27話 神都
「なんだか不思議な形の門ですね? それも、こんなにたくさん?」
「ああ、『鳥居』って名前らしいぜ。元々は異世界とこっちを繋ぐ門だったらしい」
「……大陸の他の地域にもいくつか残っている、神の力を示す遺構だと聞いている」
わたしの疑問に、同行して下さったリュカさまと、わたしたち女王親衛隊の保護者役を買って出てくれたフェルさんが答えてくれた。
結局、ファーラン王国内で探索した洞窟は全部外れで、真新しい発見はなかった。
でも、ファーラン王国内に残ってたダンジョンっていう危険な場所を掃除してくれた、っていう意味でいろいろニアさんたちが便宜を図ってくれて。
今はファーラン王国のお隣、アルトリウス王国内の隔離された旧神国の首都だった『高天原』に来てる。
ここもハインさんが管理してた国だったそうで、生まれ変わる前のアマテラスくんの住んでた国で。
今は砂漠の真ん中のオアシスの上に浮かぶ無人の空中宮殿だけど、昔はここも森が生い茂る豊かな土地だった、って聞いてる。
「懐かしい……ような気がするのう。クラオカミの話では、我もかつてはこの湖でこの神都を守護していた時代があるらしいのだが。
さすがに生まれ直した身では記憶がないがのう」
無人になっている鳥居がずらりと並んだ門を登りながら、フェルさんに抱っこされたミツハくんが、眼下に見える湖の水面を見下ろしてそんなことを誰にともなく喋ってる。
「前の大戦のときは、ここを神器たちが守っててすげえ大変だったんだけどな。
――つーか、ここに来るまでの往路の方が辛かったんだが」
「やっぱり、強い魔物とかたくさん出たんでしょうか?」
「あー、いや、魔物は出たけど強いっつーよりは数が多いだけで……。
まあ、移動の乗り物の乗り心地が最悪でな? 思い出したくもない体験だな、ありゃ」
心底嫌そうにリュカさまが顔をしかめたのが見えたけど、腕に抱かれてるレアさまはにこにこしてて、その対比がどうも理由が解らない。一緒にご同行されたんじゃなかったのかな?
「……ああ、ここら辺が、シンディが出現した第三の門、だったとこだ」
そんなことを考えてたら、前を歩くリュカさまたちが少し広くなった踊り場みたいな場所、さっき通過した、第一と第二の門があった場所と同じような広場に到着して先の方へ進んでいくのが見えた。
前回の神族大戦でタクミさま率いる暗黒の軍勢と、アマテラスくんとハインさんが融合した状態の光の軍勢が戦ったのは、まだ神話にすらなってない、すごく新しい神々の戦いで。
表向きは人界に興味を失っていたアマテラスくんの神国を解体してアルトリウス王国が併合した、っていう話しか流れていないから、そんな激しい戦いが人知れず行われたんだ、っていう事実にびっくりした。
戦いに同行したリュカさまがクーリ公国にお戻りになられてる、ということで、エイネールにいらっしゃったクルルさま経由でわたしたちが、ママの足跡を確認する意味でも、前の大戦でママが現れた、っていうこの神都を調査することになって。
ここは無人で戦闘が発生する懸念がないから、っていうことで、前の大戦に参加したククリさまだけがわたしに同行してくれて、他の女王親衛隊のみんなはハインさんとハヤヒさんに連れられて、二隊に分かれてそれぞれ別の地域の探索を先行してくれてる。
……ハヤヒさん、ちょっとやつれた感じがあったな。神様だから姿形は変わらないんだろうけど、精神的に、みたいな感じなのかなあ。
アリサちゃんのことは残念だったけど、わたし、恨んだりとかしてないよ? そりゃ、アリサちゃんが消滅してたらきっと恨んで、なじって、泣き叫んだだろうけど。
――まだ、手はあるんだから。わたし、すっごく諦めが悪い方なんですよ。だから、最後の最後まで、じたばたもがくのは得意。
「ここでとーちゃんとクルルが手を繋いで仲睦まじく見つめ合っていたのが、ククリは非常にシャクでのう?
