30話 廃都 後編
……元は高くそびえ立ってただろう尖塔状のお城は、ばらばらに崩れて、燃え尽きた巨大な木々の残骸と一緒に、街の中央部に無残な姿を晒してた。
もう900年も前の遺構なのに、そりゃ風化や劣化はしてるけど、そっくりそのまま残ってるのが逆に凄い。でも、
「ほんの15年ほど前までは砂漠の中の廃墟だったからなのです」
「電車が通ってなければ、いちばん近い街からでも二日以上掛かる行程だからな」
「目印も何もない土地なのです」
「迷ったら最後、なのです」
……って、皆さんの説明で納得。
そりゃそうだよね、命あっての物種だもんね。
今は精霊力とかそういうのも何も感じない『完全な廃墟』になってるけど、水路跡は瓦礫に埋もれてはいるけど機能させられそうだし、水源さえどうにか出来ればきっと往年のようなオアシス都市に戻るんだろうな。
それでも盗掘被害はそれなりにあったみたいで、宝石や金貨みたいな、そういう年月が経っても腐食や劣化を免れそうな宝物っぽいものは根こそぎなくなってた。
どこかに隠されてるものもきっとあるんだろうけど、今日のわたしたちの目的はそういうのじゃないし。
――これって冒険者失格かな? 冒険者の夢ってそういうのを探すことみたいだし。
「……なるほどな。大事なものは、地下室に、か」
ミリアムさまの言葉通り、倒壊した女王塔の根っこ付近の遺構の中心部にあった瓦礫をどかしたら、大きな閉じられた床の扉、そこを開いたら深く続いてる螺旋階段が出て来て。
わたしたちは前世でエルフ族の王女だった、ってスサノオさまから説明された妖精さんたちを連れたスサノオさまを先頭に、そこを下ることになった。
――そこで、亡くなったエルガー王の蘇生の儀式が行われたそうで、それがエルガー王のパーティ……、ママたちが関わった『世界最初の冒険者パーティ』の最後の冒険、っていう風に伝わってるから、痕跡も辿りやすいかな、って。
記録上はママは関わってないんだけど、神都で隠れてでも付き添ってたママだから、ここでも存在を隠して見ていた可能性は大きい、って思ってたし。
……それは、どうやら間違いないみたいで、通路のそこかしこからママの魔術の痕跡、というか、この時代だと魔術式が古いせいか、血痕のようなものがたくさん発見できた。
魔術は詠唱魔術から始まって、
1)詠唱を地面に図形の形で描く魔術――魔法陣式
2)魔法陣を専用の紙片に描く魔術――呪符式
3)魔力で空中に魔法陣式を描く魔術――魔術式
4)魔力の利用と魔法陣式を効果より先行しておく魔術――無詠唱(遅延魔術)式
って感じで進化系統があるのはママに習ったけど、ここから感じられる魔術はそのどれとも違って、まるで血液そのものを触媒に利用して魔術を使ったみたいな。
うーん? 触媒魔術式っていうのは王都の図書館で資料としては読んだことあるけど、千年近く前に廃れたはずなんだけどなあ。
ってそこまで考えたことをミリアムさまに伝えたら、少し考えた後で、
「逆に考えて、『そうしなければならない必要性』や『そちらの方が使う側からしたら楽』な理由を考慮してみてはどうだ?」
って仰って下さって。
逆、逆かあ。ううん、言ってしまえば目的のための手段、か。
手段自体は知識の神で何でもござれのママだけど、さっきの魔術式は『千年以上をかけて進化して来た術式の種類』だから、900年前、で考えてみたら。
900年前に実用化されてたのは確か、1)の魔法陣式と2)の呪符式。
でも、それ以前の触媒式も当然知識にはあるはずで。新しい効率的な(当時は)新術式よりも、触媒式の方が便利、または楽。
――触媒として、血液そのものを使ったんだろう、って痕跡がたくさんあるのは、触媒としての血液から取り出せる魔力の量が、新術式より優れていたから、かな?
技術的には古くても、触媒から取り出せる魔力とかが多ければ、合理性で言えば古い技術でも使う価値はある、みたいな?
そんなことを考えてるうちに、階段の最下層まで下り切っちゃって。
ホコリや燃えた灰が沈殿してはいるけど、外の惨状に比べたら格段に綺麗な、恐らく祭壇だった場所の真ん中に、大きな寝台のようなもの、があって、その周囲に、今でも色褪せてない大きな魔法陣。
あっ、もしかして、この魔法陣に力が集中するように造られてた究極の魔法都市だったのかも?
そう考えたら、外の複雑で入り組んだ水路や、同心円状の街の造りそのものが、どういう設計思想で造成されたのかが理解できる気がした。
さすが、最古の魔法都市だなあ。滅ぶ前に一度訪れてみたかったな。
「「Susanoô, daer varqa mín, daer...」」
「ッ、アァ? 仕方ねえな全くよォ。俺様が守ってやるっつってんだろうが。――オラ、ここに入ってろふたりとも」
って、あれれ? スサノオさまの周囲を飛んでた妖精さんが、スサノオさまの懐に入っちゃったみたい。
「……どうしたんでしょう?」
「「「怖がって隠れちゃったのです」」」
わたしのそばに近寄って来てた三童女さまたち、タキリさま、サヨリさま、タギツさまが同時に疑問に答えてくれて。
場違いだけど、タギツさまってちっちゃい姿だとほんとに他のおふたりとそっくりで見分けつかないんだなあ、とか、思っちゃった。
髪型と表情っていうか性格にちょっと差があるみたいだけど、それ以外は衣装も三柱お揃いだし、背格好も一緒だしなあ。
「怖がって?」
「記憶はないけど辛い印象だけがあって、それで怖がってるみたいなのです」
「前世の二人はエルフの王女たちで、エルガー王に恋してたらしいのです」
「ここで、エルガー王の蘇生の儀式が失敗したそうなのです」
あっ! 六騎士英雄譚の最後、エルガー王の悲恋の物語だ!
