22話 王都炎上 前編
「さてさて。何百年ぶりだろうなあー? 光神の使徒、神器ハイン・ディールI世、見参ー」
いつもののんびりとした口調を崩さず、それでいて全身からは凄まじい光量の光の神力を直接発しながら、ハインはふわり、と浮かび上がった。
既に直視することすら不能となったハインは極限に輝く光の塊、としか認識出来ず、並び立っていたディール16世とシェリカは手を前にかざしてその光の奔流を防ぐ。
「じゃあ、そろそろディール王は……、ってふたりともディール王か、ややこしいな? じゃあカシス王は王城から脱出させるぜ?」
「あいあーい、サクヤちゃんとアマテラスと一緒に結界の中心部へどぞー。ここはー、任されたっ」
莫大な光量の向こうでどうやら敬礼のようなポーズを取ったらしかったが、凄まじい光のためにその実体すら確認不能で、薄目越しに軽くシェリカが頷くと同時に、ハインはその光を放出することを止めることなく瞬時に上方へ飛び去った。
「まっ、待て! 何故余が王城を捨てねばならぬ? 余はディルオーネ王国国王にして王城を守り王都を守護する責務ある者、離れるわけには行かぬぞ!?」
「……あー、そう言うと思って説明してなかった。ごめんな?
王族の責任とか民衆を最後まで守る義務とか王城に残る責務、なんてのはアタシだってそりゃ理解してるし、出来れば最後まで居残らせてやりたかったんだけどな。
――アタシがここに来てんのは、旦那のアルトリウス王から頼まれたのもあるんだけど、もうひとつ依頼先があってよ」
片腕を引かれ、肩を抱かれた状態で殆ど引きずられるようにその場を退席させられようとするカシス王に、有無を言わさず引きずっているシェリカがやや申し訳なさそうな顔で告げる。
「ロウズから六王神騎の一、『黒神騎』が来るんだ、この後。――神族最強の『暗黒神』だぜ?
それと、『暴虐神』スサノオも到着する。……炎神カグツチの天敵、だぜ? ヤバさが解るかい?
アマテラスの結界がなけりゃ、アタシだって裸足で逃げ出したいぜ」
シェリカの発言内容に絶句してしまったカシス王が、思わずシェリカの顔と、後方上空で今やほぼ完全に炎ゲートから40メートルに及ぶその巨体を完全に出現させた古赤竜とを見比べ。
事態を完全に把握したものか、先程までの激高状態はどこへやら、瞬時に顔色を蒼白に変えると、カシス王はシェリカと共に足早に、王城からの退避を始めた。
――――☆
「いやー、兄貴が近所に居て助かったわー。どうやってこの結界ぶち割ろうかとか思っててさー」
「タクミさまならこの程度は<重力渦>で一撃なのです?」
「アァ? タギツの言うとおりだろ? 兄弟ならこの程度軽いだろうによォ?」
「ととさま「お父様の言う通りだと思うのです?」」
アマテラスの張る、王城全域を囲む噴水型の強烈な光粒の奔流に包み込まれた結界の前に立ち、隣に並び立つ『暴虐神』スサノオにそのように謝辞を告げたタクミだったが。
自身の肩に乗せた幼女サイズのタギツ、それにスサノオの肩と胸に抱かれたタギツの姉たち、タキリとサヨリにあっさりと否定されてしまい、苦笑を漏らした。
「いやいや? 確かにアマテラスの天敵ですもん、この程度『ぶち壊す』ならすぐだけどさー? 『壊さずに入りたかった』のよ?」
「はァン? 中で全開やりてェんだなァ?」
「そうそう! さっすが兄貴、解ってるぅ!」
兜面を上げたままで眼帯越しにスサノオににやりと笑顔を送りつつ、軽く上げた片手の握り拳同士をお互いに突き合わせ、タクミは一歩引いて、スサノオが背に斜めに担いだ剥き身の剣神にして神剣フツヌシを構えるのを見守る。
