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転生したら神になれって言われました  作者: 澪姉
第二章 水龍篇
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18話 戦闘狂

「あはぁん? まだ潰れるには早いぃ、早すぎるぞぉ、おぃちゃぁぁぁぁん!!」


 恰幅の良い髭面強面の中年男が白目を剥いて目の前に注がれた木製コップを握りしめたまま悶絶しており。


 それをけたけたと笑いながら手に持つ酒を瓶ごとラッパ飲みしていたシルフィンが覗き込んだが。――男からの返事はない。


「なんでラム酒20杯も飲んでけろっとしてんだよお前は。ほんとにエルフか?」


「うーん、師匠も生まれを間違えたぁーって言ってたぁ。酒精さんとは一生を添い遂げる仲だねぇ、精霊使いなエルフだけにっ!」


「世にも珍しい酒樽から生まれたエルフに飲み比べ勝負を挑んだコイツが運がなかったってこったな」


 喧騒が支配する夜半の酒場内で、各テーブルを巡るようにくるくると踊りながら歩き回りつつ。


 周囲から次々と差し出される酒瓶を浴びるように飲むシルフィンに、周りの男たちが苦笑しながらもばしばしと身体のあちこちを叩きまくっている。


 街一番の酒豪であった男を倒した新たな王――いや、女王の誕生を祝福するものである。


「惜しいなー、勝ったらこの身体自由にしても良かったんだけどぉー」


「そんなガリガリの子供みてえな身体の女なんか需要ねえだろ」


 周りから掛けられた誰かの言葉で、店中が爆笑に包まれる。


 言われた当人のシルフィンが笑顔をぎしっ、とやや引き攣らせ、ぎょろり、と剣呑な目を剥いた。


「おおっしぃ、いま喧嘩売った奴ぅ、買ってやるから出て来ーいぃ!」


「ああん? 腕っ節自慢の船乗りが集まってるこの港酒場で喧嘩売るなんざいい度胸すぎるぜエルフの嬢ちゃんよお、覚悟出来てんのかあ?」


 先程飲み潰れてしまった中年男よりも更に体格の良い、毛むくじゃらの上半身を薄っぺらい肌着だけで覆った筋骨隆々の大男が凶悪な笑顔を浮かべながら前に進み出た。


 そして、背丈で遥かに小さいシルフィンを頭上から舐め回すように覗き込む。


「ああっ! 師匠から教わった諺が急に浮かんだぁ!」


「はあ?」


「大男、総身に知恵が回りかね……だったっけぇ」


 しばし考え、小馬鹿にされたことを悟ったらしい男が顔を紅潮させてシルフィンに掴みかかる。


 それをシルフィンは軽く半身を捻って躱し、酒瓶を軽く口に咥えたまま男の横から脇の下に両手を腕組みするように交差させ、回転の勢いのまま脇の下に打撃を加えた。


 そのまま口の酒瓶を片手で受けつつ片足を軽く上げ、打撃の痛みに半身を捻った男の片足を引っ掛けてバランスを崩壊させる。


「な、ん、うぉわぁっ?!」


 錐揉みするように回転しながら男は突進の勢いのままで別の酔客が居たテーブルの上へ突っ込み、食事と歓談を楽しんでいた酔客の憩いの時間を一瞬で破壊した。


「ううむ。そんな程度ではぁ、綺麗な美人のシルフィンおねーさんを射止めるのは無理だなぁ、うふひふへへへぇ」


 飲み干した酒瓶を両手の間でジャグリングのように逆さに回転させながら投げ上げて遊びつつ、だらしのない笑顔を見せながら軽く胸を張ってみるが、平坦な胸の厚みが更に引き伸ばされただけで終わる。


 揺れるにも質量がなければ揺れようがないのはどこの世界でも同様である。


「――なんか自分でやってて悲しくなってきたぞぉ。いかんいかんー。

 永遠の魅惑の美少女エルフのシルフィンちゃんとしてはぁ、どんなときでも明るく楽しくぅ、だねぇ」


「じゃあ俺様が朝まで愉しんでやるよっ!」


 テーブルを粉砕し、上に載っていた麺料理を頭に逆さに被ってしまった先程の男が、言うなり地を這うようにしてシルフィンの背後からタックルするが。


 一瞥すらせずに予定調和のように軽く反動をつけたシルフィンは狭い店内で滞空時間の長い後方宙返りしてそれを躱し、男の頭の上に載ったままだった逆さになった皿に片手をついて一瞬片手逆立ちの姿勢を取って。


