瓶詰めの蝶々 第七回
深山に棲んで空を飛ぶという共通点のほかに、何があるというのか。そう問い詰められて、竜也は頬をふくらませた。
「それだけ共通すれば、充分じゃないか」
「シュールすぎてモノも言えない」
「解剖台の上で出会った、コウモリ傘とミシンのように? でもね、そうとばかりも言えないかも。『遠野物語』の中にこんな話があるの」
◇
和野村の喜兵衛爺さんは、猟師であった。
これまでに三度、山の中で、不思議なできごとに遭遇した。
あるとき、小屋がけをして雉を撃っていた。そこへたびたび狐があらわれては、雉を追い払うので、
(こやつめ、きさまから仕留めてくれるわ)
狙いをつけたところ、狐は平然とこっちを向いている。引きがねを引いても、火が移らない。
ナニヤラ、ヒドク、ムナサワギガ、シタ。
銃口を覗いてみたところ、銃身いっぱいに土が詰められていた。
また、六角牛という所では、白い鹿と出くわした。
(白い鹿は神の使いだ。撃ってはならぬ)
しかし狩猟の名人として、これを仕留めなくては名がすたる。そう思い直して銃を構え、確実に命中させたはずだが、鹿はぴくりとも動かない。
コノトキモ、ヒドク、ムナサワギガ、シタ。
そこで、日ごろ魔除けとして身につけていた黄金の弾を用意した。ヨモギを巻きつけて発砲したが、同様に動かない。そろそろと近づいてみれば、鹿の形に似た白い石である。
(数十年も、山の中で暮らしたこのおれだ。いくらなんでも、石を鹿と見間違うわけがない)
魔物のしわざに違いない!
じいさんは、猟師をやめようと真剣に考えたほど、震えあがった。
また、ある夜、山の中で小屋を作る暇もないうちに日が暮れた。
そこで、一本の大木を選び、魔除けの「サンズ縄」で、自身と木の周りを三重に囲んだ。その木に寄りかかり、鉄砲を抱えたまま、まどろみ始めた。
真夜中、異様なもの音に目を覚まされた。
ムナサワギガ、シタ。
見れば大きな、僧の姿をした者が、赤い衣を翼のように羽ばたかせながら、大木の梢に張りついたところ。
(お、おのれ!)
銃を撃ち放つと、やがてまた羽ばたいて、中空を飛びながら帰って行った。
またしてもじいさんは、心底、震えあがった。
◇
「つまりその、赤い衣を羽ばたかせた『大なる僧形の者』というのが……」
「天狗とムササビを繋ぐ、橋になるんじゃないかと思うのね」
「うーん、竜也の丸投げっぷりと違って、なかなか説得力があるけれど。でもそれはあくまで、イレギュラーというか異例というか。もっと多くの例を集めて検証しなければ、天狗=ムササビ説は、成り立たないんじゃないかな」
「もちろん。でもね、小さな頃の藤本くんが感じたように、むかし、ムササビが妖怪の一種とみなされていたことは、確かみたいよ。京極堂シリーズで有名な江戸時代の妖怪絵師、鳥山石燕の『今昔画図続百鬼』にも、ちゃんとムササビが描かれているわ。野衾という妖怪としてね」
「ノブスマ……」
被膜を広げた姿が、フスマに似ているからか。画図では、鋭い牙を剥いた恐ろしげなムササビが、沢の上を滑空しながら、鳥を追いかけている。火炎を食らうのだと、書き添えられている。松明の火を消して、その火を吐くとも言われるとか。
紅葉は続けた。
「また、クラスの子から聞いたんだけど、その子の地元は熊本県菊池市で、そこには杵小僧という妖怪がいるんだって。小僧といっても、その姿は人間からかけ離れていてね。冬になると、それこそ、キネの形をした妖怪が、山から飛んで下りてくる。だから子供がむずがるときは、『山からキネコゾウが降りてくるぞ』と脅されると、たちまち泣きやんだそうよ」
「杵が飛んできたところで、それほど怖いとは思えないけど」
「あら、かえってそこにリアリティを感じない? かつて、実際にそういう怪物がたびたび目撃されており、またその姿は、充分人々を震え上がらせるのに足るものだった……」
「そうか。キネコゾウの正体もまた、ノブスマであり、ムササビなんだね」
竜也がぽんと手を打つと、悟が二、三個焼き餅を焼いたほど、紅葉は会心の笑みを浮かべて、うなずき返した。




