40話 結末
……怪獣大決戦? っていう、おかしな単語が脳裏をよぎって。
そうとしか表現出来なかった。いつの間にか、完全に灰になって砂漠化している焔都ホムスビ、って地図上には表示されてる都市の残骸の上に停止した空中空母の上で。
真っ青で巨大な神竜――炎神カグツチと、業火を纏った巨大な薄着の女神が組み合った状態で静止してて。
よーく見たら、カグツチの鼻先に立った虎徹さんが、カグツチの額にあの真っ赤な魔刀を突き刺して、じわじわとそれを少しずつ深く突き通しているところだった。
虎徹さんに置いてきぼりにされたわたしたちは急いでまた空母に戻ろう、としたんだけど、途中でタクミさんからっぽい強烈な神力妨害で上昇できなくて。
仕方なく弾道飛行じゃなくて通常飛行で戻る途中で、この戦いで発せられたらしい強烈な焔の嵐が目撃出来て、フツヌシちゃんでさえ耐えられない、っていうから、焔が収まるまで随分長いこと待ってから、やっと今、戦場が見えるところまで接近したところで。
「最上位神オモイカネの名に於いて神器虎徹が命ずる! オオヤマツミ! アメノヒトツメ! ワタツミ! シナツヒコ! こんのクソ莫迦をぶっつぶせ!!」
……圧倒的、だった。
神界に存在している神の本体を呼び出せる神器、なんだ、虎徹さん。『史上最強の神器』っていう説明を思い出す。
直視出来ないほど強烈な神力を発する、虎徹さんに呼び出された神々がカグツチに向かって力を振るうごとに、大地が、空間が震えて、世界が、壊れそうなほどに軋むのが判る。……だけど。
たぶん、あれは、タクミさんが張ってる暗黒神の結界。
巨大な暗黒の無数の球体が半球状に配置されて、召喚された神々と、炎神カグツチと、邪悪な笑みを浮かべた巨人の女神と、――虎徹さん自身と。
それぞれが発する莫大な破壊のエネルギーの余波それぞれを全部吸収して、世界が壊れないように守ってるように見えた。
「ハァッハァ! こりゃいいぜ、全力でぶん殴っても壊れないリングってな便利すぎるなァ?!」
「あー。俺もそんなに暇じゃないんで、遊んでないでとっととケリつけて欲しいんだけど?」
「アァ? 900年ぶりの外だぜ、堪能させろよ?」
「この中で嫁さんずっと待ってんだけど、そっちはいいの? あと、この後でも魔物をたくさん焼けるよ」
思念波でも使ってるのか、上空数千メートルに居るわたしたちにすら届くその虎徹さんとタクミさんの話し合いで、どうやら虎徹さんは遊び混じりで戦っている――というか、一方的にカグツチを殴っているのだ、と理解して。
カグツチを封印するために封じられた、って理解してたんだけど、実態は虎徹さんを封印するため、だったんじゃないかな、って思い始めてて。
カグツチと直接会ったのはこれが初めてだけど、なんというか、邪悪さのケタが、役者の桁が違ってる、みたいな。
カグツチが『無邪気な子供の性質』なら、虎徹さんは『悪魔の化身の性質』のような、本物の邪悪、って感じの印象を受け始めてる。
そんな風に思いながら眼下の戦いを見つめてたら。
「たくみサマガ呼ンデラッシャル。降リルゾ、ふぃーな、はやひ?」
右手に持ってるフツヌシちゃんがそんな風に言うから、わたしたちはおっかなびっくりで、なるべく怪獣大決戦に近寄らないように迂回しながら、出発前に居た艦橋の後ろの方にそっと着地した。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「結論から言えば、『全て私の掌の内』だ」
「ママ?! どうやって起きて」
「最初から眠っていない。『一時的に気絶』しただけだ」
スサノオさまのところに居た妖精さんとは違う、三体の新しい妖精さんに招かれて艦橋の内部に入ったら、そこで出迎えてくれたのは、すっかりお腹が大きくなったママで。
「ママ……、騙した?」
「――話せば離れなかっただろう?」
「むぅぅ。たぶんそうだから、許してあげる」
