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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
9/35

第六話 嵐姫、家出

「へぇ~、それで藍銅はお気に入りの場所を教えちゃったのか」

「おい、なんで俺の寝台でゴロゴロしてるんだ」

「いいじゃん~、広いんだし一神ぐらい増えても~。それともあれ~? もしかして紅藍姫の方が良かった~?」


 ニヤニヤと笑う瑪瑙に、四妃中最も血気盛んな藍銅の忍耐力に罅が入った。


「……楓々にある事ない事吹き込んでやる」

「ちょっ! やめてよそれっ! 楓々は純粋なんだからっ」

「そして嫌われてしまえばいい」


 はんっと鼻で笑えば、瑪瑙がビシッとこちらに指を突きつけてきた。


「甘いね! 既に嫌われてるんだから、これ以上下がる事はないんだからっ」

「お前、それ言ってて哀しくならないか?」

「結構ーー」


 そこで強がらないのは、たぶん瑪瑙なりに思うところがあるのだろう。


「で、お気に入りの場所に連れてったんでしょう? 紅藍姫を。ってか、今まで誰にも立ち入らせた事がないのに」


 基本的には四妃や周囲と共に居る事が多い藍銅だが、本来の気質は孤高。

 一神で居る時間を持ち、その時には誰であろうと近づけない。


 そんな藍銅のお気に入りの場所は、誰が言うわけでもなく不可侵の場所として存在した。

 地上から遙か遠く、天に向かって聳える大樹の枝が作り出す揺りかご。

 嫌なことがあった時、心を落ち着けたい時、それ以外にも度々藍銅はその場所で羽を伸ばしていた。



 そこに初めて入れる者が居るとすれば、藍銅の伴侶たる存在。


「王妃様でも入らせなかったのに」

「馬鹿。危ないだろ」


 別格として、王妃様ならーーという話もあった。

 もちろん、それを四妃達は心の中で一笑していたが。


 自分の特別な空間、それも二神きりになる場所に例え王妃様といえどーーいや、王妃様だからこそ連れてくる事は出来ない。

 彼女は王の妻。

 触れる事が赦されるのは王のみ。

 それをお情けで、王の信頼を得て側に居る事を赦されている身である。


 王妃様と共に居るのは本当に心地よく心休まるが、四妃達は自分達の絶対聖域たる場所に王妃様を連れ込む事は決してしなかった。

 ーーまあ、その分、後宮にて四妃全員で可愛がっているが。


「それが、紅藍姫をね〜」

「五月蠅いな、ねちねちと」

「ふふ〜ん、これは楽しみ楽しみ」


 そう言って笑う瑪瑙に嫌な予感を覚えつつ、藍銅は未だに寝台でゴロゴロする徳妃を蹴落とした。


「ふぎゃっ」

「ネコかお前は」

「もう藍銅ってば酷いなぁ」

「そんな顔しても全然可愛くない。キャラ被りしてるんだから、もう少し見習え、凪国の朱詩様を」

「いや、あれ別格」


 冷静なツッコミを入れる瑪瑙。

 確かにあれは別格だった。

 多くの男達を狂わせる生来の魔性たる存在ーー『男狂い』。


 四妃達でさえ、朱詩の色香に思わず我を忘れて恥ずかしいぐらい乱れてしまった。


「むしろ、会わなくて良いならもう二度と会いたくないね。じゃないと身も心も『女』にされちゃう」

「普通は身も心も『男』になるんだけどな」


 『男狂い』は本神の意志に関係なく多くの男達を狂わせ、その身を巡って殺し合わせ、戦乱を引き起こさせる事などザラだった。

 それで滅んだ世界すら数知れずとも言われている。


 しかし、四妃達は自分達の『女』の部分を刺激され、激しく男達の体を求めてしまった。


 あれか?間違った方向での性欲促進剤か?


 あの時は海王によって助けられたが、あのままでは確実に『男』としての大切な何かを失っていた。

 いや、そもそもどうして真逆の効果を示したのだろう。


「あれを制御出来るのは、凪王様ぐらいだよ。あと、凪王妃様」

「凪王妃様の方は制御はしてないだろ」


 ベタベタに溺愛されてはいるが。


「でも、前にあんまりベタベタする朱詩様に凪王妃様言ってたよ。『うっとうしい』って」


 その後、バタンと倒れて朱詩様が泣いていたと言う瑪瑙に、藍銅は同情した。


 それはかなりキツイ。

 もし自分達が王妃様に言われたら、引きこもる。


「けど泣いていたのはごく僅かで、すぐに飛び起きて凪王妃様に飛びかかっていたっけ」

「は?!」

 それってーー。


「で、小脇に抱えて思い切り愛でてた」


 ぬいぐるみ風に。

 藍銅は凪王妃に同情した。

 思い切り女性扱いされていない事に。


「しかもね〜、その時にジーって見てた僕に朱詩様が『果竪を三秒直視するなっ』って目潰し喰らわせようとするのっ! この僕をだよっ! 過去には傾国の美姫として名を馳せたこの僕をっ!」

