3.初めての町
彼女は泣いた。"彼"が死んだから。
彼女は驚いた。"彼"は彼女にとって、ただ1人の友だったから。
彼女は嘆いた。"彼"は唯の友達ではない、幼馴染で、小さい頃から何度も遊んでいたから。
彼女は叫んだ。"彼"には好意以上のものを抱いていたから。
彼女は憂いた。己の人生を、己の体を、生まれつき患っていたこの病を。
彼女は悩んだ。どうすればよいのかを。もうこの世界に用はない。"彼"のいないこの世界など、あってないようなもの。
彼女は起き上がった。今、自分の寝ていた病室のベットから。
彼女は咳込んだ。医者からはもう長くはないと言われていた。病は少しずつ、でも確実に彼女の体を蝕んでいた。
彼女は頑張った。"彼"に会いたい。ただそれだけでここまで生きてきた。死ぬわけにはいかなかった。
彼女は悔やんだ。あの別れの日を。しっかりと「サヨナラ」を言えなかった、なのに「サヨナラ」だったあの日を。
彼女は外した。自分の体についていた様々な機械を、チューブを。そんな事をすれば具合は当然悪くなる。だがそれは関係のない事。全てはもう終わるのだから。
彼女は歩いた。病室前の廊下を。手術室の前を。そして、階段へと。
彼女は走った。その階段を、"屋上へと向かう"階段を。
彼女は開けた。扉を。事前に鍵は盗んであった。その扉は果たして何処へ繋がるものか。単に屋上か、それともどこか別の場所か、それとも己の墓場か。
彼女は向かった。柵へと。飛び込みを防止する為の柵を。彼女の目に、生気は無い。
彼女は登った。その柵を。運命を決めた彼女を前にして、柵にできる事などなにも無い。登る。上る。昇る。昇るのは柵なのか、はたまた天なのか。
彼女は見た。そこから見える景色を。自分の体を。それは、この世で見る最後の景色。美しくも儚い、人の創作物。自分もその一部なのだと、彼女は感じた。
彼女は固めた。決意を。既に心に誓ったこの思いを。いや、想いを。
彼女は浮いた。空を。まるで、この世の常識を覆すかのように。全ての法則を無視するように。
彼女は落ちた。全ての法則は無情にもすぐに彼女の体を従わせ、何にも邪魔をされず、何の力も受けず、ただ落ちた。
彼女は感じた。心地よいと。気持ち良いと。この世で最後に感じる感覚として最高のものであると。
彼女は閉じた。己の人生を。23年間積み上げてきた、橘愛佳の人生は呆気なく崩れ"落ちた"。
………気が付くと、彼女は何も無い世界へと来ていた。周りは真っ白で、足が地面についている感覚がない。
「…何が起きたの…?ここは…一体……」
────本当に大変な一生を送られてきたのですね
急に聞こえてきた声の方向に振り返ると、そこには羽の生えた綺麗な女性が立っていた。
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「ここが、街…か」
周りを見渡しながら俺は驚いた。
街といったはいいが、もはや城下町だよこれ。
商店街と思われる場所では多数の商人が、店を出している。それなり、ってかかなりの人数が集まっていて賑わっている。
その奥にある建物。
あれを城と呼ばずに、なんと呼ぶ?ってレベルの立派なお城。あそこには、本当に王が住んでいるらしい。現実世界でも王はいたけど、城に住んでる王はいなかったから驚きだよ。
「その通り。ここが"グレン王国"。一応この世界では5本指に入る大都市だと聞いているが、噂は本当のようだな…」
「しゅごぉーい!たてものぜんぶおっきいの!」
グレン王国。
その名の通り、王が君臨して成り立っている。街というか、完全に一つの国として成り立っており、この周辺はグレン王国が統治しているのだとか。
「まぁ、最初に寄る街としては最高だな。よし、早速向かうぞ」
地図を片手に、俺は向かう。
「えっ?ちょっ、待ってくれ主様!」
ロドリゲスは、そう言って手を出して俺を引き留めた。
『ズガァァァンン!』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
「おにいちゃぁぁぉんっっ!!」
「あれ?主様?あれ?え?どこ行った?」
…………おにいちゃん、埋められますた……
「すまん、主様。サイズ感って意識しないとわからんのじゃ……」
俺を地面から引きずり出しながら謝るロドリゲス。
「あ、あのな……俺らのサイズ感は意識するしない以前の問題だから…」
「いや、ついいつもの癖がな……」
「その癖今すぐ治しやがれ!!」
人がたくさん死にます!だから忌み種何じゃねえのかってレベルだっつーの!
