21話 水龍神の神殿
なぜかファンが急増中なフープ兄さんの一人称です。
「タクミくんが重力魔法を習得してくれてて本当に助かったよね」
「――いや、それ言うならクラさんの水中呼吸の方が全然上だろ」
これだ。この可愛い弟くんは、少し褒めるとすぐにそれを他人の功績にしたがる。
自己顕示欲がないというか自己評価が低すぎるというか、傍目にはちょっと分かりづらいけどものすごく自分に自信がなくて、自分の持ってる力を大したものじゃないと思い込んでるんだよね。
こういうところも可愛いんだけど、この子のためにならないからもっと自信つけて欲しいなあ。
「いやいや、重力魔法で沈没しそうな船の大部分を支えたからこその全員生還でしょ?
船底の方に居た船員さんとか、放置したら脱出出来なかったと思うよ」
「そこの戦士の兄ちゃんの言う通りだ。水中呼吸は俺らも多少は出来るけど、普通の人間なら脱出まで魔力が続かなかっただろうしな。
だから、オレらは――ええと、タクミだっけ、オマエに感謝してるぜェ? ああ、もちろん、他の皆さんにもな。
……頭領もなんか一言言って下さいよ? これじゃなんかオレが仕切ってるみたいじゃねェすか」
びしょ濡れの衣類を脱いで水を絞ったり、とりあえず周辺探索をしてる途中だった船員さんたちの中でも、割とあちこちに指示を飛ばして命令する立場だったみたいな若い少年船員くんが、僕の言葉を引き継いでくれた。
ここは水龍神クラミツハの湖底神殿――お祖母様のクラオカミの夫になる神だから、僕らにとってはお祖父様か。直接会ったことはないんだけど。
その神殿の中で唯一水上に出ていた尖塔から侵入し、少し階段を下ったところにあった大部屋と小部屋にそれぞれ男女別に別れて一段落してるところ。当たり前だけど完全無人なんだよねえ。
……水没してるのに空気が濁らずに循環してて呼吸困難にならないのは有り難いけど。風の精霊力が動いてるのかな?
と、船員さんに声を掛けられた頭領、と呼ばれたトーラーさんだけど。相変わらず無言だなあ。無表情すぎて考えてる内容もさっぱり読み取れない。
僕は実はこういう人はちょっと苦手で、会話術に全然乗って来ないからどういう立ち位置なのか読めないんだよねえ。だから付き合い方がよく判らない。
「む。……感謝している」
「――まあいいっすよ、頭領は口下手ですもんね。オレらはそれでもついて行きますから全然大丈夫っすよ」
心底呆れるんだけどね、みたいな苦笑をトーラーさんに向けて船員さんが一言。
気持ちは分かるよ、僕も乗船許可取るときに苦労したもん。喋らなさすぎ。
「てなわけで、オレの名はリュカ、寡黙な頭領に代わってみんなをまとめてる伝令役みたいなもんだ。
……若いからってバカにすんなよ、これでも一人前だ、背はそのうち伸びるからな。
街に戻るまでは冒険者なあんたらに従うことになると思うんで、よろしくな」
トーラーさんの無骨な謝辞に呆れつつ、リュカと名乗った少年が握手を求めて来たので、にこやかに笑顔を貼り付けてそれに応じてみる。
うんうん。やっぱりこういう子の方が対処しやすいなあ。
ていうか、たぶんだけど、この方たちは生粋の船員じゃないっていうか、明らかに全員が戦闘職か元戦闘員な方々で、ちょっと油断ならないな、と感じてたんだよね。
立ち居振る舞いが一般的な船員離れしているというか、普段の物腰が既に隙がなさすぎて達人級の気配を感じるというか。
『何か別の戦闘組織が、後から船舶系職種に就いた』……と考えた方が自然な感じがしてたんだよねえ。
「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕はフープ、こっちの弟はタクミ、僕らは家族で冒険者やってる一家です。よろしく」
「女性陣の方でも着替えしてんのかなあ。てか、なんでみんな普通に革鎧とか軽装備持ってんの?
