表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/120

26話 相談

「ああ、全くもう! ムシャクシャするねえ!」


「……あまり怒ると小じわが増えるぞ?」


「大きなお世話だよ黙ってな!」


「……済まないな。あれからこっち、ずっとあんな感じでな」


 ううーん。お世話になった方だけど、怒ってる内容がわたしの故郷に迷惑になることだから、あんまし同情出来ないっていうか。


 相変わらず無表情なフェルさんと、ぷりぷり怒ってる風のニアさんに――、その胸に抱かれて眠ってるミツハくん。


 言ったらきっと怒られるんだろうから言わないけど、何だか、結婚してしばらく経った夫婦みたい。


 表面上は仲が悪い振りしてるっていうか、ぷりぷり怒りながらもミツハくんが起きないように、あまり動かないようにゆっくりそーっと移動してるし、ニアさんの用事を先回りしたフェルさんが手伝ってる様子が、もう、そういう風にしか見えなくって。


「……ニア。確かに領土は切り取れなかったが、もっといいものが手に入っただろう?

 運用は難しいが、隣のアルトリウス王国を前例にすればいい」


 珍しく強めに言ったフェルさんの言葉に、ニアさんが言葉に詰まる様子。


 いつもはニアさんがまくし立ててフェルさんがひたすら従ってる構図だから、これはちょっと珍しいかも?


「ああ、確かにね。立案からアタシの案だったから、ちょっとこだわり過ぎてたかもしれないね。ごめんよフィーナ、アンタの故郷にも迷惑かけちまったね?」


「……ええっと、ノーコメント、です」


 事が事だから、わたしは苦笑を浮かべてノーコメント、ということにした。


 ニアさんの計画は、わたしの故郷、ムーンディア王国の森を飛び越えてディルオーネ王国の川とその向こうの農地を切り取って、ニアさんたちの国のファーラン王国に併合することで。


 元々は移民その他の穏便な方法で何年も前から計画してたことらしいんだけど、選民思想? って言うのかな、西方諸王国連合の宗主国、っていうまとめ役をやってるディルオーネ王国の利権要求とかそういうのが厳しすぎて話がまとまらなくなってきた末の、ああいう強硬手段、って話で。


 でも、その間にあるムーンディア王国としては溜まったものじゃないよね。


 ついでにムーンディア王国の領土も欲しかった理由は、ムーンディア王国の森がすごく肥沃でたくさん果物が穫れる珍しい樹木が多いんで、南の自国領土の森に植林したりしたかったみたいで。


 でも、そうか、他国の人は知らないんだなあ、って改めてびっくりしたんだけど。


 ムーンディア王国の森は全部、森林の使徒エルフが管理してる木々で、あれは他所の土地に持って行ってすぐにああいう実がなるものじゃないんだよね。


 それを教えたら、ニアさんはびっくりした様子で、そのあと、なんだかバツが悪そうに苦笑してた。


 ファーラン王国にもエルフは少し居るそうだけど、そっちはあんまし森を育てるのは得意じゃないんだろうな、きっと。


「ああ、悪かったね、こっちの話ばかりで。――何でも言ってごらん? お姉さんがきっと探してやるから」


「あ、えっと、探しものの方はこっちでやらないと分からないことが多くて、それで手は足りてるっていうか。今日の相談は、実務的なことでして」


「??」


 怪訝そうに顔を見合わせたニアさんとフェルさんが、並んでもう一度わたしを見下ろして来て。


 今は自国の王城内ってことで、リラックスしてるのか、ふたりともいつもの頭を隠す被り物がないので、フェルさんの額に二本、ニアさんの額に一本の角が生えてる様子がよく解る。


