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24話 神罰覿面

 ……クーリ公国軍の突如侵攻理由が明らかとなり、ディルオーネ国王ディール16世以下、軍民共に王都陥落・消滅の惨状と炎神カグツチからの人類抹殺宣言を受けたこと、実際に王国内の複数都市から邪炎神カグツチの使徒である大量の魔物が湧き出したことで拝火教の危険性を認識し。


 クーリ公国軍総司令官タクミ大公と共に、国王ディール16世が事実上クーリ公国軍の占拠状態にあるディルオーネ王国の街ロウズに入都したことで、王国北部の戦闘は一旦終了した。


 悔しがったのがククリと共に戦闘糧食を輸送しつつ軍備を整えて南下して来たアスラ王国南方軍を率いるザッハで、戦闘に間に合わず領土割譲などの『美味しいネタ』を逃したことに憤慨しククリに詰め寄る一幕もあったが。


 ――<遠視クレアボヤンス>で現時点の王都『だった場所』を映し出したところ、震え上がって首脳会談を固辞したおまけもついた。


 元々、説明下手なククリが『難民保護のために』軍を動かす必要性があることを説明した際に相互認識の食い違いがあったことが理由のため、これは数カ月分の戦闘糧食を難民に分配する代わりにククリが女王として君臨するアゼリア王国からの義援金分配で賄うことにする案も出たが。


 一応は軍人の誇りがあるのか、ザッハ以下アスラ王国南方軍の方ではこれも固辞、現在は全軍で人道支援のための仮設住宅建設に従事している。


 余談ながら、建築施工にかけては大陸最高峰のレベルを持つ聖神軍団の施工スピードに各国合同軍が度肝を抜かれた、というオチもついた。


 ディルオーネ王国の中部で発生していた国境紛争は、クラウティア共和国、ファーラン王国共に、後方首都をアルトリウス王国軍に事実上急襲された形になったことで有耶無耶のうちに休戦が決定、ムーンディア王国の国境を一部分断し、ムーンディア王国最西端の領土を飛び地化した状態のままで四カ国が領有を宣言する空白地帯と化している。


 加えて、未だ上空を討ち漏らした小型の飛竜など有翼魔獣たちが飛行している状態のため、南部のクラウティア共和国軍、ファーラン王国軍双方に銃棍装備国からの兵器供給が行われることとなり、それらを交渉材料に元の国境線まで軍を引く方向性で交渉が行われている。


 上部尖塔が完全に破壊されたロウズの中央神殿は一時的に瓦礫を撤去した上で負傷者の救護キャンプとして活用されており、スサノオらと共に王都から戻ったアゼリア王国典医長でもあるタギツが救護活動を行っている。


「ぬぉぉぉぉ、これしきの痛み、なんとしたものかぁぁぁぁ!」


「ぴゃああ、出血楽しいですぅー♪」


 ――その、どうやら手術室と化している様子で関係者以外立入禁止の札が掛かり、暗幕で周囲を覆われた元神殿の中央部から響き渡るグロールの苦鳴と楽しげなタギツの声に、ネルララフンの整備を行っていたハヤヒと、その整備を手伝っているフィーナがそちらに顔を向ける。


