拝啓 海沿いの町に住んでいる女の子へ
海沿いの町に住んでいる女の子へ
近所に住んでいるお姉さんが、あなたと友だちだって聞いたので、お手紙書きました。
わたしも海沿いの町に住んでいます。
ぜひ、お友だちになりたいので、名前を教えてください。
お返事待っています。
とおか みく
*
砂浜の近くに住んでいる女の子みくは、書いた手紙を持って、家を出ます。
緑色の小さな電車が通っている線路の踏切をわたって、少し走れば、砂浜が見えてきました。
「お姉ちゃん!」
みくは、堤防の上に座っている近所の優しい髪の長いお姉さんに声をかけました。
話しかけられたお姉さんはというと、これもまた満面の笑みでみくのほうに手を振っています。
「お手紙書けたの?」
「うん!」
みくは、笑顔でお姉さんに手紙を渡します。
「うん。それじゃあ、海沿いの町に住んでいる女の子に届くように郵便屋さんにお願いしておくからね」
「うん! わかった!」
「寒いからおなか出して寝たりしないようにね!」
お姉さんは、手を振りながら帰っていきます。
「お姉ちゃんも気を付けてね!」
みくがそういうと、お姉さんは、気を付けるよ。などと言いながら歩いていきました。
みくは、お手紙の返事を楽しみにしながら家に帰っていきました。
*
お姉さんに手紙を渡した次の日。
みくが、いつも通りポストを見ると、今度は一番上に“みくちゃんへ”と書かれた手紙が置いてあった。
「やった! もうお返事が来た!」
みくは、急いでお手紙を持って家に入っていきました。
お母さんは、もうお返事きたの? などと言って、目を丸くしています。
「うん! お返事きた!」
「早いねーママにも見せてくれる?」
「ダメ! みくへのお手紙だもん!」
みくは、頬を膨らませて、お母さんを見ました。
「そうね…みくちゃんへのお手紙だもんね」
お母さんは、残念そうに言いました。
その後、少しお母さんと話をしてからみくは、自分の部屋に行きました。
*
みくちゃんへ
私の名前を教えるのを忘れていたね。
私の名前は、中町まりと言います。まりちゃんと呼んでね。
私もぜひ、みくちゃんとお友だちになりたいと思います。
また、お手紙下さい。
中町まり
*
まりちゃんへ
友だちになってくれてありがとう。
まりちゃんは、どんなものが好きですか?
私は、お母さんが作ってくれるカレーライスが大好きです。
お返事待っています。
とおか みく
*
手紙のやり取りは、初めて手紙を出した時から半年ぐらい続きました。
ポストから手紙を出して、そのお返事を書き、お姉さんに渡す。
そんな手紙のやり取りが、ずっと続いていました。
みくは、毎日、毎日、まりちゃんからのお手紙を待っていました。
ですが、このまま、ずっとまりちゃんとのお手紙が続くのかなと思っていたそんなある日、こんな手紙が届きました。
*
みくちゃんへ
私は、今度、もっと遠くの町に引っ越すことになりました。
たぶん、お手紙を送れるのはこれで最後になると思います。
みくちゃんとお友だちになれてとてもうれしかったです。
中町まり
*
この手紙を読んで、みくは、とても驚き、悲しみました。
そう。次に出す手紙が、まりちゃんに出す最後のお手紙になるのです。
「なんて書こうかな」
みくは、考えても思いつかなかったので、お姉さんに聞いてみることにしました。この時間なら、お姉さんは、いつもと同じように砂浜を歩いているはずなので、みくは走って砂浜に向かいました。
緑色の電車がゆっくりと踏切を通過しているのを待ちながら、みくは砂浜の方をジッと見ています。
すると、砂浜の横にある道路を友だちと話しながら歩いているお姉さんが見えました。
「お姉ちゃん!」
踏切が通れるようになるのと同時にみくは、砂浜のほうへ走り出ました。
「あっみくちゃん。今日もお手紙持ってきたの?」
お姉さんに聞かれ、みくは首を横に振ります。
するとお姉ちゃんは、あごに手を当てて、考え事を始めました。
「それじゃあ、手紙に何を書いていいかわからなくなったの?」
「うん」
お姉さんは、そうか。手紙の内容ね。とつぶやいた。
「そうだね…何でもいいんじゃないかな? 今までだって、みくちゃんの書きたいように書いてきたんでしょ? だったら、その通りのほうがいいんじゃないのかな。その方が、まりちゃんも喜ぶと思うよ」
「そうかな?」
「そうに決まってるよ。明日の朝。私は、ここで待ってるから…その時に出せば、きっと間に合うからね」
お姉さんは、みくの頭をなでながらそう言いました。
「明日の朝までよ。そうじゃないと、私も引っ越しでいなくなっちゃうから」
お姉さんは、いつもと同じように手を振りながら歩いていきました。
「わかった! 絶対、明日の朝に手紙を持っていくから!」
みくは、力いっぱい大きな声で返事をしました。
*
次の日の朝。
みくは、いつもよりも早く起きてお姉さんが来るのを待っていました。
「みくちゃん! もう来てたんだ…」
みくが待っていると、いつもとは違う格好をしたお姉さんが走ってきました。
「お姉ちゃん遅い!」
「ごめんね…準備に時間がかかっちゃって」
みくは、お姉さんも引っ越しするのだと思いだしました。
「お姉ちゃんは、どこに行っちゃうの?」
「えー私? 私はね、北海道にあるおばあちゃんの家に行くのよ。だから、みくちゃんとは会えなくなっちゃうけど、私とみくちゃんもずっと友達よ」
「うん。そうだ。お手紙を持ってきたの!」
みくは、昨日の夜に一生懸命書いたお手紙をお姉さん渡します。
お姉さんは、笑顔でお手紙を受け取るとそれをカバンに入れます。
「そろそろ行かないと…」
「…もう、行っちゃうの」
お姉さんは、とてもさみしそうな顔をしています。
でも、すぐに笑顔になってこういいました。
「早くいかないと飛行機に乗り遅れちゃうからね」
「うん」
みくは、目にいっぱい涙を浮かべてうなづきました。
すると、お姉さんは、まったく。と言いながら、みくの背の高さと同じぐらいになるように屈みました。
「ほらほら。泣かないの。お別れの時はね、笑顔でバイバイってするの。そうしたら、きっとまた会えるから…だってさ、北海道に行っても沖縄に行ってもたとえ、アメリカに行ったとしても絶対会えるよ」
「本当に?」
「うん。だって、世界は広くても一つしかないんから。だから、みくちゃんも私に笑顔でバイバイってして」
みくは、涙をゴシゴシとふいて、一生懸命になって笑顔を見せました。
「バイバイ…お姉ちゃん」
「うん。また会おうね。みくちゃん」
お姉さんは、もう一度みくの頭をなでると、クルリとみくに背を向けて振り返らずに歩き出しました。
「絶対、絶対、また会おうね!」
みくが大声でいうと、お姉さんは、いつもと同じように片手を上げて歩いていきました。
みくちゃんが最後に書いた手紙の内容は、皆様のご想像にお任せいたします。
読んでいただきありがとうございました。