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プロローグ

オリジナルハイ・ファンタジー作品初投稿です。よろしくお願いします。



「ふんっ!」


 だんっ!


 気合を入れつつ、全身に均等に力が回るように意識しながら震脚を一発、同時に右腕を折り曲げて肘を突き出す。


 これは八極拳の基本中の基本。

 最初に習う肘技、裡門頂肘りもんちょうちゅうだ。

 簡単に言えば飛び込みエルボーってとこか。


 俺、沖田匠おきたたくみはいつもの日課でいつもの神社で体を動かして運動していた。

 観客は……。


「にゃうー」


 いつもの子猫一匹。子猫ってか、体の小さな白猫だな。

 最初に見かけたときから全然大きくなってない。

 どうやら、この大きさで成猫みたいだ。

 普通の猫の半分くらいのサイズしかないちびっ子だ。


 性別は女の子だった。

 確認するときになんかやたら引っかかれたんだよな。

 この子は会った初日にクルル、と名付けた。


 クルルがのんびり日向ぼっこしてる神社。

 そこの敷地を間借りして、八極拳の基礎練習の初歩な八極小架を繰り返す。

 それが、子供の頃からの俺の朝の日課になっている。


 朝の日課、と言っても27歳ニートの身分じゃすることもない。

 なので、日課を終えたら日がな一日白猫を愛でるだけ愛でるだけ。

 で、昼過ぎに帰宅したらあとは寝るかネトゲかネットサーフィンか。

 毎日ひたすら、それだけの日々だけどな。


 辞めた会社が土木系だったんでハンパにアウトドアだけど。

 まあ、特に趣味があるわけでもないし再就職頑張る気力も沸かないし。


 貯蓄はあと2年は暮らせるくらいは稼いであるけど、それが尽きたらどうしたもんか。実家の離れに一人暮らしで生活費はかからないけど。


 一級建築設計事務所の親父と税理士の母親ってエリート家庭じゃ昼間っからごろごろと家の敷地で寛ぐのも息苦しい。


 もともとは宮大工でとび職だった爺さんに影響されて志した大工兼とび職人だったけど。

 爺さんの現役時代に不安定収入で苦労した親父に猛反対された就職先からの出戻りなので、顔も合わせづらいし。


 向こうも向こうで不景気の煽りをもろに被った就職先の有限会社の倒産の結果、業界のあちこちに負債で迷惑かけた末に挫折して出戻った息子にかける言葉がないみたいで。


 結局、お互いに距離を取る関係がもう2年も続いている。


 ああ、やめやめ。気が滅入るばっかだ。

 そんな思いで、神社の賽銭箱の上で日向ぼっこ中の白猫にちらりと視線を送る。

 ふふ、ごめん寝っつーんだっけ? 前足を枕に伏せて寝てる姿が可愛いな。

 そんなことを何気なく考えて。

 首にかけたタオルで汗を拭きつつ、深く息を吐きながら俺は地面に腰をおろした。


「ふぃー。本日も世はこともなし」


 意味のない適当な言葉を呟きながら、あぐらをかいて賽銭箱に背中を預ける。

 そこで、ぽんっ、と軽い重量を頭に感じたと思ったらクルルが上から飛び降りてきた。

 そのままするすると俺の肩と腕を伝って定位置の股間に居座る。

 そして、無邪気な顔で、俺の顔を見上げる。


 いつものやつですね、はいはい。


 くるるるるー、ゴロゴロゴロゴロ……。


 頭から耳からお腹に喉、と猫っ可愛がりの定番、撫で回し。

 白猫なのに喉を鳴らすときに鳩みたいにくるるるー、と鳴くのが面白くて、それがクルルの名前の由来。


「クルル、気持ちいいかー?」


 顔を近づけて両手で全身撫で回しながら尋ねると、目を細めたままクルルが俺の鼻を舐めてくる。

 このう、かわいいやつめ。


 地面に寝っ転がってぎゅっと胸に抱き締めたら、顎を舐めたり甘噛みしてくる。こそばゆい。


 と。

 突然クルルが俺の手を抜け出した。

 そして、胸の上に立ってぴんっ、と耳としっぽを立てて遠くを見ているような素振りをした。


 まるで何かを警戒しているような、怯えているような? こんなクルルを見るのは初めてだ。


「クルル? どしたん?」


 手をついて起き上がりながら聞いてみたけど。

 ……まあ当然ながら返事はない。

 俺から降りても神社の入り口方向を見つめたまま、攻撃姿勢? みたいなのを取ってる。


 ……でも、そっち見ても誰もいないんだよな。


 ここは長い階段上がったところにある本殿なので、鳥居の向こうには町並みが広がってるけど。

 別に天気もいいし何か災害が起きてるわけでもないし、いつもの光景。


 こんなに天気いいのに神社に籠もって猫と遊ぶしかないって何なんだろうな俺って。

 友達いない系ニート歴二年の神社警備員でしょうか。


 と、そんなくだらないことを考えてたら。

 何もなかったはずの光景に異変が起きた。

 空から何筋もの白煙が落ちてくるのがうっすら見える。


 と同時に、耳障りな爆音。

 ジェット旅客機が纏めてぶっ飛んでるみたいな……。

 なにこれ? 隕石?? 落ちてんの?

