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35話 飛翔

「ひっ、左のかんきょう? って言ってたよね?」


「たっ、たぶん、こっちから見て右側の、クーリ公国の旗があるほうの建物じゃないかと」


 うぇぇん、なんで昨日あんなことあったばかりなのに、またこんなに密着して飛ぶ羽目にっ。


 今回は背中からネルララフンごと抱えられてるって言っても、ハヤヒさんの両腕がわたしの胸とお腹に回ってるよう、恥ずかしいよぉー。


 ……ていうか、ネルララフンの全装甲解除してもう折り畳んだ背部パックと内殻のみの状態まで投棄したんだけど、それでもまだハヤヒさんの飛行状態がよたよたのままなのは変わらなくって。


 この機体、ほんっと重かったんだなあ、と実感することしきり。常時<身体強化>が効いてたから動かす分には全然意識してなかったけど。


 わたしの魔力は言っちゃなんだけど普通よりちょびっと多めだから、金属内外殻の多重構造をやめてしまって、ハヤヒさんの神力防御を真似て魔力で作った防御膜展開をした方がより軽量化出来そう。


 そんなこと考えながら上昇してたら、わたしたちの目の前で巨艦はゆっくりと向きを変え始めて、それから、左の旗の下の、ちょっと広くなった広場みたいな円形のマークが描かれた鉄板の上で、神騎装着状態のタクミさまが手招きしてたので、ハヤヒさんがそちらに向かって飛び始めた。


《遅ぇ。フィーナちゃんいま飛べないんだから離れるな、って言ってあっただろ》


「あっ、いやっ、でも、上空を通過する有翼魔獣を墜とす必要があって」


《そりゃ後ろに任せる分だったんだよ、戦術を現場で変えるのはいいけど戦略を変えるな、ちゃんと許可取ってやれ。――後でクシナダさんからも雷だぞ。

 ……ひとつ貸し、だな、これからこっちの作戦で使うからクシナダさんの方には戻らなくていい》


 ずしん、とわたしたちの脳裏に響く強烈な念話が届いて、ハヤヒさんは平気で会話してるみたいだけど、わたしはあまりの強烈な意志力にくらくらして頭を押さえてしまう。


 これが、神、との違いなのかな。今まではタクミさまとお話してても全然平気だったのに、っていうか、もしかして。


 消えかけてるアリサちゃんの負担にならないように、ほんとに細心の注意で極限まで神力を抑えてたのかな?


 そういえば、ネルララフンを装着してないときのアリサちゃんに直接触れたことがない気がする、タクミさま。


「さて。作戦、なんだけど。もうすぐクルルと交代して北で足止めしてるククリがこっちに来るから、開始はそれまでお預け、なんで、先に説明しとく」


 肉声が届く距離まで来て、タクミさまがゆっくり着陸したわたしたちに肉声で声を掛けながら、周囲を渦巻くようにして流れる風を片腕を上げて風圧遮断して下さって、ようやくわたしたちはまっすぐ立てるように。