 回転の勢いのまま、ぴったりと揃えた両膝を同時に男の後頭部に叩き込んだ。


「だーかーらぁ、それは飲み比べで勝ったらだってぇ、さっきゆったじゃーん?」


 手近なテーブルにあったまだ中身のある酒瓶を拝借し、両手両足を伸ばしたまま床に大の字に突っ伏した男を見下ろしつつ、コルク栓を歯で引き抜いて吐き捨て、軽く中身を傾け、流れ出る琥珀の液体に舌を潤す。


 しかし男は既に悶絶し、その耳にシルフィンの声が届いた様子は見えなかった。


「さっすが港の酒場、殿方の元気が有り余ってるわぁー。おねーさんこういう雰囲気好きだなぁー」


 うんうんと感慨深げに頷きながら、何がどうなったものか既に物が飛び交い大乱闘の様相になっている酒場の中をひょいひょいと拳や物を避けて上手く歩き、シルフィンは何事もなかったかのようにカウンター席に辿り着いた。


「んーとぉ、ウィスキーをダブルでおねがぁーい」


「ふん、女だてらにすごいね、お嬢さん。――アンタ、『風刃ふうじんのシルフィン』だろ?」


 店内の喧騒を物ともせず、カウンターの席に着くなり新たな酒を注文したシルフィンに、意味ありげに酒場の主はカウンター下の棚から新しいコップを中腰で取り出しつつ、そのままシルフィンの顔を下から覗き込むように見上げた。


 ……シルフィンは目を他所に向けたままで答える様子はない。


「察するところ、盗賊ギルドの密命受けてなんかやってる感じかな?

 しかし、中央に居ればそんな下っ端仕事しなくたって左団扇で暮らせるだろうに、なんでまたこんな辺境で、そんな冒険者みたいなナリでうろついてんだ?」


「……あたしはおしゃべりを頼んだんじゃなくてお酒を頼んだんだけどぉ?

 貴方も、『風の刃』で自分の身体から上がる血煙を鑑賞したいクチなわけぇ?」


「おっとっと。俺をやっちまっちゃ、他のギルド連絡員が黙っちゃいないぜ?

 ここは街ぐるみでもう盗賊ギルドの監視下にあるんだからな? 知らないってことは相当特殊な長期密命なんだな?」


 口調はおどけつつ、慌てた様子もなく酒場の主はシルフィンの前に置いたカップに新しく栓を抜いたウィスキーの瓶から琥珀色の液体を慣れた手つきで流し込んだ。


「……ふん。ずーっとずーーっっと上の方に尋ねたら、あんたら下っ端のとこまで情報が降りて来るかも知れないわよ?

 知りたいことは三つ、クラミツハの現状と、街の勢力図と、元クラオカミの神殿で今は孤児院だっていう水門上の別殿のこと。


 報酬はあたしの名前出して上に報告したら降りて来るでしょ」


「分かった。アンタからの報告は上げなくていいのか?」


「だから下っ端だってのよ。目端が利けば、『神眼』の力を感じるでしょうに?