「向こうの方が傾国レベルは上だろ」


 もし朱詩と瑪瑙が並んでいたら、絶対に皆が朱詩に行く。

 断言出来る。


「それでもっ! ってか、あんなに溺愛しているからウザがられるんだよっ!」


 その言葉に、藍銅は自分達の未来を見た気がした。

 たぶん自分達も遠からずそうなる。

「あ〜〜、というか俺達も端から見れば似たようなものだろ。お前もこの前王妃様に懸想して侵入した馬鹿を半殺しにしてただろ」


 海王や男妃達、そして麗しの上層部の影に隠れて目立たない王妃様だが、その穏やかで優しい気性に目を付ける馬鹿が決して皆無というわけではない。


 中には、見る目があるのが王妃様に接近しようとしてくる者も居る。

 それを始末するのも、四妃の役目だった。


 そもそも男に酷い目に遭わされ、子を身ごもる可能性が殆どなくなった王妃様がそんな男を受け入れるわけがない。

 自分達だって海王の后となってもらう為に心底苦労したのである。

 そして今も離婚と騒ぐ王妃様を宥め、誤魔化し、だまくらかしてこの後宮に留めている。


 海王の側に居てもらう為にはどんな手段だって厭わない。


 海王がヘタレで奥手、でも手だけは早いという駄目男な分、自分達が頑張らなければと決意した後宮の男妃達と上層部の組んだタッグは熱い。


 王として、男として完璧で神望熱い海王をいかにして、王妃様をメロメロにさせる夫にするかーーそれが今最大の議題である。


 この前、プロレス技かけられてたけど。


「そういえば、この前紅藍姫が王妃様に贈り物してたよーー最高級サンドバッグ」

「ちょっ! 王妃様のプロレスレベルが激上がりするだろっ!」


 最近では暇さえあればサンドバッグを蹴りまくる王妃様。

 毎日欠かさぬ鍛錬でこの前最後のサンドバッグが壊れて一安心していたが、そこに新たなサンドバッグ投入だなんて。


「所詮女性の細腕だよ」

「それでこの前王が技決められて落ちかけてただろ」

「あれは愛の注入で意識が遠のいただけだって、大将軍が感動してた」

「とうとう大将軍もイカレたのか」

「あそこも色々と夫婦間で問題あるしね」


 他国の後宮解散時に、そこで官吏として新たな道を歩もうとしていた元妃をさっさと連れ去り伴侶とした大将軍。

 それを王(年下夫熱愛中 現26歳)が受け入れてくれたからまだしも、でなきゃ国際問題である。


 ん?夫って?

