10話 二児の母?
長くなりすぎたので2話に分けました。後半はまたあとで。
「うんうん。水流に落ちたから師匠のとこに最後は行き着くと思ってたけどぉ。当たりだったねぇ」
「ほら、ティース。姉さんの行ってた通り無事だっただろう? もう泣かないの」
水面から浮遊の魔法で浮かんで、開口部からこちらに歩いてきたシルフィンたち三人が俺の姿を見て笑顔を作る。
自分の魔法で俺に怪我でもさせたとか思ってたらしいティースさんが、嗚咽を漏らしながらフープさんと会話してるのも見えた。
「いや、ほんと済みませんでした。俺、パーティ初めてなんでドジっちゃって」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。わたくしがもっと雷撃を細く絞ればタクミくんとフープの間を通せたのに、焦ってしまいましたので……。目、怪我されたんですか?」
「目は事情があっての、儂が封印した。詳しくは後で話してやろう。高威力の魔力検知を常時使わせて居るで、視界は前より広い。小僧の魔力はこの程度では問題ないでの」
「ああ、それなら……ほんとうに怪我はありませんですのね? でも、申し訳ありませんでした。わたくしがミスしなければこのようなことにはなりませんでしたのに」
テーブルから立ち上がって三人を迎えた俺の目の前で、目を真っ赤に腫らしたティースさんが謝罪の言葉と共に俺に深々と頭を下げた。
「いやっ、確かにびっくりはしたけど、見ての通り怪我とかしない身体だし、全然だいじょうぶですよ。気にしないで下さい」
「ティースは生来身体が弱い故な、連続で魔法を使えば集中力が落ちる。普段は身内ばかりのクエストと気を抜いておったのもあるじゃろうが、この婆に免じて許してあげておくれ」
頭を上げないティースさんの肩を優しく抱いて、クラさんも一緒に頭を下げた。なんか、クラさんの態度がティースさんに対する感じがむちゃくちゃ優しく感じる。
ってか気にしないって言ってんのに、うまく伝わってる感じがしない。なんか引き換えにしないとダメな流れなんだろうか。
「いやほんとに、いろいろ勉強させて貰ってむしろ感謝してるし……、あっ、そうだ。俺、クラさんに教わって魔法使えるようになったんですよ。だから、ティースさんにも少し魔法教われたらな、と。ダメですか?」
「えっ、それはおめでとうございます。魔法、ですか。しかし、お祖母様の弟子であるわたくしよりも、お祖母様その方に教わった方が良いのではないかと」
「え、ティースさんってクラさんの孫なの?!」
思わず素っ頓狂な声を出して俺は並んで立っているティースさんとクラさんを交互に指差した。
「これっ。人を指差すでない、失礼な。血の繋がりはないが、確かにティースは我が孫娘として愛でておる。ついでに言えば、そこなシルフィンは我が娘、フープも孫じゃ」
「師匠! それはタクミくんには内緒だったんですよぅ!」
おおぅ。家族大集合だったのか。見た目全然似てないから気づきもしなかった。てことは、シルフィンって二児の母だったのか?
「まぁ、ほんとに全員血の繋がりはないんだけどね。僕とティースは孤児で、母様に「姉さんと呼べ」済みません姉さん。こほんっ。姉さんに拾われて冒険者稼業やってる感じで」
母さん、と呼ばれた瞬間ばしっ、と音が聞こえるくらいの勢いでむっと眉根を寄せたシルフィンに後頭部を殴られたフープさんが言い直しながら説明してくれた。
「ここに定住するようになって10年くらいだね。ティースは生みの親がすぐに亡くなって、目も開かない頃に生みの親の親友だった姉さんに引き取られたんだけど。
……身体が弱くて移住の多い冒険者稼業に連れ回すのは不安が残るってことで、ここにお祖母様が定住してくれて。
あと、街の有力者だった貴族の方に引き取って貰って基本的にここら辺近辺だけの依頼やって過ごしてる」
「冒険者は不安定な仕事だからって言ったのに聞かないんだからぁ。貴族のお嬢様で結婚して裕福に暮せば良かったのにさぁ」
不満げにフープさんの言葉を継いだシルフィンが、ちらっとティースさんの方に視線を移す。
ティースさんも眉根を寄せてぷくっ、と頬を膨らませてみせた。
あ、気取ってない表情が素なのかな。ちょっと可愛い。
「姉様もお祖母様も甘やかせすぎです。
わたくし、甘やかせて下さいなどと一度もお願いしたことありませんわよ?