 あんたは訊かれたことだけ答えればいいのよ、下っ端」


 普段とはまるで口調を変えたシルフィンが、冷ややかな態度で感情のない目を主に向ける。


 さほど感情を込めたわけでもないにも関わらず、主は脂汗を流して緊張する様子を見せ始めた。


「わかった、俺が悪かった。俺を殺るとこの街の盗賊ギルド連絡網がなかなかめんどくさいことになるのは本当なんで、見逃してくれ。


 クラミツハは『炎者えんじゃ』が側について軽く50年以上も経ってる、もう永くないだろうよ。

 今は沖合の本殿に籠もってるが、ありゃ時間の問題だろうさ。


 街の勢力図は盗賊ギルドの裏の手回しが聞いて、難民に見せかけた攻撃勢力が街を掌握してもう長い。

 元沿岸警備隊だけが渋ってるけど街の有力者は抱き込み済みだ、そう長いこと反骨してられないだろ」


 主の言葉に相槌も打たず、つまらなそうに頬杖をついたシルフィンはカウンターに並行するように横を向いて足を組み替え。


 ……ますます激しくなった喧騒に目を向けた。


「せっかく長いこと楽しい気分だったのに、ぶち壊しだわ。――別殿は?」


「あ、ああ。悪かったよ。クラミツハ洗脳の方策でクラオカミを遠ざける計画の一環に参加したんだろうな。


 別殿か、あそこは何回か焼き討ちして元から住んでた司祭勢力は追い出したんだが、その後が上手くない」


「へえ? トラブった?」


「虎の子の忍者軍団に裏切りが出て、部隊ひとつ丸ごとがあそこを根城に活動中さ。

 敵対するまでにはなってないが、一騎当千の忍者がだぜ?


 だからあそこだけが盗賊ギルドの息が全然届いてない、この街で空白地帯になってる。あそこには何があるんだ?」


「……ほんとに一言多い子ね。それで出世出来ないでいるんでしょう? 好奇心が過ぎると長生きも出来ないわよ」


 コップの中身を一息に煽って、口直しするようにまだ片手に持ったままだった酒瓶を更にラッパ飲みすると、シルフィンは用事は終わったとばかりにカウンターを軽く蹴って立ち上がった。


「ありがと。だいたい知りたいことは分かった。あたしと話した内容は全部忘れれば長生き出来ると思うわ」


「そうも行くかよ、こっちだって出世と生活が掛かってんだ。全部報告させて貰うぜ」


 空になったカップを返すついでに男に顔を寄せてシルフィンが囁く。


 しかし男はにたにたと下卑た笑いを浮かべたまま、間近のシルフィンに向かってきっぱりとそれを拒絶した。


「――ふぅん? 別にいいけど、あたしは忠告したわよ?

 ヒト族はほんとに不思議ね、どうしてそれが愚かしい選択肢だと気づかないんだろう。どれだけ見てたって飽きないわ。

 ……あのヒトだけは違ったけど。


 じゃあ、久しぶりに会った盗賊ギルド員の同志に、お姉さんが祝福をあげとこぉ」


 軽く息を吸い込んで、柔らかい吐息を男の顔全体に吹きかける様子を見せる。


「おほ? 精霊の祝福ってやつか、悪くないね。俺の出世も間違い無しだな、末永く付き合おうぜシルフィンさんよお」


「それほど永くないだろうあんたの生涯に幸あれぇ、って言っておけばいいのかなぁ? まあ用件は済んだっ、さらばだ主よぉ。……永遠にぃ」


 普段と同様の口調に戻り、主と目を合わせずシルフィンは振り返りもせず酒場の入り口までの短い距離を歩いた。


 後に残された主は、両手で喉を掻き毟り窒息した様子で顔を真っ赤にしたままカウンター内を数歩ふらふらと歩き、そのままカウンターの床に倒れ伏して痙攣を始めた。


 同時に、小さな刃で切り刻まれたような小さな傷が瞬く間に全身に現れ、そこから漏れる出血がすぐに大量の雫から怒涛の勢いとなり、静かに床を濡らして行く。


 助けを呼ぶように伸ばした手をも見えない刃の洗礼を受け、その腕はあっという間に真っ赤に熟れた柘榴のように皮膚が割れ血糊が一斉に吹き出す。


 懸命にもがくものの、カウンター内は客席から死角となっており、主に起こった異変に気づく客は皆無だった。


「むー、まったくぅ、ふつーに酒場に現れたさすらいのエルフの美少女っ、で情報集めようと思っただけなのにぃ、気が利かないですよねぇー。そう思いませんかぁ?」


 酒場から出て、月明かりに照らされた、海に面した薄暗い街路を神殿に向けて歩を進めながら、シルフィンは中空に向かって独りごちる。


 ……が、返事が得られた様子はなかった。


「ああっ、シルフィンおねーさん一生の不覚ぅ、今はツクヨミさまのお時間だったわぁ。日が登ったら判るからぁ、まぁいっかぁ」


 ぐびり、と音を立てて片手の酒瓶から一口を煽る。


「これ美味しいなぁ。銘柄聞いとくんだったわぁ、残念無念ー。あ、アレの後始末はお願いねー」


「……御意」


 誰にともなく、無人の往来で小さく呟いた言葉を聞き入れたものか、暗がりから男の声が返った。しかし声のした方向に人の姿はない。


「まったくぅ、長いこと本拠から離れてるとああいう質の悪いのも出てきちゃうのねぇ?

