38話 封印 前編
「しかし……、ほんとに深いね」
「ですよね。軽く地下百メートルはありそうです」
「ソウダナ。全員飛ベルカラ楽ダッタガナ」
底が見えなくてどうなってるか分からなかったから最初のうちは真面目に階段を下ってたんだけど、フツヌシちゃんが音波測定した感触ではこのまま歩いて下り続けたら数日は掛かる、って試算してくれたので。
わたしたちは円筒状の内壁に沿って果てしなく続く階段から空中に身を躍らせて、いちばん防御力の高いフツヌシちゃんが先で空中浮揚しながら直線落下することにしたのね。
もともと神力がかなり足りないハヤヒさんはフツヌシちゃんのサポート受けてあまり自分の力を消費してないから、正直頭が上がらなくなってるみたいで。
――ふふっ、ハヤヒさんも、後でフツヌシちゃんの身体を磨くの、一緒にやらないとね?
「……私ガ言ウコトデハナイノデ端的ニ留メルガ、ハヤヒノ神力ガ低イコト、『弱神デアルコト』ニハ相応ノ意味ガ有ル。戦闘ハ戦女神デアル私ニ任セルガイイ」
ふえ?? 唐突に響いたフツヌシちゃんの言葉に、私たちはちょっと混乱しつつ顔を見合わせてしまって。
こういうとき、両刃剣の姿そのままで実体を持たないフツヌシちゃんってちょっとずるーい、って思う。どんな感情が篭ってるのか、言葉だけじゃ解らないんだもん。
でも、曲がりなりにも中位神のカテゴリに居るフツヌシちゃんの言うことだから、きっと、何か意味がある、っていうか、下位の神のハヤヒさんより知ってる事柄が多いんだろうな。
なんて、神のカテゴリより全然下の下にいるただの人間のわたしが考えることじゃないか。
「――ふぃーなモ特別ナ存在ダカラ、ソノヨウニ己ヲ簡単ニ卑下スルナ?
ふぃーなハ魔力総量デ言エバ武御雷ヤ私、ふつぬしノヨウナ中位神ニモ匹敵スル。
ダカラ、力ヲ欲スルかぐつちカラ存在ヲ隠シテ、コウシテ遠ザケテイル」
何より、私の友達だからな? なんて続けられて、わたしはフツヌシちゃんの言葉に照れまくりで、ついつい、手の届く範囲に居たフツヌシちゃんの表面を何気なくつついーっ、って指で撫でたらくすぐったがられちゃった。
そんな風にじゃれ合いながらも慎重に低速で降下を続けて約一時間後……、わたしたちはついに螺旋階段の終わり、何もない空間の底に辿り着いて。
その、フツヌシちゃんの身体が照らす底から真横方向に、今度は半円状の天井の、若干下り勾配方向に果てしなく続くトンネルが続いてるのが判った。
「地下墓所構造だね?」
「……なんていうか、ものすごい圧迫感が奥の方から……」
「神力ハ神力ダガ、ひとノ基準デ考エレバ『悪神』、『荒御魂』ダロウナ」
――そう。フツヌシちゃんの言うとおり、装飾も何もない、そっけない石材ともつかない継ぎ目一つない硬そうな半円の壁が果てしなく続く奥の方から……、最初は聞き間違いかな、と思ってたんだけど、浮揚するフツヌシちゃんの後に続いて飛行して近づくにつれて、少しずつ大きくなってる、音が。
「……心音、のようにも聞こえるね」
「ですよね……」
どくん……、どくん……、って音が、じわじわと大きくなってる気がするのと、もう入り口から数千メートルは進んでるのにまだ奥が続いてることから考えても、ここはもう異界じゃないのかなあ?
