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瓶詰めの蝶々 第七十七回(解答篇ノ四)

「悪魔的なまでに大胆な行動の仕掛けは、ときに、児戯に等しいものです。大胆であればそれだけ、子供の悪戯に近づいてゆくかのようです」

 何か反論しかけた小須田を、高木が身振りで制した。

「わかる気がします。我々は、その児戯にも等しい仕掛けに翻弄され続けた?」

「そうだと思います。警部補は世界に名だたる日本の警察組織の、頂点に立つお方です」

 皮肉ともとれる一言だが、やはり高木は表情を変えない。日頃のかれに似つかわしくない、能面じみた、やや蒼ざめた面もちでうなずいた。

 彼女は言葉を継いだ。

「複雑に体系化された捜査のノウハウは、わたくしのごとき、一介の家政婦には、想像もつきません。また長年の経験で叩き込また経験値も、豊富にお持ちのことと存じます。それゆえに」

「それゆえに?」鸚鵡返しに、小須田が尋ねた。

「見落としてしまう場合もあるのではないでしょうか。子供どうしで密かに囁かれていること。けれども大人になる頃には、いつしか忘れてしまうようなことを」

 また唄うような口ぶり。不可思議な内容と相まって、詩の朗読を聞かされているような気がした。すると不意に、

(すべては、ねじ曲がった童話の中の起きたことです)

 彼女が語る、そんな一言が脳裏によみがえった。たしか、電車の中でうたた寝をしていた時、夢の中で聞いた言葉だ。

 相変わらず神妙な顔つきで、高木が訊いた。

「証明できますか」

「はい。そのつもりで参りましたから」

 雷鳴は遠退いたが、雨足はまだ激しい。密閉された空間に湿度が籠もり、噎せるような薔薇の香りがたちこめていた。

 彼女もまた、息苦しさを覚えたのだろうか。白い襟をきっちりと閉じ合わせていた、一番上のボタンを外す動作に、私は覚えず目を見張った。記憶する限り、美架が自らボタンを外すのを見るのは、初めてではあるまいか。

 さらに、二つめのボタンに手をかけながら、彼女は言う。

「動機については、憶測する資格を持ちません。ここでは“なぜ”殺したのか、ではなく、“どのように”殺したのか、わたくしの考えを述べさせていただきます」

 ボタンを外し、さらに彼女は、手を下へ滑らせる。

「悲劇の夜、犯人と被害者の間に協定が結ばれていたものと思われます」

「協定、ですか?」小須田が眉根を寄せる。

「はい。音大生たちが飲んだワインに、神経に作用する薬が混ぜられていたのは、確実でしょう。これは紅葉ちゃんを孤立させるため、犯人と被害者の共謀によって行われました。あるいは家政婦も、ここまでは手伝っているかもしれません」

「なぜ?」

 つい口を出した私に向かって、彼女はおもむろに首を振ってみせた。

「人情の機微については、わたくしにはわかりかねます。ほかの可能性がなかったというだけです」

「ひとつのケースとしては?」高木の語調は穏やかだ。

「レズビアン」

「えっ」小須田が目をしばたたかせた。

「あくまでひとつのケースとして、被害者にはそのような嗜好があった。紅葉ちゃんは、無意識にある種の劣情を掻き立ててしまう傾向がありましたから。可能性としては」

「可能性としては?」

「基本的な“密室”を演出したのも、被害者本人だったのかもしれません」

 私は何度めかの眩暈を覚えた。眩暈の中で、実際には見たことのない、犯人と被害者の会話を聴く思いがした。

(あの子が欲しいの。ふ、ふ、ふ、エル。いいこと思いついたんだけど)

(それでは密室殺人になってしまいますわ)

(だからいいの。私にはわかるの。ああいう子はね、気絶しちゃうかもしれない)

 三番めのボタンを弄ぶ美架を、皆が無言で見つめていた。彼女は語を継いだ。

「夜宴が終わり、男性二人と引き離された紅葉ちゃんは、犯人によって、ここ、鏡の家へ案内されました。彼女を気絶させた上で、被害者に引き渡す約束が、なされていたかと思われます」

「密室トリック、そのものを使って」高木は額の汗をぬぐった。

「ええ。鏡の家の入り口まで彼女を連れて来たのは、確かに井澤絵梨子さん本人でした。ブルカのような黒い服の下は、一糸纏っていなかったのでしょう。紅葉ちゃんがみずから鍵を開けて中に入ると、犯人はその場で黒衣を脱ぎ捨て、彼女の跡を追います」

 暗闇を這う白い裸身。その左の肩には、痛ましくも美しい、蝶の刺青が……

「薄暗い、迷路のような道筋を、家の構造に通じている犯人が、気づかれずに追いかけることは、容易でした。そうですね?」

 問いかけるような視線を向けられ、高木はうなずいた。

「続けてください」

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