ε’家族と組織と人間関係《ゾーイ》
朝、俺が起きた時にはもうφは起きていた。
「おはよう」
「あ、おはよう。寝坊したか?」
「いや、昨日はいろいろあって疲れただろうし、仕方ないよ。」
いい機会だから俺は昨日から気になっていた事を聞くことにした。
「えっと今日はどこまで行くんだ?」
「少なくとも片道1日はかかるかな?挨拶はした方がいいと思うよ。」
「そんなにかかるのか。」
思ったより遠いかもしれない。
「朝食、これでいいかな?ちょっと勝手に使っちゃってごめん。」
すっかり忘れていた。
というより朝食は俺が用意するべきだった気がする。
「悪い。朝食の事忘れてた。ありがとう、助かった。」
「いいよ。これくらい。泊めてもらったしね。あ、そうそう、昼前には出発するつもりだから忘れないでね。」
「分かった。」
それまでに皆に挨拶するのか。
「じゃあ僕はここで待っているから挨拶してくるといいよ。」
取り敢えず近くからまわっていこう。
一番近いのはボタン姉さんの所だ。
「ボタン姉さん!!おはよう!」
「あら、ゾーイ。こんな時間からどうしたの?」
「えっと、じつは今日からこの集落を離れようと思って、それで挨拶に。」
「離れる!?今日から!?いったいどうしたの?」
「あー、だから、その、つまり、いろいろあって…あの、さよなら。今までありがとう。」
それだけ言うと俺は走った。
ボタン姉さんの顔を見ていると決意が揺らぎそうだった。
「っちょっと!!ゾーイ!!」
パラド兄さんの所に行くつもりで走っていると、ちょうどグレイおじさんとパラド兄さんがいた。
「二人共、おはよう!」
「ああ、おはよう。」
「おはよう。どうしたんだ?そんなに急いで。」
「シェリフリアじゃないか?いつものように急に大切な事言ったとか。お前の娘だからか変な性格だしな。」
相変わらずひどい言い様だ。
パラド兄さんらしいと言ったらそれまでだけど。
「お前な、後少しでいいから年上に対する敬意って物を身に付けろ。それと、ここ最近シェリフに言付けした事でゾーイに伝わってない事はないぞ?」
「敬意?知らないな、そんな物。ところで、何の用だ?ゾーイ。」
「あーっと、あの、その。」
今日は言葉に詰まってばかりだ。
嫌になってくる。
でも、なにも言わないわけにはいかない。
俺は覚悟を決めて口を開いた。
「俺、集落を離れて遠くに行く事にした。」
「は!?遠く?いったいどこに行くつもりだ?それに何でそうなった。」
「遠く?行く当てはあるのか?」
パラド兄さんはやっぱり落ち着いている。
たぶん、集落ーの変人なんて言われているのも、この辺が理由だろう。
「えっと、行く当てはあるんだ。理由は、まあいろいろあって。今まで世話になったからお礼を言おうと思って。ありがとう。それとさよなら。」
さっきよりはちゃんと話せたと思う。
「そのいろいろを聞いてんだよ、俺は。」
「ゾーイがいろいろと言うからいろいろなんだろう。まったく、いいかゾーイ、これだけは覚えておけ。死ぬなよ。自分から死ぬなんてもっての外だ。」
「止めないのか?」
「お前が決めたんだ。僕に口をはさむ権利はない。心配だが、その意思は揺らぐ事はないのだろう?僕が言った所で無駄だ。」
「お前は相変わらずの放任主義だな。ゾーイ。また会おうな。」
「最悪、天国で会えるからな。お前は。」
「パラド、お前も最悪天国に行けるだろ。」
「さあな。ゾーイ元気でな。」
「じゃあな、パラド兄さん、グレイおじさん。」
「「「またいつか。」」」
イルスのおじさんは今日も門番だろう。
この集落の門番は2日に一回交替する事になっている。
一昨日は違う人の当番だった。
今日もそうだろう。
とくれば、次はシェリフ姉さんだ。
シェリフ姉さんの家に行くと姉さんが座り込んでいた。
「ちょっシェリフ姉さん!?大丈夫?」
「ゾーイ。集落から離れるって本当?」
「どこでそれを聞いたんだ?」
「ボタンがね。慌ててきたの。真っ青な顔をして。話を聞いたらゾーイの事で。ねぇ、うそでしょ?集落からいなくなるなんて。うそって言ってよ。」
「シェリフ姉…。ごめん。」
「なんで?どうして?集落にいずらくなった?それとも嫌になった?せめて、理由を教えて。」
シェリフ姉がここまで追い詰められるとは思わなかった。
「えっと実はもしかしたら俺、皆を傷つけるかもしれないんだよ。行く当てはあるから大丈夫だよ。」
「何を言ってもいなくなるの?」
「うん。」
「私はいつでも、いつまでも、ゾーイの味方なんだから忘れないでね。」
「分かった。さよなら、シェリフ姉。」
そのまま歩いていったからだろう。
俺は姉さんがそのあと何を言ったか知らなかった。
「………ゾーイ。私は貴方の事、弟として、恋愛対象として両方の意味で好き。この思いを伝える前にいなくなっちゃうなんて。」
「ただいま。」
「おや、お帰り。早かったね。まあ、準備は万端だけどね。」
「じゃあ今から出発か?」
「うん。用意はいいかな?すぐには帰れないからね。」
「ああ、用意できてる。」
「それはいいね。じゃあ行こうか。」
門が見えてきた。
当然イルスおじさんも。
「おっ。ゾーイ、外に行くんだろ?」
「知ってるのか?」
「さっきグレイがな。話にきた。」
さっきからφは黙ったままだ。
「だから、その、イルスおじさん。じゃあな。さよなら。今までありがとう。」
「おう。達者でな。」
やっぱり少し寂しい。
「…皆、いい人なんだね。」
今までずっと黙っていたφが話し始めた。
「ああ、俺の大事な人だ。」
集落からも離れてきた。
ちょっと思いつきを行動に移してみる。
「皆ー!さよならー!」
突然叫んだ俺にφが驚いた顔をしている。
「驚いたか?」
「ああ、とても。」
「へへっ。俺なりの最後の挨拶。すげーだろ?」
今は茶化さないとやってられない。
さよなら、俺の大切な家族。
またいつか会いたい。