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39話 封印 後編

「そうだな? 分かりやすく言うなら、この俺様、『(たちばな)虎徹(こてつ)』の肉体の中に、人界の王(エルガー)と、異界の焔神(ロキ)が棲んでる」


 ……そんな風に説明しながら、一回り以上小さなわたしの肩を抱いて歩く虎徹さんの姿は、見た目だけは「ごく普通の、ハヤヒさんと歳も変わらないくらいの侍のお兄さん」なんだけど。


 虎徹さんのせいじゃない、って脳では理解してるのに、触れられた部分から直に伝わってくる凶悪な焔の神力で、わたしは並んで引きずられるようにして歩きながらも、その絶望的な力の差に知らないうちに涙が流れてしまう。


 悲しいとか敵わないとかそういうんじゃなくて、何ていうのか、『この力の源が思っている感情に引っ張られてる』っていうのか。


「なるほどなるほど、凄まじい感受性だな、フィーナ? 俺たちでさえうっすらとしか感じられない《ロキ》を完全に受信してやがる」


「……受信?」


「そうだ。さっきも言ったろ? 《ロキ》は『異界の神』、別次元からここに辿り着いた『追放された焔神』だ。

 ――俺とエルガーのふたりの魂でようやく本体だけを封じたけど、本来の力の大半はカグツチが持ったまんまでな。


 ……あの莫迦、同じ炎神で、相性良すぎて融合しちまったんだよ」


 最後の一言だけ、なんだか、ものすごく寂しそうに言ったのが判った。


 わたしたちから見たカグツチは邪悪な炎の神、だけど、虎徹さんたちから見たカグツチは別の感情があるみたいで。


「ろき、トイウ異界ノ焔神、本体ヲ三ツ持ツノデハナイカ?」


「……そうだ。俺とエルガーが押さえ込んでるのが感情と知性の本体――、フィーナと同調してんのが俺の《感情のロキ》だ。そして」


 扉の前に立った虎徹さんが、ちんっ、て音を刀のつばから鳴らした、と思った瞬間、分厚い神鉄製の扉が、細切れになってバラバラと音を立てて落ちるのが見えた。


 ――刀を振ったところなんか、全く見えなかった、というか、いつわたしの肩から手を離したのかすら、密着状態だったわたしにすら分からなかったんだから、少し後ろに続いてたハヤヒさんにも見えなかったに違いなくて。


「俺の弟分、カグツチの馬鹿野郎に宿ったのが、《本能のロキ》。……アイツ、狂っちまったんだろ? お前がここに俺らを呼びに来たのが証拠だよな。だから、俺と代われ、つったのによ」


 あのきかん坊の馬鹿野郎、って小さく呟いたのは、たぶんまた少し乱暴に肩を抱かれたわたしにしか聞こえなかったに違いなくて。


「――虎徹。そろそろ僕のターンだろう?

 ――俺の娘に危害加えねえって約束するなら『代わって』やんぞ?

 ――僕の正義に聞くがいい、僕個人は約束しない。

 ――融通の効かねえクソ野郎め、後で覚えてやがれ?」


 さっきと同じ、主導権の取り合い、だ。たぶん、この、正義にやたら拘るのがエルガーさん……、伝説の人界の王、アゼリア王国初代国王、エルガー王の魂、なんだろうな。


 タクミさんと同じ、虎徹さんの漆黒の髪と両目が瞬時に金髪碧眼に変化した、と思った途端に、人格交代が終了したみたいで、気易くわたしの肩に回されていた腕が解かれた、と思ったら、フツヌシちゃんを持っていない左手を取られた、と同時に、片膝を立てて跪いた虎徹さん――ううん、もうエルガー王が、わたしの左手の甲にキス、してた。


 ……うひゃあああ?!?! きっ、貴族の挨拶、ってやつかなあ?!?!


 うっ、うん、たぶん他意とかそういうのは全然ないはず、なんだけど、なんだかすごく、すごくきざったらしくて、超絶恥ずかしい!!


「――僕はエルガー、人界の王にしてアゼリア王国初代王。――封印から何年が経ったのか聞いても良いかな、娘御よ?」


 言いながら、わたしの肩に、脱いだ真っ黒な上着をばさっ、と掛けてくれて。あ、わたしまるで裸同然のかっこしてるけど、寒くはないんですよ?


 そりゃ、吐く息が白くなるほどの地下深くで、心配してくれたのもあるのかもだけど……、って、この陣羽織、ものすごい強度持ってる魔法防具だ? こんな強力な魔法術式、たぶんママにしか書けないと思う。