だから、こう、手刀を切って、その繋いでいた手を」
「誰も聞いてねえよ莫迦」
「アルラスタム、聞いてない」
ごちん、と音がするくらい勢い良く、手刀のジェスチャーをしていたククリさまの頭にげんこつを振り下ろしたリュカさまが苦笑して、それを腕に抱かれていたレアさまも指を指して笑って。
わたしも、不敬だと解ってはいるんだけど、ついつい笑いが漏れちゃう。
ほんとに、ククリさまってお父様のタクミさまが大好きなんだなあ。
姿は超絶美少女で、黙ってれば物凄い吸引力のある色気で同性のわたしですらくらくらするくらいなのに、中身が幼女然としてて、ギャップがすごくて。
緊張がほぐれた気がして、わたしは目を閉じて深呼吸して、目を開けるなり、魔力眼の解析能力を全開にした。
視界が薄く緑に染まって、周囲に残るいろんな魔力や神力の残滓を丹念に走査する。きっと、今はわたしの眼って緑色に輝いてるんだろうな。
孤児院で暮らしてた頃はこれは周囲からすごく怖がられたんだけど、ママが言うにはこれがわたしの固有能力で、神々にすら真似出来ない特殊能力なんだ、って褒められたのを、わたしは神様とかそんな大げさだよ、って苦笑を返したことをふと思い出す。
思い返してみれば、魔術式で最高峰レベルの神のママが出来ない、っていうんだから、ほんとに神様でも出来ないんだろうな。
逆に言うと、今、こうしてママの痕跡を辿る旅で、わたしがこの能力を使わなかったら、ほんとに誰も痕跡が辿れないんだろうな。
全体的に真っ白で強い神力の痕跡があちらこちらに残っている中で、少しだけ、本当にほんの僅かな、糸みたいな細さの極限まで絞られた魔力の痕跡を見つける。
前の大戦から15年以上経過してて、他の神力や魔力の痕跡は全部少しずつ色褪せようとしてるのに、これだけは最初に使ったときから有り得ないくらいのレベルで強く細く限定的で強烈な効果を表したせいで、全く劣化してない。
たぶん、これが、ママが使った魔術式の跡。
「たぶん……、ここからママが出現した、と思うんですが」
「――すげェな、ドンピシャ。そう、そこからシンディさんが出て来た」
当時タクミさまに同行してたっていうリュカさまとレアさま、ククリさまが目を丸くしてるのが解る。
でも、わたしはそちらを見ると、今見つけた糸を見失ってしまいそうで、魔力検知で確認するだけに留めた。
「恐らく……、ですけど、ここに転移して来たのではなく、光系の<隠蔽>で隠れていたんだと思います」
「そうなのだ。そこに突然出現したので、みんなびっくりしたのだ」
「それから、……、ううん、なんだろう。これは見たことがない術式だけど……、たぶん、加速系かな? 周囲を囲うように広がってる範囲系の魔力残滓が」
「ああ、あれ超加速術式だったのか。一瞬シンディさんと目を合わせたタクミとクルルが、それだけですぐに全部を理解した風に見えてたけどな」
当時を思い出すように目を細めたリュカさまがそんな風にわたしの憶測を確認してくれて、予想が当たったことに嬉しくなるけど。
智慧の神、っていうのはほんとに伊達じゃないんだな、っていう、痕跡から解るわたしとママの差にちょっと絶望してしまいそうにもなる。
これはたぶん、光の逆系統の、まだ世の中に知られていない時間系の魔術式、だと思う。
暗黒神タクミさまが時間を遡れたり操れたりすることは教わったけど、タクミさまが暗黒神として覚醒するもっと前から、ママは時間を操れてたことになる。
わたしがママに教わったのは光の表系統の高等魔術式だけだけど、たぶん、ママは闇系統の術式も最高レベルなんだろうな。