てーか、その魔力収納って俺知らないんだけど」
おおっ。タクミくんが無邪気にいいところを突いたね。隠してない、と僕が思ったのはその軽装備へ着替え始めてたからなんだけども。
そして魔力で個人所有の別空間を開いていろいろモノを収納しておく魔力収納は割とある程度魔力のある戦闘職や熟練冒険者とかじゃ普通の技能なんだけど。
我が家ではお祖母様の方針であまり使わずに露出状態で持ち歩く方法を採ってるんだよね。
収納にも常時魔力消費するし取り出すタイムラグがあって突発戦闘に支障が出るから、って理由が実は戦闘第一主義なお祖母様らしい方針というか。
付き合わされる僕らは堪ったものではないんだけど。おっとこれは失言。
「あー、そこはお祖母様の方針で僕らは使ってないだけで、タクミくんの戦闘技能もお祖母様の方針の影響があるから教えてないだけだし、お祖母様もタクミくんには甘いから、聞いたら教えてくれると思うよ」
……と、こういう言い方をするとたぶん甘えるのが恥ずかしくて聞かないんだよねこの子は。案の定、下を見つめて何か全力で考えてる気配。
何か思考の袋小路にハマっちゃってるんだろうなあ、と推測しつつ、僕はこの可愛い弟くんを背中から抱き締めて頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
抵抗らしい抵抗しなくなった辺り、だいぶ僕らの家族愛は伝わってると見たね。
野良の子猫を手懐ける快感ってこんな感じだろうかねえ?
「で。核心というか、こういう状況なんで仲間内で隠し事は少なくしたいというか。
――そちらももう隠してるわけではないと思いますけど、たぶん一般船員ではなく、かなり高いレベルの戦闘集団でいらっしゃいますよね?」
たぶんそれはタクミくんも感じてたはずで、僕の腕の中からリュカくんを見上げる気配。
タクミくんは発散魔力で世の中を視てるから、この人たちの発散魔力量が一般人からかけ離れてることに人一倍気づきやすいはずなんだけど。
率先してそれを言い出さないのは場を乱すことに臆病なんだろうなあ。
「あー。別に隠してないっつか、もう一蓮托生なわけだし――、頭領、言っちゃっていいんすよね?」
「……」
リュカくんの問いかけにトーラーさんが無言で頷く。頼むから喋って下さい。
もしトーラーさんと二人っきりになったら、僕の方だけ一方的に喋りまくる感じになるんだろうね。
あっ。それトーラーさんと二人っきりのときのシェリカさんの状態だね。
「あー、えーとな。信じなくても構わないんだが、オレらは全員『忍者』なんだよ。
忍びの者が隠れてねえぞ、なんてツッコミはなしで頼むぜ?」
まあ、隠れてないっていうか隠れるつもりが最初からない気はしてたね。しかし忍者とは、珍しすぎるねえ?
冒険者ギルドにも忍者はいるらしいけど僕らはまだ会ったことはないなあ。
「つっても、オレらも船員生活始めてもう10年近くになるし、修行は怠ってねえけど戦場に住んでた昔ほど戦える気はしてねえしな。
まあ、オレはいちばん若くて16だから、ちょくちょく戦場に出稼ぎに行ってるつっても、船員生活の方が長いけどさ」
「忍者……こっちの世界にも居るのか。なんか忍術とか使ったりしちゃうのかな」
「ん? タクミは忍者の知識あるのか? 忍術っつか普通に魔法は使うぞ全員。でなけりゃ忍者になれないからな。
まあ、魔道士が使うようなド派手な攻撃魔法みたいなもんを想像してるならたぶん全っ然違うけどな」
タクミくんの呟きはたぶん、異世界の知識だよね。僕はそっちの方に興味があるけど。
でも、タクミくんの前世の最後は最悪な死に方だったそうで、そのせいであらゆる炎を怖がるトラウマになっちゃってるから。
ティースも炎そのものじゃなくて熱だけを取り出す魔法を新しく開発して普段から一切の炎を使わないように工夫してたっけ。
