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28話 魔女

「やっぱり、実子ではないんですね?」


「ええ、あの子は養子でねえ? あなたがフィーナちゃんね、孫娘とは聞いていたけど、まあ、可愛らしい子ねえ?」


「あ、そうだった! 初めまして、です、おばあちゃん、おじいちゃん!」


 そういえばママのお父さんとお母さんだから、わたしからしたら初めて会う祖父と祖母になるんだった!


 と思い出して、慌てて挨拶したら、なんか涙腺に来ちゃったらしいおばあちゃんに抱き締められて、そのわたしとおばあちゃんごと、魔道士ギルドに務めてるっていうおじいちゃんにも抱き締められちゃった。


 神都からアマテラスくんの開いてくれたゲートでアゼリア王国の王都アグアまで戻って、それからママの痕跡を辿るために冒険者ギルド系統の過去記録を探すために王立図書館へ。


 その合間に、ママの父母、ってことになってるクレティシュバンツ商会の本店にも顔を出したんだけど。


 食品から魔道二輪から情報処理用の魔道端末から、あらゆる商品を扱ってるせいか、本店がいちブロック全部占拠するくらいものすごく大きいことにびっくりした。


 そして、もう80代を超えてるはずのおじいちゃんとおばあちゃんがものすごく元気で、未だに現役で商売している、っていうので二度びっくり。


 おじいちゃんは魔道士ギルドでも古参の魔道具開発者で、おばあちゃんは商会の初代会長で商人なんだって。


 ママが10歳のときに孤児院から引き取って育ててる、って話を今聞いたばかりだけど、話を具体的に聞いていくと整合性の合わない話がふたりから別々に出て来て、たぶん、加齢しないママがそういう風に記憶を操作してるんだろう、って結論になった。


 だって、おばあちゃんたちがママを引き取ってもう40年以上経つらしいのに、ママって見かけ上まだ20代でも通るくらい若々しいんだもんね。全然年齢が合わない。


 と言っても、おじいちゃんとおばあちゃんの思い出を壊すのは忍びないから、すごい引き止められたけど早々にお暇することにした。


 ――去り際に持たされた商品のアイスクリームが、ものすごく見覚えのある、ママが一時期すっごい失敗を繰り返しながらハマって開発してた伸びるアイスだったのには参ったけど。


 ……食べてみたら伸びる成分がうまく甘みとマッチしててかなり美味しい仕上がりで、わたしがトラウマになるくらいさんざん食べさせられたあの失敗作の数々は一体何だったんだろう、もしかしてママは味覚音痴なんじゃないか、って疑惑が出て来ちゃって。


 ――起きたらちゃんと確認しないと、主にわたしの食べ物トラウマがこれ以上増える前にっ。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「魔道板端末もシンディが普及させたものですから、電子記録は全滅ですねえ」


「ああ、やっぱりですか……」


 王城地下深く、深度100メートルに作られた魔道技術庁の管理者、クシナダさまの言葉に、わたしは思わず肩を落とした。


 そうだよね、魔道板ってクレティシュバンツ商会で販売して普及したもので、わたしだって端末一台持ってるくらいだし。


 電子記録化した情報をいじるのなんかママにはお手の物だろうし、あと、それだと魔術じゃないから痕跡が残らないんだよね。ううん、困ったな。


「……ただ、先代宰相のレムネアさんが最後の最後まで電子化を拒否した書類が地下倉庫や異空間収納に残っていましたので、ギルド創立最初期の冒険者に絞った書類を集めておきましたよ」


「ほんとですか?! ありがとうございます、クシナダさま!!」


 電子情報じゃなくて直接手で触れた物品なら探しやすいかも! 良かった、書類として残ってて。


 乱雑にいろんな開発中の魔道具が転がってる、通称『魔女の酒宴場』ってなんだか物騒な名前で呼ばれてる割と大きな室内の一角に、ものすごく古びた紙の書類や、こっちはもっと古い時代の羊皮紙や粘土板だ!?