 ふたりとも、鬼人きじん、っていう珍しい種族――魔族の出身で、人間の国に出るときはああいうターバンで隠さないと迫害されるから、って聞いて、胸が痛んだけど。


 触らせて貰った角は骨から直接生えてるみたいで、凄く固くて、それから、魔力の放出具合が大きくて、どうやら常時<身体強化>を使用してるみたいだった。


 っと、話が逸れちゃった。今日の用事は、そうじゃなくて。


「ええっと……、ですね。滞在がちょっと予定より長引いちゃってるので、えっと……、物資が足りなくなっちゃい……まして、その」


「ははーん? 着替えや食事の生活費が足りないんだね?」


「うっ。……有り体に言うと、そんな感じで。――今までは冒険者ギルド地域だったので、冒険者カードで支払いが出来てたし、いつでもゲートで本国に戻れてたんですけど」


「……戦時下でゲート使用が制限されているし、ムーンディア王国から西になると盗賊ギルド支配域で冒険者カードが使えないからな。なるほど、手持ちの現金が尽きたか」


 いつもの無表情から、唇の端をほんの少し上げるだけの微笑みを浮かべてるフェルさんの鋭い指摘。


 うーん、まさしく、そうなんだよね。


 この冒険者カード、タクミさまから作って貰ったカードで、中身には白金貨500枚分の活動資金が入ってるんだけど。


 意外と、冒険者の需要って開発が進んで生きてるダンジョンが少なくなってる国ではなくなって、より戦闘能力に特化した傭兵需要に変化しちゃうんで、冒険者ギルド支部が南方側には少なくて。


 ……冒険者ギルド支部が少ないってことは、冒険者カードから引き落としての現金化が出来なくて。


 エイネールのギルド支部で引き落としておいた手持ちの現金でやりくりしてたけど、それも限界になっちゃって。


 他の女王親衛隊のみんなは貴族さまだから、いつもなら王城に戻れば普通に生活出来てたんだけど、今は戦時下だからゲート魔法を使う人員がすごく限定されてて。


 それに、本国と頻繁に行き来するのは危ないから、当然ながらククリさまも禁止、で、みんな本国アゼリア王国に戻れなくなっちゃってて。


 一応、どんくさいとは言っても仲間なわたしがみんなのために現金遣ったり、野営や狩猟で凌いで来てたんだけど。


 ――わたしたち、女の子多いから、その……、野宿なんかは冒険者やってるんだし我慢の範疇なんだけど……、ううん、換えの下着とか着替えがもう、ないんだ。


 ひとつのダンジョン探索でこんな長期間になるって思わなくて、普通の冒険者だったらそこら辺も何か対策してるんだろうけど。


 わたしたちってそういうのも初心者で、ちゃんとした洗剤使わずに水洗い繰り返してるから、もう布地がごわごわしてて、着けててすごく痒い、っていうのもイライラする原因のひとつになってるし。


 こういう辛さは男の子たちには解らないみたいで、後で洗うのがめんどくさい、なんて理由でルーディスさんとサラディンさんは最近はもう、下着なしで魔道騎に乗り込んじゃってて。


 男の子はいいよね、ほんと。洗い物が少なくて、適当で。


 わたしたちも一応下着なしで魔道騎を動かしてみたりしたけど、なんというか、素肌が直接操縦席内で服に触れる感触にどうしても慣れなくて、ねえ?


 ククリさまは裸で乗ってたけど、それはさすがにやめさせた。一応、わたしと同じ最年長なんだしっ。


 ぷるっぷるのふたつの凶器やむちむちすべすべの桃を晒したままで全裸騎乗なんて、ダメすぎるでしょ、人として。じゃなかった、神としてっ。


 ……あんなおっきくて、重くないのかな?


「まあこの国にゃ拝火教の影響もないし、のんびり……、ってわけにゃいかないのか。ま、お姉さんたちに任せときな? 悪いようにはしないからさ」


「すみません、ほんと」


「こっちもいろいろ世話になってんだから、お互いさまさね」


 忙しそうにいろんな人が行き交う騒がしい盗賊ギルドの本部内で、ニアさんはいつもの人好きのする笑顔で、笑って約束してくれた。



――――☆――――☆



「で、これが来たんだね?」


「……予想の斜め上でした」


「まあ、普通は予想出来ないのよ」


「……ですよね?」


 ルーディスさんとルーナさんが唸るのに、わたしが適当に相槌打つ感じで。


 ていうか、もう、わたしたちは、ぽかーん。って。


 ――洞窟付近で野営するわたしたちにファーラン王国から届けられたのは、蓋付きの水桶。


 ……に、しか見えない、水龍神さまのミツハくん――クラミツハさま、クラオカミさま特製の水属性神術水門ゲート。


 使う水は穢れのない水魔法で生成した純水であればいいらしくて、わたしは今ちょっと魔法がほとんど使えないんだけど、クラオカミさまとの修行の過程で水魔法を中級レベルまで修めたっていうシェラさんが水を作れるので、それで桶に水を張ってみたら。