「確かに、外からぶち割るのは簡単極まりねえけど、中に入って全開で遊んだ方が楽しいもんなァ?」
言いながら、軽く自身の頭頂部付近の高さから二度、斜めに結界に向かって神剣フツヌシを振り下ろした、と思った瞬間、その剣の軌道の内側にぽっかりと空間が開き、内部に炎上を繰り返す王都と、むっとする熱気が伝わるのが解る。
「うえぇ、予想どーり燃え盛ってんなあ。くっそ気持ち悪っ」
「治らねえんだなァ、それ。解っちゃいるんだが、兄弟ほどの神がどうにか出来ねェなんて信じられねェぜ」
「創造神の制約だからねぇ、仕方ないねえ。――もし暴走したら殴ってでも止めてくれると助かる」
「あんましやりたかねェんだけどなァ? まあ他ならぬ兄弟の頼みだ、任されたぜェ」
軽口を交わしながら、スサノオが開けた隙間を潜り、一メートルほどの厚みの結界を抜ける間も結界の自己修復が続き、完全に通り抜けると同時に、結界の壁面は流れ下る練乳のように再び完全にぴったりと閉じて王城全体を外界から隔離する。
「な? タギツちゃん、言った通りでしょー? 俺、これでも人の神でもあるのよ? ちゃーんと人命尊重してるでしょー?」
「……確かに、民間人は殆ど残ってないのです。三人分ほど心音が聞こえますが……、あれはシェリカ姉様たちなのです?」
肩車で担いだタギツを見上げて言ったタクミに、肩上のタギツが深呼吸しながら鋭い視線を王城中心部に向ける。
そこからは怒涛の光の神力が上方に迸っており、その中心部に、シェリカたちが合流しているものと思われた。
「ハッハァ、攻撃手段持たねえと思ってたのによォ、神器の身でやるじゃねェか。ありゃ、ハインだなァ?」
「知り合い? まあ、あいつは1,000年も生きてる神器だから、どっかで出会っててもおかしくはないけど」
言いながら、タクミは肩上のタギツの小脇を両腕で掴んで地面に立たせ、そのついでにしゃがみ込んで、振り返ったタギツの唇にキスを交わす。
きゃあぁぁぁ! とかなんとか歓声を上げたタキリとサヨリに、ふふーん、などと腰に手を当てて身を逸らせて自慢するタギツ。
上の三人の妻たちが有名過ぎるため陰に隠れがちだが、タギツも立派にタクミの四番目の妻なのである。
「……なァ、兄弟よォ? こっちの二人も貰ってくれねェのかよォ? 兄弟が貰ってくれりゃ、俺様も安心なんだがなァ?」
「ええ? うーん、前に言ってた通り、抱かなくていいんだったら籍だけ入れるのは有りかなあ、って感じだけど?」
「そりゃまたなんでだァ? タギツも抱いてねェんだってなァ? 俺様の娘だからって遠慮してんのかァ?」
「いやいや、単に俺が人間だった頃の常識で言うと、中身が幼女然としてるから、抱くって言うのがすごく犯罪臭がねえ?」
「なんで神に成ってまで人の法に縛られてんのか不思議でならねェが。真言は取ったぜ兄弟ィ?
コレが終わったら祝言だ、第五と第六夫人が決まりだぜェ」
何やら半ば強制的に入籍が決まってしまったようで、苦笑しつつタクミは上空を見上げた。
気を効かせてか、タキリ、サヨリとタギツに剣神フツヌシまでが並び立つタクミとスサノオの周囲をぐるりと囲み、無遠慮に飛びかかって来る有翼魔獣たちを叩き落としている。
「そういや、ハインのこと知り合いみたいに言ってたよね?」
「アァ、アイツ、対戦誘っても逃げまくりで、さすが盗賊逃げ足だけは天下一品、なんて思ってたんだがなァ?
