37話 到達
「ふぃーな! モット密着シナイト、ふぃーるどカラ出テシマウ!」
「あうぅ、フツヌシちゃん、これ以上は、ちょっと……」
「密着? ええと、こうかな?」
「ひあっ?! ハヤヒさん、お股になにか硬いものが当たるんですけどっ!?」
「ん? あ、ごめん、腰の装甲だ。これ要らないな、パージしとこうか」
「んぅっ、なんかお股がむずむずするぅー……」
……はうぅ、変になっちゃうよぅ。
わたしとハヤヒさんの全開飛行速度が違いすぎるので、フツヌシちゃん発案でハヤヒさんが合意して、一緒に加速する方法、っていうのが今やってる、これなんだけど。
先頭で飛行しながら大気を切り裂いてわたしたちを包み込む円錐状の神力フィールドを張ったフツヌシちゃんのフィールド内で追従飛行しながら、お互い背中から翼を広げてる関係でしっかりと抱き合って密着したまま超音速飛行をしているわたしと、ハヤヒさん。
タクミさんがこんな神力装甲な衣装(薄すぎる!)に変えてくれたおかげで、内殻や外殻の与圧調整とかそんな身体的計算から開放されたのは、そりゃ便利なんだけど。
背中にそのまま残した飛行パックに魔力を通すだけで風魔法の推進力に変換されるから、深く考えなくてもわたしの体重の数千倍に達する推力がわたしの身体を軽々と超音速にまで達してくれるのも有り難いけど。
……この、わたしの身体を包んでる装甲膜って、外側の触感をそのままダイレクトにものすごい感度で伝えてくれるんだよね。
だから、ハヤヒさんと向かい合って飛行してる現状、っていうか、抱き締めあってる今、っていうのは。
……全裸で抱き締められてるに等しい、っていうか、わたしの全身が一回り大きいハヤヒさんに直接裸身が抱きすくめられてる、っていうか。
タクミさんに悪気がないのは解ってる! っていうか、なぜかわたし、無条件にタクミさんが嫌いだったけど、いろいろ誤解してたっぽいし謝りたいし許して欲しいっ!
――こういう風に飛行することまで読んでた気がして、この衣装にしたのって予定調和的というか、わたしが恥ずかしがってるのをどこかで見てて楽しんでるんじゃないのかな、って気がしないでもないんだけど。
そうだ、天の眼だか神の眼だか、『宇宙』から地上を見てる、みたいなことを言ってたっけ、ハヤヒさん。
ちらり、と天空の方を見たら、昼間なのに空は真っ暗で、星が瞬くのが目に入って。
「高度と速度判る? 方位大丈夫だよねフツヌシちゃん?」
「方位変ワラズ、現在高度10万7千めーとる、速度、時速7,274きろめーとる、まっは7.4!」
フツヌシちゃんが管制の部分を受け持ってくれてるから、わたしたちは飛び立った空中空母から、『弾道飛行』っていう、ハヤヒさんが発案した最も空気抵抗の少ない最速軌道を飛んでるとこで。
高度10万メートルを超えた先が『宇宙空間』で、そこから上は「空気が存在しない領域」、つまり空気抵抗がないから、速度が減速しない、って聞いた。
確かに、石を持って遠くに投げるのなら、投げる力、つまり初速が一緒ならより高く投げ上げた方が遠くに届くのは自明で、空中で飛行する魔物を駆逐しながら進むよりも、魔物が存在できない宇宙空間経由で弾道飛行のが合理的なのは判る、んだけど。
「大丈夫? フィーナちゃんすごく顔、赤いよ? 前みたいに緊張して混乱してたりしない?」
「んあっ、ううんっ、ふぅっ……、だ、大丈夫です! だいじょうぶ、なので、あまり身動きしないで欲しいっていうか……、体中のあちこちがこすれて、なんか変な感じが」
「あっ、ごめんね!? そっか、僕のアメノイワフネってかなり突起物多い形状だからね、身体に当たって擦れちゃうよね」
ふえぇ、また変な声出ちゃったよう。
だって全身がハヤヒさんに力いっぱい抱き締められてるんだもん、幸せすぎて変になっちゃう。
――前回のキスのときも「緊張で変になっちゃってたせい!」って力説して納得して貰ったけど、やらしい変な娘だって思われてたらどうしよう!?
「弾道最高頂点到達、ふぃーな、はやひ、落下ニ入ルゾ?」
「了解っ、よろしく!」
「あっ、うん、了解! ほんとに目標点大丈夫だよね、フツヌシちゃん?」
「ふぃーな……、クドイゾ? ワタシノ意識ハふぃーなニ直結シテイル、参照シテイルノハふぃーなノ記憶ダ、間違ウ要素ガ無イ!」
そんな風に前方を飛ぶフツヌシちゃんに言われて、そうだった。わたしの脳内にしか完全な地図を置けないから、フツヌシちゃんと念話の上位魔法、<思念共有>で繋げてあったんだった。
「落下で更に加速して『空気が断熱圧縮で燃える』から、注意してね!」
ハヤヒさんの言葉で、わたしは思わずハヤヒさんの背中に回す手に力を入れて、そしたらハヤヒさんもわたしの身体じゅうをぎゅうーっ! って抱き締めてくれて。
――なんかもう、すごく場違いなの解ってるんだけど、なんていうか、その。
『このまま死んでもいい……』
みたいなうっとり感が、その。……だってだってだって、大好きな男性と裸同然なかっこで密着して誰もいない空間でふたりっきりで!