それはともかく。
「ああ、やっぱり戦闘職だったねえ。しかし忍者――暗殺者とは、元は盗賊ギルド配下?」
「今も暫定的にギルド配下、で沿岸警備隊やってたんだけどな。
オレらは暗殺を生業にしてる盗賊ギルド直属系統の忍者じゃなくて、北東の寒村出身な地方忍者だよ」
「なるほど? ギルド配下で忍者になったタイプじゃなくて、生まれ育ちが忍者の里、って奴だねえ?」
「あー、忍者の里を知ってるなら話早え。つまりそういうこと。
盗賊ギルド依頼で移動しながら依頼請け負って生活してた流浪生活だったのが、10年前の依頼が言うのも憚られる胸糞悪い依頼でな」
リュカくんが苦虫を噛み潰したような渋面を作った。
他の方々もなんだか不快そうな顔してるから、これはあまり積極的に触れない方が良さそうだなあ。
「まあ、それで全員一致で破棄して盗賊ギルドからは忍者としては登録抹消して、沿岸警備隊として街に根付いてたってとこさ。
――警備業だけじゃ食えないんで、まあときどきは戦場に出てはいるんだけどな」
「ははあ、なるほどねえ。しかし、なんでまた忍者から沿岸警備隊に?」
「まあ、元が盗賊ギルドの戦闘特化なならず者集団なんで、受け入れてくれた当時の住民には大感謝なんだけどなあ。
基本が戦闘メインになる職が得意なんで、自警団辺りしか適職ってのがなかったのさ」
「街の方じゃ自警団が居るような気配なかったけどな?」
タクミくんが僕らの会話に割り込んで来る。そうだね、一週間ほどしか街には居なかったけど、僕もそういう人たちを見かけた覚えはないなあ?
「ああ、街に居るのは『陸上組』だからなあ。戦闘修行の一環で普段から隠れてるから、一般人が見ても気づかないと思うぜ」
「あっ。ここに居るのが全員じゃないんだ?」
「そうそう。こっちに居るのは『船上組』な?
でもずっと『船上組』で船上生活ってのも辛いし戦闘勘が鈍るんで、ローテーションで交代してんだよ。
頭領と古参は交代しないんだけどな」
「古参の人が交代しないのは何でだろう?」
「いや単純に、船上組は頭領が仕切ってて、陸上組は副頭領が仕切ってんだけど、古参の人は側近で護衛だからってだけでさ。
副首領はお嬢さんの側近護衛だから、船にも乗るかと思ったんだけど来なかったな? あ、副頭領も頭領と同じくらい強いぜェ?」
「へえ? トーラーさんもかなり強そうだけど、同じくらいの方がもうひとり居るんだねえ?」
これは重要情報かな。リュカくんはなかなかに口が軽くて話しやすいなあ。いい子すぎる。
でもねえ、恒久的に敵味方になるかどうかが判らないうちからそんなに内部情報を暴露しまくっちゃダメなんだよ?
「しっかし、沿岸警備で海賊とやり合ったり自警団で盗賊とやり合ったりってのは楽しかったんだけどさ。
今じゃ街の治安悪くなっちまって、オレらと仲良かった元の住民たちがどんどん街を離れちまってんのが寂しいとこ。
――船も沈んだし、あのデブに従う義理はもうねえんだけどよ。頭領は義理堅いからなあ」
リュカくんの視線の先に、大広間の中央で何やら喚き散らしている様子の盗賊ギルド派遣な太っちょの元船長さんが見える。
こう言っちゃ可哀想だけど、あの人だけはこの先お荷物にしかならないのが目に見えてるからなあ?
何か、合法的、かつこっちに実害がない適当な方法で退場して貰った方が、面倒がなくて合理的な気がするんだよねえ。
おっと、こういう工作は純粋無垢な可愛いタクミくんに気づかれると大変だ。胸の中にそっとしまっておこう。
同じようなことをトーラーさんを筆頭に忍者集団の方も考えてる気はするんだけども。
忍者が高度な暗殺者なのは周知だし、引退した、今は違う、なんて当事者の弁は信用出来ないよね。どうも日常的に戦闘訓練してるっぽいし。
まあ今のところ、忍者の方に僕らを害するメリットがないから後ろから刺されることはないだろうけど?