寧ろなんで俺が今死ななかったのか不思議だよ!
「ご、ゴホンゴホン!ま、まぁ主様。話を戻そうではないか」
わざとらしい咳払いをして話を戻すロドリゲス。本当なら大変頭に来るのだが、今回は少し急ぎなので許してやるとする。
「あ?なんだよ、ロド。街に行ってやることが俺には沢山あるんだよ」
まだこの世界について、知らないことが多すぎるし、ギルド的なのもあるだろう。あと、装備とか。
「違う、そこではないのだ」
しかし、ロドは俺の意見に首を横に振る。
そして、大真面目な顔でこう続けた。
「我のことは『ゲス』と呼んで欲しいと言っているだろう?」
「………なんでわざわざそんなピンポイントで謎の場所を呼ばなきゃいけねぇんだよっ!」
意味わかんなくて、少しフリーズしたわ!
「主様よ、前にも話したが我々はそなたら人間にとって『忌み種』なのだぞ。おまけに我は目立ちやすいしな」
「話変えんなっ!」
「最後まで聞いてくれ主様。これは真面目な話じゃ。そんな奴が一歩人間の住む世界に足を踏み入れてみろ、『忌み種が来たぞ!なんて醜い姿!今すぐに殺せ!』となるに決まっているだろう?」
……おおぅ?待て、これ意外と正論かも知らないぞ。
「……く、俺はこの世界のことをサッパリ理解できてねえからそれを否定も肯定も出来ねえんだよな…まぁリスク側を取るとして、入れないとしたら俺はどうすればいいんだ?」
もし、本当にそんなことが起きてしまうのなら、街を訪れるのは危険すぎるであろう。
俺の問いに対して、ゲs……基、ロドは答える。
「一生を無名で過ごす」
俺は全速力で街の方へ走り出した。
「わーーー!!今のは我が悪かった、ほんとゴメン許して!」
「…お前さ、テンパるといきなり素に戻るのやめてくれない?」
今、人みたいな反応してたぞ。お前、人間の体で生きたことあるだろ。前世、人かよ。
「…ゴホン、まぁ主様は力を持つ故、やはり監視無しで何処かに行かれてしまうのは流石に良くないことなのだ。それは理解してくれ」
「あぁ。それは分かったよ。じゃあどうすればいいんだ?」
もう真面目に話を聞く気がなくなった俺は近くに落ちてる石で遊び始めながら尋ねる。
「つーかぶっちゃけ主様なら素手でも生きて行くくらい余裕っしょ痛ぁいい!」
俺は持っていた石をぶん投げた。
「さっきからキャラブレブレだなっ!なにが『つーかぶっちゃけ』だよ!なにが『余裕っしょ』だよ!俺はどうやって街に入れば良いんだよ!死ね!一回死ねぇ!」
「痛い、ごめ、痛いっ!すまぬ!我はMじゃないのじゃ!痛いものは痛い!謝るから許して欲しいのじゃぁあ!」
暫く当て続けると、ロドは動かなくなった。
それを何も言わずに見ていたマシューが突然手を挙げた。
「まちゅーがかんちちゅればいいの!」
「……ん?」
「おお!その手があったか!流石我が娘、気が利けば頭も働くのぉ!」
「えへへ」
いきなり起きたロドは置いといて、なんでそれでいいのか分からん。
「待て待て待て、なんでそれで良いのかを俺に説明して……どうしたんだ、マシュー?いきなり近づいてきて…」
マシューはこちらを見ながらトコトコと歩いてくる。そして、少し頭を下げて上目遣いでこちらを見る。
「まちゅーがこれかんがえたの!だからまちゅーのあたまなでなでちて?」
「くぅっ!たまらん!よーしよしよし可愛いなぁ!俺が飽きるまでなでなでしてやるからなぁ!」
「マシューが可愛すぎる件について」というスレがそろそろ立ちそうだ。
「よし、これでいいな。主様よ、この街ではマシューが監視をするという事でいいんだな?」
「おう、いいぞ!よーしよしよし」
「マシューよ、なでなではまた後でやってもらうが良い。今は街で身支度をするのが最優先じゃ。そもそも主様は今何も装備を持っていないだろう?せめて剣の1本でも手に入れるべきだと考える」
「なんだそのドヤ顔は。お前さっきの『余裕っしょ』はどこに消えたんだよ」