一応戦闘も出来たんだなあの野郎。猫被ってただけかァ」
「結構ガチでやりあってるみたいに見えるけどねえ?」
タクミとスサノオの言う通り、全身を炎神カグツチの加護たる邪炎に包んだ古赤竜を相手に、瞬間移動と光速移動を使い分けつつ、合間に莫大な本数の<光牙>を叩き込む戦闘を行っているハインだったが。
……『光を吸収して炎に変える炎神の加護』を持つ古赤竜相手では、双方共に相性が悪く、決定打には至っていない。
逆に、ハインの方も『炎を吸収して光に変える光神の加護』を持つ身なのだが、現在の炎神はバグにより炎に精神汚染効果を持つ状態であり、ハインの側は邪炎に一片たりとも触れるわけには行かず、分が悪すぎた。
「ま、案の定、苦戦しまくってるねえ。――そんじゃ、いっちょやりますか?」
「オォ。じゃ、タギツは借りていいんだよなァ?」
「うん。俺はもう<源力>あるし、アレを使うことはもうないかな」
「俺様も、嫁入りが決まったんだったらコレが最後だなァ。……んじゃ、最後はド派手にやるかァ。
――あ、待て待て兄弟。そういうことなら、こっちの剣貸してやらァ」
兜面を降ろしてスサノオが歩む方向とは逆側に歩を進めかけたタクミに、スサノオがふと思い出したように、自身の背後を固める形で宙に浮いていた剣神フツヌシを蹴り飛ばした。
「あれ? いいの?」
きぃぃぃん! などと金属音を響かせつつ飛来した剣神フツヌシを片手で受け取ったタクミが、少し意外そうに尋ね返す。
「アァ、別に構わねェよ。昔は神核代わりに使ってたが、今はもうそんなもん要らねえし、後で邪魔になるからなァ?
兄弟が剣を使わねェのは解ってんだが、まァ、預かると思って持っててくれると助かる」
「なるほど。じゃ、お借りしとこう。
――あれ、フツヌシちゃんって女の子なんだな? 初めまして?
ああ、うんうん、接触思念波でのみ喋れるのね。はいはい、よろしくねー」
どうやら女性人格だったらしいフツヌシの剣身を撫で擦りながら、軽く小走りになったタクミは大きくジャンプすると同時に、全身の周囲に無数の<重力渦>を展開。
反重力魔法で光結界内を加速、あっという間にハインらが戦う戦域に突入したかと思うと――、速度を緩めぬまま、古赤竜の顔面に直撃し、その場で一回転はしようかという勢いを与えて古赤竜を弾き飛ばした。
「注意一秒怪我一生っと。……一生はもうすぐ終わりそうだけどな?」
古赤竜の纏う炎が発する極限の熱量すらも全身の周囲に纏い緩やかに回転する<重力渦>で吸収しつつ、タクミは独り言のように呟く。
それを理解したのかどうか、怒りの咆哮を上げた古赤竜は長い首を振り回しつつの勢いを付けた横薙ぎのドラゴンブレスを吐き出しつつ、自身が出現した炎ゲートを作っていた尖塔を押し潰すようにして着地、四肢の鋭い爪を地面にめり込ませながら、全身の周囲に無数の真っ赤な炎を収束させていく。
「あー、タクミさん? あれはほっとくと不味いと思うんですけどー?」
「えー? あれくらいなら結界で耐えるっしょ?」
「そりゃ、アマ公はタクミさんから預かってる<重力渦>の欠片で邪炎の影響を封じられるから問題ないでしょうけどねー……」
古赤竜が何を繰り出すのか楽しみに待っている風のタクミに、ハインは深々とため息をついた。
「おれ、剥き身なんだけどなあー?」
「仮にも盗賊ギルド統主だろ? 頑張って耐えろよ、どうにもならなかったら木っ端微塵に分解して再構成すっから」
「前々から思ってたけど、アナタ人間以外にはほんっとドSですよねー?」
「人間や獣人はか弱いから守るけど、それ以外を俺が守らにゃいかん筋合いはないだろ? つか、神器なんだし自分で頑張れよ?」
何を当たり前のことを、と言う風に告げたタクミのそばまで飛行しつつ、再度、ハインはため息をつく。
「相性ばっちりすぎてお互い千日手ですよー。あの邪神の加護がなけりゃ瞬殺なんですけどねー?」
言いながらも、どうやら大魔法の準備動作中の様子の眼下に降りた古赤竜に向けて手のひらから莫大な太さの光芒を撃ち放つものの、先程までと同様に古赤竜の全身を包む炎を貫通出来ず、全ての攻撃エネルギーを吸収されてしまう。
「まあ、攻撃はもうしなくていいや。カグツチにエネルギー渡すのも何だし。……俺が交代するから、そろそろ雑魚の方よろしく」
