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25話 約束

「ふぅ……ッ!」


 力を入れたら逆に剣速が遅くなる、というのは剣聖ミリアムさまやその剣技の師匠、というクルルさまに口を酸っぱくして言われたことだけど、こればっかりはどうも癖みたいなもので、どうしても直らない。


 とにかくも、わたしはタクミさまに借り受けた暴虐神スサノオの佩刀、っていうこの世界でも折り紙つきの強力な神剣、フツヌシちゃんを右手で構えて、左足の更に左側から、下から右上に走らせるように斜めの軌道で、魔熊(デビルベア)の腕、肘から先に向かって斬りつけた。


 目の前で親衛隊の隊長なルーディスさんとルーナさんが騎乗する魔道騎が魔熊の動きを大きく制限してくれているのでかなり簡単な手順で、わたしはフツヌシちゃんを振り抜いた勢いそのままにその場で飛行ネルラ魔道騎ラフンの右足を軸に一回転、再度気合の声を漏らしながら、今度は魔熊の左の掌にかするように傷をつける。


 ……一応、脳裏にははっきりとミリアムさまやクルルさまが演舞して下さった基礎的、応用的な剣聖の剣技が浮かんでるんだけど、記憶して動きは分析出来ても、実際にやるとなったら大違い。


 こんなとき、アリサちゃんが居てくれたら、鈍くさいわたしなんかよりすぐに、あんな風な凄い速さの連続攻撃を覚えて……、ってアリサちゃんは拳法使いなんだから、そもそも剣技なんか必要ないんだった。


「シェラ、サラディン! 固定!!」


「了解だよぉ!」


「任しとけ!」


 相変わらずものすごい勢いで暴れる魔熊を両腕と両肩の四枚の大きなヒーターシールドでがっちりとその場に固定してくれていた盾役のルーディスさんから鋭い指示が飛んで、即座にわたしたち前衛の後ろに控えていたシェラ・サラディン機が、腰溜めに構えて射撃チャンスを待っていた固定装備の長柄ロングバレル銃槍ガンスピアを斉射。


 それは狙い違わず、くるり、と身体を捻って瞬時に四枚の盾による拘束を解いて、がっぷり四つに組み合っていた魔熊の右脇に回り込んで、魔熊がつんのめるようにたたらを踏んで前に出た瞬間、その両足に向けて三発の冷凍弾が叩き込まれる。


 そして、その冷凍弾により片足を地面に固着された魔熊に向けて、わたしたち親衛隊パーティの最後方から、赤竜の骨と龍鱗より作り出されたドワーフ族最高の技術と神の力が融合した神の弓、竜弓を構えたククリさまが細く長く絞られた光の矢を放ち――。


 それは狙い違わず魔熊の心臓を貫通し、胸と背部の双方から黒く穢れに濁った血流を噴出させながら、立ったまま息絶えた魔熊は、ゆっくりと前方に倒れ伏した。



――――☆――――☆



「フィーナちゃんマジすごいね! って何回も言ってるんだけどね?」


「ほんとなのよ。剣聖の技を一目見ただけで覚える、なんて羨ましいのよ?」


 魔熊の血肉をククリさまの光系の浄化魔法で完全に浄化しきった後で、腐敗により更に毒素を出さないように、わたしとサラディンさん共同の土魔法で土中に埋葬し、更にダンジョンの奥深くへ進んでるときに、そんな風にルーディスさんとルーナさんに話しかけられたんだけど。


 過剰評価だ、って思ってしまう。わたしの能力ってほんとにそれだけで、結局のところ、何の魔法でも剣技でも、誰かの猿真似してるだけの女でしかないし。


「……でも、覚えたと言っても、ほんとに見よう見真似だけで、威力や速さは全然及んでないから」


 ルーディスさんルーナさんの兄妹どちらも、二人乗り魔道騎の前席・後席の搭乗部分に隙間を空けて外気を取り入れてるみたいだから、わたしも真似して直接外気を操縦席内部に入れることにした。


