23話 水龍神クラミツハ
Okaka MaroさんがクルルちゃんのPVを作ってくれました。
⇒ http://www.nicovideo.jp/watch/sm30454472 クルルの「ピチカートドロップス」
ウチのクルルたんかわええんやでっ!
「アーッハッハッハッハッハァ! お姉さまの言う通り!! 莫迦共がやって来たわぁ!!」
死霊の間を抜け、長い豪奢な彫像の立ち並ぶ通路を通過し、本殿最奥の『水龍の間』まで侵入した一行に、調子外れな女の哄笑と共に罵声が浴びせられた。
警戒態勢を崩さないまま、即座にトーラーを先頭とした忍者軍団がタクミらを囲み、臨戦態勢を形作る。
それを異に介さぬように、水底の神殿内部最奥とは思えぬほどに巨大な空間で、とぐろを巻いて眠っている様子の白龍の鼻先に立つエルフ風の女は遥か下方に位置するタクミたちを見下したまま笑いを止めない。
「あーらぁ、話し合いに来たんじゃなかったのぉ?
莫迦野郎どもが間抜けに雁首揃えて何しに来たんだっつーの、この神はもうあたしらの支配下にあーりますんですよぅ?
空気頭の莫迦揃いが無駄足ご苦労さんでーっす、アッハッハッハァ!」
「旦那様よ! なにゆえそのような女子に籠絡されたのじゃ?!」
周囲を固める忍者軍団を割って最前に進み出たクラオカミが、驚愕の表情を浮かべながら叫んだ。
「旦那様なればどのような悪術であろうとも斬って捨てることが可能だったであろうが!
あれほどの剣技を極めた神がなんたる醜態か!!」
「ああーん、たっしっかっにぃ、この方、人型のときはすんげえ強かったですねぇー?
さしものシフォンちゃんも慌てふためきまくりぃーの、あれは死の恐怖を覚えちゃった感じぃー、な甘美な体験でしたわぁー」
白龍の鼻先に生えた一本の巨大な角に艶かしく身体と股間を擦りつけながら、シフォン、と名乗った女は言葉を続ける。
「だーかーらー、莫迦だってーのよてめえらはぁ。
どんだけ剣技を極めたっつったってぇ、炎神カグツチさま謹製の血炎侵食を跳ね返せるわけねえでしょーがっ。
――まー、たかがおっきなトカゲが50年も抵抗したのは褒めちゃってあげちゃってもいいんだけどねぇー」
話す間も身体を角に擦りつける動作は止めない。一行のうち、リュカ、ティースなどは露骨な不快感に顔をしかめた。
「馬鹿な! カグツチは封じられ今も路傍に転がったままであろう!」
「カグツチさまを呼び捨てにするなんて不敬ですよぅ、たーかーがー水トカゲ風情が身の程を知りやがれってーの?
クラミツハもそう思うよねぇー?」
驚愕の叫びを響かせるクラオカミを意に介さぬ様子で、薄く片目を開けた水龍クラミツハは、眼前で身をくねらせるシフォンの身体に長い舌を伸ばし、シフォンの身体を舐め回し始めた。
シフォンの方も、嬌声を上げて自ら大量の唾液を垂れ流す舌に身体を預ける。
「なんつーか……、あの喋り方であいつが喋ってるのが気に入らない」
「同感。あの喋り方をしていいのは母様だけですわ」
口をへの字に曲げたまま頭上の痴態を見上げてひとりごちたタクミに、タクミの義手の左腕を軽く抱いているティースが応じる。
さりげなく振られた風のタクミの肩上に居たクルルが振った尻尾がぺちん、と軽い音を立ててティースの顔面に当たり、ティースは思わずタクミの腕を離し顔面を両手で押さえた。
「クルルちゃん酷いですわ……」
「油断も隙もないっ」
それぞれジト目で視線を交わしつつ、短く小声で応酬するが、当の本人であるタクミは全く気づかぬまま、相も変わらず痴態を繰り広げるシフォンとクラミツハを見上げつつ、手早く周囲全体に魔力線を飛ばし周辺把握を始めた。
「タクミくん、どう?」
「――やっぱ異空間だと思う。天井も左右も先向こうも反射がない。無限遠な感じ」
なおも最前列で言葉を応酬しているクラオカミとシフォンの姿から目を離さないままで、タクミはやや前に立って振り返らないまま自身に向けて掛けられたフープの疑問に短く答えた。
「それは困ったね。あっちに建造物に対する加減が全然ないってことで。
……ついでに遮蔽物がないから、僕ら竜息一発で全滅する可能性もあったりなかったり」
「それはもうあるって言ってるも同然だよねフープ兄? じゃあ基本戦術は」
「そりゃもう、一択でしょう。忍者の皆さんも同じ選択でした。まああっちは元々散開ゲリラ戦が信条だし、当たり前っちゃ当たり前なんだけど」
最前列を見ると、指揮官であるトーラーの後ろ手に回した手指信号を合図に、忍者軍団がじわじわと相互間隔を開き始めているのが分かる。
「でもタクミくんはティース護ってね、基本ワンセットで動いてくれると有り難いかな。最終兵器扱いでよろしく」
「『ティース姉が最終兵器』で、俺は魔力タンク、でしょ?