さっき、素手でいける!とか言ってたろうに。
「いや、流石に素手とか『どこの北斗○○拳だよ』みたいかなぁと」
「まぁ俺も素手は嫌だからいいけどな。…じゃあマシューを一緒に連れて行けばいいんだな?」
俺はマシューの頭の上に手を乗せて聞く。すっげぇ髪質いいな、こいつ。
「それでいい。マシュー、主様を頼んだぞ」
「はい!たのまれたの!」
「じゃあマシュー、お前はどうやって俺のことを監視するんだ?」
確かにロド程大きい訳では無いが、それでもポケットサイズではないのだ。このままではロドを連れていくのとさほど変わらない。
「そうだな…主様の持っている鞄に隠れるとか」
「荷物が重くなるから嫌だ」
「じゃあ頭の上に乗せt────」
「嫌だ」
「最後まで聞いてくれないか?…せめて……
聞いてくれるくらい…」
「聞く必要が無さそうだったから……ん?」
袖をマシューが引っ張ってくる。
「……ごちゅじんのふくにかくれりゅ」
「おぅけぇそれで行くか」
「マシューが我儘な子に育たないか親として心配になってきたところだな…」
もう、この可愛さなら我儘OKだろ?あと、お前は大して親やってないから心配する必要ないぞ。
「じゃあ行ってくるぞ、ロド。お前はどこにいるんだ?」
「隠れている。用が済んだらマシューに伝えてくれ。我とマシューはテレパシーで会話ができる」
「あ、成る程。だからマシューが監視役として動いても問題ないんだな」
「ご明察、流石我が主様」
「そんな褒めたって何にも出ねぇぞ」
「ごちゅじんしゅごぉーい!」
「よし、好きなお菓子を千個くらい買ってあげるぞ!」
「ふむ、今度改めて子育ての仕方を復習しておくか」
ロドが、どこから出したかわからない雑誌を、取り出して読み出したので、そろそろ出発することにした。
「では改めて、行ってくるぞ」
「いってきまちゅ!」
「気をつけるのだぞ、マシュー」
「俺には無しかよ」
「主様が警戒することなどご自分の持ち金くらいだろう?」
「痛いところを突きやがって…」
「『お菓子を千個くらい買ってあげるぞ』の時も正直、そんな金無いだろうなぁと1人で考えていたのだ」
「やめろっ!恥ずかしいっ!俺も持ち金のこと思い出してから『あ、そういえばむりやーん』って思ってたところなんだよ!」
「兎に角余計な事件には関わらないで下さいよ?」
「あぁ。分かったぜ。お前も気をつけるんだぞ?」
「了解した、主様」
こうして、俺は「グレン王国」へと足を向けた。
……すげぇ長い時間会話してたなぁと今になって思う。
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「…街がデカけりゃ入り口もデカイのか」
俺は思わず口に出してしまった。
マジでけぇ。どこのディ○ニー○ン○ですか?って位。デザインも本当にいい感じだと思う。ギリシャ神話辺りに出てきそうだ。
「あぁ…失礼ですが、冒険者の方ですか?申し訳ないが武器を持っているか確認させて欲しいのだ。この街てば武器をそのまま持ち歩くことは禁止されているのだ。了承して欲しい」
「えっ?あ、あぁ…」
門を通ろうとすると立っていた兵士のような格好をした男の人に止められた。みたところ、どうやら持ち物検査らしい。
「今まではこの町は凄く平和だったのだ。だが最近少し治安が悪くてな、この町を通る者には危険物を持たせてはいけないという決まりが出来たのだ」
「な、なるほど…」
何かあったのだろうか?まぁこの世界に来てから全然時間経ってないからよく分からないところが多いんだよね。ってくすぐったい!
なんかお腹がモゾモゾするぅ!
もちろん犯人はマシューだ。
仕方なく小声で注意をする。
「おいこらマシュー、くすぐったいからモゾモゾするんじゃない!」
「え?だってこれじゃちゅかれちゃうから…」
「よし許す」
マシューに関しては最早ロドよりも甘くなっている俺。
ところで持ち物ってドラゴンは含まれますかね?
