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瓶詰めの蝶々 第四十三回
(この赤が、画家の最後の仕上げなんじゃないか)
波のように打ち寄せる戦慄を、懸命に振り払いながら、先を急いだ。地面も植物も乾ききっておらず、蒼い薄闇の底に、じっとりとうずくまっていた。
おぞましい予感に駆られたように、竜也が腕時計に目を遣ると、午前四時五五分。
昨夜は一本道のように見えた、母屋へ続く小路は、途中で二股に分かれていた。櫻井が先導していたため、気づかなかったのだろうか。あるいはまた、彼女が意識して、見せようとしなかったのか。
獣道、という二文字が、竜也の脳裏で、まがまがしい遠吠えのように警告を発した。
「人が通った跡があるな」
ぼんやりとした口調で、つぶやいたのは悟だった。示し合わせたわけではないのに、二人ともその場で足を止め、もうひとつの小路を見つめていた。
幅は、辿ってきた道の半分以下。所々抜けた石畳は、執拗な蘚苔類に、ほぼ覆い尽くされていた。
その上に、いくつかの真新しい足跡が刻印されていた。
「見ろ。蝶の死骸だ」