ぷうっ。ちょっとだけ、怒ってるんだからっ。でもでも、どうしてだかわかんないけど、ママに抱きついた身体が離れてくれなくてさっ。
「フィーナ。あまり強くしがみつかれると、『アリサ』に障る。そろそろ離してはくれまいか?」
「あっ、ごめん!」
わたしの髪を優しく撫でてくれてたママからのやんわりとした苦言に、慌ててわたしは抱擁を解いて、それから、わたしのお腹に当たってた、ママの大きなお腹を両手でさすって。
「……この中に居るのが、アリサちゃん?」
「かなり精神が摩耗していたのでな。新たに神器の肉体を作る暇すらなかったので、『産む』ことにした。神となって数十億年を経たが、出産は初めての経験だ。楽しみだ」
「……出産の経験が目的で、こういう筋書きにした……、なんてことはないよね、ママ?」
じとーっ、って見てしまう。なんていうか、ママってほんとに好奇心旺盛すぎるから、ほんとは知識の神なんじゃなくて好奇心の神、なんじゃないのかな? って思うことがあったりなかったり。
「出産してみたい、と思い始めたのは900年前で、この選択の際にも影響を与えたことは否定しないが。
正直に言えば、アリサの保護はついでだ。《ロキ》の本当の開放が、900年を経た今、ようやく実現する」
ぱきん、と指を鳴らしたママのすぐ脇の空間に、どうやら艦橋の外の戦いの様子が映し出されたみたいで。
最上位神のママの力ですらときどき映像が歪んだり砂嵐が表示されるのは、この艦橋の外がそれだけ暴虐な神力の嵐になってるから、なんだろうな、と思ったらちょっとだけ身震いしてしまった。
それはハヤヒさんも一緒だったみたいで、わたしの肩をそっと抱いてくれたから、わたしも力を抜いて、その腕に体重を預けて。
「カグツチが少しずつ狂っていく――《本能のロキ》と同化して行くのは解っていたが、暫定的に封印して放置するしか対処のしようがなかった。
上位神の最初の光神アマテラスから、上位神最後の神カグツチまでは複合した力がそれぞれ輪になって人界の浄化を繰り返す、人界必須の神々だからな」
ママの説明を聞きながら、わたしたちの視線は映し出される映像に釘付けで。
強大な神々と《感情のロキ》の攻撃を受けて、どんどん神竜カグツチが縮んでいくのが見えてて。
「カグツチが放った炎が穢れを燃やし、アマテラスが炎の光を吸って清浄に戻す。そういうサイクルの中に、異界から追放された邪悪の焔神が食い込んだ。
それは創造神の定めた生命球の根幹を破壊する、浄化不能の邪悪な焔……、不確定要素だ。
バグにはバグで対抗するしかない。従って、我が神族最強のバグである、最終手段日瑠子を呼び込み、狂ったアマテラスを分解した。――カグツチもそうなる」
「虎徹さんは、納得するのかな? なんだか、カグツチのことを心配してた、みたいな気がしたけど」
あの地下墳墓で会ったとき、カグツチさんをなんだか弟分みたいに呼んでた虎徹さんの表情を思い出して。
存在自体が邪悪、っていう気配すらある虎徹さんだったけど、あの表情は、本気で家族を心配してる風だったし。
「心配ない。虎徹は家族を死んでも護る情の深い男だ。――ここに居るこの妖精、皆、虎徹の家族――実弟エルガーの従者の転生だしな」
言われて、周囲をぱたぱたと飛び回る妖精さんを見たら、んん? スサノオさんのところに居た妖精さんはエルフの双子だったけど、こっちは人間と獣人さん? なのかな? なんだか、王都で見た英雄像にそっくりな気がしてきた?
「……っていうか、今、『実弟エルガー』って言わなかった、ママ?」
「《ロキ》の神力を介して掛けた異界の神術だ、影響が弱まりつつある今、皆の記憶が戻りつつあって当然」
「そうじゃなくて! 虎徹さんの実弟がエルガー王、ってこと??」
「そうだが? 虎徹は最初の剣聖、初代ムーンディア国王、アゼリア国王エルガー王の双子の兄だ。別名を最強剣聖・王と言う」
――あっ。聞いたことある。ミリアムさまの出身国、ムーンディア王国を建国した最初の覇王で最初の剣聖、わたしが習った剣術も、剣聖の覇王の剣技、だっけ?