「ふぃーな……、ワタシモ居ルノダガ?」
はうっ!? そ、そうだった! 思念共有で接続されてるんだった! フツヌシちゃんの方が上位存在だから、わたしには正直フツヌシちゃんの思考はよく解らないけど!!
でもでもでもでも、ハヤヒさんには言わないでねっ?!
「………………みんとノ香油デ磨イテ欲シイナ?」
「磨いてあげるーっ、全部終わったらね!!」
「?? ほんと仲いいよね? 女の子トーク、ってやつ? ちょっと話の流れが分からなかったけど、説明貰える?」
「あっ、えぅ、んっと、前々から約束してたフツヌシちゃんへのご褒美のお話で!」
「………………ウン、ソウ。私ハ磨カレルノガ好キダカラナ?」
意味深な間の空け方が怖いよフツヌシちゃんっ?! でも、ハヤヒさんはそれでどうやら納得してくれたみたいで、良かった。
それから、わたしたちは神剣にして剣神なフツヌシちゃんが作るフィールドに包まれたまま、猛烈な速度で落下を開始した。
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「……ちょっとやりすぎた、というか、速すぎたね?」
「……そんな気がします。最終到達速度ってどれくらいだったんだろう……?」
「約まっは14.5クライダナ? 自由落下デハナク推力全開ノ動力降下ダ、まっは20ヲ超エテモオカシク無カッタガ」
流石に神が鍛えた神剣のフツヌシちゃんは、煌めく剣身に傷一つなくて、そのフツヌシちゃんのフィールドに護られてたわたしたちも傷なんかあるわけない、んだけど。
言ってみれば、神力と魔力で超加速したマッハ14.5――音速の14.5倍まで加速したわたしたちがほとんど減速しないまま、祠だった場所に突き刺さったんだもん。
たぶん、ごく普通に石材と土で作られてた、と思われる大陸北東端、『最古の神器の祠』は……、跡形もなく吹き飛んでた。
付近を見回して最初に目に付いたのは、ものすごく頑丈そうな地下に続く階段を閉じてるっぽい朱色の光を放つ神鉄製の扉と。
祠の東側にずらっと並んだ、途切れることなく続く朽ちた墓標。
「誰のお墓なんだろう……?」
「どうやら村落があったようだね。詳しくは近寄って調査してみないと解らないけど――、こっちの扉の方が今は重要、だと僕は思う」
ぺたん、と地面に女座りで座り込んでぼーっとハヤヒさんに抱かれてた余韻を噛み締めながらゆっくり展開してた背中の翼を畳み込んでわたしが呟いてたのに反応して、ハヤヒさんが答えてくれて、わたしははっ、と我に返った。
そうだ、ママを起こすためにこんな大陸の端まで飛んで来たんだった、フツヌシちゃんやハヤヒさんたちまで巻き込んで。
この奥に眠ってるっていう、ママの一人目の神器さんを起こして、ママのところまで一緒に行って貰って、話はそれから!
「準備イイカ、ふぃーな? 開ケルゾ?」
「うんっ、お願い、フツヌシちゃん!」
ふよふよとひとりで浮かんでる抜き身の剣の姿なフツヌシちゃんが、こんこん、って扉を剣身で軽く叩きながらわたしに尋ねたので、わたしは思いっきり強く頷いた。
それから、フツヌシちゃんがちょっとだけすうっ、と扉の周囲を小さな円を描くように飛んだ、と思ったら、瞬間的に扉の中央に突き刺さるように飛び込んで――、それが解錠みたいな行為だったのか、さっきハヤヒさんが取っ手を掴んで開こうとしてもびくともしなかった地下扉が、自分から全開になるように、フツヌシちゃんの両側に観音開きで開いてしまって。
「――自信なくしちゃうなあ、僕って剣神よりも神力弱いのか……」
「風神如キト比ベラレテモ困ルナ? 実体ヲ持タヌトハ言エ、コノ剣神ふつぬしハ父神伊邪那岐ヨリ生マレ出デタ戦女神ニシテ剣神ゾ?」
「んと、純粋戦闘力だと戦闘に特化したフツヌシちゃんの方が強くて当然、だと思います」
がっくり肩を落とすハヤヒさんに、わたしもちょっとだけ。フツヌシちゃんを剣として振っててほんと思ったんだけど、フツヌシちゃんって純粋戦闘力の塊で、戦うことに特別に特化してる剣神、なんだよね。
むしろ、今までみたいに戦いでない場面でも万能なのが不思議なくらいの。
最初から仲良くしてるからついつい気安くフツヌシちゃん、なんて呼んでるけど、神格で言ったらティースさまと神器契約を結んでる武神にして雷神タケミカヅチさまと並ぶくらいの強力な神様なんだ、ってタクミさんに聞いたときは驚いたっけ。
「ふぃーなハ友達ダ、友達相手ニ敬称ナド必要アルモノカ。敬語ナド付ケタ方ガ怒ルゾ? ――サテ、予想通リ、階段ダナ。降リルカ?」
発光の度合いを強めたフツヌシちゃんの全身から発する白光が照らし出す扉の内部は、どこまで続いてるのか解らないくらい底が見えない、巨大な螺旋階段が続いてて。
……ここまで来て、引き返すとか躊躇うとか、そんなの選択肢にあるわけないっ!
ハヤヒさんと顔を見合わせて強く頷いて、わたしたちは奥に向かって足を踏み入れた。