 頭部を覆う兜を後方に跳ね上げて素顔を晒したら、通路の奥から少し風が吹いてるみたいで、戦闘で火照って汗ばんだ顔に当たる冷たい風が凄く気持ちいい。


 知らないうちに、ふうっ、って大きなため息が漏れ出て、わたしはいつの間にか全身が汗にまみれてることに気づく。


 ああ、まただ。アリサちゃんが操縦してるときはほんっと冷静に、客観的に内部空調とか適温に保って周囲を監視してデータを解析して。それだけで良かったのに。


 アリサちゃんが居ない今は、全部自分でやらなきゃいけないから、正直言って解析は出来ても手が足りなさすぎて、内部空調や視界内マーキングとかそういうのは全部後回し。


 っていうか、わたしってすっごいどんくさいから、タクミさまから借り受けた神剣フツヌシちゃんが居なかったらもっと酷い有様になってたかも。


 今は左腕外側の簡易鞘に収まってるフツヌシちゃんにちらりと視線だけ向けたら、左腕の装甲越しに、わたしと話したがってるようなフツヌシちゃんの気配が伝わってきて、ふふっ、あとでね、と軽く念話を飛ばしたら、嬉しそうな気配が返ってくる。


 接触念話(テレパス)でしか喋れないのがちょっと不便だけど、フツヌシちゃんってすっごいお喋り好きなんだよね。


 最近は夜寝るときにだらだらと途切れない女の子トークしながら眠りに付くのが日課になっちゃってるくらい。


 戦闘中はさすが神剣、って感じでネルララフンの動作魔力の一部を引き受けてくれるし、ほんとにフツヌシちゃんさまさま。


 でも、今はダンジョン探索中でじっくり女の子トークする暇もないから、わたしはぺたりと額に張り付いた前髪を振り払うようにぷるぷると左右に首を振った。


 ……そんなに汗だくだった自覚はなかったんだけど、顔と言わず首と言わず、髪の先まで汗が伝ってそこら中に汗の飛沫が玉となって散って、あれ? とか思ってしまう。


「まだ行けそうかね? 日数的には全然余裕なんだけどね」


 なんて、なぜか軽く含み笑いしたルーディスさんが、片手でわたしの騎乗するネルララフンの肩口をがしり、と大きな爪の生えた魔道騎の手で押さえつけて、素顔をぐいっ、ってわたしの顔に近づけて尋ねてきて。


「……? えっと、まだ全然大丈夫ですよ……だよ?」


「直らないね、敬語。仲間内だから敬語要らないって言ってるのにね?」


「むうぅ。努力はしてるんです……だけど、っていうか家でもママにも敬語だったんですもん簡単には?」


 ううん、なんか変な敬語になっちゃうのを面白がられちゃってるんだよなあー。


 むうぅ、一応わたし、15歳でこの親衛隊の中じゃ最年長、ククリさまと同い年なんだけどなっ?


 年下の子たちにこんなにイジられると、なんだか年長者の威厳をっ、とか思っちゃうんだけど。


 でもこの子たち、と言っては貴族様相手に不敬かもしれないけど、そんなこと関係なしにほんとの兄妹みたいに全員すごく仲が良くて、その輪の中にわたしみたいな平民の子を加えてくれてるような感じがひしひしと感じられて、優しいな、嬉しいな、と思っちゃうこともしばしば。


 それはククリさまも同じで、アゼリア王国女王、っていう最上級の身分なのに、わたしたちに接するときは姉弟同然に甘えてくれて、わたしに妹が居たらこんな感じかもな、なんて思ったりしちゃったり?


 と、なんとなく無言になってしまった間に物思いに耽っちゃったら、目の前にいるルーディスさんが『わたしの後ろに向かって、こくり、と頷いた』のが見えて。


「――うひゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!!???」


 突然、わたしの頭の上からざっぱーっ! って感じで冷たい清水が振り掛けられて、わたしはその冷たさと驚きで素っ頓狂な声を上げてしまって。


 振り返ろうとするんだけど、ネルララフンの胸部装甲をがっしりと片手で掴んだルーディスさんがその手を離してくれなくて。


「ちょっ、やめっ、やめーっ!!」


「汗を掻いたら水浴びがいちばんだよぉ!」


「困ったときにはシェラ・サラディン機にお任せあれ! 水魔法シャワーのサービスだぜ!」


 さっきから姿が見えない、と思ってたシェラさんとサラディンさん、こーんないたずらを準備してたのねっ!?


