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32話 接吻

「あ、久しぶり。――その、シンディさんに関する調査、はもういいの?」


「あ、えっと。お久しぶり、です。……その、次の調査地、が神聖帝国の領土の奥深く、でして」


 日も暮れて、ラ・シェファイーンの東の国境の先、元サン・ジェリト共和国の首都だったジェリトの街へ続いていた街道の途中まで後退している最前線へ向かう途中で。


 久し振りに顔を合わせるハヤヒさんは、やっぱりすごく顔色が悪くて。どうして過ごしてるんだろう、なんだか心配だなあ。


「それは、もしかして……?」


「はい。残念ですけど到達出来ませんから、それで、……手詰まり、ということに」


「うわ、残念。――僕らが押されてるからだよね、ごめんね?」


「いえ、全然そんなことは! だって、ハヤヒさんって戦闘がお嫌いですし、戦闘も不慣れでしょうし」


「……うん。嫌い、だった。でも、そんなこと言ってられなくなった、っていうか」


「??」


「フィーナちゃんの調査に先駆けて、ハインさんと手分けして空中から魔力痕跡を探る広範囲の探索をやってる途中でね。

 ――あちこちで、見ちゃったんだよね」


「何を、でしょう?」


 ちょっと言いづらそうにしてるハヤヒさんに近づいたら、ほんとに、顔色が悪いだけじゃなくて、月明かりで分かりづらかったけど、何日も寝てないみたいに目の下にはクマが出来まくりだし、頬もこけちゃってて。


「赤竜に襲われて焼かれる人たちを。……人間は、空を飛ぶ魔物には本当に無力だったんだね。

 タクミさん……、いや、タクミさまがあんなに射撃火器の生産を急がせた理由を、恥ずかしながら僕は、業火に焼かれて灰になる人たちを見て初めて理解したよ」


「それは――、仕方がない、と思います。わたしだって、戦争は嫌いでイヤだったのに、今から向かう先は最前線、ですし」


 わたしも、ここに来るまでの間に、泣いてる子供や女性、前線に出たまま帰って来ない兵士さんを待ち続けてるお婆さん、手足を失って後方に下げられる傷病兵さんに、不安を抱きながら前線に向かう兵隊さんたち。……たくさん見てきたもの。


「お母さんのことは……、残念だったね」


「――はい。場所が悪くて」


「ネルララフンで飛んですぐ、の場所だけど。……アリサちゃんがいない、からね……」


「そうなんですけど。わたしひとりじゃ、飛べないんですよね……」


「手段がなくはないんだけど――、神器契約後の話になっちゃうから、アリサちゃん待ちだね」


「そうですか。残念です。――あっ、いやっ、アリサちゃんが起きるのが後になるのが残念って意味で、ハヤヒさんとどうこうしたいとかそういうわけでは!」


「あっ、そう、そうだよね! うん、大丈夫、解ってるから!」


 なんだか慌てて否定しちゃったので気を悪くするかな、と思ったけど大丈夫だったみたい。……月明かりでわたしの顔、赤くなってるのバレないかなあ?


 移動中でまたネルララフンの装着状態になってるのは当然だけど、兜は後ろに上げてる状態だから、顔色とかばっちり見えちゃってるよね。


 頭部に移動してないから魔導センサーの類もあまり使えないけど、わたし今きっと心拍数上がりまくってるんだろうな。


 ――アリサちゃんが裏に居たら、きっと「この前のお返し」で心拍数のこととか逐一バラされたんだろうな。謝りたいので、早く起きて欲しいな。


「うーん、敵情が全然分からなくて危ないから、僕もハインさんも前線周辺しか飛んでないんだよね。『神の眼』を使えるクルルさまの情報もないし」


「神の眼?」


 わたしの疑問に、ハヤヒさんが、しまった、みたいな反応を。あれ、言っちゃまずい系の情報だったのかな?


「あっ。そうか、知らない、よね。でも、教えてもいいのかな? ――ええと、分かりやすく言うと、空のずっと上から見ることが出来る機械があってね」


 上に? 上空を見上げてみたけど、夜空と星が綺麗だなあ、くらいしか。他には? ちょっと薄い雲が出てるけど厚みはないから、明日も晴れなんだろうな。


 とか思ってたら、ハヤヒさんに笑われちゃって。


「いや、上っていうか、空のもっと上の上、『宇宙』だよ。――行ってみる?」


「え? いや、だって、さっき言ったじゃないですか。わたし、飛べないんだって」


「ネルララフンの装着解除して貰えば、生身なら僕が抱えて飛べるよ?」


「……上空の耐圧とか大丈夫なんでしょうか?」


「それくらいは僕の外気シールドの中に入れるし、大丈夫だよ。これでも風神だからね?」


 言いながら、ハヤヒさんは飛行準備なのか、以前一緒に飛んだときみたいに、周囲から現れた光の粒で風神外装の天磐船(アメノイワフネ)を顕現させて、全身に纏いつつあって。


「あっ。どうしよう、行ってみたい、けど。ネルララフンって、ここに置きっぱなしで大丈夫かな……?」


「街道脇に密閉状態で置いておけば、神族以外は破壊すら出来ないから大丈夫だと思うよ?」


 それもそうか。今のところ、これっていうか魔道騎を破損させたのって、タクミさまとスサノオさま以外知らないし。


 言われた通り、街道の端で、一応木陰に隠れるようにして脱着したネルララフンを密閉待機モードに設定して。


 空気がすごく薄くて寒い超高空でも外気遮断出来るくらいの密閉率モードだから、たぶんこのまま放置でも問題ないはず。重さも二トン以上あるから簡単に移動もさせられないしね。