 うっひゃー、ほんとのほんとに古い歴史ある書類なんだなあ。


「一部、当人たちのいたずら書きや落書き、苦情のような書類も混じってますけども、それらの内容は他言無用ですよ?」


 くすくす笑いながら書類を指差すクシナダさんの指先に、乱暴な殴り書きで『読んだら今すぐ耳揃えて借金返せ、シーナより』とかいう書き込みがあるのをわたしも読んでしまって、苦笑い。


 確かシーナさまって、王城のメインストリートに英雄石像として祀られてる、ミリアムさまの前の剣聖さまの名前だったと思った。


「私もシンディとは長い付き合いですが、『世界最初の冒険者』とは直接会って居ないので解らないのですよね」


「『世界最初の冒険者』と、初代冒険者ギルドマスターのレムネアさまが同じだと思っていたんですけど……?」


 あれ? なんか違和感が。冒険者ギルドの創成は、最初の冒険者のレムネアさまがギルドを立ち上げて、アゼリア王国の初代国王のエルガー王に付き従った、っていう風に王国記に記録されてる、けど。


 ……もしかして。


「あの、もしかして、なんですけど。アゼリア王国記の著者、って……?」


「察しがいいですね? シンディですよ。だから、この書類には含めてませんよ」


「ああ……、やっぱり」


 そうだ、王国やギルドの創成に関わりが深いんだったら、そこら辺の記録を残すような書籍に痕跡を残すわけがないし、歴史書作成に関わったんだったらたぶん一人で執筆したんじゃなくて、部下に指示してあらゆる痕跡を抹消するようなことをしたはずだし。


「まあ、落ち込んだ顔も可愛らしいこと。恋する乙女の顔をしてますね? それで、『エルガー王と人界の六騎士譚』は読んだことがありますか?」


「ふえぇ?? こ、恋? いえ、あの、わたし可愛くないですし! あ、それは読んだことあります、けど?」


 なんだかすごい生き生きしてきたクシナダさまが、にやにや笑いでわたしに尋ねて来るんだけど。


 恋、とか一体どこからそんな話を……、って、クシナダさまってハヤヒさんの眷属の主だ!? そっちー?!


 えええええ、そんな、ハヤヒさんってそういう話までクシナダさまにしてるのかな?


 ううん、でも、ハヤヒさんの性格だと自分からそういう話をしたんじゃなくて、きっと誘導尋問みたいなのに引っかかってぼろぼろ喋ったんじゃないかなあ?


 ふえぇぇぇ、いま、そんなの考える余裕なんかないよぅぅ?


「王国記と六騎士譚に矛盾がある学説の方は知ってますか?」


「……? あ、成り立ち、でしょうか?

 王国記の方は王国の魔道士や歴史学者たちが編纂へんさんしたもので、六騎士譚は民間伝承で歌われた当時の吟遊詩人の詩歌をまとめたものだ、って聞いてます」


「そうですね。ですから、六騎士譚の方が脚色と誇張に満ちていて民衆人気が高いのですけど。詩歌の方にしか登場しない人物については?」


 相変わらずにこにこ笑ったまま、乱雑に積み上げられてた古い書類を手際良く纏め直してるクシナダさまに聞かれて、わたしは動揺を抑えて物語を思い出しながら思考をまとめる。


「――あっ。そういえば。『人界の王の六騎士』なのに、王国記の方ではエルガー王を含めての六人で、六騎士譚の方ではエルガー王に付き従う六人の騎士が登場するんですよね」


「そうです。よく勉強していますね? さすが座学でも魔道士ギルド史上最高点数を取得した才媛。ハヤヒくんにはもったいないですねえ?」


「ふ、ふえぇぇ!?」


 ヤバイ。なんだか解らないけど、クシナダさまはかなりヤバイ。このまま話してるとなんだか、いろんな情報を吸い取られてしまう気がするっ。


 違うっ、わたしが今ここに来てるのはママの痕跡を辿るためで、わたしの痕跡は辿られたらすごくヤバイことになる気しかしないっっ!