俺のリーチ短いからちょこちょこ離れることあると思うんでそこんとこは目端の利くフープ兄がサポートしてくれると信じてる」
「やっぱ戦闘になる感じか。現役離れて長いってのに、復帰戦が水龍討伐とか何の冗談だってのバッカヤロウ。
タクミ、悪いけどリュカの面倒もときどきでいいから見ててくれると有り難い」
軽く腕を交差させて信頼と作戦を確認し合っていたタクミとフープの会話に、シェリカが割り込んだ。
どうやら先程の死霊戦で使用していたニ対の黒剣を十字に組み合わせ、巨大な手裏剣の形にしたものを軽々と片腕で肩に担いだまま、じたばたと嫌がっている様子のリュカを乱雑に軽く振り向いたタクミの胸元に押し付ける。
突然降って沸いた重量を支えきれず、リュカを抱き止めながらややよろめきかけたタクミをフープとティースが両脇から支えた。
「お嬢さん! オレだってちゃんと戦えますって!」
「ああ、確かにそこら辺の賊や傭兵程度の人間相手ならおめえだって戦えるさ、そりゃお前を鍛えたアタシが保障する。
でも今回は相手が悪い、それにアタシも久々のガチ実戦でお前を庇ってる余裕が多分ない。
……足手まといで邪魔なんだよ、後ろで黙って見てろ」
リュカの嘆願を冷たくあしらったシェリカに、リュカは下唇を強く噛んで下を向き、黙り込んだ。
「あ。そういうことなら、リュカくんにはティースの専属護衛をお願いしたいな」
「オレが前線じゃなくて女子供の護衛?!」
「甘く見ちゃダメー。なんとこの集団でお祖母様を抜いて最大最強火力の持ち主なのです、我が妹君は」
「最大最強ってどんだけだよ」
突然リュカとフープらの視線を向けられたティースが、きょとんと目を見開いた後、すぐに恥じるように頬を染めてタクミの後ろに隠れる。
「いえ、わたくしは確かに強力なのは撃てますけど、回数と詠唱速度に難アリでして」
「幸いにして敵は一体と一人、人数はこちらが勝ってる。
乱戦にしかなりようがない布陣だしこっちは高機動戦で三次元戦になると思うから高誘導弾系統以外の魔攻撃はなるべく遠慮してね」
手早く両手斧を取り出したフープが矢継ぎ早に指示を出し始めた。
緊迫した様子に最前のクラオカミに目を戻すと、踏みしめたらしい両足の床元には無数の亀裂が走り始めており。
白磁のようだった露わになっていた両腕とうなじが真っ黒な龍鱗に覆われつつあり、額には一本の角が生え始めている様子が見て取れた。
「今のリーダーはトーラーさんに統率を任されたこの僕だから、逆らうならこの場で叩きのめすよ?
