34話 巨艦
『ごっ、ごめんなさい、遅れました!』
『大丈夫っ、まだ前線維持してたからねっ!!』
ばたばたしてて合流が遅れちゃったけど、街道を東征してた人獣混成連合軍とも合流出来たから、一緒に前線で戦線を維持してくれてたザッハさんたち獣人軍の元へ移動して。
女王親衛隊のみんなも、たった二騎四人でザッハさん率いる軍の最前面でほんとに獅子奮迅の活躍をしてたみたいで、あんなにぴかぴかだった全身の装甲が泥やススで黒茶に汚れて、それでも戦闘を止めてないのが、強い! と思っちゃった。
――ネルララフン装着してるし兜も被ってるから、赤面してるのバレてないよね?
ああ、もうっ。なんであんなことしちゃったんだろう、わたし。
ハヤヒさんは上空の方で空中戦してるから距離が離れてるけど、あの後のことは……、思い出したくない。
思い出すと七転八倒しちゃいそうだから。
――もうっ、フツヌシちゃんも聞きたがるのやめてっ。そりゃ、ネルララフンに括り付けたまんまで置いてきぼりにしちゃったのは悪かったと思ってるけど、それとこれとは別なのっ!
ネルララフンの左手に構えた神剣フツヌシちゃんの、聞きたがってる風な思念に答えておいて、わたしはすぐに巨大な赤竜を四枚の盾で押し留めてたルーディスさん・ルーナさんの横合いから、息を大きく溜めて強烈な炎のドラゴンブレスを吐き出してる最中の赤竜の頭を切り飛ばす。
首の途中から炎を吹き出し始めつつ横向きに倒れるその竜を、後方からシェラさん、サラディンさんの機体が冷凍弾を射撃して固めて、わたしたち五人はすぐにまた別の大物へ。
やっぱり、五人でやると格段に効率が違うなあ。
ここに来る途中も前線を抜け出してきた小さい魔獣と戦ったりもしたけど、そっちは混成軍の銃棍射撃でフツヌシちゃんを振る間もなく始末しちゃってはいたけども。
やっぱり急造の混成軍だからか、オーバーキルってくらいに一匹に撃ち込み過ぎちゃってたし、そこら辺を気を付けないと魔力切れを起こしそうな心配があった。
初心冒険者なわたしが何を偉そうに、って自分でも思うけど、急造の軍隊だし射撃能力さえあれば、ってことで戦闘経験じゃなく保持魔力の量だけで冒険者みたいな民間人まで動員されちゃってるらしいから、全員完璧に訓練を受けた兵士じゃない分、混乱したらヤバイかもしれない、って話はクシナダさまとかからも注意されてて。
ほんの少しでも先輩なわたしたちがなるべく見本を見せてやって、それから『反攻』して『前進』しなさい、って言われてるから。頑張らなくっちゃ。
って思いながら、わたしたちの頭越しに銃棍の弾幕を広範囲に撃ち込みながら、整然、とは程遠い乱雑な形でアルトリウス王とクシナダさまが共同指揮してる援軍が街道どころか周辺の地形を埋め尽くすのを目の端で追ってたら。
……ら? なんだろう、なんだか信じられないものが見えたような。
ううん、気のせい、きっと気のせい。そう、昨日あんなことあったし、わたし、きっと疲れてるんだ。
――フツヌシちゃんっ、世の中には気づかない方が幸せなこともあるんだよっ!? 目の前の戦いに集中しよっ?!
『なあ……、お前ら、気づかないフリしてっだろ?』
2番機後席のサラディンさんが魔道騎制御の合間に、そんな風に声を掛けてきて。
それでも誰も、南方だけを振り返らないのが、みんなの心がひとつになってる証っ。
そう、何も見てないっ、聞こえてないっ。
《ウワーッハッハッハッハ! 多少遅れましたが、ドワーフの王ムギリとドワーフ王国、ここに参戦を宣言しますぞぃ!!》
……<拡声>の魔法でも使ってるのか、飛ぶ鳥も落としそうな大音量の声がそれから響き渡って、嫌でもわたしたちにその存在感を誇示し始めて。
……あ、ほんとに上の方飛んでたハインさんとハヤヒさんが落っこちかけた。――あ、立て直した。良かった。
その間にも、それは一体どんな動力で浮かんでいるのか解らないけど、どんどんこちらに向かって近づいて来てて。
この超絶に非常識極まる物体を、なんと表現したらいいんだろう?