盗賊ギルド配下ってのが分かっただけで僥倖、警戒、警戒っと。
こうして考えると、僕らの協力関係ってのは実は割と薄氷だなあ。リュカくんくらいだともっと単純そうだけど。この子、こんなに全力で素直そうで大丈夫なんだろうか?
可愛さではタクミくんの方が上だけど、軽挙妄動っぷりはタクミくんを上回る可愛さを持ってる気がするね?
「あれっ。とすると、シェリカさんも忍者関係者なのかな?
別室でお着替え中なはずだけど、女性のお着替えは長いから迂闊に聞けないなあ」
「シェリカお嬢さんは頭領の娘だぜ?
早くに奥方を亡くしちまったもんで父親の頭領べったりで、まあ言っちゃなんだけどファザコンだよな。そんなとこも可愛らしいんだけどな」
シェリカさんたちが着替えに籠もっている別室の方に目を向けて、リュカくんが好ましいものを見る目つきに。
ああ、これはみんなに慕われまくってるアイドル的な立ち位置だね。集団で唯一の女性なのもポイントかなあ。
リュカくんくらいの年齢なら恋心なんかも抱いてそう。身分違いだから言い出せないとかそんな感じの。
でも、当のリュカくんも実は周りに可愛がられてそうだなあ。16歳だっけ? 見たところ、いちばん年下なんだよね。
自分の倍の年齢の女性を可愛いって言っちゃう辺り、女性慣れしてないんだろうなあ、とか思っちゃうね。
自分が集団をまとめてるまとめ役になってる感じになってるみたいだけど、たぶんこれは目立つ役職にいちばん弱い子を据えて全員で守ってる感じがするなあ。
この子の役どころを推察するに、非情な暗殺を生業とする暗殺者集団、の線はだいぶ薄くなったかな。
他の船員さんたちとのやり取りを見てる限り、どう見ても使い捨てな捨て駒にされてる様子はないし。
盗賊ギルド内の組織的な役どころはよく知らないけど、恐らく冒険者と同じように依頼を受注して遂行するタイプの一般構成員かなあ?
ここら辺は元盗賊ギルドなお祖母様やクルルちゃんに訊かないと判明しないか。判断材料のひとつとして覚えておこう。
しかし。そうかあ、シェリカさん、実父でファザコンだったかあ。たぶんあれは理想の男性が父親だとかそういうタイプだね。
これは更にいじりがいのある情報を得たね。年上好きでしっぶーい感じの男性相手が好きで、かつ物凄く奥手と見たっ。
……って、そのお噂の当人が出てきたかな。
別室の方から、クルルちゃんを大事そうに両手に抱いたお祖母様を先頭に、着替えが終わった女性陣がぞろぞろと広間に入って来たんだけど。
お祖母様の戦闘装束は久しぶりに見たなあ。
和装の袖を肩まで捲って背中に十字紐で肩口で留めた上に、左腰に大太刀装備で、袴も動きやすさ優先で両足首に巻き込んでぴっちりとまとめてて。
孫の僕が言うのもなんだけど、やっぱり、お祖母様って純粋に戦闘力の塊って感じで、かっこいいなあ。
ティースはいつも通りの薄茶色のローブを乾かしただけか。素材はいいんだからもっと飾ってもいいと思うんだよねえ?
ここは兄として、街に戻ったら何か装飾品を贈るべきなのかな。
でも元貴族生活してた子だから、生半可な装飾物って見飽きてる気もしないでもないなあ。
クルルちゃんはまだ回復し切ってないのかな、お祖母様が抱っこしたままでタクミくんの肩車っていつもの定位置に移動してるけど、どこか眠たそうな感じが。
ほんとはクルルちゃんの加護なしでもタクミくんはものすごく強い感じに育ってきてるんだけど、まあ保護者が心配性なのはどこでも一緒か。
むしろ、うちの母様やお祖母様が一般常識からかけ離れてスパルタすぎるんだよね。
この二人はお互いがお互いに共依存してる感じに見えてちょっと危うく思ってるんだよねえ。
神使と神器っていう関係で切っても切れない繋がりを持ってるんだから、もっとお互いを信頼してそれぞれ自立してもいいんじゃないかなあ?