 巨艦だから遅く感じたのか、実際に艦上に立ってみたら凄い向かい風がびゅうびゅうと吹いてて。


 それに目の前に大きな建造物がある関係で、その後ろ側の広場になってる現在地に風が渦を巻いてて立ってるだけでも強風でバランスを崩しそうだったから、すごく助かった。


「このあと、コイツ、『空中空母エルオンタリエ(Eruontarië)』の上で、ガチで俺とククリが、炎神カグツチとり合う。

 ――んだけど、『俺とカグツチは存在してるステージが違う』のと、お互いが神だからある程度やりあったら千日手になる。


 理解出来てなさそうなハヤヒは置いといて、……意味解るよねフィーナちゃん?」


「えっ? はっ、はいっ!」


 突然呼ばれて、わたしは慌てて頷いた。


「でも、『ステージ』というのは?」


「ああ、そうか人間だから知らないよな。――俺ら神族はぶっちゃけると、全員が『元を辿れば同じ一族』なのね?」


生の父神(イザナギ)死の女神(イザナミ)の更に上、創造神の元に行き着く、という意味ですよね?」


「そうそう。俺は気にしないけどそこなるべく様つけないとクラさん辺りはすげえ怒るから気をつけてな。

 ――んで、俺らは使える神力の大きさに準じて『神格』っつーのがある、のは知ってるよね?」


「えっと……、タクミさま、クルルさまが最上位で、スサノオさま、ツクヨミさまなどが上位、……ハヤヒさんが……」


「そう、コイツが今んとこ最下位。というか、コイツ全神族中、一番若かった神(・・・・・)なのね」


 自分のことを話題にされてるせいか、緊張の面持ちでわたしの隣で立ち尽くしてたハヤヒさんに歩み寄って、兜面を黒い霧状に拡散分解して眼帯の素顔を出したタクミさまが、すごく乱暴にハヤヒさんの肩に腕を回して髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き乱す。


 あ、タクミさまのハヤヒさんに対する態度が何かに似てる、と思ってたけど、なんか判った気がする。


 出来の悪い(って喩えちゃハヤヒさんに失礼だけど)弟に対する厳しい兄、だ。


 そう思ってみたら、クルルさまが以前ハヤヒさんを叱ってたときも、厳しくは接していたけど挽回の余地を与えてたり、厳罰にする、って感じはなかった気がする。


 わたしたち人間だと、『歳の離れた兄弟姉妹に対する接し方』、って考えたら分かりやすいのかも。


「えと、若かった、というのは?」


「いま最年少の神は俺の娘のククリだから。ククリとハヤヒには同じ使命があって、『神とヒトを繋ぐ者』なんだけど――、それを今、人間に聞かせても仕方ないか」


 ん? 何か引っ掛かる言い方だった。ククリさまが持ってるっていう『人界の女王』って能力と関係あるのかも。でも、とりあえず目先のことをちゃんと聞かないと。


「ククリさまもこちらにお呼びしてる途中なんですよね?」


「ククリとは友達になって欲しいから、敬語要らないよ、俺にもね。話しづらいし」


「えっ?! で、でも」


「やめないと寂しくなった俺がうっかりフィーナちゃんのサイズを大声で叫んじゃうかもしれないな? 『フィーナちゃんのサイズはぁー!』」


「わーっ、わーっ!! セクハラじゃないですかっ! やーめーてー!!!」


「『身長151.3センチ、順調に成長中ー!』 って解ってくれて何より。これからもククリと仲良くしてやってな、末永く」


 片手を口に添えただけで<拡声>を使えるとか、もうっ。上空だから誰にも聞こえてないと思うけどっ。


 なんていうか、アリサちゃんにはあんなに親身なのに、わたしにはちょっとだけ意地悪入ってる気がする、この人。いや、この神。


 ……もしかして、ハヤヒさんと仲良くしてるせいかな? ハヤヒさんごといじられてる??


「……ええっと、どこまで話したっけ。ああ、そうそう、『ステージ』の話。ハヤヒが脱線させるから」


「僕は脱線させてないんですが……」


「やかましい叱られ小僧。この後出番控えてんだから『魔力』溜めとけ」


 さり気なく『魔力』を溜める必要がある辺り、ほんとにハヤヒさんって最下級の神で、ものすごくヒトに近い存在なんだな、って。


 タクミさま……、怒られそうだから尊称やめとこ、タクミさんやクルルさんたちはほとんどいつも直接神力を使ってるけど、ハヤヒさんは基本的には神力を『一度魔力変換にして倍増させてから』使うのがデフォだもんね。


 それだけ、神力に余裕がないんだろうな、って理解してた。


「『ステージ』で理解しづらいなら、そうだな、『高次元と低次元』で喩えると分かりやすいかな」


「二次元平面の存在は三次元空間の存在を認識不能、みたいな次元階層のお話でしょうか……ですか?」


 さっ、と口元に手を当てたタクミさんを見て慌ててわたしは語尾を変えた。危ない危ない、この神さまほんとにやるんだもん。


「へえ? ほんとに英才教育されてるね。誰の教育成果だろ?