 かの国は、炎水界でも数少ない女王統治の国。

 だから女王の伴侶は夫となり、後宮に居たのも当然男ばかりであった。


 そこから伴侶として男妃を連れ去った海国大将軍は、つまり同性愛者か?と思われるが、実は違う。

 海国の大将軍は、他国でも珍しい女性が就任している。

 もちろん、将軍の大多数は男が多いが、それをとりまとめる最高司令官がこの国の女傑と名高い上層部の女性だった。


 艶美な美貌と妖艶な色香を持ち、同性ですら惑わせる悩ましい蠱惑的な肢体を兼ね備えた大将軍は、大戦時代は宰相と共に王の懐刀として多くの敵を屠ってきた。


 そんな彼女が大将軍な為か、実は海国は炎水界でも女性武官の数が多い部類の国に入る。

 そればかりか、侍女すらも武官に負けぬ武芸を身につける特殊な者達が居り、彼女達は王妃様の侍女として働くと同時に、その身を守る近衛としての任にもついていた。


 それは大将軍の命であり、彼女の神材に対する適材適所の見極めは、王や宰相に次ぐとされている。

 そんな大将軍が現在目を付けているのは、四妃の一神ーー賢妃。

 穏やかな彼だが、実は中々の武闘派であり、たぶん四妃の中では唯一部門に進むのではないかと囁かれ、大将軍も熱烈にアプローチをかけているという。


 それこそーー。


『欲しいものならどんなものでも用意してやるっ! 家、服、準備金、嫁もだっ!』


 最後の一言で賢妃の目がきゅぴーんと光ったのを、他の四妃達は確かに目撃していた。

 そして、賢妃がにこやかな笑顔で何かを大将軍に囁いていた事も。


 同時刻に、やはり数少ない一神の女性将軍が背筋を振るわせていた事も。


 ただ、まだ夜這いとか犯罪行為が明らかになっていないので、大丈夫だとは思うがーー。


 しかし、しかし、だ。


『わかった! なんととしてでもその願い、この妾が叶えてしんぜようっ』


 と、恐ろしい宣告をしていた大将軍がとても気になる。

 それやったら、犯罪行為の補助になるぞ。


 だが、止めても無駄な事を知る他の四妃達はあえて黙殺した。


「さてと、そろそろ帰るかな」


 それまで何を言っても駄目だった瑪瑙がようやく腰を上げた。


「とっとと帰れ」

「ひっど〜い! けどそう言っていられるのも今のうちだからね」


 そう言うと、瑪瑙がニタリと笑って部屋の扉を開けた。


 ドンーー。


「あ」

「あ」


 藍銅も驚いたが、瑪瑙も驚いた。

 開いた扉に額を打ち付けて倒れているのは。


「紅藍姫っ!」

「い、いつのまにっ?!」


 藍銅は全く気づいて居なかった。

 が、瑪瑙は気づいていたらしい。


 何で、とか、まだ宮の入り口でしょう?とか騒いでいる。


 ってか気づいていて教えなかったのか、こいつ。


「足音聞こえなかったんだけどっ」


 それは俺も同意するーーと、藍銅はコクコクと頷いた。

 いつもあれだけドタバタと走り込んでくるのに。

 しかも「勝負しろおぉぉぉぉっ!」と大絶叫してくるのに。

 そしてそのおかげで、実は結構逃げ切っていたりしていたのだが。


「時には静かに忍び寄るのも大事だって教えてくれたのよ」

「誰が」

「賢妃が」


 よし、あいつの恋を潰そうーー。

 藍銅は決意した。


 人畜無害な顔して最大級の害悪だ。


「それで、宮の前で足音が消えたのか」

「足音消えても気配で察知しろよ」


 それくらいは大体の男妃達が既に習得ずみだ。

 瑪瑙に突っ込んだ藍銅だが、同時にこれが素直に頷く相手でない事も熟知していて。


「なら、藍銅だって気配消すぐらいしなよ! そうしたら紅藍姫だって探せないのに」


 武官として武術も学んでいる男妃達にとって、やはり気配消しも基本中の基本として体得されていた。


「つぅ~か、してる。してるけど見つけ出してくるんだ」

「センサーついてんじゃない?」

「何よセンサーって! 私の実力よっ!」


 確かに実力だろう。

 気配消しても探せるなんて、大将軍が知ったらスカウトしにくる。

 暗黒大戦で多くの者達が死んだ事で、現在大規模な神材不足に陥っている天界十三世界。

 それは炎水界でも、この海国でも同様で、使える神材をいかにして確保し、また育てるかが最重要問題の一つとしてあげられていた。


 しかしーーこれが、武官というタマか?

 いや、そもそも貴族の娘が武官?

 いやいや、決めつけは良くない。

 だが、どう見ても紅藍には武官は似合わない。


 では何が似合うのか?


 もともと貴族の姫君は、政略の駒とされる事が多く、それは大戦後に格段に減ったとはいえ、まだ強固に残っている場所も実は多い。

 そして結婚の駒として扱うには、余計な知識があると困る為、花嫁修業に必要な事以外は殆ど教育されていない事が多い。

 だから文官武官として王宮に伺候なんてもっての他で、したとしても侍女や女官として結婚相手を探しに、が常である。

 そして紅藍姫がここまで何にも出来なかったのは(といっても、花嫁修業すら満足に出来てないが)、たぶんそんな家の思惑があったからだろう。

 紅藍姫の姉達も政略結婚で結婚している。

 だから紅藍姫も将来的には政略結婚する筈だ。


 ってーー紅藍姫が政略結婚?


 そこまで考え、藍銅の中に笑いがこみ上げてきた。


 まともに花嫁修業さえ出来ていなかったこの姫が?

 今もあんまり改善されていない状況で?

 というか結婚相手を毒殺するんじゃないか?


 そもそも無理だろ、これを政略の駒とするなんて。


「ん?」


 藍銅は廊下にあるものが転がっている事に気づいた。

 

 あれはーー包み?


 大きな包みが転がっており、中から服とか化粧品とかが転がり落ちている。


 というか、どうしてそんなものが廊下に?


「私の荷物っ!」

「紅藍姫のかよっ」


 いや、ツッコミはそこではない。

 というか、荷物だと?


 今まで何度も勝負を挑みにやってきた紅藍だが、今までそんなものをーーいや、あんなにも大量の荷物を持ってきた事はなかった、筈。


 いや、むしろあの量は長期の旅行に行くレベルだろう。

 お前はどこに旅立つつもりなのだーー。


「その荷物どうしたの?」


 藍銅の代わりに質問してくれた瑪瑙が荷物を突きながら紅藍の顔を覗き込む。


「ちょっと遊びに持ってくるレベルじゃないよね?」

「当たり前よ!」


 当たり前なのかーーだから、どう当たり前なんだ。

 むしろ此処に住むレベルだろう。


 ……住む?