……などと思わなくもなかったり。
我が家のお祖母様と母様っていう元神使と元神器の関係性を先に知ってるから、余計にべったりしすぎに思えるのかもなあ?
母様は神力なしでも最強格のエルフだしねえ。
ほんとうはあの定位置が僕の肩の上だったら、タクミくんの言う『萌え』を全力で楽しめるんだろうけど、まあ『YesロリータNoタッチ!』の大原則に反するから、ここは眺めるだけでぐっと我慢が漢の花道。そう、僕はロリータの伝道師として全世界にこの至言を広める役割を担った崇高なロリータの下僕、ロリータこそが世界を救いあらゆる諍い、争いを無くし世界をより良い物にしていく唯一の道筋であり信仰の源でありあらゆる嗜好の頂点に在るもの、僕、フープはここにロリータを世界最高の萌えとして世界唯一の大陸アトラスに顕現した新たな信仰として一生を捧げることを改めて誓うと共に、この信仰に同意し世へ広めていく志を同じくする同志を探し、教育し、信仰に帰順する民衆たちを導く役割を喜んで担うことになるだろう。僕は断言する、ロリータ信仰はこの世界に数千年を掛けて広まっていく、この世界に新たに誕生した至高の教えなのだと。
――はっ。つい熱くなってしまった。タクミくんが僕の熱い眼差しをものすごく呆れた目で見返している気がする。
そんな、酷い。ロリータ信仰の基礎を僕に教えてくれたのはタクミくんじゃないか。
で。噂のシェリカ『お嬢様』はと言えば。なんで僕の周りの女性たちっていうのはこう、かっこいい女性ばかりなんだろうか。
32歳だって言ってたけど、確かにティースが騒いだのが分かるなあ。
無駄のない引き締まった全身を惜しげもなく露出してる、黒を基調にしたかなり丈の短い和装上着を腰帯で留めただけの女性的な忍者衣装――女性の忍者はくノ一って言うんだっけ?
語源は知らないけど。異世界の言葉が語源だってお祖母様から聞いたっけ。
それと、背中と両腰に乱雑に吊り下げた身の丈ほどもある無骨な剥き身の両刃の剣? がめちゃくちゃ目立ってる。
あれはたぶん組み合わせて使うことも出来るようになってるんだろうな。って、あれれ?
左目の上に大きな傷跡が見えるけど。船が沈んだときの傷……じゃないよねあれは。かなり古い傷跡に見えるけど。
「ああ、左目の傷か。ありゃお嬢さんが初陣でつけた傷だな。頭領を助けようとして戦場で顔面に剣を受けたんだよ」
「傷跡が残ってるっていうのは珍しいんじゃね? 俺みたいに呪われてんのかな」
あっ。タクミくんそれはバラさなくてもいい情報で。まあいいか、歳が近い子相手で気安くなってる気がするし。
「ってお前呪われてんのかよ、スゲエな? その眼帯はマジで見えてないのか。
――いや、魔力のある剣でついた傷で処置が遅くて再生出来なかったんで、それ以来お嬢さんは左目が義眼なんだ」
「魔力のある剣でついた傷って再生出来ないんだ? それは初めて知ったけど。あれ?
クラさんの魔剣で斬られてもいつも普通に再生出来るけどな」
「魔剣つってもいろいろあんだろうがよ、再生不可の魔剣ってのも戦場じゃ見かけるんだよ。
斬られ慣れてるみたいに聞こえたけど気のせいか?
で、お嬢さんも普段は化粧で隠してるけど、あんまし根掘り葉掘り本人に訊くのは勘弁してやってくれな」
タクミくんの相槌にリュカくんが呆れ顔。
まあ、戦場の場数では戦闘本職な忍者のリュカくんに軍配が上がるだろうから、そこは勘弁してあげて欲しいな。
冒険者的なチーム戦なら僕らも忍者軍団といい勝負すると思うよ?