「娘御よ? 僕の質問には答えられない理由でも?」


「えっ、あっ、はい! えっと、エルガー王が……お亡くなりになって、から――、900年が経過、してます」


「――永いな。皆、身罷ってしまっているのだろうな……」


 嘆息して、目を閉じたまま白い内着姿で両腕を組んで、黙って隣を歩くエルガー王に何て声を掛けていいのか分からなくて、わたしたちも黙りこくってしばらく一緒に歩いて。


「――済まない、仲間たちのことを思い出していた。皆、僕に尽くして殉じてくれたというのに、僕たちは封印の秘密を護るために全員の記憶を奪ってしまってね」


「封印しなければならない事情というのを、お聞きしても?」


「僕の方も、あれだけの犠牲を払ってようやく封じた《ロキ》の封印を今になって解こうとしている意図を訊かねばならない。

 ――僕の正義に合致しなければ……、可哀想だが、君たちには死んで貰う」


 怖い。虎徹さんとは別の意味で、怖い方だ、この方も。


 ママに褒められた、神力の流れを見切るわたしの解析力ですら、『今、わたしの前髪の一房を切り落とした斬撃』が見えなかった。


 虎徹さんが燃え盛る焔なら、この方は一筋の乱れもない金剛石(ダイヤモンド)、だ。


 水と油っていうけど、同じ身体の中に、対極の魂が入ってて、どちらも信じられないほどに強烈な個性を放ってる。



 でも。わたしも、ママに言われてここまで来てるんだから、何としてでも一緒に戻って貰わなきゃ!



「わたしのママ、知識の神シンディの意図で、わたしは『最初の神器を起こして連れて戻る』って理由で動いています」


「――僕の正義に照らして、それは真実ではない。娘御よ、僕の両目を見てごらん?」


 言外に嘘、と言われたことに動揺して、わたしは焦りを覚えながらエルガー王の顔を振り返って、その翠色の両目を凝視して――。


「さあ、もう一度問う。僕たちを起こせ、と言ったのは?」


「……暗黒神タクミと、その妻、白神クルル」


 えっ? 何、なに、これ? わたしの口から、わたしの声が出てるのに、わたしの意志通りじゃない?!


「――真実。その神々を僕は知らない。新しい神だろう。その神々の《真名》は?」


「……白神クルルはアメノウズメノミコト。暗黒神タクミは異界から来たヒトにして神」


「――真実。シンディの掌の内か外か?」


「…………」


「――不明。よくわかった、ありがとう」


「……ふはっ、えっ、ええっ?! 神術でも、魔術でもないのに?!」


 どうやら不思議な術を解いてくれたらしくて、途端にふらふらと倒れかけながら大きく息を吐いたわたしの両肩を、大きな両手で支えてくれたエルガー王が、初めて人好きのする優しげな微笑みを浮かべて。


「人界の王の眼力、魅了眼の力だ。僕の前では誰もが嘘をつけない」


「ククリさまの魅了眼のお力は、体験したことがなかった……」


「優しい方なのだね、今代の人界の王――いや、人界の女王、かな? その方は。

 魅了眼は巧く使えば全人類を纏め上げて意のままに動かすことも出来る強力な魔眼だからね」


「――はい。でも、ククリさまはお優しいだけでなく、強力無比な神力をお持ちの暗黒神の愛娘、女神さまでもいらっしゃいまして」


 わたしの返答に、今度はエルガー王が驚いたみたいだった。


「僕の知るかぎり、魅了眼はヒトにしか発現しない魔眼。――ヒトと神の子、ではないかな、そのククリという女神は?」


「はい、そうです。ヒトから神になった暗黒神タクミさまと、タケミカヅチの神器ティースさまとの間に生まれた最も若い姫神さまでいらっしゃいます」


「――真実。いや、測るまでもない、君が誰かに騙されている可能性も考慮して僕が代わったが……、さあ、これは判断が難しいぞ? 虎徹、交代だ。


 ――難しい話にして逃げんじゃねえよあほんだらぁ。くっそ、シンディのヤツ、簡単な話を複雑化させんのだけは変わってねえんだな、あの莫迦」


 交代を告げた途端に、また鬼気を発する黒髪黒瞳の虎徹さんが出現して、また場の空気が凍ったみたいに。


「マジクソめんどくせー。あのな、フィーナ。俺はオマエの話を最初から疑ってねえし、シンディが『起こせ』つった、って話なら俺は起きるさ。始めっからそういう契約だからな」


 また、わたしの肩を抱いて、今度はもう片方の手で、わたしのあごに指を添えて、上を向かせて、それでわたしの目は虎徹さんとまっすぐに見つめ合う形になって。


「……嘘はついてない目だ。だが、何かまだ言ってないことがあるだろう?

 遠慮せずに言え、ガキが遠慮するなんざ気持ち悪い、っつーんだよ」


「……神器契約を解いて、ママを救って欲しい、です」


 言った途端に、何が起こったのか、一瞬理解出来なかった。


 数瞬経ってから、やっと。


 虎徹さんが禍々しい笑い声を上げて爆笑してるんだ、ってことに、やっと気づいた。フツヌシちゃんも、ハヤヒさんも、完全に金縛り状態になってて。


 これが――、これが、虎徹さんの本性、だ。


 フツヌシちゃんやハヤヒさんみたいな、中級や下級の神なんか比較にならないレベルの、ほんとのほんとにママに匹敵する、最上位の魔王だ、このひと。



「エルガーに代わるまでもねえ、真実、だ。上出来だシンディ、笑わせて貰った。よーし、封印、解いてやる。『世界を灰にする焔神の化身』、虎徹(ロキ)の焔、全開で見せてやらァ」



 言い残すなり、冷たい焔、としか表現しようがない不思議な焔で全身を纏った虎徹さんは――、わたしたちをその場に置き去りにして、瞬時に目の前から掻き消えた。



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