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黄金の聖天 第十四回

 間もなくベルが鳴った。参りましょう、とイズミが言い、美架もうなずいた。

「私についていらしてください。あ、そちらではなく、後ろのほうのカートをお願いします」

 美架から目を離さぬまま、彼女はドアを開け、カートを押して先に部屋を出た。外は小ホールといったところ。極めて薄暗く、緋色の絨毯が敷かれていた。四方の壁にドアがあるほかは、とくに目につくものはなかった。

 ひとつのドアの前に、後ろに手を組んで、片岡が立っていた。帽子を被っていないので、大入道そのままの姿。軽く会釈すると、かれはドアを開けた。「使用人」どうし、無駄口を叩きあったりはしない。

「もし、かれが風蘭坊だったら?」

 長い廊下の背後で、重々しい音をたてて、ドアが閉められた。イズミの声は、その音にほとんど紛れていたが、敏感に聞きつけて、美架は答えた。

「可能性としては、無視できません。なぜなら」

「なぜなら?」

「かれが坊主頭だからです」

 決して冗談ではなかったのだが、目の前でイズミの小さな肩が揺れた。

「勅使河原さんって、意外にユニークですのね」

  ◇

 やがてエルンストのコラージュ作品から抜け出したような、「小間使い」があらわれた。少女のような体躯のせいか、料理を満載したカートを押すのが辛そうである。

 火星クラブのメンバーはすでに全員、それぞれの椅子に着席していた。興味深げな視線を、軽々とカートを押しながら登場した第二の小間使いに注ぐのがわかった。

 彼女が「名探偵」であることは、鳴り物入りで喧伝されているのだろう。

 二人はカートを八角形の部屋の中央に据えると、揃ってスカートをつまんで一礼した。リハーサルでもしたように、ぴたりと動作が揃っていた。

 トリスタン・ツァラが席を立ち、「DADA」と大書された壁の前から歩み寄った。かれの手には、黒い天鵞絨に包まれたものが、うやうやしくささげられていた。それは第一の小間使い(後に、イズミと呼ばれていたことが判明した)が押してきたカートの上の、色鮮やかな料理の間に、うやうやしく置かれた。

「ダダの宴へようこそ!」

 壁を囲む会員たちを眺めまわしつつ、かれは朗々と声を響かせた。車中で聴いた、ヴォルフガング・ヴィントガッセンのテノールを想わせた。

 相変わらずの、もったいぶった仕草。顔半分を覆う仮面に、片眼鏡。白い手袋を嵌めた手を、貴族のように優雅に、手品師のようにいかがわしく振り回す。このかなり小柄な男を見ていると、本当に一九一六年、彗星のようにあらわれた、若いルーマニア人ではないかと錯覚する。

「ご存知のとおり、今宵はさまざまなゲストをお招きしております。まずは先日も来ていただいた、右眼氏。ご多忙な左眼氏の代役でもあります」

 小さな拍手が起こり、「ただの視線」であるべき私は、まごついた。左眼、すなわち堀川秋海のぶんまで「見ろ」ということか。次にツァラは、指先で美架を示した。

「そしてこちらが、シャーロック・ホームズ氏。おっと失礼、女性なので、ミス・マープルとお呼びすべきか。しかしこれもまた失礼な話で」

 会員たちの間から、笑い声が洩れた。言うまでもなく、ミス・マープルは老嬢なのである。美架が、あからさまに眉根を寄せるのがわかった。探偵呼ばわりされるのが、大嫌いなのだ。いかにも愛嬌に欠ける口調で彼女は言う。

「シスター・ブラウンで構いません。もし名前が必要でしたら」

「ほほう。噂に違わぬ、機知に富んだ女性だ。それに大胆でもある」

 感心したように声を上げたのは、年長のフランシス・ピカビアである。しかし、怪盗フランボウを屈服させたブラウン神父に、みずからをなぞらえるとは、たしかに大胆な。これは美架による、勝利宣言なのだろうか。

「いやいや、もし許されるなら、仮の名前は、私につけさせていただきたいものです」

 マルセル・デュシャンが席を立っていた。鋲が打たれた、赤い革の仮面の下に、こぼれ落ちそうな笑みを浮べていた。

「あなたの考えることは、なんとなく予想できるわね。マルセル」

 皮肉らしく、ゾフィー・トイバーが唇を歪めた。インドともアフリカともつかない、ひたすらエキゾチックな衣装に、大きな耳飾りを垂らした、プリミティブな仮面をつけていた。

「あなたと違って、私は名が売れすぎておりますものでね。そのぶん、手の内を読まれやすい」

「レディ・メイドか」

 唸るようにつぶやいたのは、マン・レイ。

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