 たくさんの先端が光ってる白い筋があっちにもこっちにも。

 それが、バラバラに落っこちてるみたいで。


 昼間の流星群ってこんな風に見えるのかな、と思いつつとりあえずケツポッケからスマホを取り出し撮影。


 ……ってそんなことやってる場合じゃないっぽい。


 スマホ越しにもどんどん地上に近づいてるのが見えて。

 俺はなんだか、得体の知れない恐怖に震えた。


 まだ足元で威嚇姿勢を取ってるクルルを抱き上げる。

 振り返って、賽銭箱をまたいで数歩の距離を駆けて。

 数段の階段を登って奥にある神社の本殿入り口扉に張り付く。


 土足でごめんなさい神様。

 なんだか緊急事態っぽいので許して欲しい。


 何がなんだか判らなさすぎる。

 それでも、クルルを腕に抱え直して。

 これだけの異変だ、きっとなんかニュースでもやってるだろ。

 そう思って、とりあえずニュースでも見ようとスマホをタップ……って、圏外。


 確かに郊外の神社だけど今までは普通に使えてたんだけどな。

 と、とうとう遠くの方で地面に落ちた?


 地上寸前で爆発したっぽい真っ赤な火球が見えて、10秒ほど遅れて地面をもやが這って近づいて来るのが見える。


 んー? なんだあれ?


 目を凝らしてたら、クルルが悲鳴のような声を上げて乱暴に俺の首に噛みついたまま引っ張ったんで引き倒された。


「いってててて! なに、どーしたのクルル!? いくらなんでも痛いって!」


 クルルを怒ったことはなかったと思うけど、これは痛すぎ。

 噛まれた首筋に手を当てて確認したら、数滴の血が手に。

 痛いはずだ、小さい猫つっても侮れないな。

 などと考えていると。


 爆風、と言っていいだけの暴力的な風が俺たちを襲った。

 周辺の竹林が風の威力で千切れたり引っこ抜けたり。

 それらが、映画の竜巻被害みたいに遥か上空に吹き飛ばされて行くのが見える。


 ──有り得ないだろ!!??


 神社の板張りに伏せたままで風の来る方向を見上げて。

 ……って、おい、なんだよ、あれ。

 なんだあれ、きのこ雲??


 周辺あちこちから響いてくる新しい爆音と止まない暴風で、一カ所だけでなくあちこちで同じことが起こっていることに気づく。


「なんだよ、何なんだよ、なんなんだよこれ!!」


 わけが分からなすぎて混乱の極地になっちまう。

 そんで、情けなくも腰が抜けて立ち上がれないまま。


 みっともなく俺はがくがくと全身を震わせながら、暴風に抗えずに、みしみしと軋み続ける神社の入り口に背を預けた。


 クルルが俺を守るように前に立ちはだかっていることに気づいたけど。

 ──どうすることも出来ない、動けない。

 ただ、言葉にもならない呻き声にも似た声を叫ぶだけ。


 たくさんの振り続ける白筋のうちの一本が鳥居からそう離れていない場所で炸裂するのが、見えた。


 顔に熱を感じた、と思ったら全身が燃えるような熱さに包まれて、思わず呻き声とは違う種類の──絶叫が出た。


「うわっ……ああああああっ、あああああああ!!!!」


 違う、燃えるような、なんてかわいいもんじゃない!

 服が、髪が、俺が燃えてるんだ?!


 立ってられなくなって床を転がると、クルルの全身を炎が包んでるのが見えた。


 とてもクルルまで心配できるような状態じゃなかったけど。

 そのときは咄嗟にクルルに覆いかぶさってせめて遮蔽物になってやる。

 クルルも炎に包まれたままで悲鳴と涙を流して俺にしがみついてくる。


「がぁぁぁああああああああああ!!!!」


 容赦なく光は俺の全身を燃やしてる。

 俺の全身を燃やす炎越しに見える全て、床、神社、林から発火するのが見える。


 まともな思考なんかしてられなかった。

 ただただ、全身の苦痛に苦しんで叫ぶだけ。

 肌が炭化していくのが判る。


 水分を失って、全身が痩せ細る端から炭化した組織が爆ぜてぱらぱらと吹き飛ぶ。

 あまりの光量と熱量で目が燃えて焼けた。


 叫んでも叫び足りないくらいの猛烈な激痛の中で、視界が真っ白から真っ暗になって何も見えなくなる。

 ――直後に鼓膜をつんざく暴力的な爆音が聞こえて、体験したこともない爆風が全身に感じられた。

 最後の力を振り絞って抱きしめたクルルと一緒に、体が宙に浮くのを感じる。


 ごめんなクルル、――守れなかったみたいだ。


 全身にいろんなもんがぶつかって、炭化しきったんだろう体が砕け散るのがわかる。

 ここまでの暴力に晒されて、もう脳みそが痛みをキャンセルしたらしい。何も感じない。

 ただ、これが死ぬってことか、ってのが判るだけ。


「タクミ……あなたは、助ける」


 誰の声だか判らないけど、頭の中に、そんな女の子の声が響いた気がした。


 そして、俺は、たぶん。


 ――死亡した。



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