「りょーかい。じゃ、あとはよろしくでーっす♪」
ようやく重責から解放される、とばかりに喜色を浮かべたハインが素早く飛び離れる。
と、同時に、どうやら魔法の準備が整ったものか、古赤竜が咆哮と共に周囲の大量の炎の塊から槍のように細く強く絞られた高速飛翔する<焔槍>をタクミに向けて撃ち放った。
が、それらは全て、タクミの周辺を回転する<重力渦>に悉くが吸収され、吸収する毎に少しずつ膨らむ<重力渦>は余剰エネルギーなのか周囲に黒い霧のようなエネルギー粒子を吐き出し始め、それはタクミの動作に追従するベールのような役割を果たし。
――『暗黒の魔王』、というあだ名はここからか、という様子も斯くやとばかりに、もはや黒衣のマントか漆黒の翼か、といった様子でタクミの周辺に広がったその黒霧を片腕に螺旋を描くように巻きつけ、無造作な大振りで古赤竜に向かって振り下ろす。
……国主にして城主、カシス・フォン・ディール16世はその光景に何を思ったであろうか。
歴史と威容を誇る西方の大国ディルオーネ王国の王城が、暗黒神の大振りの拳の一撃によって、跡形もなく吹き飛ばされてしまった凄まじい威力の重力魔法の効果。
城内軍人、城下町民間人共に全て脱出済とはいえ、曲がりなりにも他国の王城を消し飛ばすその悪行。
……だが、当のカシス王はと言えば、アマテラスの結界の中で周囲から隔絶され安全を確保しているはずのその光系最強結界が暗黒系極大神力の炸裂によりきしみ、歪んだことの方に驚きを隠せず狼狽していた。
それを行った当人――暗黒神タクミはと言えば。
「ありゃ? また手加減出来なかったな。どーも力加減が難しいんだよなあ、ちょびっとずれたし」
などと、ぶつぶつと独り言を述べつつ、攻撃の惨状を上空からのんびりと見下ろしている。
あれほどの大破壊を行ったにも関わらず、身体を覆う黒霧とその発生源である<重力渦>は衰える様子を見せず、それどころか、更に黒霧の厚みを増している様子すらある。
そして。
それほどの大破壊を行ったにも関わらず――、身長40メートル強、体重は恐らく数十トンに達するであろう古赤竜、全くの無傷。
というか、至近距離に位置していた王城が跡形もなく消し飛び、上空に巻き上げられた周囲の家々も含む瓦礫の破片がばらばらとそこら中に落下、粉砕し二次、三次災害を引き起こしている様子を呆気に取られた様子で見ている。
「えっ? フツヌシちゃん使ったらもっと巧く当てられたの?
あー、フツヌシちゃんの身体に神力通して指向性与えりゃ早いのか。
なるほどなー。じゃ、ちょっと身体借りていいかな?」
どうやら抜き身の剣神フツヌシと会話しつつ、剣を使う方向性で話がまとまりそうになっている様子のタクミを見上げ、古赤竜はやや後ずさり、周囲を改めて見回したが。
周囲は完全にアマテラスの結界により隔絶し包囲されて抜けられそうにはないが、『主人の命令』である王城全域の炎上、という目的は果たし、自身の魔力も含めた無数のゲートで竜の眷属たちは他地域にも展開し、人間たちを襲っている様子である。
――もしかして、もう逃げてもいいんじゃなかろうか?
などと考えて再度炎ゲートの構築を始めようとした矢先に。剣神フツヌシを使用した強い指向性を持つ縦一文字の<重力斬>が鬼のような速さで降り注ぎ、更に驚愕する。
「おおおぉぉぉー、なるほど、こりゃ楽だわー。
フツヌシちゃんキツくない? えっ、むしろ気持ちいい? うわ、ドMさんだなあ」
と、それをやらかしたタクミと剣神フツヌシは明らかに遊んでいる風の様子だが、一撃ごとに民家も道路も掘り返し抉り飛ばすその神力は既に尋常な破壊能力ではない。
ときどき空中から雑魚の飛竜やガーゴイル相手に戦っているハインに流れ弾が直撃し、そのたびに墜落しそうになっているのだが、気づいているのかどうか、完全に無視である。
「……あっ、逃げようとしてんな? でも、もう手遅れっつか、なんであんだけの神力結集に気づかなかったんだろな?」
いたずらっ子のような様子で、どうやら完全に格の違いを感じて萎縮し逃げ場を探そうとした古赤竜の意図を見抜き嘲笑を投げかけ、軽く首を傾げるのみで指し示したそちらの方角には――、アマテラスの結界を切り裂くがごとき、凄まじい高さに達する光の剣が地面から垂直に伸びていた。