「虎徹の名を全て忘れる術式を掛けたのは私で、私にすら作用するように組んだのも私。
しかし全て忘れると解除が困難になるため、このように別名を除外し思い出せる布石となる非常弁の扱いとした」
「……覇王マクシミリアン・ハーンの王国建国とカグツチの最初の封印は100年ほどズレがある、と記憶していますが……?」
「『私が書いた歴史書』を読んで、だろう? まだまだ勉強不足だな、ハヤヒ。
書に書かれた歴史は編纂者の思惑でいくらでも捏造可能だ、だから真実を知るなら複数の書と伝説に巧妙に隠された歴史を紐解き、突き合わせて真実を拾わねばならない」
むっ、とした表情になったハヤヒさんに、苦笑しながらわたしは自然と、ハヤヒさんの腰に手を回しちゃった。
ふふっ、最高の知識の神、ママの仕掛けた歴史の罠だもん、解けるわけないよね。仕方ないよ、ハヤヒさんっ。ママには誰も敵わないんだから!
そんな風にママの講義みたいな謎解きを聞いてる間にも、映し出された映像の中では淡々と戦闘が終了しつつあった。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「まー、こんなもんでいいんじゃねーか?」
「まー、こんなところでいい感じかねえ?」
黒髪と黄色人種特有の肌の色だけが共通点であるタクミと虎徹が並んで、それぞれの得物である双短剣と赤刀を手に。
既に蒼竜の姿を維持出来ずに本来の姿である屈強な美丈夫の姿で全身に青アザを浮かべて空中空母の甲板上に這いつくばっているカグツチを見下ろして、それぞれ勝手な感想を述べている。
その、虎徹の後ろには、徹底的にカグツチの身体から強制的に抽出した《本能のロキ》の力をタクミの重力渦経由で再構成し、再度三位一体の状態に顕現させた女神――、《アースガルズのロキ》が、艶めかしい笑みを浮かべて、虎徹に寄り添うようにして立っていた。
「まー、億年を経てなんでこの時代に呼ばれたかって思ったら、まさか《北欧神話のロキ》を再構成するため、とはね? おっさん参ったよ、想像の範疇外すぎて」
「俺もまさかこんな結末に落ち着くとは予想外すぎたっつか、あれから900年も経ってんだってなァ? しばらくは変わった世界を旅するのもいいかねえ」
呆れ返るタクミに苦笑しつつ虎徹が応じ、どちらからともなく顔を見合わせて、ふたりは同時に吹き出した。
「あ、そーいや初代冒険者さまだったっけか。それ、俺も一緒に行っていい?
よく考えたら俺、冒険らしい冒険ってあんまししてねえや?」
「アァ? 別に構わねえけど、嫁の許可を取らなきゃな? まあ、そりゃ後の話でいいとして――、オマエの方針としちゃ、コイツ、どうすんだ?」
ごりっ、と音がしそうな勢いで、既に虫の息となっていたカグツチの顔面を、硬そうな重々しい黒がよくテカっている山岳靴のような長靴で虎徹が慈悲の欠片もなく踏みつける。
「あー、そりゃ俺の仕事じゃないんだなー。俺の仕事は『分離してこっちに辿り着いたロキを再構築して安定させること』でさ?」
カグツチの担当はこっち、と言いながら、芝居かかった調子でタクミが軽く片手を振った先に、少年と少女が出現する。
「ほらっ、お仕事、なんでしょ? 早く済ませるの! ――手、握っててあげるのっ?」
「う、うんっ。ぜったいだよ、離しちゃイヤだからね??」
そんなやり取りをしつつ、仲良く手を繋いで、自身の足の下にありピクリとも反応しない、どうやら完全に気絶しているカグツチに近づいてくる少年少女を見やりつつ、虎徹はタクミに顔を寄せ、そっと一言。
「アマテラス?」
「そう。カグツチの兄貴筋で『天敵設定』だからね。――女の子の方は、俺の兄貴の娘で人間のコノハナサクヤヒメちゃん。子供アマテラスの精神安定剤ね。
アマテラスはほんとは『狂ってる間のこともはっきり全部』覚えてる。ただ、思い出すのが怖いだけ」
「ってこた、カグツチも『分解再構成』?」
「そゆこと。それをやるのは俺の役じゃない、そういう風に『創造神』が定めてる」
会話の合間にも、アマテラスが繋いだ手とは逆の手で構えた掌の前に出現し、見る間に大きくなっていく光球は、気絶状態のカグツチの身を薄っすらと覆う少しずつ青い炎を引き剥がし、吸収し始め――。