「ふふ? ほんとうに聡い子ですね。結論から言うと、ここにある書類にもシンディの情報は残っていないのですよ」


「!?」


「……逆に言うと、『シンディに同行した冒険者たち』の情報しかないんです。

 何故それが解るか、と言うと、私もシンディの記憶消去の手伝いをしたからで」


「えっ……、あっ、あれっ? でも、クシナダさまがこちらの王城に来られたのは15年前、と聞いていますけど」


 そう、クシナダさまはずっと西端のツクヨミさまの神殿に居住しておられて、そちらを離れてこちらの王城に移られたのは、15年前にタクミさまに請われて魔道技術の発展のためにいらっしゃった、って聞いてる。


「若いからかしら、物事の理解が表側だけで、正直すぎますね?

 仮にも諜報部のシンディの娘なんですから、『物事には常に表と裏がある』ということを考えなければ?」


「……伝わってない裏のお話がある、ということでしょうか?」


「そうそう、何でも裏話というのはあるんですよ。さきほどの、シーナの借金書き込みもそうですけどね。

 ――それで、最初のお話、『世界最初の冒険者』に戻るんですけど」


「……表の話では、レムネアさま、ということになっている、けれど?」


「察しがいいですね? 『世界最初の冒険者』はシンディの神器、最初の剣聖、最初の(サムライ)です。

 ――名前までは知らないんですけどね、何しろ私がそれを知ったときはもう眠っていましたから」


 衝撃の事実すぎて、くらくらした。じゃ、じゃあ、冒険者ギルドを作ったのは?


「冒険を始めた順で数えると、


1)名も知れぬ最初のサムライ

2)忘れ去られた魔女

3)人界の王エルガー

4)竜弓の神器レムネア

5)風のエルフのシルフィン

6)水のエルフのシフォン

7)剣神の神器シーナ

8)豪拳の神器ラグナ


……という順だったそうですよ?

 このうち、冒険者ギルド創設に携わったのがエルガー王以下の六人ですね」


「六騎士だけが伝わっていて、最初の二人が伝わってない?」


「六騎士譚の方に、『名も知れぬサムライ』と『忘れ去られた魔女』が出て来るでしょう?」


「出て来ます……、けど、ほんとにちらっと、ですよね? 最初に剣聖エルガーさまが神剣を貰うときだけで」


そこ(・・)が、あなたが探している痕跡(・・)そのもの、ですよ?」


 あっ! そうだ、ママが在籍したパーティが、エルガー王とギルドマスターレムネアさまが在籍した『最初の冒険者パーティ』なんだったら。


 調べるべきは冒険者ギルドの創成期じゃなくて、冒険者ギルド創設以前の、大陸を旅した記録、だ。


 王国記にも冒険者ギルド創設話にも、消えた英雄の話は載ってないんだから、調べるだけ無駄、なんだ。


「……どうして、六騎士英雄譚の方にだけ伝わっているんでしょう?」


「書籍化された冊子の方からは丹念に記録を消して回ったようですけど、人から人へ、口伝で語り継がれる吟遊詩人の歌までは消せませんよ。

 特に、シンディは人間の情緒や物語を紡ぐ山谷の盛り上がりを理解出来ない『知識だけの神』ですから、無理に吟遊詩人の記憶を操作すると詩歌の内容に整合性がなくなってしまいます」


「……そちらの方が違和感が大きく残ってしまうから、やらなかった?」


「そうでしょうね」


 深く首肯するクシナダさまの話に、なんだか違和感が。ううん?