 っと、その前に。お着替え、お着替えっ。これ着るとき、ローブ脱がなきゃ搭乗出来ないの、どうにかして欲しいなあ。


 アリサちゃんは平気で人前で脱着してたけど、わたしは同性だけの場じゃないと、生足やお腹見られるのとか恥ずかしいし。


「準備出来たかな?」


「あっ、はい!」


「じゃ、失礼して。――よっと」


「きゃっ?!」


 あうっ!? そっか、『抱えて飛ぶ』ってそういうことか。


 手早くローブを身に着けて、背中にたくさんの羽根を顕現中だった、ゴーグルを着用したハヤヒさんに近づいたら、そのまま当たり前のように両腕でお姫様抱っこされちゃって。


 見た目は少年みたいに背格好も変わらない感じのハヤヒさんだけど、やっぱり男の子で神様なんだなあ、わたしの重さなんか感じないみたいに軽々と抱えちゃってるし。


 って、空じゃ二トン以上のネルララフンを空中で支えたんだし、当然か。――だいじょうぶだよね、正確な体重とか解ってないよね?


「それじゃ、早速飛んでみようか。――ちょっと急ぎで行くからね?」


「……??? 急ぎって、どういう意味――きゃあああああ?!?!?!」


 答えを聞く前に、答えが判った、みたいな。


 以前ネルララフンで音速を超えたときなんか比較にならない加速度で、わたしたちは空の上に向かって一直線に飛び立った。


 でも?


「あれ? ……加速感が、ない?」


「神力で慣性制御してるからね。加減速してもGは掛からないよ」


「ネルララフンには搭載されてない機能ですね?」


「あ、ごめんね? これは僕の風神力の直接制御なんだけど、恥ずかしながら理論がよく解ってなくて感覚的にやってるものだから、魔力応用タイプに変換する魔術式を書けなくてね」


「なるほど、です。――凄いですね、速さが桁違いで」


 夜の空だから目印が殆どなくて見えないけど、あっという間に地上のそこかしこで照らされてる魔法の光が小さくなって行くのが眼下に見えてて。


 それに……、あれは、軍隊の明かり、かなあ?


 ほとんど真下で小さくなりつつあるラ・シェファイーンの街並みからずうっと北の方に、それなりの規模の煌めく光の大群がどうやら南北の二手に分かれて移動しつつあるみたいで。


「んん? 人獣混成連合軍、だね、あれ。」


「ですよね? 避難民ならあんなに目立つ明かりを大量に使用しないでしょうし」


「人間の西方諸王国軍と獣人の獣王国軍と、敗走した北方共和国連邦軍が吸収合併されて、アルトリウス王国軍に再編された人類最大の連合軍だ、って聞いてるよ」


 うわ、凄い。大陸全土のほとんどの国家がひとつにまとまった連合軍って、大陸史上初じゃないのかしら?


「……何人くらい居るんでしょう? 人類史上初ですよね、全国家連合軍って」


「少なく見積もっても二百万人以上居るんじゃないかなあ? アルトリウス王国単体だけで百万人を動員したらしいから。

 それに、軍人だけじゃなくて多数の冒険者みたいな戦争慣れした傭兵たちを含んでるって、編成を担当したクシナダさまから聞いてるよ」


 話してる間も、その光はすぐに小さな小さな点になって、夜の闇に溶けてほとんど見えなくなっちゃうくらいのすごい速度で、ハヤヒさんは上昇を続けて。


 いつの間にか雲の高度を超えて、ほんとは外気はマイナス50度ってくらいすごく寒いはずなのに、ハヤヒさんの言ってた神気のシールドに包まれたわたしは、ハヤヒさんの体温が直接伝わるのもあって、ぽっかぽか、って言ってもいいくらいに暖かくて。


「ここら辺までは成層圏だけど、ここから更に上に中間圏、外気圏って層があってね。宇宙から先の更に外側に『神の眼』はあるから、外気圏まででやめとくけど」


 言いながら、ハヤヒさんは前にネルララフンで飛んだ空の高さよりも更に更に高く高く昇り始めて、わたしは思わず未体験の恐怖でハヤヒさんの胸元にしがみついちゃって。


 不安を感じ取ってくれたのかどうか解らないけど、ハヤヒさんもわたしを更に力強く、ぎゅぅっ、って抱き締めてくれて。


 やばい、これはやばい。どうにかなっちゃいそう。


「成層圏上層に行くと下層とは逆風の偏東風があるから、気流に身を任せてると元の位置に戻れなくなったりもするんだけどね」


「……ふぁっ? あ、こんなに大気が薄いのに気流の動きがあるんですね?」


 わぁん、気持ち良すぎてぼーっとしてたから変な声出ちゃった。恥ずかし。


 至近距離にハヤヒさんの顔があって、脳内とろけそうに気持ちいい熱さで、ほんとになんだかわけわかんなくなっちゃって。


 何かをわたしに語りかけてるハヤヒさんの言葉もよく耳に入らなくなってて。


 気がついたら。


 ――なんでそんなことしちゃったのか、わかんないんだけど。


 目の前で動いてるハヤヒさんの唇に。




 キス、しちゃってた。




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