「だいじょうぶだよ? バグの《焔》はこっち、《アースガルズのロキ》にまとめてあるから。もう二度と狂わない、暗黒神の俺が約束するよ」
不安に泣きべそをかきそうになったアマテラスに、大きく頷いて拳の親指を立てたタクミに続いて、なんとなく虎徹と、恐らく訳が解っていないのであろうロキも同様にサムズアップサインを決め、三者のサムズアップサインを受けたアマテラスは流す不安の涙を拭うこともなく、強く頷いて炎の吸収、浄化白光を続け――。
さほど時間を置くこともなく、強力そうな筋肉の鎧で全身を覆っていたカグツチは身を縮め、アマテラスの現在の姿と変わらぬ程度の細身の少年の姿となって、その場に横たわっていた。
「おー、すげえ。『初めて会ったときのカグツチ』そのまんま、だな?」
「穢れ溜めすぎて太ってただけなんよ。……糞詰まりみたいなもん?」
「ハハッ、クソなコイツらしいぜ? クソガキ、起きたらまた遊びに来やがれ、また叩きのめしてやらあ」
口調は乱暴ながら、そっとつま先で少年の容貌となったカグツチの額をつつく虎徹の表情は……、慈愛とは程遠い悪鬼の形相であったので、恐らく120%ほど本気で潰すつもりだ、とタクミは判断し、苦笑しつつ再度手を左右に振ると。
今度は、神騎の姿のままで今しがたまで恐らく最前線で戦っていたのであろう、リュカとレアが現れる。
「悪いね、あちこち引っ張り回しちゃって。この子――カグツチを、今度は安置神殿に連れてってあげて?」
「んっとに人使いの荒い旦那だぜ、全くよ? 片付いたんだったら誰でもいいだろうに、なんでオレとレアなんだっつの」
「いやいや、理由を言ったらぜったい納得するから、後でね?」
言いながら、再度耳に口元を寄せて「誰?」と聞いた虎徹に、「俺の二番目の嫁と娘」と答えて、ひゅー、やるぅー? などと虎徹とロキに冷やかされるタクミに、怪訝そうな視線を向けるリュカと。
「ごほうび、貰える、か? パパ? レアはキスが、欲しい、Amin mela lle!」
「えーと、あー、そうだね、帰ったら考えとく」
珍しくたどたどしいながらも共通語のみで喋ったレアに曖昧に答えると、レアは喜色満面でぴょんぴょんと飛び跳ねながら、気絶したカグツチを軽々と担ぎ、母リュカの開いた神力ゲートに飛び込み――、その後にアマテラスとサクヤも続くが。
レア以外の全員が、侮蔑するような目線でタクミを射抜きつつ、その場を去ったのだった。
「同じ日本人、だよな、たぶん?」
「あー、今更だけど、そうだね。俺は2010年代の元日本人」
「ああ、そうなんだ。俺は2020年代だな。ちょっとズレてんだな?」
「そういう設定でシンディさんがなんか仕組んだんだろうね。――ぶっちゃけあっちの方が高位なんで、俺も何考えてんのかはよく解らないんだけど」
「――そりゃ考えるだけ無駄だ、ありゃ正真正銘の自己欲望の神だ、理屈なんてケツを拭く紙の代わりにもなりゃしねえ。で、だ」
相変わらずシナを作ってべったりと豊満な女の武器を惜しげもなく摺り寄せてくるロキを存在しないかのように扱いつつ、虎徹が尋ねる。
「こりゃ別に非難じゃねーんだが、純粋な疑問でな? 自分の娘、幼女ともヤるってのは、そっちの日本的には有りなのか?」
「こりゃ別に言い訳じゃないんだけど、真面目に答えると、俺はちょっとだけ先が読める神でね?
ああいう風にすると、『カグツチとレアのフラグが立つ』んだよね。――そういうことで、納得して貰えないだろうか?」
同じ星の下に生まれし同志よっ、なんて言葉を続けて、そっとその場を立ち去るタクミを見送り。
何やら悪寒のする殺気を感じてそちらの方向を振り返った虎徹の目に、最後に会ったときと変わらぬ美しい身体と無表情でありながら、何故か『全身に嫉妬と怒気を纏っている』と瞬時に判断出来たシンディが、大きくなっている腹をさすりつつ、自分の方にゆっくりと歩み寄って来るところであり。
「――やべえ、マジ怒りだ。……ロキ! いい加減離れろ!!」
ぺいっ、とモノ扱いで金髪碧眼の絶世の美少女姿のロキを放り出し、虎徹は後ろも振り返らずに広い空中空母の甲板上、タクミの吸収結界に塞がれた閉鎖空間内で逃走を始めた。