 わたしが知っているママは、平静さを装って合理性を重んじる形を取ってても中身はすごく情熱的で、今も全然合理的な判断じゃない、アリサちゃんを助けるためだけに自分の身を犠牲にしてまで眠ってしまってる状態に陥っちゃってて。


 これも『物事の裏表』なのかな。クシナダさまの前では冷静さを装ってたとか。


 ああ、そんなことよりも。王国記にも英雄譚にも手掛かりがないと、次はどこを探ったらいいのか。


 せっかくフェルさんに教えて貰ってここまで辿り着いたのに。


「ところで、六騎士英雄譚にはバリエーションがたくさんあるのは知っていますよね?」


「あ、はい。元々、書籍にされているのはたくさんのバリエーションがある詩歌のうち、重複している部分を集めてまとめたもの、ですよね?」


「そうです。では、六騎士英雄譚のその後を歌っている詩歌が多いのも知っていますか?」


「――ああ、たくさんありますよね。竜を倒したり神々と戦ったり、大陸を平定する旅に出たり、とか」


 そう。六騎士英雄譚は当時大人気の読み物でよく歌われた歌だったらしくて、アゼリア王国や冒険者ギルドが出来た後もたくさんの六騎士に関するお話があって。


 わたしはエルガー王とエルフ王女の悲恋の話が好きだったけど、アリサちゃんはドワーフ王国の竜退治の話が好きだって言ってたな。


「それ、大部分が本当なんですよ?」


「えっ!?」


「それだけ、シンディが消しにくすぎる大きな冒険行だった、ということですね。

 たった三人で古竜を圧倒したとか、雷神と戦って勝利したとか、内容が荒唐無稽すぎて完全に創作物のように思われていますから、ある意味故意に消さずに残した可能性もありますが」


 確かに。クシナダさまの推論にも一理あるかも。


 書かれている後日譚は、エルガー王が王国を建国してから南征して命を落として、死後にエルフ王国が滅亡するまでを纏めた悲恋のエルフ王女の悲しいお話をベースにしてたくさんの各登場人物のエピソードが綴られてる大長編物語なんだけど。


 ……あれ。そういえば後日譚の方にも、名も知れぬ忘れ去られた魔女が何回か出て来た、気がする。


 こんなに何回も出てくるのになんで忘れ去られたんだろう、とか思った記憶が。


「思い至りましたね?」


「……たぶん。『忘れ去られた魔女』って、ママ……、シンディですね?」


「そう。そこに気づいたからには、必ず解決して下さいね? でないと、私、シンディに怒られちゃいますから」


 あっ。やっぱり、最初に思った疑問がその通りなんだ、って気づく。


 クシナダさまは魔術を編んだ最初の魔法神、ママがどれだけ技術的には優れてるって言っても、最初の魔法神相手に魔術を効かせられるのかな、って疑問があったけど。


 目の前でてへぺろ、なんていたずらっぽく笑ってるクシナダさまには、全然記憶操作系の魔術が効かなくて。でも、ママにお願いされてずっと黙ってたんだな、って。


 もしかしたら、魔法の創始者と魔術式の開発者、だから、今のクシナダさまと魔道技術の開発者のティースさまとの関係みたいに、すっごく仲が良かったのかも。


 ここら辺も、起きたらママにちゃんと聞いてみたいな。そういえばわたしって、ママの過去のこと、なーんにも知らなかったことに今更ながら気づいちゃった。


「次の目的地は廃都フィールですね?」


「……はい。エルガー王終焉の地、ですね。元、エルフ王国の首都」


「いいタイミングでした。うちの旦那に連絡がついたので、護衛として同行させますね。それと、ハヤヒとのことなんですけど」


「……の、ノーコメントで。――ノーコメントですってば、やっ、ちょっと、待って待って助けてー誰かーぁ!」


「ふふふ。地下100メートルに隔離された魔女の酒宴場に足を踏み入れたのが運の尽き。

 呼んでも誰も来ませんよ? さあ、全てを聞き終えるまで離しませんからね?」




 結局、全部包み隠さず話す羽目になってしまった。しくしく。


 それもこれも、アリサちゃんもママも居ないからでっ。


 起きたらもう、たっぷり元を取らせて貰うんだからっ!



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