そしてタクミくん。お祖母様に斬られることになんだか慣れてるような発言がぽろっと出てくることにお兄さんは不憫さを禁じ得ないよ。
普通、お祖母様のあの魔剣で斬られたら再生する暇もなく死んじゃうからね? 神器ならではのスパルタ戦闘訓練というか。
「あれなあ、オレらからしたら名誉の負傷だけど、お嬢さん的には未熟なせいだったってんで傷の由来を恥じてるそうだからなあ」
「左目が義眼、ってのは街の診療所でも言ってたな。左側の視界はやっぱ魔力で補ってる感じ?」
「義眼が魔力込めたお嬢さん特製の魔眼で、左目だけで見ると魔力放射が見えるんだ、って言ってたな。
どんな視界なのかはそんなに魔力について詳しくないオレにはさっぱりだが」
「なるほど、魔力発信で視てる俺がアクティブソナーなら、そっちは受信で視るんだからパッシブソナーか。そっちの方が魔力効率良さそうだな」
「ぱっしぶ? タクミくんはときどきよく判らない言葉を使うよね、異世界語かな?
まあいいや、とりあえず全員集合したことだし、今後の方針を定めようか」
ちょっと興奮気味にシェリカさんのことを語ってるリュカくんと、どうもシェリカさんの魔眼に興味を持ったっぽいタクミくんにそっと割り込む。
リュカくんは割とタクミくんに歳が近いから、ずっとこの町に居れば親友になれるかもしれないなあ。
まあ僕らはアマテラスが待ってる神国に行き着く旅路の途中だから。
タクミくんの様子を見て、仲良くなれそうならなんか策を練って同行する感じに仕向けてもいいか。
そろそろタクミくんにも同世代の友達が必要だと思うんだよねえ。喧嘩するほど気安い関係の他人というか。この子たち喧嘩したら派手になりそうだけど。たぶんリュカくんもかなり戦闘力ありそうな気配。
僕ら相手だとどこか遠慮というか萎縮しちゃってる感じがありありで、この先が心配なんだよねえ。
タクミくんは自分を捨ててでも他人のことを最優先にする子だから、何かの弾みに自爆の道を選んじゃいそうでねえ。そういうのを殴ってでも止めてくれる候補としてはリュカくんは最適な感じ。
って、僕けっこうリュカくんを気に入ってるんだなあ。僕の大事なタクミくんを預ける対象として見てることに気づいちゃったよ。
「とりあえず、ここが水龍神の支配海域内、ってのが深刻な懸念だよな。
神殿内に入り込めたのは助かったけど、船の廃材で筏組んで街に戻ろうにも、支配海域内の水上を進んでまた攻撃されたら、ってとこか。
……おい、何をお嬢さん凝視してんだよ」
相変わらず、トーラーさんの側に寄ると赤面しちゃうんですねシェリカさん。あそこまであからさまだとまたいじりたくなってしまうなあ。
ていうか、トーラーさんの方は娘の気持ちは知ってるんだけど、どう対処していいか分からなくて無視になってしまっているという考えが浮上して来たなあ。
おっと、リュカくんとタクミくんの視線が痛い。
「いや、ほんとに美女だなあ、と思ってついつい視線を奪われてしまったね」
「だろ、だろ?! お嬢さんマジで美人なんだよなあ、見目も良くて声も良くて、オレら全員お嬢さん親衛隊」
「まあ、うちのクルルの方が可愛いけどな」
「ああん? お嬢さんとそんなちびっこ比べんなよ」
「違くて。今はこんな姿だけど、ほんとの姿は美少女なんだってのクルルは」
「はあ? 妄想かなにかか? ロリコンっつーんだっけ? ちょっとキモいからやめとけよそういうの」
「待ち給え、ロリータは至高にして至上の教え、それを貶めることはこの僕が許さないよ」
若い二人の喧嘩を微笑ましく見守っていた僕だけど、話がそこに及んでしまうなら僕は君を許さないよ、リュカくん。月夜の晩ばかりじゃないんだよ?