「……ほんとに治療してるんですよねあれ?」


「……たぶん」


 やたら楽しげなタギツのテンションが非常に気に掛かるところであったが、立入禁止のため内部を伺うことは出来ない。


「それよりも。フィーナちゃんの攻撃力を過小評価してたよ、ごめんね? 考えてみれば、元からポテンシャル絶大な魔道士だったんだもんね」


「あっ、いえっ! わたし、攻撃力は……あるかもだけど、実戦経験に乏しいですから、ああして手取り足取り教えて頂いたことは嬉しかったですし!」


「うーん、そう言って貰えると、嬉しいんだけど。あ、ところで。――催促するのもどうかと思うんだけど、あの、神器契約の、話……?」


 言われて、その契約話の際に行われたハヤヒの会話内容を思い出し、瞬時に茹で蛸のように顔面を真っ赤に染めるフィーナ。


 その様子に、ハヤヒもフィーナほどではないものの、照れる様子を見せ、お互いの間を無言の静寂が支配した。


「ぬおぉ、タギツどの、そろそろ勘弁して貰えぬだろうか!?」


「ぴゃあああ、血飛沫楽しいですぅー♪」


「……ほんとのほんとに治療してるんですよね?」


「……きっと」


 一体どんな治療内容なのか慄きながらも、流血を伴うような怪我だけは絶対にすまい、と固く心に誓ったフィーナだった。


 そして。


「えっと、お返事したいのはやまやまなんですが……。アリサちゃんが疲れ果てて眠りについてしまってて」


「……あっ、そうか! 元々六時間しか活動出来ないんだっけ、アリサちゃん」


「そうなんです。タクミさんたちが帰ってきた辺りですぐに眠ってしまいましたから、あと10時間ほどは起きないんじゃないかと」


「あーっ、そうか、うっかりしてたな。だいたい十二時間後だよね。それだと今度はフィーナちゃんの就寝時間に被るから、明日にした方がいいかな?」


「うーん、出来れば」


 照れ隠しも含むのか、苦笑しつつ事更に大声で現状と予定を確認するハヤヒに、フィーナは軽く頭を下げた。


「あっ、いや、僕の方は急がないし! いつでも大丈夫だから!」


「えっと、わたしの方もそんなに急ぎではないですから!」


「アリサにとっては急がねばならなかったのだ。……やはり、危機感がなかったか。説明不足だったことを痛感している。私のミスだな」


 大仰に照れまくりつつ会話するハヤヒとフィーナの間に割り込むようにして差し挟まれた言葉に、ハヤヒとフィーナは同時に振り返った。


 中部国境で四カ国交渉を行っていたはずのシンディが、タクミ、クルルに連れられてゲートを通り抜けて来たところだった。


「ママ!? 国家間交渉を行ってたんじゃ?」


「それどころではない。フィーナ、『裏側にいるアリサの存在』を感じるか?」


「えっ? ええっと、アリサちゃん? ちょっとごめん、起きて……。

 ……えっ? 反応がない、っていうか、存在が感じられない?」


「――一刻の猶予もない。フィーナ、これは私のミスだ。恨んでくれてもいい」


 精神の裏側で休眠中のはずのアリサの存在感がないことを不思議に思いつつ小首を傾げたフィーナに足早に歩み寄ったシンディが、訝しげに自身を見上げるフィーナの両頬をがしっ、と掴まえると同時に、その唇を乱暴に奪う。


「……?! ……!!!!????」


 目を白黒させるフィーナの様子に頓着せず、フィーナの内部から何かを吸い取るような様子を見せたシンディが唇を離すと同時に。


 ……シンディは、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「ママ!?」


「――大丈夫。『許容量が限界』で眠っただけだ。……シンディさんってこんなに情熱的な神だったんだな」


 いつの間にかシンディの背後に歩み寄っていたタクミが、地面に崩れ落ちようとするシンディの身体を支え、それを阻止する。


 そのまま優しく抱き抱えて運び去ろうとしたタクミに、素早くネルララフンの装着状態を解除したフィーナが追い縋った。


「待って下さい! ママに何を吹き込んだんですか!!」


「……んーと。クルル、説明よろ」


「後手後手すぎましたねー。迂闊にタクミが触れない案件ですもんねっ」


 普段の明朗快活さを消し去ったクルルが、非常に不機嫌な態度でシンディを運び去ろうとするタクミとフィーナの間に割り込み、上からフィーナを見下ろす。


こうしなければ(・・・・・・・)アリサちゃんは(・・・・・・・)消滅(・・)してしまいます(・・・・・・・)