 大きさは一人がやっとぎりぎり通れる、っていうサイズしかないんだけど、その水面の奥に、クラオカミさまが住んでらっしゃるエイネールの神殿が見えて。


 クラオカミさまとミツハくんは神界ではご兄妹の間柄で、これは普通の異空間ゲートじゃなくて神界由来の水神力を直接使用して、兄妹の絆を繋いで移動する起動式だから他の何にも影響されない特殊な異界ゲート、で使用制限がないらしい。


 神様たちが頻繁に使ってる各系統ゲートもこれが元になってるのかな? 魔術式が見えないパターンをよく見かける気がする。


 特に、タクミさまの黒いゲートやクルルさまの光のゲートはどんな魔法なのかさっぱり原理がわからないし。


 で。これを使うときは、『神族兄妹の絆を利用する』んだから、当然その片割れがゲートの片方に居る必要があって。


「うむ、ニアの分厚い胸も気持ちよかったが、こちらの寝心地もなかなかに良いな、小振りながらも程良い硬さが心地よい!」


 ミツハくん、それはたぶん褒め言葉じゃないです、しくしく。


 ぺたんと座ってる私の前にちょこんと座る感じのミツハくんが心地良さそうに、わたしの胸に後頭部を預ける形で、その感触の感想をしたり顔で述べてて。


 なんでか解らないけどミツハくんは女の子が大好きみたいで、さっきまでは半裸のククリさまやシェラちゃんたちと水遊びですごい戯れてたし。


 見た目も年齢も完全に5~6歳の男の子だから全然可愛いものだけど、なんだかルーディスさんやサラディンさんとは仲が悪いみたいだし、これはお世話になるのかお世話をするのか、いろいろ大変そう。


 神族ゲートですぐにエイネールに戻れるようになったから、当面の問題のほとんどは片付いたので、助かった、と思ったのは本当。


 それと、わざわざ洞窟の前までミツハくんと水桶を運んで来てくれたフェルさんの話で、ミツハくんをお世話する上での注意点をいくつか聞いた。


 神族そのものだから食事は必要ないけど、生まれたばかりで神力が足りないので頻繁に眠る、っていうか眠気が来たら耐えられなくて眠りに落ちるのでそこだけ注意と、ぜったいに炎を近づけちゃいけない、っていう話で。


 炎神カグツチが人類抹殺宣言を行って、大陸全土のあらゆる炎に干渉して炎ゲートを作ったり炎を通して周囲の様子を盗み見たり自分の力として吸収する能力があるのはタクミさまやクルルさまからも説明があって知ってたんだけど。


 ――神々の一部にはカグツチの血から生まれた神が割りとたくさん居て、クラオカミさまとミツハくんもカグツチ系統の神族だから。


 炎から受ける影響が普通の神よりも強すぎるので苦痛になっちゃうらしい。


 うーん、最近は炎を焚いた上でククリさまがそれを浄化して暖を取ってたけど、それもやめた方が良さそう。


 エイネールにならたぶん非炎系な暖房魔道具があるからそっちを使った方がいいし、っていうか、魔道騎を着ていれば問題ないんだし、ミツハくんだけを残して全員でエイネールに戻るわけには行かないから、交代でエイネールに戻って宿泊や休憩すれば問題ないか。


 炎の影響を受けやすい、って言えば、お隣のクラウティア共和国で作戦行動してらっしゃる、っていう六王神騎でアゼリア王国宰相のティースさまも。


 雷神なのに炎の邪神カグツチの眷属、っていうのが不思議だったけど、四大属性に魔法系統が分かれる前に生まれた神々、っていうクルルさまの説明で、すとん、と腑に落ちた気がした。


 わたしのママ、宇宙創成期の智慧の神、シンディも、それ以上に古い神様なんだ、って教わったけど、そっちの方はなんだか納得が行ってない。


 いや、確かに、教わった魔術式やそれ以外のいろんな魔法理論も、魔術を作った創造神っていうクシナダさまや他のいろんなそれぞれの属性の神様よりもずっと技術的には先進性があって、物凄い理論の塊なんだ、っていう理解はあるし、そこら辺を疑うなんて意味じゃないんだけど。


 ……なんで智慧の神さまなのに、作るご飯があんなに美味しくないんだろう。ううう、完璧にわたしのトラウマ。


 あんな美人のママがいることはわたしの自慢だけど、あんな不味いご飯を作ることは知られちゃいけない秘密、だと思ってる。



 ママ。早く、起きてよ。わたしが美味しいご飯の作り方、教えてあげるから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