…この竜、忌み種なんだよなー。
「おい、冒険者。何かお腹の辺りがモゾモゾしているが何か隠し持ってないか?最近はスライムを利用した細菌兵器も使われ始めていてな…魔物使いですら魔物を持ち込む事を禁止されているのだ。申し訳ないが何を持っているのか見せてもらってもいいか?」
「へいっ⁉︎」
「……反応がどこかの寿司職人みたいになっているぞ…」
いや、ごめんて。俺は寿司なんて握れねぇのよ。渋柿あたりからやり直すから許してくれってな?
「貴様怪しいな、少し腹の部分をめくってくれ」
「いや、ちょっと待ってくんないかなぁ⁉︎」
「何故そんなに隠す?やはり何か隠しているな?おい、お前ら、こいつを捕らえるぞ!」
「おう!」
なんか気づいたら立ってた残りの2人も来て、いつの間にか俺は逮捕ルートを突っ走っていた。
「ホントに待ってって!俺は怪しくないの!普通の人!アイアムノーマルマン、アーユーオーケー?」
「何だそれは⁉︎お前、我々を舐めているのか⁉︎」
「この野郎!ムショにぶち込んでやる!」
「よし、かかれぇぇ!!」
「ギャァァァァァ!!!」
「まってへいたいしゃん、おにいちゃんはわるいひとじゃないの!」
「……ん?」
「だからおにいちゃんをつかまえないでほちいの!」
「………え?」
「わかりまちたか!」
「…………は?」
この平仮名のオンパレードの話し方。こんな話し方をする奴は1人(1匹?)しかいない。
「………え?マシュー?」
その声は、俺の腹、つまり服の中から聞こえてきた。
そこから顔を覗かせているのは、竜なんかではなく、唯の服を着ていない女の子だった。
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「──あの男が、自分の妹を裸で服の中に隠していたって例のやつよ」
「──うーやだやだ、なんて汚い趣味を持つ男なの?これだから男ってやつは……その妹さんは可哀想ね」
………何故俺が街の奴らからこんな変態呼ばわりされているのか?それはもう言いたくもないことだ…
あの後、つまり俺の服から裸の幼女が出てきた後のことだ。
門番たちもまさかこんな幼女(裸という特典付きで)が出てくるとは思っていなかったようで、最初こそ取り乱していたものの、そこは長年の経験か、すぐに冷静さを取り戻し俺の事を幼女誘拐犯と決めつけ、その前よりもすごい剣幕で俺の事を逮捕しにかかった。
だが、幼女の
「あらちょいごとはいけまちぇん!」
の一言ですぐに静かになった門番。そこにマシューがお兄ちゃんがいかに安全な人かを1から説明するという追い打ちをかけ、その所為で俺が誘拐だけに飽きたらず幼女を調教までした極悪な変態という方向に話が進んだ。
そして、またまた幼女の
「もんばんしゃんたちのわからじゅやぁ!(ー目に涙を添えてー)」
という一言を聞いた門番はようやく一時的に俺をこの幼女の兄であるとして、釈放してくれたのである。
尚、もんばんしゃんのご厚意により、この幼女は裸の上からマントという何ともまぁマニアックな格好で俺と歩いているのであった。
だから俺は妹を身包み剥がして自分の服の中にぶち込むという特殊な性癖をお持ちの気持ち悪い変態お兄さんでこの街に降臨したのだった。
ってオイィィィィィィィィ!!
「したのだった。」じゃねぇだろぉがっ!
なんだこれ?おい、イジメなのか?そうだよなコラ。
なんで俺の服の中から裸の女の子が出てきて、それを俺の性癖って事で片付けられてんだよ!
そんな性癖の持ち主見たことねぇわ!
俺の異世界デビューどうなってんだよぉ!
しかもマシューいねぇし!