わたくしは本当はフープ兄様と同じく、姉様の冒険行に同行したいのです、魔術師として。
現状はわたくしのことで皆を街に縛り付ける形になっていて、申し訳ない気持ちでいっぱいですわ」
言いながら、だんだんと声音が下がって俯いてくティースさん。
そんなティースさんを肩を抱いたり頭を撫でたりと、他の三人が無言でフォロー。なんか温かいな、いいなこの家族。
シルフィンの見た目で二児の母はほんとびっくりしたけど。だって見た目、俺の今の身長よりちょい高いくらいで、どう見ても小柄な子供なんだもんな。
つるぺただし。つるぺた160歳。161歳だっけ? あまり変わらないか。
「ほれ、ティースよ、その話はまた後での。茶も入れたで、冷めぬうちに飲むが良い。フープとシルフィンは儂と手合わせじゃ、上で無様を晒したな?
小僧にいいところでも見せようと思ったか、小賢しい」
「げっ。藪蛇ぃ。師匠ぅー、数ヶ月ぶりの再会でそれはないと思いますぅ」
「――まぁそんな気はしてましたよ。お祖母様、お手柔らかに」
感情がまた昂ぶったのか不満げなまま再び目を潤ませたティースさんの肩を抱いて席に座らせたクラさんが、他の二人を叱責しながら壁の方に手を向けた。
そのクラさんの手のひらから、分厚い波のような力が放出されるのが検知出来た。
それが石壁にぶつかると、石壁が粘土のようにぐにゃりと曲がり、奥に先程の広場並みの広さの空間が開くのが判る。
先頭に立って広場へ進むクラさんが、さっき作った光球をあちこちに飛ばしながら空中に魔力? 神力? を凝縮させて一本の日本刀みたいなものを取り出しつつ、片腕をはだけた。
緩くサラシを巻いたそこそこのボリュームがある片胸が露わになる。細身で妙齢の女性らしい体つきながらも、無造作に片手に日本刀を下げて二人の前に立つ凛としたその立ち姿は、かっこよさの方が強く印象に残った。
まんま女侍だ。かっけえー。
「おう、そうであった。小僧、主には後で神力の使い方も教えてやろう。小僧はまだ魂が弱いでの、魂の力を使う神力は多くは使えぬが。使ううちに強度も増そうよ」
やっぱり刀出したときの力は神力か。周りの魔力を集める魔法と違って、全然別の力、別の次元から取り出したような、そんなイメージがあった。
クルルに神鉄槍作って貰ったときは一瞬で出したから全然分からなかったけど。てかあのときは魔力検知出来なかったから、今も目で見てたら理解出来なかったんだろうな。
改めて、クラさんに感謝。これがあるとないとじゃ、全然理解度合いが違うと思う。
「あぁーん。師匠の好きそうなショタのタクミくんを生贄にすればこれを回避出来ると思ってたのにぃー」
「姉さん、諦めましょう。それに、ショタよりも世の真理はロリです」
心底嫌そうな呟きを漏らしながら、荷物を置いて武器のみになったシルフィンとフープさんの二人が後に続く。
俺は呼ばれてないので、ティースさんと二人でテーブルに着いて、クラさんの入れてくれたお茶を片手に高みの見物。
これ緑茶だな。そういえばこの世界で初めての緑茶だ。美味しい。
てか、よくよく考えたらふたりともヤバイ内容の発言しなかったか。なんだよ生贄って。やっぱりさっきのクラさんの密着具合はわざとか?
そして俺の中で常識人枠だったフープさん、ロリなのか。
人の嗜好には文句は付けないが、タッチに及ぼうとしたなら全力で止める所存を心に刻んだ。
せっかく知り合えたのに牢屋に連行されるのは見たくない。こっちでロリが犯罪なのかどうかは知らんけど。
「あんな風に言ってますけど、みんな手合わせ楽しみにしてるんですのよ。
でなきゃ、わざわざこんな深層まで降りて来ませんし、お祖母様は通路使わずに地上に転移出来ますから通路の掃除など必要ありませんし。
お祖母様に会う理由を作るための、母様の嘘です」
「そんな優しい嘘ならいくらでもおkだと思います」
そっか。ティースさんを中心にここで纏まってるいち家族なんだな。
そんな風に思ったら、なんか急にクルルを抱き締めたくなった。
元の世界はなくなって、親父もお袋も消えちゃったけど。
俺の手に残った唯一の家族。
――母親に当たるんだっけ。母さんと呼んだ方がいいんだろうか。
「タクミさんの元の世界はなくなってしまったんですってね?