――神族同士の戦いに割り込んで無事で済むなんて甘い考えは今すぐ捨てて欲しい、それくらい今の状況はヤバい」
「ほ、本気を出したお祖母様は周囲が見えなくなるそうです、お祖母様の攻撃に巻き込まれないようにも注意を。
並みの人間なら風圧の影響範囲に入っただけで、一撃で木っ端微塵になると思われますわ」
震える声でクラオカミの変貌から目を離せなくなった様子のティースは顔面が蒼白になっている。
その様子を見て、それ以上の文句を諦めたのかリュカは短刀を抜き放ちティースの前に立って護衛する意志を示した。
「旦那様よ! 妻の前で他所の女と興じるとは良い度胸じゃの、この浮気は高くつくぞえ!」
「散開!」
「散らばれ!」
「タクミ離れてっ!」
周囲四間を震わせる爆音とも呼べるほどの豪声を挙げたクラオカミが神力で形作った漆黒の日本刀を抜き放ち、その場から掻き消えたと思われるほどの瞬速でシフォンに向かって一直線に斬りかかるのと、緊迫混じりのフープ、トーラー、クルルの号令が響き渡るのがほぼ同時だった。
タクミがクルルを肩車したままティースを左肩に、リュカを右腕で抱えてその場を飛び退くと同時に、一行の居たまさにその場所に、豪速でクラミツハの巨大な尻尾が叩きつけられ、床が大地震のように振動する。
『予定通り、適当に重力足場を分散して飛ばすから利用してくれ!』
あらかじめ用意してあった全員共用の念話チャンネルに思念を飛ばしつつ、タクミは漆黒の渦となった強烈に圧縮した重力場を周囲空間に無数に分散させた。
同時に、それぞれが了解の思念を返すのが聞こえる。
個々は拳大の球体渦であり単にその場に不確定軌道を描きつつ浮遊するだけで何の攻撃手段もないが、空中機動戦を得意とする忍者軍団にはまたとない利用可能な足場と成り得る。
また、タクミ自身もこれらに神鉄繰糸を絡ませることで振り子移動による高速移動術を可能にしていた。
「うわっ、高い、怖い怖い!!」
「なんで忍者やってて高所恐怖症なんだよリュカは。てか、お前ちゃんと肉喰ってるか? 軽すぎ!」
本格的に乱戦の様相になった主戦場からひとまず離れつつ、移動中に姿勢を変えつつ最も空中移動に不慣れなリュカの全身に重力渦をこれでもかと言わんばかりに括り付ける。
「ティース姉、早速でごめん、アレ!」
「緊急事態ですから仕方ありませんわっ!!」
こちらは手慣れた様子で自らそれなりの大きさの平面的な空中床を出現させたティースが、タクミの方に顔を向け数秒の接触を行う。
クルルの視線はクラミツハの方を向いたままだったが、気づかれたかどうか?
「え、何してんだよこんな緊急時に! さっきもやってたけどお前ら愛し合ってたりすんの? 姉弟だろ??
……なんかいいなあ、そういうの」
「うるっせえ、事情があんだよ!」
「タクミさんが戻って来れない場合を想定しての魔力の先渡しですわ、数回分の攻撃は躱せると思います!」
乱暴に口元を拭きつつ羞恥心に耐えながらリュカを怒鳴りつけたタクミに、ティースが説明を継いだ。
「フープ兄はあんな風に言ったけど、たぶん一人だけ空中移動手段を持ってないフープ兄がいちばんヤバイと思う!
だから俺はあっちに戻るんで!」
「分かってますわ、お兄様をよろしくお願いします! リュカちゃんは任せて下さい!」
「え、オレがあんたを守るって話で……、くっそ、ハメたな?!」
「こんなガチ対ドラゴン戦で短刀一本で何するつもりだってーの、おとなしくここで見物してろ! いいか、目立つなよ!?」
びしっ! とリュカを指差したタクミが、その姿勢のまま左上を上方に伸ばし、魔法戦と肉弾戦が入り交じる激戦となっている大元の位置に向かって重力渦に次々に神鉄繰糸を伸ばしながら振り子移動を繰り返して遠ざかっていく。
頭の上のクルルの胡乱な視線にタクミが気づいているかどうかは定かではない。
「ちぇっ、いいな、みんな戦う力あって」
「あら、リュカちゃんも強いですわよ? わたくしよりも全然。でもこの場で使える手札を持っていないだけ。
だいたい、この中で最年少なんですし、本来ならもう少し甘えてもいい歳頃なんですわよ」
「甘えるってどんなんだよ、家でお人形遊びでもしてろってか?」
不満げに表情を曲げたリュカが、やや姿勢を変えようとした途端に慣れない空中姿勢の維持バランスを崩し、すかさず手を伸ばしたティースに抱き留められる格好となる。
「ふふっ、本当は綺麗なお洋服もお人形遊びも別に嫌いではないでしょう?