確か、あの物語では、蘇生に失敗したエルガー王は灰になって、悲しみに暮れた王女は魔物に変身して街を焼き尽くした、って。
えっ、えええっ?! じゃあ、妖精さんたちってほんとにエルフの王女だったんだ!?
あっ、わたし、ばかだ。妖精さんたちと、物語の中の王女さまたちが結びついてなかった。
じゃあ、ここに案内するのって最初からすごく怖かったんじゃないかな?
うわあ、今頃罪悪感。何か、お礼してお返ししなきゃ、あとで。
「オゥ、痕跡とやらは見つけられたかァ?」
「あっ、はい! たくさん、そこかしこに血液触媒の痕跡が」
そうなんだよね。なぜこんなにたくさんあるのかは解らないけど、すごい大量の血液を使った痕跡があって、当時の様子を映像化したら、きっと部屋一面が大流血状態だったんじゃないかな。
床の魔法陣の上に残ってる真っ黒な塊も、たぶん血液が固まった跡で。ここではママはすごく派手に血を触媒にした魔術を使ったみたいで、それが逆に気になってる。
「血液? ……ハハァ、オモイカネのヤツ、神血を使ったな?」
「神の血、ですか?」
「アァ、お嬢ちゃんは知らねえか。俺ら神族の血肉や息吹は、それがそのまま神力の塊にもなるんだぜ?
古い時代には神血を触媒に使った神代魔術があったくらいでなァ?」
「知りませんでした……」
たぶん、それが、新しい魔術が来ても、ママが血液触媒を使い続けた理由。神力を魔力変換すると最大10倍近い魔力になる、ってクシナダさまも仰ってたし。
新しくてまだ効率効果が未知数の魔術より、使い慣れた高効率な血液魔術を使った方が合理的、だから。
「ふむ……? エルガー王の蘇生は失敗した、と言っていたな?」
「はい。物語ではそれでエルガー王の出番は終わりで、蘇生に失敗して肉体が灰に変わった、と。歴史書からも消えています」
「……では、エルガー王の灰はどこへ消えたのだ?」
祭壇周りを調べてたミリアムさまが、難しい顔をしながら仰って。……あれっ、そういえば? エルガー王のお墓みたいなものもないし。
「ここで、大量の血液――、神の血を使用した血痕魔法が使用された、と言ったな?」
「はい。痕跡から察するに、最低でも三リットル以上が使われたもの、と」
「――私も神器で神の血を持つが、その量を使うと失血死してしまう」
そう言って、ミリアムさまは考えをまとめるように、顎に手をかけたままうろうろと歩き始めた。
「私も末席に近いとはいえ神族の一員たる神器の身故、本当の意味で死ぬことはないが……、回復に恐らく相当の長期間を要する。
普通の血液ではなく、神力の篭った神の血だからな。
――恐らく、だが、その血液はシンディの血ではないのではないか?」
「えっ? あっ、でも、さすがにそこまではママの血液サンプルがないので判りません」
「そうか。ではこれは推測なのだが、人間の身体に詰まっている血液の量は男性で約六リットル、女性で四リットル程度、というのが戦士の常識だ。
……人間は全身の血液総量の約半分を失うと失血死してしまう」
「――三リットルというと成人女性の血液総量の半分を超えてしまうのです」
そこで言葉を切ったミリアムさまの後を継いで、タギツさまが。あっ、そういえば、タギツさまって王国典医で医療の専門だった。
「神の身であることを差し引いても、実体を持って活動しているのですから、自分の血を使ったのなら、行動不能に陥ると思うのです。……千年単位で」
「!!」
すごい! ミリアムさまたちについてきて貰って良かった、わたしだけじゃ気づけなかった!
「コイツらが失敗した蘇生魔術の後に、灰になったエルガーって野郎に対して何か強力な魔術を使ったんだろうよォ」
スサノオさまが、どうやら懐に隠れてぶるぶる震えてるらしい妖精さんたちを上着の上から優しく撫でてあげつつ。
スサノオさまって、いかつい顔に似合わず――って言ったら失礼かな?――、すっごい優しくて親切なおじさま、って感じでわたし、なんだかスサノオさまが大好きになりそう。
「と、いうことは……、エルフ王女たちの魔術と、ママ……シンディの到着は別々、シンディの魔術の方が後のタイミング、ということに」
「たぶん、恐らくですが……、これは血液魔術の専門家に尋ねないと、タギツたちは専門外なので詳しくは解らないのですけど。
蘇生ではなく、魂に関係する何かの魔術を使ったのでは?」
「そもそも、蘇生魔術は神でも禁呪で成功例はないのです。タキリでも知ってることなのです」
「死の女神イザナミさまの目を盗んで魂を掠め取るなど不可能なのです、サヨリでも解る理屈なのです」
「……だが、魂がイザナギさまの元へ向かう前、拡散する前なら繋ぎ止めることができる。――言い伝えに過ぎないがな」
「その、言い伝えはどこで?」
――ミリアムさまのお答えで、次の目的地が決まった。場所はアゼリア王国北方の獣王国。
六騎士冒険譚で、アゼリア王国に到達する前の六騎士たちが建国を手伝った古い国で、呪符魔術を開発した国。
未だに伝統的な血流魔術の儀式が残ってる国で、そこでなら古い秘術についての資料もあるかも、って。
ママが血流魔術の使い手なんて知らなかったけど、まだまだ知らない面があるのかも。
でも、だんだん近づいてる感じはしてる。待っててね、わたし、頑張ってるんだからっ。