 道理で、わたしと話してる間中、ルーディスさんが後ろを振り向けないようにわたしを掴んでたわけだ。


 ルーディスさんとルーナさんが駆る魔道騎はパワーと防御特化、攻撃手段を持たない真っ赤な四枚盾で全身の殆どを覆い尽くす完全重防御型に変わってて。


 スサノオさまやクラオカミさまとの対戦特訓を経て、それぞれの機体を搭乗者の特性に完全に合わせた専用魔道騎にしてパーティ内の役割に特化させたそうで。


 生身のときには片手剣を使ってたルーディスさん、ルーナさん共に、両手盾の盾役タンカーに変わってるし、それがそのまま魔道騎に同乗したときも、両腕と両肩で四枚装備の伸縮機構付きの分厚い菱盾を二人で四枚同時に動かしてる感じで。


 いま、わたしの後ろで水魔法を流し終わってケタケタ笑ってるいたずら大好きなシェラさんサラディンさんたちの機体も、射撃支援に特化して、両手で構える長柄銃槍の根本に伸びるケーブルが腰の後ろにたくさん吊り下げられた専用の弾倉と直結している状態で。


 これは、今までは単発で射撃するごとにサラディンさんが魔術式を再装填して弾頭を銃槍内部に作っていたのを、射撃毎にあらかじめ作り置きしておいた弾頭を取り替えることで連続射撃を可能にした構造になってて。


 両肩の後ろや両腰にたくさん下げられた弾倉はそれぞれが効果の違う弾頭が収納されていて、射撃する弾頭をいつでも選べるようになってるらしい。


 ばさっ。そんな感じで乱暴に被せられた上質なタオルの上から、みんなが寄ってたかってがしがしとわたしの頭を乱暴に拭く感じがして、わたしはもう諦めて、みんながわたしで遊ぶのに任せた。


 ああ、もう。緊張の糸が切れちゃって、わたしも苦笑するしかない。


 他の魔道騎と違って、飛行魔道騎(ネルララフン)成層圏(ストラトスフィア)を飛ぶ機体だから密閉率が桁違いに高くて、今はもう、わたしの装着したネルララフンの操縦席はお腹の辺りまで水でたっぷんたっぷんになってて。


 ああ、もう、ほんとに。おぱんつの中までびしょ濡れなんだけどっ!


「フィーナちゃんがかなりお疲れの様子だしね、今日のところはこの辺で引き上げ、ということでいいですね、ククリ姫?」


「……うにゅ? あ、うむ、いいんじゃなかろうか」


 はっ、と顔を上げたククリ姫が、そんな感じでルーディスさんの問いかけに頷くのを横目で見ながら、手元が何やら片手印を切っているのを見つけてしまったわたしは。


 なんだか嫌な予感を感じながら、そろそろと上を見て。……ああ、やっぱりだ。


 元祖いたずらっ子なククリ姫が、こんな楽しそうなイベントを見逃すわけがなく。


 ぱきん、と素知らぬ顔でククリ姫が指を鳴らして乾いた音を立てるより早く、わたしは後ろに跳ね上げていた兜を素早く装着して、操縦席を外気から遮断して惨劇(・・)から身を守る。


「「「「どぅわぁぁぁぁぁぁ?!?!」」」」


 そっと、ほんとに誰も気づかないくらいに用意周到に、洞窟の天井付近に大量に水魔法で集められた数千リットルにも達しそうなくらいの水の塊が、一斉にククリ姫の魔法操作でみんなの周囲に落下し、わたしたちは唐突に発生した水流で泥まみれになりながら、驚きと笑い声を上げつつ洞窟の床を滑って転がり、押し流された。



――――☆――――☆



 ぱちぱち、と野営地の中央で燃え爆ぜる薪を見つめながら、わたしは両手に捧げ持った神剣フツヌシちゃんの剣身表面を丹念に、お気に入りの香料油を軽く塗布した布で磨いているところ。