 そう、俺とカグツチは、ていうか俺、クルルとそれ以外の神は、実はびみょーに異なる次元に居るのね」


「えっと……、『異なる次元に居るけど部分的に重なっている』と解釈しました」


「そう、その通り。その上で、カグツチは『バグ』のせいで変な次元から神力を引っ張ってきてるんで――、階層が本来異なる俺とクルルには影響がないんだけど、あいつと同じ階層に居る他の上位神はその力を受けると悪影響を受けちゃう」


「――前回の大戦で、アマテラスくんが影響を受けすぎて生まれ直した、って」


「ああ……、ありゃ仕方ないっつか、正気に戻った『前の』アマテラスが望んだ、っつか」


 苦笑を浮かべて、すぐに真顔に戻したタクミさんが、カリカリと鉤爪のように先端が尖った義手の指先で頬を軽く掻きながら。


「カグツチとアマテラスは本来は兄弟みたいな関係性で、表裏一体なんだよね。

 だから、ヒト族がアマテラスやカグツチを憎んでるのは知ってるけど、あいつも俺らの兄弟のひとり、『世界の理』に従って『法則』を受け持つ重要神なんで、殺すことは出来ない。

 それは覚えておいて欲しい」


「……わたしが判断することじゃないですから」


 これは本心。たくさん被害が出てるのは知ってるし、もう何十万人も焼かれて亡くなった人たちが居るのも知ってるけど。


 冷たいようだけど、可哀想だな、とは思いはするけど、わたしの今の最優先はママを起こしてアリサちゃんを取り戻すことで、炎神カグツチを倒すことじゃないから。


「うん。フィーナちゃんが人類を代表してここに居るわけじゃないことは解ってるんだけど、それでも誰かヒト族に伝えておきたかった俺のわがまま、だね」


「……優しいですよね、本当に。全部の事柄が巧く収まるように、細心の注意を払ってて。わたしなんか、ママとアリサちゃんのことだけで手一杯なのに」


「苦労性で貧乏性で強欲なだけよ。世界の全部が俺のもの、だから何一つ欠けるのを許せない、程度のもん」


 暗黒神にして魔王、タクミ、だっけ。魔王っていうより、なんか慈愛の王みたいな感じがしてる。


 身内の誰一人失いたくなくて、明らかにタクミさんに敵対してた、『前の』アマテラスくんやハインさん、今のカグツチまで救おうとしてて。


「どうも君と話してると脱線しちゃうな? 全部終わったらじっくりおじさんとお話でもしよっか。

 そんなわけで、同じステージにいるククリの神力攻撃と、俺の<上位源力>でのバグ浄化でカグツチをこの艦上に釘付けにするから。

 ――その間に、『シンディさんの一人目の神器』を起こして欲しい」


「場所が解るんですか?!」


 そう、そこが問題! そこが解らなくなって、戦場に戻ってたんだし。


「大まかな地域が特定出来りゃ、あとは<源力>持ちの俺とクルルで土地の歴史を辿ってどうにでも。――大陸北東端の岬の祠だ」


 タクミさんが片手の上に空中投影した半透過の映像に映し出されたものすごく精度の高い地図……、っていうか、これ絵じゃなくて魔法映像? の、北東端に、真っ赤な同心円が拡大縮小しながらぴこぴこしてた。


「フィーナちゃんの瞬間記憶能力で記憶しとけば大丈夫かな。マジでシンディさんの忘却っていうか妨害神術の影響が凄まじくて、俺らでもマーキング一度外すと分からなくなるくらいなんで」


「はい、覚えました。たぶん……、大丈夫です」


 いったん地図から目を離して脳内記憶として呼び出してみて、位置を忘れてないのを確認。うん、大丈夫っ。


「愛娘だからかな? 悪い方向への術が掛からないみたいだね、君には。

 ――じゃあ、余裕のなさ過ぎる出来のわるーい末弟に俺もプレゼントしとこ」


 言うなり、わたしに大股でタクミさんが歩み寄った、と思ったら、ぱんっ! って音を立てて、わたしが纏ってるネルララフンだったもの、内殻壁に片手を叩きつけて――!?


「きゃああああああぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁあっ!?!?!?」


「ちょっ、タクミさま!?!?」


 力や魔力、神力の痕跡なんか何もないのに、それが自然な状態、みたいな風にわたしの身体を覆う内殻と衣類に下着が胸元から全身まで一瞬で微粒子になって分解されちゃった!?


 慌ててしゃがみ込んで身体を隠そうとしたけど、首から下が金縛りになったみたいに動かなくて、たぶん何をされてるのか解らないけど、わたしの胸元に当てられてるタクミさんの左手のせいで。


「んじゃ、いくぜ?」


 タクミさんがわたしの胸元に伸ばした手をそのまま少し引いて、ぎゅっ、と空の手を握り締めた、と思った途端に、周囲に粉になって無数に渦を巻いてた内殻の残骸が、わたし達の全身にぶわああーっと高速で塗布されるみたいに凝縮されて……。


「重くて苦戦してたろ? 極限まで軽くしてやった。――『他所の宇宙』からちょいと借りてきた神金(オリハルコン)製だからな?」


「……タクミさま、これは、ちょっと……」


「ふえぇぇ、恥ずかしいですぅー!!」


 タクミさんめっちゃドヤ顔してるけど、このデザインはない! と思うっ。ほとんど裸だよぅー。


 一応全身を銀色? と薄い緑色にも見える不思議な光沢の金属っぽい膜が包んでるけど、ぴっちりしすぎっていうか、密着しすぎ、っていうかっ。


 今度こそ開放されたわたしはしゃがみ込んで身体を隠したしっ。


 ――確かに断熱性や耐久性は凄いみたいで、いつの間にかタクミさんが周囲の結界を開放してたけど、わたしはさっきまでの底冷えする寒さを全く感じてなかった。


 でも、股間と胸とおしりの下部分だけ、あとブーツ形状の足部分にちょっと厚みがあるだけで、他はほんとに全部緑っぽい銀膜で包まれて背中に飛行パック背負ってる状態、っていうのはなんだかすごく……、すごく、卑猥すぎるよぅ。ううう。


「まあ、そんなわけで、ククリも到着したし。――ハヤヒも一緒についてけ、『好きな女の子を守るのがいい男の条件』だからな。あと、マジでこの子、お前より強烈に速いからな?」


「えっ、あっ、でも、わたし、もうひとりじゃ飛べなくて」


「……飛べる。言い訳する材料はさっき粉にして飛ばしてやった。ちょっとスパルタでごめんな?

 『制御で忙しいからひとりで飛べなかった』んだろ? もう制御する必要はない、思ったまま飛べる」


 人差し指一本だけを立てて、わたしの顔をまっすぐ指差すその指先から何か得体の知れない力が放出されてるように錯覚して、わたしは少し後ずさって……、そして、知らないうちに背中の飛行パックを自然に展開して、わたしは空中に浮いてた。


 ――そして、一瞬のうちに加速して、巨大な空中空母の上から、上空に飛び出していた。


《おっと、忘れ物だよ。親友を忘れちゃだめだね?》


 みるみる小さくなってくタクミさんの手元から、光が煌めいた、と思った途端に、私の方へその光がひゅんっ! って勢いで急接近して。


「ワタシヲ忘レルナンテ、ふぃーなハ物忘レガ酷スギル!!」


「フツヌシちゃん?! 喋れるようになったの!?」


「たくみサマニ加護ヲ頂イタ! ズット、ズウット一緒ダカラネ!?」


「うん、もちろん! 一緒に来て、手伝って、お願い!」


「当タリ前、行コウ!」


 うん! 記憶の中の地図を頼りに、わたしたちは一直線に北東の岬へ向かって飛び立った。




 ハヤヒさんが遅れてついて来てることをフツヌシちゃんに指摘されるまでころっと忘れてて、珍しくものすごく落ち込んでるハヤヒさんを慰めることになったのは役得というか怪我の功名というか何というか。


 ちょっとだけ、クシナダさまやティースさまが言ってる「ハヤヒさんがかわいい」っていう感想が理解出来た、気がした。




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