なんでもともとマシューがいた所にこの女の子がいたんだよ⁉︎
「おにいちゃん?」
「なんだ素マント?おいコラ、てめぇどうやって俺の服ん中に隠れたんだおい?パパとママと喧嘩でもしたか?今すぐ探してやろーか?この変態兄さんがなぁ⁉︎」
「どうちたの?かくれたって、さいしょから入ってたよ?」
「あぁん?俺の服の中には可愛い可愛いマシューちゃんが入ってたんだよ!マシューをどこにやったんだ⁉︎」
「まちゅーはまちゅーだよ?」
「………へ?」
「だから、わたちがまちゅーだよ?」
「なんだよ、それなら早く言ってくれよもぉ、心配したじゃねえか〜」
「えへへ、ごめんなしゃい」
「ってなるかぁぁぁ!!」
まちゅーはまちゅーだよってなんだよ⁉︎
意味わかんねぇにも程があんだろぉがぁ!!
「じゃあなんだ?あの可愛い子ドラのマシューお嬢が、こんなロリコン万々歳の格好でいるお前に変わったとでも言いたいのか?」
「だからしゃっきからそういってるでちょ!」
「だから分かるかァァ!」
「みみもとでしゃわがないの!」
「ゴメンナサイ以後気をつけます」
「あのね、わたちたちはたちかにりゅうだけど、ひとがたくしゃんいるばちょではこうやってひとになれるの」
「………は?」
「えーとね、どらご…のいど?とかいうやちゅになれるんらって」
「どらごのいど?───ドラゴノイド…あぁ……」
「おにいちゃんにまちゅーがせつめいしゅる!」
マシューの平仮名説明を聞いた限り、どうやら人間よりも高等とされる種族は人の姿になる事が出来るのだそうだ。
ドラゴンもこの世界において、神に次ぐ高等種族とされており従って人の姿になる事が出来るのだそうだ。
それが"ドラゴノイド"である。
戦闘能力こそドラゴンの時より劣るものの、忌み種である彼らが人間と接触するにはこれしかなく、劣っていると言っても通常の人間と比べれば十分すぎる能力だそうだ。
「………なるほどな。ってことは、ロドリゲスは例外的にドラゴノイドになれないから嘘までついてマシューを俺につかせたのか」
「ぱぱもどらこのいとになれるよ?」
「なれるんかいっ!!」
どうやら面倒くさいからマシューに任せただけのようだった。
あの育児放棄なパパめ。
「ぱぱは『いやはや、主様の監視任務等滅多に行えぬこと故、マシューの良い糧になるかと考えただけのことでありますよ、主様』って言ってまちゅ」
「絶対後付けの言い訳だぞ、それ」
こんな会話をしながら暫く歩いていると、街の中心のような場所に辿り着いた。
「…でっけぇ噴水だなこりゃ。綺麗な街並みだ」
「みずきれいなの!」
中央に大きな噴水があり、その周りに建物が並んでいる。……あの奥にある建物は何だろうか?元々何かの建物である事は間違いなさそうだが、何故か上半分が綺麗に無くなっている。まぁ関係のないことだがついでに言うと、噴水の近くにはベンチがあり、沢山のカップルがそこでイチャつ……愛を深めていた。
「どっかにスイッチない?こう、カチッとバーンみたいなやつ」
「かちっとばーん?そんなあぶないものありません!」
「そうですよね、ゴメンナサイ」
マシューに怒られると心にくるものがあったりなかったりする俺。
幼女にして既に姉貴の貫禄が出てきている。
将来いいお嫁さんになるだろうなぁ。
「ところでマシューは将来誰と結婚したいの?」
「ぱぱかおにいちゃん!!」
「完璧回答ありがとうございますヒデブッ!!!」
一字一句違わぬ完璧な回答だった………こりゃロドも辛いわな。
満面の笑みでそんなこと言われたら誰だって甘くなるぜそりゃ。いちごミルクより甘々でいこうぜ!