「消滅、って、そんな、大げさな! 知らないと思うけど、疲れたアリサちゃんが眠りにつくのはいつものことです!」


「……そう、いつものことなんです。それで、疲れたアリサちゃんが『どうやって削れた精神力を回復させていたのか』は知っていますかっ?」


 強い詰問口調で尋ねたクルルに、フィーナは言葉に詰まる。精神の裏側でアリサが行っていることは、別人格という別個の存在であるフィーナには窺い知れることではない。


「……極大の魔力があるとは言ってもただの人間ですもの、判りませんよね。意地悪してしまいました。

 ――アリサちゃんの精神力は、最初からずっと減り続けているんです。一度も回復したことはありません」


 なおもクルルを迂回してタクミに追い縋ろうとするフィーナの両手を掴んで捕まえつつ、クルルは言葉を続ける。


「ただの人間の精神体なら、休息すれば自然回復するでしょう、肉体と精神の相互作用で。

 でも、アリサちゃんは『本来の肉体が持つ別世界の精神体が複製された存在』ですから、複製時点から成長するからには、代わりの何かを消費する必要があります。

 精神体の容量が増やせませんから」


「成長……? でも、アリサちゃんは初めてわたしの中に出て来たときからずっと同じ15歳で」


「……記憶や経験が成長しているでしょう? 『成長するたびに、新しい何かを覚えるたびに、自分の中の何かを犠牲にしている』んです。――無意識的に」


 驚いた様子のフィーナの目の前に顔を近づけて、クルルが囁くように問う。


「最近のことを思い出してみて下さい。――何か、身近な誰かと会った経験や身体を動かした経験を忘れている様子があったでしょう?」


「……リュカさまと会ったことや、タクミさまと模擬戦したことを、すっぱりと、忘れてた……」


「新しいことを覚える記憶野が足りなくなって、古い経験を削除したんです。もう、今は異世界の記憶も消え去っている最中かも」


「そんな!?」


「異世界の記憶と経験は、今のアリサちゃんの人格を決定している最重要な記憶です。

 それすら失うような状態では、人格が変化して全く別人になってしまう可能性があります。……ですから」


 フィーナの両腕を掴んだまま、クルルはきっ、と後方に呆然と立ち尽くすハヤヒを睨みつけた。


「自己保身のために救えた一人の女の子を見殺しにした気分はどうですか、ハヤヒ!

 神器契約していれば、回復は見込めずとも、ハヤヒの神力を通じて『完全状態固定』で現状維持出来たのに!」


「あっ……、えっ? そうだ、状態固定……」


「神格は低くとも、人間の精神体を含む肉体時間を完全に停止して神力回路を開くことは可能だったでしょう!

 クシナダさんから貰った光の眷属認定で有頂天になって時期を逸しましたね、粗忽者め!!」


 叱咤と同時にクルルの全身から発せられる神気が一直線にハヤヒに向かって迸り、ハヤヒは身動きすら出来ずに全身を硬直させた。


「えっ? あっ、じゃあ、『わたしの中から消えてしまったアリサちゃん』は……、クルルさま、アリサちゃんが消えて!?」


「……落ち着いて。アリサちゃんはまだ消滅してません。シンディさんが神器契約して、今はシンディさんの胎内に移動しています」


 ようやく事態の深刻さに思い至ったものか、愕然とした顔に大粒の涙を浮かべ始めた緑色に光る瞳をクルルに向けたフィーナを、クルルは諭すように優しく声をかけた。


「神器、契約って、ハヤヒさんしか、できないんですか?」


「クルルとタクミが使うと、逆に脆すぎるアリサちゃんを消滅させてしまうんです。

 私たち最上位神や、ツクヨミさんにスサノオさんといった上位神は神器契約に際して、相手の肉体を作り変えて契約に耐える『神の器』を与えることが必要不可欠ですから」


「ハヤヒ、さんは、どうして?」


 姉妹同然に育ったアリサの危機を感じて涙声になりつつ、切れ切れに質問を続けるフィーナを、クルルが両腕を背に回して抱きしめる。


「この子は、こう見えて現存する神々の中でかなり若い子で、言っては何ですが神力容量もかなり低い下位神なのでちょうど良かったんです。でも」


 相変わらず金縛り状態で苦痛に耐えている様子で全身から脂汗を噴出させるハヤヒに鋭い目線だけを向けて、ふっ、と軽く吐息を吐くと同時に、ハヤヒはクルルが仕掛けた神罰から開放され、その場にへなへなと座り込んだ。


「……間に合いませんでしたので、シンディさんが無理に力を使って『二人目の神器契約』を行って緊急的に消滅しかかっていたアリサちゃんを分離させたんですよ」


「ふたりめ?」


「シンディさんは元々一人目の神器に常時神力を注いでいる状態なので、極度に自由に使える神力も魔力も低いんです。

 ……二人目の神器を同時に持つなど、神界の歴史上でも初めてのこと、相当に無茶をしてますので、ああして」


 タクミが運び、仮設の寝台に寝かせたシンディの方を見やる。


 そこで、フィーナはタクミがシンディを害する気などなかったことを再確認し、安堵すると同時に更に多くの涙を滴らせた。


「胎内に移動させたアリサちゃんを完全保持するために自ら眠りについたんです。

 ――起こすには、シンディさんの一人目の神器を探す必要があるのですが……、その方は、900年前から大陸のどこかで何かの大きな責務を負って眠っている、と思われます」


「どこに、ですか!? はやく、起きて貰わないと!」


「……言いにくいのですが、私達最上位神ですら分からない、というか、その術を施術したシンディさんですら『忘れている』んです」


「そんな! でも、それでも見つけないと、アリサちゃんが」


「そうです。ですから、これから教えることは、魔法の創始者であるクシナダさんよりも遥かに魔術式が練り上げられた最上位古神たる宇宙の管理担当、オモイカネことシンディさんの編んだ魔術式を解ける魔道士……、フィーナ、愛娘のあなたにしか出来ないことなんです」