今の姿は、お姉さんのシェリカさんの真似っこでしょう?」
「……バレてたのかよ。いつから気づいてた?」
「そうですわね、たぶんタクミさんやフープ兄さんはこの手の話題には疎いですから気づいていらっしゃらないと思いますけども。
リュカちゃん、フープ兄さんのことがお好きになってますでしょう?」
緊迫した現況にそぐわぬ唐突の話題転換に、リュカは驚愕と羞恥で目まぐるしく表情を変えた。
「なんっ…で」
「子供が好きな子にちょっかい掛けるのと一緒ですもの、フープ兄さんかシェリカさんにべったりで。
ああいう何でも理解してくれる聡いお兄様、という存在に憧れがあるのでしょう?
でも、わたくしの自慢のお兄様はそんなに簡単に渡しませんわよ?」
したり顔でティースは抱き留めているリュカの顔を覗き込む。
リュカは言い返そうとして口を開き、何度か口をぱくぱくと動かした後、言い返すのをやめて脱力しティースに身体を預けたままにした。
「そうだよ、だからあんたらが羨ましい」
「あんなに綺麗なシェリカお姉さまと、かっこいいトーラーお父様がいらっしゃる素敵なご家族だと思いますけどね、リュカちゃんも」
「頭領たちとはそんなんじゃ……」
「いいえ、周囲から見たら皆さんリュカちゃんを可愛がっていらっしゃいますわよ。
孤児の身の上を恥じていらっしゃるんでしょう。いけませんわ」
めっ、と言葉を続けながら、ティースが不安を帯びた顔になっていたリュカの額を指先で軽くつんっ、と突いた。
「そもそも、わたくしたち家族は全員血の繋がりはないんですのよ?
わたくしもお兄様も、母様に拾って頂かなければ戦地で果てていた戦災孤児ですし」
「えっ?! ……見えねェ、なんであんなに分け隔てなく」
「わたくしたちは納得の上でお互いを尊重してますもの。リュカちゃんが気づいていないだけで、そちらもちゃんと皆さんリュカちゃんを思いやっていますわよ?
このお話は無事、帰ったらまた話しましょうね」
自身をまっすぐに見上げて来るリュカの双眸に向けて笑みを返しつつ、ティースはますます撃剣の音や魔法の炸裂音が響く戦場に目を戻し、目を鋭く細めて小さく呟いた。
「だから。兄さん、ご無事で」
――――☆――――☆
「下がってろって言ったのに!」
雪あられのように降り注ぐ炎の礫を細かく両刃斧を振り進路上から排除しながら、とぐろを解き立ち上がったクラミツハの足元に向かって正面を迂回しつつ駆けているフープは怒気を露わにして、併走するタクミに向かって怒鳴りつけた。
「地上に居る僕と一緒に居たら、タクミくんの持ち味の機動性が死んでしまう! 僕がいちばん足手まといだからここに残ったのに!!」
「そんなこったろうと思ったよ、フープ兄の考えてることはちょびっと分かるようになってきたし!
フープ兄が誰かを犠牲にするなら、最初はぜったいフープ兄自身だ! それは俺が許さない!!」
「炎が怖くて堪らない子供が何を一人前に!」
「そうだよ、炎は怖い、怖くてたまんねえ、今すぐここから逃げ出したいよ!
だから全力必死でバリバリに全部避けてやらあ、ついでにフープ兄にも一撃も当てさせない!