ママがほんとに最高の魔道士だ、っていうことは嬉しくなる事実なんだけど、その、ママに追いつくまでの道のりが遠すぎてなんだか落ち込んでくる、っていうか。
地系はドワーフの専門だから習ったことないし、火系をいま覚えるのは邪炎神の影響があるから危ないけど。
水と風と光と闇を覚えて、だいぶママに近づいたかも? って思ってたのに、全然どころか勘違いしすぎなレベルで、なんだかため息しか出て来ない。
クラオカミさまはひとつの術式を極めたら他の術も何でも使えるようになる、って仰っていらっしゃったけど、あれはきっと、物理法則に関することだけだ、と思う。
時間や精神系や記憶系統に働きかける超高等魔術式は、それ全系統を極めた先にあるんじゃないのかな。
「……ここから、そちらの、皆さんが待機していた? と思われう場所に移動して、そこからどこかに転移したみたいです。糸がぷっつりと途切れていて」
「そうだな。ここから、今のクーリにレアを連れて転移したんで、シンディさんはこの奥の神域には入ってない。……一応、行ってみるか?」
リュカさまの問いかけに、わたしは強く頷いた。
「はい。たぶん手掛かりはない、と思うんですけど、一応全域を確認しておきたいですから」
――――☆――――☆
第三の門から、空中宮殿の最奥に続く階段を登り切った頂上で、アマテラスくんが待っててくれた。あと、何故かサクヤ姫も。
ここは元々はハインさんとアマテラスくんの住居だからアマテラスくんが居ることには何の不思議もないけど、何故ハインさんじゃなくてサクヤ姫が?
……と思ってたら、忙しいハインさんの代わりと、まだカグツチの軍勢に狙われてるかもしれない護衛代わり、ということなんだって。
でも、なんだかアマテラスくんとサクヤ姫のやり取りを見てると仲の悪い「ふりをしている」姉弟みたいで、なんだか微笑ましくなってたら。
「……何をじろじろと見ているの?」
と、サクヤ姫にまっすぐに視線を向けられてしまって、わたしは慌てて明後日に目を逸らしたんだけど。
「うむ、サクヤが妙にアマテラスを構っているのが新鮮だったのだ!」
「サクヤ、ネチャハ。かわいい」
とかなんとかククリ姫とレアさまが混ぜっ返したものだから、その後なんだかすごく照れまくってしまったサクヤ姫をなだめるのが大変だった。
ダメだよ、まったく。他人の恋路を邪魔したらドラゴンに蹴られるんだよ?
ちょっとアマテラスくんの方が年下だけど、神族だから見た目年齢なんか自由自在らしいし、上手く行くといいな、サクヤ姫。
「えっと、えっと、ここから先は異空間ゲートがあったんだけど、高位神しか入れない場所だから、今は閉じてあるんだって、ハインが言ってたよ?」
「あー……。そっか。それだと、ママも入れたわけがない、か」
なんだか遠くの方でククリ姫とサクヤ姫とレアさまでじゃれ合いが始まったけど、ああ、元気いいなあ、という感想で、わたしはアマテラスくんに話を聞いて納得。
――ものすごい空気を切り裂く音とか地面が揺れるくらいの衝撃音とか聞こえるけど全然気のせい、そう、気の迷い。
「……ひとつ気になっていることがあるんだが、いいか?」
「えっ? あっ、はい、何でしょう?」
なんだか眠そうになってるミツハくんを抱っこしたフェルさんがわたしに尋ねて来て、わたしはそちらに体ごと向き直る。
「……その、シンディさんという神は、非常に合理性を重んじる、確実な安全策を採る性格だ、と言っていたな?」
「はい、そうです。口癖が『合理的』で、何でも準備万端でないと着手しない性格で」
「……シンディさんの現世での能力は、魔法技術はさておき、相当に低いのだったな?」
「はい。――ちょっと信じがたいかもですけど、魔術式の高度さはたぶんその低すぎる魔力を補うためのものじゃないかな、と」