「一応防御結界ハ張ッテオクガ……、しんでぃノ神器ナラ神格ハ『最上位神』ダ、対応ヲヒトツ間違エバ私ノ結界デスラ危ナイ。ソレハ覚エテオケ?」
「……うん、わかった!」
「ごめんね、僕の神力が何の足しにもならなくて……」
緊張の声色を帯びたフツヌシちゃんの声に頷いたら、隣を飛ぶハヤヒさんから弱々しい言葉が聞こえて。
「いえ、だってハヤヒさんの力はこういうところに使うものじゃないし!?」
「アマリ自分ヲ卑下スルモノデハナイゾ? 戦イニナレバ私トふぃーなガ戦ウ、ソウイウ能力ガアルカラナ?」
くるくる、と剣身を回転させながら、先頭を飛びつつ白光の防護膜結界でわたしたちを包んでくれてるフツヌシちゃんからも、そんな言葉が掛けられる。
「ダガ、モシ私ガ勝テル相手デハナイナラ、はやひガふぃーなヲ連レテ逃ガス役ドコロダ。
――イクラ巨大ナ魔力ヲ持ツトハ言ッテモ、ふぃーなハ人間、直接神力ヲブツケラレレバ対処シヨウガナイ。
……ふぃーなヲ抱エテ逃ゲルコトハ出来ルダロウ?」
ぷるぷる、と軽く震えるようにして発せられたフツヌシちゃんの言葉に、口を一文字に結んでキッ、とフツヌシちゃんを見据えて強く頷くハヤヒさんの横顔がめっちゃくちゃかっこよかった。
――そんな事態にならなければいいんだけど。
そんな会話を続けてるうちに、どうやら終点に辿り着いたみたいで、やっぱり神鉄製の分厚そうな大きな扉が、フツヌシちゃんが照らし出す前方に見えて来て。
それと同時に、もうわたしたちの身体を直接揺さぶるくらいに大きくなった心音が、ずしん、ずしん、って通路や扉を震わせてて、そこかしこからパラパラとホコリを落としてて。
なんていうか、『神器を起こす』ってより『おとぎ話に出てくる魔王を退治する』っていう緊張感に支配されそうなちょっとした恐怖感を噛み締めながら、入り口と同じように、フツヌシちゃんにまた解錠して貰った。
そして……、その先に広がってる、壁も天井も見えない真闇の空間の、ずっとずーっと奥に、肉眼で見えてるわけでも何でもないのに、『得体の知れない圧倒的な何か』が居る、って思った、というか、感じたのはたぶん、全員同時だった、と思う。
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「――良カッタナ。一応、チャント『人間』ノヨウダゾ?」
フツヌシちゃんの台詞に、わたしは声も出さずに静かに頷いた。
緊張しすぎて、タクミさん特製の神金? って言ってたっけ、その不思議な神の金属で作られたわたしの体表を覆う金属膜の下に、熱い汗が滴るのが判る。
ほんとにどんな素材なのか、体中を鷲掴みにされるようなこの場を支配する圧迫感でわたしの全身からとめどなく出てくる緊張の汗は一瞬で金属膜を通して外に放出されるので肌が汗で濡れる気持ち悪さ、というのは全然ないんだけど。
うう。汗臭いとか汁臭いとかそういうの、ないよね?
わたしを抱いてすぐに離脱出来るようになのか、至近距離に、わたしと同じようにすごく緊張してるっぽいハヤヒさんが居るから、匂いとかが気になって気になって。
「……コノ状況デソウイウコトヲ考エルふぃーなハ大物ダナ?」
「解ってても言わないで欲しいっ! ミントの香油にローズもつけるからっ!!」
「――ふろーらるモ付ケテ貰オウ」
やっぱりハヤヒさんがきょとん、としてるぅ。<思念共有>ってもう解除しても良くないかなあ?? あ、でも、戦いになるかも、ってフツヌシちゃんが警戒してたっけ。
流石にこれだけ近くに寄ると慣れたっていうか、扉を開けてこの中央の台座に接近してから数十分は経ってるから割りと圧迫感にも耐えられて来てるけど、それでも、この『台座の真上、空中に浮かんでる真っ黒な和装を身に付けた男性』が発する圧迫感は、到底『普通の神器』とは思えないくらいの強烈な存在感を放ってて。
「僕は、『眠っている神器を起こす』ってことで、同じく神器のティースさまやリュカさまがご就寝の状況を想像してたんだけど……、全く違うね、これって」
「ですよね……、というか、神器の方々って『睡眠が必要ない』んですから、それが『眠っている』というのはやっぱり異常事態、なんですね」
ハヤヒさんがぼそり、と呟いた言葉に、わたしもハヤヒさんの方には目を向けず、顔だけで頷いて。
上を向いて浮いてるから顔や表情は下から見上げているわたしたちには窺い知れないけど、事前情報だと『最初の侍』だ、ってママが言ってた通り、同じく侍のクラオカミさまと同じように和装で、違うのは佩刀の種類くらい、なのかな?