って若いとはいえ忍者相手に夜道で仕掛けるのは無謀だろうか。いや、至高のロリータがきっと僕を護って下さる。正義の鉄槌は施行されるべきだ。
「うぉっ、怖っ。おっさん頼むからそんな上から威圧感丸出しで覗き込んで来んな。ふつーに怖ェよ」
「おっさん……、僕まだ33歳……」
「ガチでおっさんじゃねェか」
「フープ兄、俺も今度からフープおじさんて呼んでいい?」
「許可しません。そういうこと言ってる子は実は物凄く敏感な部分を女性陣に伝えちゃうよ」
「やめて! それは洒落にならないからマジでやめて!!」
ふっ。勝った。
急に焦りまくりになったタクミくんと、焦ってるタクミくんを変なもの見るような目で怪訝そうに見ているリュカくんの二人の前で僕は勝ち誇ってみせる。
実はタクミくん、脇腹と背中がなぜか超絶敏感で、指でなぞるだけで悶絶しちゃうんだよね。
これは男二人で入浴中、四肢欠損で不自由な身体洗ってあげてる最中に判明した事実。これを材料にいろいろといじれちゃうんだよなあ。
ふっふっふ。兄に勝とうなんて10年早いからね、タクミくん。
「で、話を戻すと。海上移動が危険を伴うので、確認しないままで強行したくない、ってのは賛成。各自魔力収納に非常食入れてるだろうから、当面の食料には困らないよね?」
「ああ。湖から釣りでもして魚なんかも釣れそうだけど、水龍の神殿付近でなんか水龍さんの神経逆撫でするような真似はオレも避けたいし」
「俺も同感。水龍さまも魚喰ってんだろうから怒るかどうかは判らんけど、なるべく殺生は避けたいわな」
「んー、たぶんお祖母様と同じで神族だから飲食してないんじゃないかなあ。そろそろ他の方の意見も聞きたいね」
よく考えたら、全員の方針を定めようとするのに僕らだけで話してるのもおかしな感じなので。
みんなだいたい濡れた衣類脱いで着替えも終わって人心地ついたっぽいし、全員に向けて軽く手招きをば。
お祖母様が天井付近に浮かべている巨大な永久光球の青白い光に照らされているみんながすぐに気づいて、僕ら三人の側に集まってくるのが見える。
「ああん? 作戦会議か? そういうのはアタシらじゃなくてトーラーに全部任せときゃいいんだよ」
「いやお嬢さん、頭領は指示出してくれねえっすし、頭領の行動にガチでついて行こうと思っても能力差がケタ違いなんで後で苦労するのはオレらなんで?
そこは勘弁して欲しいっす。頭領なら大瀑布の下に落ちても翌日にはけろっと戻ってきてそうだけど」
ぞんざいな物言いのシェリカさん相手にリュカくんが言ってる大瀑布というのは大陸北東中央にあるカルデラ湖から流れ出る大きな滝のことだね。
幅はそうでもないんだけど高低差が1,500メートルに達するんで、滝壺に落ちたら生きて戻れないって言われてる。
トーラーさんは戻れるのか。人間かどうかも怪しくなってきたな。
「儂らは元々旦那様の元へ赴くことが目的であったから良いが、そちらは街へ帰るのを優先させたいじゃろうし。
しかし神域を犯した非があるとは言え、攻撃を受けたからには再び湖を渡るのはヒトの身では心配であろうの」
「というか、あのように問答無用だとはわたくしも思いませんでしたわ。
ここに着く前に湖底の沈船もたくさん見ましたけど、あれらは神罰を受けた船舶の数々なのですわね……。
確かに、あれらを見た後では恐ろしいでしょうね」
お祖母様の言に、ティースが相槌を打ちつつ身を震わせる。
確かに、あの、ぎょらい? だっけ、タクミくんがそう呼んだ攻撃を目撃したのは僕とタクミくんと、あとは高所に上がってた一部の船員だけだろうけど。
あの威力を見るに、魔法防御が神レベルで強くないと耐えられそうにないね。数発で30メートル近い大型ガレオン船をへし折るんだから、人間なんかひとたまりもなさそう。
「そんなことはどうでも良い! 私をさっさと街に戻さねば、街の税率を更に上げることになるぞ!