 未だ溢れ続けるフィーナの両目を自身の巫女服の袖でそっと拭い、クルルはフィーナを抱き締める両腕を解き、その両方にそっと両掌を置いて静かに語りかけた。


 その内容は、以下のようなものであった。


 曰く、シンディのかけた術式は全世界強制暗示と呼べるべき強力無比な隠蔽術式と記憶錯誤術式の組み合わせで、それを施術したシンディ当人ですらその影響下にあること。


 ただ、その施術以前から一人目の神器を兄と慕っていたこと、その兄からの絶対命令で施術に至ったこと、その兄へ送る神力が途切れた場合、大陸に何らかの大きな災厄が降りかかる可能性が大きいこと。


 眠っている場所は、古いダンジョンの奥深く、およそ普通の人間が絶対に辿り着けない場所であること。


 それだけのヒントしか探り出せなかった、とのことで。


 一応は冒険者カードを得て冒険資格を持つとはいえ、大陸全土にある攻略済、未攻略のダンジョンは訓練施設化されたものも含めれば数千に及ぶことはフィーナも情報としては知り得ており。


 あまりの広範囲さに一瞬足から崩れ落ちそうになったが、それを素早くクルルが支え、更に言葉を続けた。


「シンディさんはあのまま異空間に移送して時間経過を凍結させたいのですが、そうすると神力送信が途切れてしまいますので、タクミとクルルが定期的に神力を分け与えてあの状態を維持します。

 ですから、私達はどちらかが常にシンディさんのそばについている状態となるので同行できません。

 ……ククリを連れて行って下さい、きっと役に立つはず。

 タクミの愛娘、世界最強の神力を持つこの世界で生まれた『人界の女王』ですから」


「どうして、そこまでして、アリサちゃんを救って下さるんですか?」


 それまでずっと真剣味を帯びた顔をしていたクルルの顔が、ふっ、と緩む。


「――言っても信じられないと思いますが。アリサちゃんは、タクミの妹なんです。

 ……血が繋がっているわけではなくて、タクミの中の認識だけのものですけど。

 この世界で唯一、アリサちゃんは異世界から来た人間の精神で、そちらの世界の意識を強く現存させるタクミから見てアリサちゃんは唯一、同じ世界を知る精神体ですから……、タクミはアリサちゃんを血を分けた妹と思っていますし、全身全霊で守ろうとしてるんですよ。でも」


 視線を変えて、シンディのそばで立ち尽くすタクミを見やり、フィーナもつられてそちらを見る。


 ……沈痛な顔をして立ち尽くすタクミは、拳を握り締めて何かを耐えているように見えた。


「私たちは既に持ち得る力が強すぎて、アリサちゃんのように繊細な精神体に直接触れると消滅させる危険があるので、世話は焼くけど迂闊に直接触れられない状態、になってまして。

 あれはね、泣くのを耐えてるんですよ。泣き虫なんです、タクミは、ほんとはね」


 言われながら、フィーナはタクミが自分たちの行く先々に頻繁に現れていた理由に得心が行き――、そんな場合ではないことは解っているのだが、思わずクルルと視線を合わせると、くすり、と微笑を浮かべた。


「妹離れ出来ない兄みたいでしょう?」


「心配性が過ぎるお兄さんみたいですね」


「そうそう、そんな感じ。さて。――饒速日命(ニギハヤヒノミコト)! アメノ宇受賣ウズメノミコトの名に於いて、神命を申し付ける!」


 強烈な神気を伴う真言により、相変わらずへたり込んだままだったハヤヒは慌ててその場に片膝をついてかしこまった。


先達せんだっての失策に対し、このフィーナの先触れとして大陸全土を飛び、思兼オモイカネことシンディの一人目の神器についての情報を集めよ!

 並びに、情報収集の協力者として光神の神器ハインを付ける、連携し励め!

 以上を万年の神罰の代わりとする、暗黒神の温情に感謝せよ!!」


「……畏まりました……」


 事あるごとにタクミこと暗黒神に反発して来たハヤヒだったが、事ここに至り、全てを見通した上で更にハヤヒの失策の帳消しという大恩を得るに至ったことで、ハヤヒは完全に格の違いに納得し、服従することを心に決めたのだった。



ここで二章終了でーす。

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