四角くて細長い台形をひっくり返して、細い辺の方を下向きに、広い辺を上向きに、それを甘の字みたいな形で繋いで、比較的平らな上面の中央、左右の端に、更にまた細い台形っぽい建物が乗っかってて。
その、上に載ってる台形の建物それぞれに、右側にドワーフ王国の旗、左側にクーリ公国の旗が翻ってるんだけど。
そこまでは、まあいいの。空中を飛ぶ機械がいくら非常識って言っても、言ってみればわたしがいま着てる特殊飛行魔道騎、音速の翼だって飛べる機械なんだから。
問題は、その、大きさ。
わたしの解析力って、そうそう間違った計算や寸法測り間違えしないことにはすごく自信があるんだけどさ。
全長400メートル、全幅180メートルの蒼銀の塊が、ゆっくりと空中を迫って来るのはもう現実味がない、としか。
《ぴんぽんぱんぽーん。迷子のお呼び出しをします。
――聖神軍団の妹分、フィーナちゃん。お母さんがこちらにおいでになってます。
お早く、左の艦橋までお越し下さい》
再び、<拡声>で、たぶん周囲数キロに渡って大きく響く声。……タクミさまのお声だ。
――そうだよね、あんな巨大で数十万トン以上に達しそうな建造物を空中に浮かべるような魔力、神でなけりゃぜったい無理だよねっ。でもっ。
迷子じゃないもん、わたしここでやることあったんだもん!
ていうか、あそこに、どうやって行け、って?
《ぴんぽんぱんぽーん。おーい、ハヤヒ。とっとと連れて来ないと、クシナダさんから聞いてるあれこれ、全部バラすぞ?》
続くタクミさまの声色がちょっと怖いので、急ぎたいのは山々っていうか、あんな放送するものだから、みんなの視線がわたしに集中しまくってて凄く居づらい。
聖神軍団の妹分、なんて称号、貰ったわたし当人ですら忘れてたのにっ。
聖神軍団ってほんっと超有名な英雄軍団なんだから、それの妹分とか勘弁して欲しい。返上したいくらい。
「ごめっ、ほんと緊急事態!」
「きゃあっ?!」
とか悩んでたら、突然後ろから胴体を抱き抱えられるようにして、凄まじい勢いで羽根から光の粒を噴出してるハヤヒさんがわたしを抱えて空中に。
《ワッハッハッハ! ではここはアルトリウス王に任せ、ワシらは一足先に炎都に向かいますのじゃ!
スサノオさまも、頼みましたぞい?》
もっかい、ドワーフ王ムギリさまの声が響いて、その言葉に、わたしたちの居た場所の後方に目を走らせたら。
なぜかお神輿みたいなものに担ぎ上げられた、身体にぴっちり合った真っ赤なビキニパンツだけ身に付けた筋肉から蒸気を立ち昇らせてるワーロックさんと。
ふんどし、って言うんだっけ? 同じく赤い下着を身に付けただけで背中に天叢雲剣を背負って腕組みしてるスサノオさまが、大勢の獣人の皆さんに運ばれてるのが目に入って。
全然無根拠だけど、あそこはもうほっといても大丈夫だ、と思いました。――というか、むしろスサノオさまに吹き飛ばされないように女王親衛隊のみんなは退避した方がいいかも……、なんて。
大丈夫かな。きっと、クラオカミさまの洞窟で模擬戦したときの経験があるし。……あれ、トラウマだって言ってたけど。
ハヤヒさんにネルララフンごと抱えられたわたしは、やっぱりネルララフンが重すぎるのかふらふらよたよた少しずつ上昇してて。
んっと、ドワーフ王国(と、クーリ公国?)の船? 要塞? に向かってるんだから、多少軽くしても大丈夫っていうか、怒られないよね?
「あっ、フィーナちゃん?!」
「大丈夫です、全装甲パージして軽くします!」
「……なるほど、了解!」
ハヤヒさんに驚かれちゃったけど、わたしはネルララフンの装甲結合部位にアクセスして結合解除信号を全身に飛ばしたところで。
ネルララフンの全身は高空を飛ぶことを前提に身体を覆う全体の最内側、操縦容器の全体を与圧して密閉した上で、与圧して高圧になる内側が外側に弾け飛ばないように外側に<身体強化>を掛けた上で内部方向に押さえつけて、それを更に陸戦を前提に分厚い装甲で覆って、背中に飛行パックを取り付ける、っていうすごく凝った構造になってるんだけど。
それの、与圧を抜いて低圧にして、陸戦用の装甲を分解パージして空中投棄しながら、機体をどんどん軽量化してるところ。
効果はすぐに出て、ハヤヒさんの飛行速度が上がるのが解る。
わたしがひとりで飛べれば早いんだろうけど、ネルララフンをひとりで全身を制御しながら飛ばすのは無理、だし。アリサちゃんが身体制御を受け持ってくれないと、この機体、精密すぎて、すごく辛い。
あっ、大丈夫だよ? フツヌシちゃんはパージしないからね? っていうか、フツヌシちゃんひとりでも飛べるって言ってたじゃない?
神剣とヒトだけど、わたし、フツヌシちゃんは親友だって思ってるから、最後まで一緒に行こうね?
そんなことを思念で伝えたら、嬉しそうな思念が帰って来て。
戦闘でまたちょっと剣身汚れちゃったもんね、向こうに着いて時間があったらまた綺麗に磨いてあげるね!




