黄金の聖天 第十三回
◇
「目隠しをお取りいたします」
若い女の声が囁いた。ここまで彼女の手を引いてきた、同じ女と思われた。
タイル張りの狭い部屋。勅使河原美架は、その女と二人きりだった。目の前には、大きなカートが二つ並んでいた。いかにも清潔な、白いテーブルクロスは、キャスターを覆い隠すほど垂れていた。このままテーブルとして、立食に用いるのだろう。
カートの上には、すでにオードブルが、色鮮やかに盛られていた。
「さっそくですが、着替えていただけますか」
若い女は、それこそエルンストがコラージュ用に切り抜いたような、「小間使い」の衣装を着ていた。彼女が手わたした服もまた同様で、真新しい生地独特のにおいがした。
「ここで?」
「はい。下着以外はすべて脱いでいただきます。そこに籠がございますので」
着替える間も、女の視線がじっと注がれているのを感じた。思ったとおり、何か隠し持っていないか監視しているのだろう。例えば、マイナスドライバーのようなものを。
「まるで、ジェーン・エアになった気分です」
スカートをちょっとつまんで、ニコリともせずにそう言った。相手の反応を待ったけれど、冗談だと理解できるわけもなく。
少女かと見紛うほど小柄で、つややかな黒い肌。漆黒の髪を頭の後ろで束ね、とても愛くるしい顔だちに、ボンネットがよく似合う。
「申しおくれました。イズミと申します。勅使河原さんと一緒に、今夜の配膳をつとめさせていただきます」
エキゾチックな笑みを浮かべた。イズミが名前なのか、それとも鏡花と同じ姓なのか。そのことはあえて尋ねず、料理はこれですべてかと訊いた。
「そうです。コース料理ではなく、立食パーティー形式ですので」
「ふだんは、あなた一人でこれを?」
「はい」
顔色はともかく、意外に上背のある美架と比べて、イズミはいかにも非力そうに見えた。料理を満載したカートに、押し潰されるのではないかと、危ぶまれるほどに。
「通いですか。それとも住み込み?」
「住み込みです」
「ながく?」
「まだ半月ほど」
「ここは、ツァラと名のるかたの持ち家と考えて、よろしいのでしょうか」
「申し訳ないのですが、お答えできません」
美架はうなずいて、ボンネットの位置を少し正した。雨音はおろか、外の足音や話し声もまったく聴こえない。壁が結露するほど、冷房が効いている。配膳係よりは料理に配慮した冷房であり、その意味では、厚手の服に着替えさせられたことが幸いした。美架はまた尋ねた。
「わたくしたちは、仮面をつけないのですか」
「はい」
何か意味があるのかと問おうとして、思いとどまった。「ダダは何も意味しない」のだから、意味を求めても仕方がない。彼女自身に至っては、仮面以上に表情がないのだし。
火星クラブに関する情報を、イズミからまったく引き出せないのは、片岡の場合と同様らしい。親しみ易い外見に反して、相当に口が堅い。またそれゆえに、配膳係に選ばれたのだろう。
給仕の開始を待つ間も、イズミは決して美架から目を離さなかった。手持ち無沙汰のていでうろつこうものなら、ぴりぴりと電気的な視線を向けられた。
長い沈黙のあと、思い出したように、美架はつぶやいた。
「あなたが、風蘭坊ですね」
振り返ると、カートの前で、イズミは小さな両手を胸にあて、目を見張っていた。小柄な上に、古風な衣装も相まって、少年俳優が演じたという、シェイクスピア劇のヒロインのようである。
「冗談ですわ」相変わらず、美架は表情ひとつ変えない。
「いえ、予行演習と言い換えましょうか。ご存知のとおり、わたくしは宴の途中、一度だけこのセリフを使うことを許されております」