それくらいは出来る、そう出来るように力をつけたんだから!!」
言うなり、タクミは自分らに向かって降り注ごうとしていた大量の溶けた炎を吹き出す溶岩の流下を気合一閃、大量の魔力を乗せた半身の体当たり――鉄山靠で弾き飛ばした。
肩上のクルルがどこからか取り出した扇子で後に残った熱波と飛散した細かい岩粒へ向けて片手で軽く仰ぐようにすると、それらが進路上から容易く排除される。
「クルルちゃんのそれは神力かい?」
「いや、これは俺の魔力を与えてる。クルルにはこっちに来る途中でめっちゃ濃い目のキスしたから」
「ああ、それでクルルちゃんの目がずっとハートなんだ」
「マジで??」
「いや嘘だけど」
目的地の後ろ足のすぐ下に辿り着き、軽く息を整える素振りを見せたフープと視線を合わせ、タクミは笑いかけた。
「俺、ちゃんと戦えてるでしょ? 炎はほんと怖いよ、ほら、手だって震えっぱなしだし」
両手に構えていた二刀短剣を握る手を軽く開き、ぶるぶると指先が震える様子を見せる。
「でも、だからって守られるだけの弱虫ではいられない。『兄さんに守られるだけの弟』ってかっこ悪すぎるじゃん?」
「――ガキがいっちょ前に、兄さんを立てろって元の世界じゃ教わらなかったの?」
「あいにく、生前は一人っ子です」
ふっ、とお互いに笑いあって、どちらからともなく伸ばした片拳を正面から合わせ、笑いを収めて真剣に視線を合わせる。
「タクミ、これからは子供扱いしない。ついて来れるね?」
「もちろん、そういう風に鍛えられてるのは知ってんでしょ?」
「……確かに、僕ならアレをやられたら逃げ出すね。存分に使い倒すよ、覚悟しておいて」
「望むところっ。で、ここでは何を?」
巨大な体躯を持つクラミツハであり、長い首を縱橫に振り回す先の顔付近が主戦場となっていることもあり。
足元は人数集中という点からすればティースらが陣取る後方空中と同じく死角になりがちの位置である。
「どんなでかい身体を持つ巨龍でも、弱点って部分はたくさんあってね。これをお祖母様に試したときはこっぴどく怒られたものだけど」
試したことあるんかい、と突っ込みを入れるタクミに向けて。
フープは以前タクミから『嫌なことを言い出す直前の顔』と評された不敵な笑みを作って、厳かにのたまった。
「どうやら、爪のある生物なら大抵は、爪と指の隙間に針を突っ込まれるとむちゃくちゃ痛いそうだよ」
――――☆――――☆
「ハッハァ! 確かに確かに確かにぃ、当代最強侍夫婦と呼ばれた剣技はお見事ですぅ?
でもでもでもぉ、悲しいかな、あたしとクラミツハの共同な炎障壁は破れないぃ!」
「旦那様よ、目を覚まされなされ! 御身の神力に相反する炎を使っておる故、御身が崩れ始めておりますぞ!!」
何度めかの全力の打ち込みを瞬時に展開された爆炎の結界に阻まれ、後方に飛び退りつつクラオカミは夫である水龍クラミツハに絶叫と共に呼びかけるが。
当のクラミツハは眠たげな薄目を虚空に向け続けるのみで、正気とは思えない素振りのまま、シフォンの指示に盲目的に従っている。
クラミツハの指摘通り、水龍であり水の加護を受ける水神そのもののクラミツハが本来の属性に完全に相反する炎の神力を使役することで、全身に醜い黒く焦げた跡が至るところに付着しており。
それらの跡はそれぞれが意志を持つかのようにクラミツハの真っ白い龍鱗を侵食するかのように蹂躙を開始し、各所でその範囲を広げ始めていた。
「ばーーーっかぁ、その程度でカグツチさまの呪縛が抜けるわけねえでしょーがっ!」
「小娘が、どうやって旦那様を籠絡しおった! 離れろ邪神の端女がっ!」
「はんっ、元正妻の意地ってやつですかぁ? みっともなーいみっともないっ!
自分でフッといて都合が悪くなったら寄りを戻したがるなんてぇ、どっちが悪女でしょうねぇ?」
再度のクラオカミの空中からの直接突入を正面から見据えたまま、シフォンが意地の悪い笑みを浮かべ言葉を叩きつける。
瞬間、怯んだクラオカミの眼前に巨大な炎が瞬現し、避ける間もなくクラオカミは炎に突入する形となり全身が炎に包まれ見えなくなった。
「実の兄で、実の夫ってそーれ近親相姦ってやつじゃん? うっわお兄様愛してますお慕いしてますだからーってかぁ?
神代の時代は大らかで破廉恥ですねえー、どっちが恥ずかしいんだかぁ?」
「その戯言をやめねば、その素っ首叩き落とすぞ売女め」
瞬速の太刀で炎の塊を分断しその場に現れたクラオカミは、真っ赤に光る双眸をシフォンに向け、既に全身をくまなく覆う漆黒の龍鱗を逆立てた。
額の中央に一本生やした水煙を纏う角が、更に赤い輝きを増す。
「あはぁん? 出来るもんならやってみればいいですよぅ、神族最下級の水トカゲな分際でぇ?