そうなんだよね。わたしは魔力量がちょっと人より多いからすぐには気づかなかったけど、タクミさまやクルルさまと同じレベルの最高神レベルだ、って教えられても、ちょっと信じられないくらい魔力容量が少なすぎる神なのがママで、わたしも最初信じられない気持ちでいっぱいだったし。
「……しかし、第三の門に現れたときは仲間、というか手伝っている神が同時に現れた、とも言っていたな?」
「ああ、そうだ。オレらはちらっとしか見てないが、クルルの前の旦那だったっていうサルタヒコが顕現した、って聞いてる」
リュカさまの言葉で、更に深くフェルさんが考えてる様子が。何か、引っかかる点があったのかな。
ややあって、眠り込んでしまってフェルさんの腕からずり落ちそうになってるミツハくんを抱え直したフェルさんが、いつもの独り言より少し大きな声で喋り始めた。
「……これは、推測に過ぎないが。
――それほどまでに自分の能力を過小評価して石橋を叩き壊しかねないレベルで準備を万端にするような人物が、単独行動をするものだろうか?」
「……あっ!?」
そうだ。フェルさんの言う通り。ママは徹底的に準備を万端にするし、準備が足りなければわたしでも誰にでも頭を下げて目的を確実に遂行するためにいろんな手段を同時にたくさん用意する人だった。
「……ここに現れたときは『既に他の仲間がほとんど居ない状態』だったから仲間をほとんど連れて来なかったのだろうが。
それでもほぼ単独で良い伝言にまで他者を使って、自分は監視役で終わろうとしていた、そうだな?」
「――そういや、そうだな。その同行者に存在をバラされなかったら最後まで隠れてただろう、ってタクミも言ってたし」
当時を思い出してるのか、額に指を軽くとんとん当てて考え込んでる風のリュカさまが答えてくれて。
わたしがさっき魔力検知したときも、<隠蔽>の効果があった理由が判った。隠れて『計画通りに上手くいくかどうかを確認』してたからだ。
ただ伝言するだけなら、手紙でも何でもいいはずだし。完璧主義者のママらしい行動というか。
「……そんな完璧主義者が、関係者全員の記憶を消すような事態になるような大事を成すときに単独行動するものだろうか?
当時の記録を遡れば、それを成したときに一緒に行動していたパーティメンバーが出て来るのではないか?」
わっ、うわっ、盲点だ、盲点すぎた!
目先のヒントに心奪われすぎちゃってた!!
行動の足跡を辿るんだったら、まず記録から、が常識だって推理物語にも書いてあったし!
「……最古の冒険者ギルドがあるアゼリア王国は建国以来一度も侵略されたことがないから、記録も全て残っている可能性が高い。
……前回の大戦で一度散逸した盗賊ギルドですら、千年以上前の記録が出てくるくらいだからな。
900年前辺りがシンディさんの活動時期なのだろう? ちょうど冒険者ギルドが創設された時期だ、関係があるんじゃないか?」
「たぶんあると思います! わっ、あっ、戻らないと!」
「慌てんな、落ち着け。アマ公、アゼリア王国のゲート開いてやれ?」
慌てふためいてるわたしの様子がおかしかったのか、リュカさまに笑われちゃったけど、わたし的にはそれどころじゃなくて。
記憶はいじれるけど、記録をいじるのは並大抵のことじゃないから、改ざんされてたとしても、その痕跡を辿るのは魔術式の痕跡を辿るよりも簡単だから、これで手掛かりがもっと得られるかも!
アマテラスくんが慣れない手つきで全員が一度に通れる光系のゲートを開くのを、わたしは焦る思いのままで見つめてた。
ほんとに、ママの新しい手掛かり、見つかるといいなっ。