たぶん解いたら背中の真ん中まで来るだろう長い髪を無造作に頭の後ろでひとつに束ねた様子で、たぶんお腹の上で両手を組むようにして眠っている、んだろうけど。
その、身体の左右を固めるようにして同じように空中に浮かんでいる抜き身の、片刃の刀と両刃の剣が、長大な刀を使っていたクラオカミさまとの相違点。
クラオカミさまの刀は水の神力由来の青く清浄な光を放っていたけど……、この二本の刀剣は。
「恐ラク、真紅ノ刀ガ炎系、深緑ノ剣ガ土系ダナ。――信ジラレナイコトダガ、コノ神器ハ二系統以上ノ神力ヲ使イコナス……動クゾ?!」
叫ぶなり、私の方に柄を向けて飛び込んできたフツヌシちゃんをわたしが受け取るのと、空中に居た神器の男性が突然身体を翻して両手で左右に浮かんでた刀剣をそれぞれ片手に構えて台座の上に着地するのとが、ほぼ同時だった。
それに――、フツヌシちゃんと思念共有してなかったら、視認出来なかった、かも!?
咄嗟だったから乱暴に肘鉄を食らわせる形になっちゃったけど、男性が回転しながら何重もの『見えない刃』の斬撃は、確実にわたしがハヤヒさんを強制的に後退させなかったら、ハヤヒさんの首を飛ばしていた、と思う。
「なんだなんだァ? イヤらしい卑猥なかっこのロリ娘と、いつでもぶち殺せそうな血も見たこと無さそうな優男が雁首揃えて、俺様の寝床に何しに来やがったァ?」
「ろ、ロリ娘……、いや、違くて! わたし、シンディの娘です! ママから、あなたを起こすように、って」
「――シンディは子を成せない。我が正義の名に於いて虚偽と判断する。娘よ、真実を証明出来るか? ――くっそボケ黙ってやがれ俺様のターンだっつの! ――その要請には承服出来かねる、正義の名に――相変わらずうぜえっつーんだよ!!」
そんな場合じゃないのに、わたしたちは呆気にとられてしまって。
男性の、たぶんママの神器なのは確実なんだけど、その身体の中身が……、そう、両手に持った刀と剣を自分でそれぞれに力を入れて打ち合わせてる様子が、自分同士で本気で切り合ってるみたいで。
同じ身体の中に、ふたりが同時に存在してるみたいな……????
「ふぃーなハ嘘ヲ言ッテイナイ。私ハすさのおのみことノ佩刀ニシテ神剣ふつぬし。
我ガ名ニ於イテ、ふぃーなノ言葉ニ嘘ガナイ事ヲ証明スル」
わたしの右手に収まったフツヌシちゃんがそんな言葉を述べたけど、目の前で一人相撲っぽい戦いをしている『ふたり』はそれどころじゃないみたいで……。
相変わらず、どうやら『身体の主導権争い』をしてる、みたいな。
なんかこれ、すごく見覚えがあるっていうか共感出来る、と思ったのは気のせいじゃなくて。
小さい頃に、ちょっとしたことで喧嘩したわたしとアリサちゃんが身体の主導権を争った状況と一緒、だ。
あのときは、アリサちゃんがどんなに頑張って身体を動かそうとしても、身体の所有権がわたしに帰属している以上、わたしが許可しない行動をアリサちゃんが自由にすることは出来なかったんだけど……?