カグツチさまの尊き血脈から生まれた炎神族でありながら、主神を邪神呼ばわりだとか、身も心もアマテラスに売り渡しましたかぁ? アマテラスの舌は気持ち良かったんですかぁ??
どっちが邪神なんでしょうねぇ、コウモリ女がっ!」
「その口調もやめい、我が娘と似すぎて気持ち悪いわい」
びっ、と片手に構えた黒刃の日本刀を向けたクラオカミの指摘に、きょと、と呆気にとられた顔を向けたシフォンが、一転して爆笑に包まれた。
「アーッハッハッハッハッハァ! まだ、この期に及んでまだ、未だに気づいてない!!
莫迦だ、莫迦すぎる、まさか脳みそもトカゲ並みとはっ、おかしすぎるわぁー!!」
「……? 何を……」
「アンタが娘って呼んでるシルフィン・フェイはぁ、アタシ、シフォン・フェイの実のお姉さま、ですぅ!
つーまーりー、莫迦たれさまなトカゲにも分かりやすく説明するならぁ?
あたしのこの口調を真似して本来の口調を隠したシルフィンお姉さまをずっと娘と思い込んでたってことぉ!
分かりましたかぁ、低脳なトカゲさぁん?」
「――っ?!」
傍目からもそうと分かるほどに動揺の色を見せたクラオカミに、更にシフォンが畳み掛ける。
「つーまーりー、アンタらは五十年も前から騙されてたってことになりますねぇー?
だいたい、あたしの見目ってシルフィンお姉さまと瓜二つじゃんっ、最初に気づけよばーか」
「し、しかし、最初に出会ったシルフィンはまだ110歳の幼き容貌で」
「それっくらい千年を生きるエルフの精霊力でいくらでも身体操作できるってーぇの、五十年もお姉さまと付き合って精霊力も教われなかったんでちゅかぁ?
可哀想でちゅねえ、理解できる脳みそをお持ちでなかったんでちゅねぇー、低脳って不幸でちゅねぇ」
「手が止まっておるぞ、水龍姫どの!」
怒声と共に横合いから飛び込んで来たトーラーとシェリカが、クラオカミを蹴飛ばすか如きの乱暴な所作でその場から強制的にクラオカミの身体を移動させる。
と、そこに中空から伸びた幾筋もの蛇のような軌跡を描く炎蛇が各所から交差するようにクラオカミが居た場所へ集中して襲いかかった。
「ボケてんじゃねーぞクラさん、アイツの話が嘘でもホントでも、そいつぁここを抜けてからテメエの目で確認するしかねぇだろーがっ、バッカヤロウ!」
クラオカミの身体を押しのけた反動をタクミが中空に広げた重力渦をいくつか経由して空中で跳躍しつつ、クラオカミの側まで寄り添って一言短く告げると、シェリカは身体を起こして巨大な手裏剣を全身の力で投擲した。
複雑な軌跡を描いたそれは、シフォンの死角となる位置から狙い違わずシフォンの頭頂部目掛けて襲いかかり、慌ててしゃがんだシフォンの髪の毛数本を切断しシェリカの手元へ戻る軌道を取る。
「シルフィンに孤児院の子たちを預けてんだ、アタシだって子供らのことが心配になって来た!
ここは協力して早めにカタつけようぜ?!」
「――そうじゃな、確かにボケが進んでおった。もう歳じゃわ。主らと、我が主君のことを信じる局面であったな」
空中を高速で移動しながら、クラオカミの向けた眼差しの先を知るためにシェリカも器用に空中で姿勢を変えてそちらを見やる。
そこでシェリカの目に写ったのは、何事を仕掛けたものか、これまで聞いたことのない悲鳴とも呼べる絶叫を叫ぶ龍神クラミツハと、そのクラミツハの足元から全力疾走で逃げ戻りつつあるタクミとフープの二人。
……そして突如暴れ始めたクラミツハの鼻先で盛大にバランスを崩し転倒しつつ鼻先にしがみつくシフォンの姿だった。
終わらなかった。なぜだ(人数大杉。




