた街に戻り始めてて。


 状況は最悪だけど、昔を思い出してまたやってやるか! って感じになってるみたい。


 前にリュカが言ってた『10年前の胸くそ悪い依頼の内容』っていうのは、難民たちのうちの子供達を殺害することで街の住人と難民たちの間を決裂させる、って話だったそうで。


 そりゃ胸くそ悪いよな。今後は率先して女子供を優先して受け入れてく感じにしたいらしい。


 でも街の生活が好転したわけじゃないし、海運業的には盗賊ギルドを敵に回して絶望的だから、漁業に力入れるって言ってた。


 忍者、海上保安と来て次は漁師やるのか。


 ひとつところに身をうずめるって、こっちの世界じゃほんと大変そうだ。でも、トーラーさんたちならきっとできるんだろう。


 更に身体を縮めてるみたいでもう赤ん坊と同じくらいまで縮んでるクルルは、ここに置いてても状況が好転する気配はないだろう、ってことで。


 湖を渡った先にある中央のアゼリア王国西端の山頂にあるっていう、アマテラスの妹、スサノオの姉のツクヨミって女神様の神殿に預けることが決まってる。


 そこまで連れてったら、その先はほんとにティース姉、俺、リュカの三人だけな旅になる。


「子供のみの旅路ではさすがに心配ということですから、私が同行することになりましてな。タクミどの、よろしくお願いしますぞ」


 ――予定だったんだけど、確かに言われた通り、ティース姉が唯一成人してるけど見た目は女子高生と変わらないレベルで若い女性だし?


 全員子供の旅路だといろいろと問題を呼び込むことが予想されまくり、ってことで、一人だけ大人が同行してくれることになって。


 これはみんなの厚意だから断り様もないし、むしろ有り難い申し出だったんだけど。


「いや、こちらこそ、よろしくお願いします、ライバックさん。……ところで、ほんっと不謹慎なんですけど、そのターバンはどうしても外せないんですか?」


 忍者衣装に何故かターバンという出で立ちの。


 トーラーさんに継ぐ実力者で副首領、全滅した陸上組筆頭でシルフィンと直接戦闘して唯一生還した、っていう凄い経歴の持ち主のライバックさんは困ったような笑みを浮かべてみせてるけど。


「ばぁっか、ほんっとに失礼だよなタクミは。ライバックさまは宗教上の理由で頭を人に見せられないんだよ、他人の主義主張にケチつけんなよな」


 口では文句言いながら、目をきらきらさせてリュカがライバックさんの前に進み出てライバックさんを見上げてるんだけど。


 なんというか、リュカって、もしかして、おじさん好みな感じの子?


 ライバックさんの直弟子だって理由もあるみたいだけど、それにしてもフープ兄にも好意あった様子あったし。


 単純に強い男性好みなのかもだけど。


「まぁ、我が弟子のリュカが言った通りでして、これは寝るときでも外せませんでな。ところで、そろそろ開始時間ではありませんかな?」


 言われてクラさんの方を見やると、頭に白鉢巻巻いて、もう眼光を戦闘モードに変えつつあるクラさんが目線だけを俺の方に向けて軽く頷くのが見えた。


「ああ、そろそろかな。いつ出てくるかはほんと判らないんで、みんな適当にのんびりしといて?

 たぶん中じゃ数ヶ月単位の時間で戦うことになると思うから」


「不老不死、不滅の神族同士の戦いって終わりがないんだってなあ。怖ェ怖ェ。殺されることはないんだろうけど、まぁ、せいぜい頑張れよっ」


「神力を失ったとは言え、お祖母様は魔力のみ、剣技のみでもそれぞれ屈指の戦闘力を持ちますから。

 初めての神力の実戦使用の手ほどき、という名目ですけれども、お祖母様なら恐らく殺しに掛かる勢いで攻め立てるでしょうから油断しないで下さいませ」


 リュカとティース姉が口々に激励の言葉を俺に向けながら、ゲートに向かう俺の背中をばしばし叩いてくる。


「そこに有るものはなんでも利用すればいいし、利用できないならそういう風に差し向ければいい。

 勝てば何やってもいい、ってのはもう分かってるよね? 僕の自慢の弟だから」


「アタシから言えることはそんなに多くはねえけどよ、戦闘中は親も子もねえ、目の前の敵はただぶっ倒せ、それに尽きる。

 今持ってる全力を使ってぶちかませ」


 フープ兄とシェリカさんからも一言ずつ。いや、フープ兄のそれはちょっと同じ域まで達せる自信はないな。


 クルルが安置されて眠ってる別殿の奥の寝室にちらっと目を向けて、改めて戦闘モードなクラさんと目が合う。


「長きに渡った儂との戦闘訓練も、これが最後。――しかし、儂の子らがことごとくタクミどのにのみ声を掛けるというのは、いささか寂しいですな」


「そんなこと言ってるけど寂しいわけじゃないし、実際負ける気なんか全然ないでしょ?」


 お互いに軽く笑みを貼り付けたまま、戦闘前の目礼。


 どちらからともなく顔を上げて、すごく静かな気持ちで、俺たちは同時にゲート内に足を踏み入れた。



――――☆――――☆



 ……異空間内部の体感時間では半年くらいは戦ってた記憶なんだけど。


 外の時間は六時間程度、って感じで俺たちは外に出てきた。


 戦績? 216戦214敗1分、1勝利。


 俺、覚えたての神力込みで、全力本気で頑張ったんだぜ? それで神力使ってないクラさん相手にこの戦績とか。


 クラさんマジぱねえ。



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