だいたいなんじゃ、たかが水トカゲの分際で盗賊ギルドより派遣された私に逆らうとは、無礼にも程がある!!」
……うわあ。龍には顎の下に一枚だけ逆さに生えた逆鱗があって、それに触れると怒り狂って触った者を殺害する、って龍伝説があるんだけどね。
この派遣船長さんはそれに触れちゃったね。お祖母様は優しいからお許しになるだろうけど。僕は絶対に許さないよ?
お祖母様と同族の相手を水トカゲ呼ばわりとか。無礼にも程があるよ。
「たかが派遣船長の分際で何を勘違いしちゃってんだって話だよ?
そもそもあんたが指揮する船は湖底に沈んだって現実があんだからよ?
そりゃ船長なあんたの指揮がまずかったからだろうよ? 上に知れたら責任追及されんじゃね?」
リュカくんが鋭く指摘して、忍者の装束に着替え終えてる元船員さんたち、現忍者軍団さんたちは一様に白い目を元船長へ。
でもねえ、こういう小物はそれくらいじゃ堪えないんだなあ。
「責任はお前らのせいだろうが! このような危険があるのならば、私の命令の前に私にそれをよく説明するべきだっただろう!」
……ほらね。『自分の行動が失敗するのは自分に最善行動指針を示さなかった周囲が一方的に悪く、自分は常に間違っていない』タイプだよねえ。
こういう小物と真面目に付き合っちゃダメだよリュカくん。この手の病気は死ぬ目に遭うまで治らないんだから。
場に呆れ混じりの空気が漂い始めてるなあ。
まあ、この小物船長への敵意でみんながまとまるならそれはそれで美味しいか。じゃあその線で行こうかな。
「そうだねえ、責任云々はとりあえず街に帰るまで置いとくとしても、この場で略式裁判みたいなもんはやってもいいかもしれない。
幸いにしてここに元神使と現神使と神器で神々が三柱――まぁ正確には2.5柱くらいだけど、そういうことなんで神前裁判は出来るね。
というわけで、船長の指示で我々は現状に至ってるっていうわかりやすーい状況がある中で。いちばんの原因は船長にある、と思う人は挙手ー」
軽く言って、とりあえず僕が率先して右手を挙げると。うんうん、トーラーさんはたぶん穏健保守派だから挙げないけど、ほかの配下はみんな挙げるよねえ。
リュカくんはタクミくんが神器なことに今気づいたみたいで、ちょっと驚きの目線を僕らに向けてるけど。
ああそうか、詳しくは説明してないからクルルちゃんが神使だと気づいていないかも。後で崇め奉るように指導しておこう。ロリータこそ至高。
「じゃあ多数決と、後々逃亡されたりすると面倒なのと、この中でたぶん? 唯一の非戦闘員なので余計なことして危なそうだ、という理由をまず挙げとくけども。
ふん縛って拘束の上で連れてく、って選択肢を提言するよー? 反対者は居ないよね?」
「何をバカな……、何をする、離せ、私を誰だと思ってる!?」
おお。さすが速さが信条と名高い忍者の皆さん、行動が早い。あっという間に取り押さえてますな。
これで、あとは事故に見せかけて。おっと、タクミくんがまた何か考えてるな。ううーん、今度は何を悩んでるのかなあ。可愛い。
「って、同行つってたけど。どこに向かうんだ?」
ああ、そっちだったか。優先順位付けが上手くないねえ?
自分のことより先に他人のことを思いやる美徳だなあ。忍者の皆さんの帰還を優先させたんだな。
なんというか、家族の安全が最優先な僕には無縁な感情だなあ。
「あれれ。思い至らなかったか。水上を渡れないのなら、水上を渡れない原因を作ってる方と話すしかないだろう?
だから、このまま神殿を下って水龍神クラミツハさまのねぐらへ赴く選択肢一択なんだね。僕らの当初の目的でもあるんだけど」
おっ。タクミくんが合点が行った、って表情を。目的の内容はちょっと変わっちゃってるけど、会う目的自体は一緒だからいいよね?
まあ、そういうことで、僕らはみんなでこの水龍神の神殿探索を行うことになったんだ。