「余計な力を使ってんじゃねぇ、あほんだらぁ! 『ロキ』を起こすな!!」
たぶん、身体の『本当の持ち主』な男性――、侍の方が裂帛の気合と同時に言葉を放つと同時に、右手に持ってた剣から緑色の光が消えて、左手に持ってる真っ赤な刀の光の方が強烈に周囲を照らし始めたんだけど。
なんていうか、そっちの方が、その……、『怖い』。
魔王って呼ばれてるタクミさんが力を振るう様子を恐れてたけど、それを一としたら、この、目の前に居る男性の魔性は、軽く千を超えてるだろう、っていうレベルで。
別に何かわたしたちを拘束する力を放ってるわけでもなんでもないのに、ただ、目の前に実際に存在する、ただそれだけのことが、怖くて口も利けない……、そう、わたしとハヤヒさんが訳もなく怯えているとわかったのは、ガチガチ、とお互いの歯が鳴る音が聞こえたからで。
「シンディの娘、つったな? それなら俺の娘、だ。名前は?」
「ふぃ、フィーナ、です。孤児の養女で」
「こまけえこたいいんだよ。言ったろ、シンディの娘なら俺様の娘、だ。初めましてだな、フィーナ。――用件は?」
言いながら、台座の上にどっかりと腰を下ろして、強烈に硬そうな床の上に二本の刀剣をさくさくっ、と突き刺した神器さんは人好きのする笑顔を浮かべてにっこり笑って下さった、んだけど。
全身から発せられる鬼気、のようなものはより強度を増したみたいで、なんというか、空間や建物さえも怖がっている、と言えばいいのか、男性を中心に空間が歪んでいるような印象を受けてしまって。
「……っあー、感度が良すぎるっつか、勘の鋭い娘さんだな。夜はきっとそこの優男としっぽりずっぽり愉しんでんだろーな?」
「そっ、そういう関係じゃないですからっ!」
「別に何も言ってないんだけど、そういう関係ってなナニを想像したんだァ? ほれほれ、言ってみな?」
「ふにゅっ?! ぅぅぅぅ、なっ、なんでもないですっ?!」
「いやいや、なんでもないってこたねぇだろ、言ってみなって?」
「……『封印ヲ解イテ起コセ』トしんでぃニ言ワレタガ、察スルニ、君ハマダ強大ナ封印ヲ受ケテイル状態ダナ?」
なんかすごいセクハラ風味な質問を受けてたわたしを助けてくれたっぽいフツヌシちゃんに感謝っ!
「アァ? うるっせぇなー、俺様はここから出られねえのは確かだが、『俺たち』は望んでここに居るんだよ。
だから、娘が訪ねて来てくれて、それを守ってるっぽいお前らもまあ見逃してやっからよ?」
言外に、邪魔をするな、って言われた気がしたけど。でも、でも。わたしたちは、一緒に外に出て、ママを起こして貰わないといけなくて。
「えっと……、出られない理由を聞いていいですか? それと、なんとお呼びしたら?」
「んん? ハハァ? まだ忘却術式が効いてんのか。その状態でよくここまで辿り着いたっつか、なるほど『シンディの娘』な。
例外適用、って奴だな、巧いこと抜け道作りやがる」
ひとりで納得したみたいで含み笑いを漏らしてるけど、笑うたびに全身の鬼気を震わせるのを止めて欲しい。
脇目も振らずに全力で駆け出しそうなくらいに、怖い。
「っと、名前だったな。俺の名は虎徹、なんだが。真名は《ロキ》だ。
――この真名のせいで、俺《俺達》はここから出られねえ。カグツチの馬鹿野郎が元気になっちまうからな?」
「……説明を聞いても、いいですか? それに、こちらの事情も聞いて頂かないと……」
やっと、いろいろな線が繋がった気がした。ここで神敵カグツチの名前が出てくる、っていうのが、全部の発端なんじゃないかな、って。――でも、名前が、「こてつ」と「エルガー」の名前が二重に聞こえたのは、なんでなんだろう?
逸る心を抑えて、わたしは、少しだけ目の色が真剣味を帯びた気がした、真っ赤な刀の放つ真紅の光に照らし出されて、まるで全身が燃えているような印象がより強まった、虎徹、と名乗った神器の男性の姿を見つめ続けた。