 フツヌシちゃんはさすが女の子人格だけあって、すごい綺麗好きで、表面に姿が映るくらい磨き上げられるのを喜んでくれるので、わたしもついつい暇があったらフツヌシちゃんを磨く癖がついてしまった。


 焚き火の向こうでは上半身ハダカで後ろ向きに正座させられてるルーディスさんとサラディンさんが軽く震えながらときどきくしゃみしてるのが目に入って、なんだか可笑しくてにやにや笑いが浮かんでしまう。


 サラディンさんとルーディスさん発案の水のいたずらが大事になって全員水を被る大惨事になっちゃったから、わたしたち女の子たちはいま、就寝のための野営状態で、着用してた衣類を干して乾かしてる。


 サラディンさんたちも濡れ鼠なんだけど、ククリ姫の命令には一応絶対服従なのがさすが臣下、って感じで。


 わたしは一応男性がそばに居るから毛布で身体を隠してるけど、ククリ姫やシェラさんルーナさんは幼児の頃からの幼馴染、ってそんなに気安いのか、警戒心皆無な感じでほぼ素っ裸で焚き火のそばで三人集まって談笑してるのが見えて。


 なんだかほんとに、使命を受けてダンジョン探索してる、とは思えないくらいゆったりとした空気が流れてるなあ。



 ――アリサちゃんとママが眠りに就いてからもう、三ヶ月。


『前人未到のダンジョンの奥深く』という手掛かりしかない状態で、わたしたちを含め、複数のパーティが大陸全土のダンジョンを手当たり次第に踏破している状態の中で、拝火教との戦いも同時並行的に進行している状態で。


 いま、わたしたち女王親衛隊とククリ姫は、ハインさんが裏の国王をやってる、っていう盗賊ギルドの本拠地があるファーラン王国の首都より更に南東にある洞窟を探索中。


 この洞窟自体は何十年も前に探索済で、魔物の住処ではあるけど入り口を封鎖しておけば危険はないから、という理由で完全に放置されていたダンジョン。


 こういう、探索が終わって放置されている魔物の住処、という洞窟や施設は大陸全土に無数にあって、魔物の住処になっていること自体が兵士や腕試し修行にちょうどいい、っていう理由と。


 本当に完全に全ての住処を潰してしまうと、魔物が餌や安全な寝床を求めて近在の村まで降りて来て人を襲うようになる、っていう実務的な理由で、ある程度の数は必ずどこの国でも残すようになってるそうで。


 おとぎ話でしかダンジョンを知らなかったわたしにとっては初耳な話で、驚くやら納得するやらで。


 ……でも、探すものは『大陸最高の高難易度魔術式を練れる智慧の神シンディが隠した900年前の痕跡』だから。


 とりあえず、クルルさんが『神の眼』を使って大雑把に当たりを付けた900年以上前から存在している遺跡や洞窟を、実動隊に先駆けて、瞬間移動能力があるハインさんや、飛行能力があるハヤヒさんが広範囲から魔力や神力の痕跡を発見して更にふるいにかけて、厳選されたダンジョンだけをわたしたちみたいな実際に内部を探索して最深部まで調査する隊が探索する手順になってる。


 それでも探索漏れが出るかもしれないから、六王神騎みたいな神々までが拝火教との戦いの合間に近在のダンジョン探索を手伝ってくれて。


 アリサちゃん、信じられる? 大陸中の光と闇の神々が、みんな、アリサちゃんを起こすことに協力してくれてるんだよ?


 だから、早く起きてよ? また、一緒に大空を駆けようよ?


 わたし……、どうやら、魔力検知は出来ても、魔術式が使えなくなっちゃったみたい。


 タクミさまは精神的な影響だ、って言ってたけど、物心ついたときから自然に魔術を使ってたわたしにはすごく、すごーくショックで。


 アリサちゃんとは、物心ついたときからずっと一緒だったよね?


 寂しいよ。早く、会いたいよ、アリサちゃん。


 待っててね、必ず起こすからね。


 ――約束するから。




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