ここはタクミさんの元の世界と深い繋がりのある大陸ですから、タクミさんがここに来たのもその縁でしょうか。
元の世界のお父様とお母様……、魂がまだ転生して居なければ会うことは可能かもですが」
「――え? えっと、ティースさんはどこら辺まで知ってんのかな。ていうか、これ一般の方でも知ってていい知識なのかな」
よくよく考えたらもう俺は神に三人――柱って数えるんだっけか神様って。三柱も会ってて、そのうち一人を祖母と呼んで慕ってるくらいなんだから事情通でも不思議はないんだけど。
元の世界が全滅したのは知ってるぽい。
「あちら――地球と呼ぶのでしたっけ?――の世界から入ってくる魂の量が増えすぎてこちらの世界での転生者が急激に増えている、という話を先月お祖母様と念話で話題にしておりまして、その流れで。
ご存知かどうかわかりませんが、この世界は12の世界のうちのひとつ『アトラス』で、お祖母様の神族が管理している世界です。
お祖母様のほか、たくさんの同族の神々が高天原からこちらとあちらの世界の一部を管理していたのが、あちらが消えたのでこちらのみになった、と聞いておりますね。
ああ、あちらは他の神族との共同管理で、こちらはお祖母様の神族のみの管理ですから、あちらの方では力が弱くて苦労している、ともお話されておりましたわ」
俺の知ってる話と違うし! アマテラスの野郎、あれも嘘混じりか! てか、この世界が共同なんじゃなくて地球が共同だったのかよ!!
言われてみりゃ、ギリシャ神話とか北欧神話とか、たくさん神話あったもんな。でもこっちで話に聞く神様って全部日本神話だ。
「うぇぇ。俺がアマテラスから聞いた話と大幅に違ってた。ティースさんありがと、たぶんそっちの話が正解っぽい」
「ああ、アマテラスさま……。騙されたんですね。あの方はこちらでは実体をお持ちで国を治めてもいらっしゃいますけど、掴みどころのない方と聞きますし」
「力だけはあるからタチが悪い?」
「いえ、力はあってもそれを殆ど使いませんので、暴神スサノオなどと比較すれば人に優しい方ではないかと」
暴神スサノオのせいで何百万人もが死亡した大災害が引き起こされたことがあったのだと、ティースさんは身を震わせながら言った。
お茶をひと啜りして、一対ニで戦いが続く広場へ視線を転じる。釣られて、俺もそちらへ目を向けた。
「エルフは元々弓に長けた種族、とは聞きますけども……。
あんな風に、距離を無視して精霊魔法を併用しつつ遠近どちらもこなす戦い方をするエルフを、わたくしは母様しか知りませんわね」
視線の向こうでシルフィンは素早く間合いを開けて矢を放ち、接近されれば弓に魔法矢をつがえて常に大量の矢を放ちつつ、クラさんの間に入って斧を振るうフープさんの援護をしている。
先程とは違って大声で指示をするようなことはしていない。
「指示なしでフープさんと連携してるように見えるんだけど」
「あれは……、その、わたくしも初心冒険者ですから。まだ冒険者を始めて1年程度しか」
頬を染めてティースさんが俯いた。そう言えばティースさんに向けた指示が多かったな。
「あんな風に言葉で指示すると相手に動きがバレてしまいますから、普段は古代魔法語とか身内にしか通じない略号を使ったりもしますけど。わたくしは甘やかされておりますので」
「甘やかされてるんじゃなくて、大事にされてるんだと思います」
「同じことです。いつまでも子供扱い。確かに、千年を生きるエルフや万年を生きる神族からすれば、よちよち歩きの子供同然なのでしょうけど」
大きくため息をついて、ティースさんはぐびり、と一息にお茶を飲み干した。
「あの方々に追いついて、並び立ちたい。それが、わたくしが冒険者を始めた理由です。いつまでも守られてばかりの子供ではありませんと、そのように行動で示したいと」
タクミさんにも、そんな理由がお有りなのでしょう? とティースさんは続けて、席を立ちワンドを腰から取り出しながら広場に向かった。
すぐにシルフィンの嬉しそうな指示が飛んで来る。
俺の理由。俺の。なんだろう。言われるままにいろいろやってるけど、俺がここで強く願うことってなんだろう。
流されっぱなしで無目的に鍛えてるだけ?
鍛えなきゃ消滅する、って理由だけはあるんだけど、なんかそれって最低限の理由で、ティースさんの想いとは比較にならないっていうか、すごく甘えてる気がする。
誰に対して具体的にどうこうってわけじゃないけど。
そう言えば、さっきティースさんが気になることをいくつか言ってたような。魂が転生前なら記憶が残ってる?
で、クラさんの話だと、流入が多すぎて転生が滞ってるとか。親父とお袋に話せないままこっちに来ちまったけど、話す機会もあるのかな。
でも親離れ子離れの話をしてたティースさんと比べて、別れた親に会いたくて修行するとかそれってどうなんだろう。
生き生きとして戦闘に参加したティースさんを入れて、クラさんvsシルフィンパーティで一対三になった戦闘の様子を傍観しながら、俺は一人で考え続けた。
……答えは出なかったけども。