この時、ロドリゲスが丁度娘の教育方針を見直していた────かは分からない。
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「取り敢えずギルドみたいなやつ探すか」
なんて言わなきゃよかったと今後悔してる。
だって人に聞こうとすると全員が全員百発百中で汚物を見るような目でこちらを見つめながら、マシューに同情の目を向け、俺の近くからいなくなるのだもの。
勿論俺には幼女を脱がす趣味はないので、すぐに素マントをやめ服は買ったのだがそれでも俺の顔はこの町中に広まったようで、もう誰も俺の事を人としてみてくれない。
話しかけるたびにこの反応だからもう心が限界です。
「おにいちゃん?しっぽきられたりざーどまんみたいな顔になってるよ?」
「分かりやすい説明ありがとう。でもな、俺が切られたのは尻尾じゃなくて、この世界での未来なんだ。まぁ切られたというより断ち切られたんだけどね。うふふふふ………」
「ご、ごめんなさい」
なんか謝られた。
だが、どの世界でも可哀想な人に目をかけてくれる優しい人はいるもので、
「冒険者の身なりをした方、きっと初めてだから分からないのだろう?ギルド本部なら、噴水街道西の方向にある。この街は広いからよく駆け出しの冒険者さんが迷われるんだ。気をつけるといいよ」
なんて言ってくれたのだ。
俺はそのおじいさんに顔面が擦れるくらい土下座をして、たっぷりドン引きされた後に、その教えてもらった場所へと向かった。
「ギルド本部………え?これ?」
「なんかかふぇみたい!」
カフェでした。
ギルド本部っていうからにはそれっぽい感じ(それっぽいで伝わるかね)だと予想していたのだが、普通にカフェだった。
例えて言うならど○ぶつの森のやつみたいな感じ。
「ギルドマスターは無口だぞきっと」
「え?なんで?」
「いや、なんでもねぇ……」
まぁ、ずっと前に立っていても状況は変わらないから、入店してみる。
ドアを開くと「カランコローン」とカフェな音が流れた。
それと同時に「グサリ」という音もした。
「いらっしゃい、冒険者。この攻撃は当たらないと知って避けなかったのか?それともただ単に避けれなかったのか?」
「………えくせれんと……」
俺の目の前には俺の顔のすぐ横の壁をナイフで突き刺しているダンディなおっさんがいた。
「この反応速度じゃ、まだ実戦経験ないだろ、あんた。冒険者舐めてっと死ぬぞ、ボウズ」
「は、はひ………」
「おじちゃんつよーい!」
うん。
ギルド怖い。
「はっはっは!悪かったなボウズ!そんなに驚かせる気は無かったんだぜ?ここの常連なら俺がこれをやる事は知って避けるし、知らなくて、弱ぇ奴は今みたいに動けねぇ。まぁ初見さんで俺の動きを捌けたやつは今までに数人しかいねぇけどな」
「ごめんなさいね。うちの旦那はやる時やるんだけどいつもこんな感じで騒がしい人なのよ」
「やる時ってのはどんな時だ?夜の話か?マリー?はっはっは!」
「ウフフ、その口2度と開けなくするわよ?フォード?冗談抜きで」
「ごめんなさい……」
……キャラが濃いです。
この2人はギルドマスターのフォードと、その奥さんのマリー。
フォードがギルドの全般、マリーが接客といった感じで営んでいるらしい。
「ボウズは見たところ駆け出しの冒険者だろ?そりゃこの俺の攻撃を見れなかったってしょうがねぇさ」
「は、はぁ」
なんというか、このフォードさんは他の人たちとは違う、オーラみたいなのがある。圧倒的な存在感、そして初めて会ったのにも関わらずいるだけで大丈夫そうな信頼感がある。
「おい、駆け出し。一応教えてやるけど俺はこのギルドに3年間毎日通って、ようやくジイさんの攻撃避けれるようになったぜ?」
「え?まじかよ………」
「そりゃそうだ。なんてったって、このフォードさんは、この世界に君臨する四天王の1人、"血に溺れた狩人"と呼ばれ、一部の奴らからは崇められてるんだからな」
「四天王……?」
「おめぇ、ほんとに駆け出しなんだな。教えてやるよ。四天王ってのは、その名の通りこの世界に4人しかいない冒険者の頂点のことを指すんだ。条件はただ1つ。『レベルを999にすること』だ」
「レベル999⁉︎このおっさんが⁉︎」
「生意気なボウズが、失礼なこと言うじゃねえか!はっはっは!」
「……それ他で言ったら命知らずだぜ?まぁ要はここのギルドマスターのは世界で4本の指に入る強さを持ってるってわけだ。分かったか?」
「よーくわかったぜ、サンキュー」
このギルドで昼間っから酒飲んでた奴らが親切に教えてくれた。
……にしても、このおっさんが四天王ねぇ。
「なんだその目は?俺が四天王じゃ不服か?」
「いーえ!決してそんな事はありません!」
「そうか。なら良い……っと、ところでボウズ。てめぇ装備品とかどうしてんだ?」
「え?そういうシステム?」
「しすてむ?なんだそりゃ?よく分かんねえが、冒険者になるんだから、それ位は知ってもらわねぇといけねぇぞ」
「いや、わかってるわかってる。ゲームでよくやったから」
「さっきから、わからない言葉を並べないでくれよ。じゃあわかってるっていうなら、さっさと手を出してくれ。あとコマンドウィンドウも」
「え?なんで?」
「なんでって……勿論ボウズの適正武器とか、あとその他諸々を調べるために決まってるだろ?」
「あ、おぅ!知ってたけどな!」
俺は手を出して、コマンドウィンドウを開く。
「あ、ボウズ。手を出すってのは嘘だから引っ込めていいぞ」
「俺、多分あんたのこと嫌いだわ!」
「はっはっは!」
なんで会話をしながらフォードは俺のコマンドウィンドウを見ていく。
その時に一瞬表情が硬くなったのは気のせいだろうか?