 もう少し連絡員の質は維持しないとダメよぉ?


 だいたい、あたしに連絡の必要ないのはみんな知ってるはずだと思ってたんだけどなぁ」


「風の加護をあまり使うとクラオカミに気づかれるのではありませんかな?」


 旋風がシルフィンの隣で渦を巻いた、と思う間もなく、忽然とシルフィンの隣に頭にターバンで巻き、それでいて身体は忍者衣装というアンバランスな出で立ちの男が現れる。


 それに驚いた風もなく、シルフィンは素知らぬ顔で歩き続けた。


「まぁねぇ、師匠は神力魔力には敏感だけど精霊力にはそれほど注意を割かないから全部気づかれるってわけじゃないけどぉ?

 まぁ用心はした方がいいから連絡は断ってるし大得意ーな風の精霊術も封印してるけどさぁ?


 クラミツハを殺る辺りで気づかれるんじゃないかなぁ、とこれはお姉さんの予想ぅー」


「それは予定通りでありましょう、元々クラオカミの配下として潜入することが予定外でしたし。

 ここは内海の交通要所、盗賊ギルドが落とせば冒険者ギルドの勢力はぐっと弱まることでしょうし、内海の勢力も」


「なんかめんどくさいよねぇー、さっさと皆殺しにすればいいのにぃ。

 でもヒト族って殺しても殺しても後から後から湧いて出るから大好きさぁ。


 キリがないから飽きないぃ、そんなめんどくささなら楽しいからおねーさん大好きさぁ」


「養子に為された、あの二人のヒト族のお子もそのうち殺しなさるので?」


 ぴたっ、と歩みを止めたシルフィンに追従出来ず、ターバンの男がやや先行した形になり、軽く振り返ってシルフィンを見る。


 そのシルフィンの顔には、凄みのある凶悪な笑顔が浮かんでいた。


「うーんにゃ、あの子たちにはあたしを殺して貰うのさぁー?

 だから全力で育ててる真っ最中ー。

 男の子の方はもうそれなりだけどぉ、女の子の方は魔力はともかく経験がもうちょっと足りない感じかなぁ。


 二人がかりで全力で死力を尽くして戦うあの子達を思い浮かべると、もう楽しそうで濡れまくりで期待でどうにかなっちゃいそうだわぁ。

 ……でもあたし強いから勝っちゃったらぁ、殺っちゃうのも仕方ないよねぇ?」


「――さすが風刃のシルフィン、エルフ族きっての戦闘狂ここに在り、ですな。さて、私は別件がありますので、ここで失礼をば。

 ……おっと、夜半のお戻りなれば、お子らも含むお仲間に何かお土産が必要でしょう」


 ターバンの男が懐から取り出した食物の香り漂う布包をぽんっ、と手渡され、シルフィンはくんくんと鼻を鳴らして中身の匂いを嗅いでみる。


「蛸の切り身を小麦粉で包んだ焼き団子ですよ。我が主に持参する予定でしたが、中身をお教えしましたら食べたことがあるとのことでしてね。笑われてしまいました。

 処分するにも多すぎます分量でして。皆さんでお食べになられて下さい」


「おおぅ、美味しそうだなぁー。お酒のつまみに良さげな気配ぃ。これはいいもの貰っちゃったわぁ、ありがとねぇライバック」


 無言で膝をつき、畏まる姿勢を見せたライバックと呼んだ男にひらひらと手を振ると、シルフィンは神殿へと続く石階段を登り始めた。


 その背後で、ライバックの全身を再び旋風が包み、霧散したときには既にライバックの姿はそこにはなかった。


 後には、打ち捨てられた飲みかけの酒瓶が転がっているだけだった。



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