「ボウズ、今から調べてくっからちょっと待っててくれよ。ていうか、おめぇレベル1って事はクエストも受けたことねえな?マリーに言ってクエストを受注してこい」
「え?あ、了解です」
フォードは奥の部屋へ行ってしまった。
「冒険者さん?」
「え?あ、マリーさん」
「名前はなんていうの?」
「えーと、神木 空って言います」
「空、ね。分かったわ。じゃあ空、早速だけど1ついいクエストがあるのよ。慣れるためにもそのクエストを受けてみない?」
「あ、いいですね。お願いします」
「ふふふ。ちょっと待っててね」
マリーさんはさっきのフォードさんとの会話とは随分イメージが違うな。
結構お淑やかな人だったぞ。
「これよ、空」
「ん?【時計台の修理】ってヤツですか?」
「そうよ。噴水広場のシンボルだったんだけど、何故か今朝消えてしまってね」
「き、消えた⁉︎」
「そうなの。目撃者が言うには、光に包まれて次見た時には"まるでもともと無かったかのように消えていた"らしくてね。まぁ原因は分からないのだけれど、兎に角早急に修理しなきゃいけないからその材料を集めて欲しいのよ」
「光に包まれて、ね。ふ、ふーん。不思議なこともありますねー」
「おにいちゃんがまほうでけしちゃっ────」
「なんだ?マシュー?お腹痛いならトイレに行ってきなさい」
「わたしたちをたおそうとしたときにまちがえちゃったん────」
「マシュー、なんのお菓子が欲しいかな?」
「うまーぼう」
「100本買ってやるから少し静かにして?」
「いぇーい!」
「時計台の修理の為の材料集めですね?分かります」
「………あなたの所為なの?」
「断じて違いますね、はい」
「………まぁいいわ。じゃあクエストを受けるということで正式に依頼するわよ?」
「お願いします!」
『クエスト【時計台の修理】を受注しました』
俺の頭の中に音声が流れる。コマンドウィンドウには、[クエストログ]が追加されていた。
「えっと、じゃあもう出発してもいいんですか?」
「あら、ちょっと待ってね。まだあなたの武器が決まってないわ。旦那が出してからクエストに出発して頂戴」
「分かりました。……じゃああの席に座って待つとするか」
「すわってまつか!」
俺は店の奥にある席へと向かった。
とその時、
「ガシッ!」
「あ、すみません」
「おいこら?駆け出し?てめぇどこに目つけて歩いてんだコラ?」
「そうだそうだ!ウチらのリーダーなめてんのかっ⁉︎」
「調子乗ってんじゃねえよ!やっちまってくだせぇ!」
え?え?なにこれ?
「ガキ?てめぇわざと肩ぶつけて喧嘩売るのは良いけどよ?喧嘩売る相手が間違ってるんじゃねえのか?あ?」
「えぇ?そんなことしてねぇよ!喧嘩売るほど暇じゃねえんだ俺は!」
「んだとてめぇ?俺なんか喧嘩する相手にもなりゃしねえってか?あんまり調子乗ったことしてっと……息の根止めんぞ?」
「その調子でっせおやびん!」
「はは!ビビってまっせこいつ!」
ちげぇよ馬鹿野郎。俺がビビってんのはな、俺が本当にビビってるのはな!
『初めて入るギルドでは必ず先輩冒険者トリオに喧嘩売られるフラグ』
が本当に存在していたことなんだよぉぉぉ!!
3話です。
別にシリアスではないです。まだ。