「……」


 藍銅はとっても嫌な予感がした。

 たぶん、瑪瑙が引き起こす騒動に対するものよりも、ずっとずっと鬼気迫る嫌な予感。


「実は家出してきたの。だから暫くの間、ここに置いてね」

「は?」


 家出ーー?

 そうか、予想通りだなーーって違う!!


 心の準備もなく襲いかかってきた嫌な予感の現実化に、藍銅はついに耐えきれなくなった。


「家出ってどういう事だよっ! しかも勝手に後宮を家出場所にするなっ」

「何よ! どうせ部屋の一つや二つ余ってるんだからケチケチしないでよっ!」

「そういう問題じゃないっ! ってか、ここには百名もの妃達が居るんだぞっ!立派に満室だろっ」

「嘘! 王妃様言ってたもの! 此処には千神ぐらいは軽く収容出来るって!」


 収容ってーー。

 いや、そもそも王妃様、何言ってるんだよ!!


 というか、後宮の秘密を外部者に暴露するなぁぁっ!


「という事で、余ってる部屋は絶対にあるんだから」

「紅藍姫に貸すぐらいなら、物置として使う」

「何ですって!」


 そこまでして嫌かーーと問われると困るが、藍銅には紅藍が後宮に住まう事で今よりもっと自分の平穏が遠のくと予想していた。

 それどころか、彼女の引き起こした騒動は全て藍銅が尻ぬぐいする羽目となるだろう。


 いや、まてまて。


「そもそも、なんで家出してきたんだ」

「だって嫌な客が来るんだもの」

「子供かっ」


 成神はしていないが、紅藍は十分に嫁に行ける年齢である。

 それが嫌な客が来たからといって家出するとはーー。


「だって、その神が来るとうるっさいんですもの! 結婚しろ結婚しろって」


 ズキン、と胸に痛みが走る。


「結婚って、五神もの男に捨てられた紅藍姫にまだ結婚話があるんだ」

「これでも貴族の娘ですからね」


 いやいやいや、なにげにそいつ失礼な事言ってるぞ。

 ってか瑪瑙、お前そんなんだから楓々に逃げられてるんだぞ。


「話なんて腐るほど来てるわ」


 そんなにーー来てるのか。

 衝撃が藍銅の体を駆け抜ける。


「なら、別に大きく構えていればいいんじゃない? もう少ししたらするからって」

「そんな言葉じゃ通じないのよ、その相手。もう何枚もの見合い写真を持ってきてね」

「じゃあその中から選べば?」

「嫌よ。どれもこの私には不釣り合いだもの。パッとしないし」


 全部断ったわーーそう言い切る紅藍に、藍銅は自分がホッとしている事に気づき驚愕する。

 なんで、こんなに安堵しているのだろう。


「けど、それで諦める相手じゃないしね。まあ、お父様からしてもお眼鏡に適う相手はいなかったみたいだから、たぶん断ると思うけど、その間は家を出てようと思うの。朝起きたら見合い相手の家ーーだなんてなったら笑えないものね」

「恐ろしいな、それ」


 と言いつつも、朝起きたら自分の所有者が変わっていた事なんてザラだった奴隷時代を経験している藍銅も瑪瑙もたいして驚いたりはしない。


「まあ、それだけ厄介な相手なの。だから、そんな相手が来れない場所に行かなきゃならないけど、それには場所が限られるでしょう?」

「で、ここか」

「そうよ。流石のあのババアも此処には来れないものね」


 口悪くなったなーーとしみじみしつつ、「ああ、もともとか」と考え直す。


「ーーまあ、事情はわかった。けれど、後宮にはおけない」

「どうしてよっ!」

「馬鹿かお前! 後宮は王の妃達の住む場所だ。そこに女をおけるわけがないだろっ」

「男ならいいの?!」

「違うっ!」


 どうしてそうなる!ーーと怒鳴れば、瑪瑙がちょんちょんと肩を叩いてきた。


「だって、ここの妃達って王妃様以外は全員男だもん」


 つまり、妃が男なのだから男しか入れないと紅藍が誤解したらしい。


「ってか、男だろうと女だろうとおけないっ!」

「淑妃達は居るじゃない。後は世話役の侍女とか女官とか」

「妃が後宮に居るのは当然だろっ!」


 苛々が募る。

 というか、言わなきゃわからないのか、こいつっ!!


「何度も言うが、後宮は王の妃達の住む場所だ! そこに入るという事は、王の妃として見なされる! お前は王と王妃様の仲を引き裂く気かっ」


 ただでさえ、後宮に度々来ている紅藍の存在は、王妃を疎ましく思う者達にとって朗報とも言える。

 というのも、王妃を除けば、唯一侍女でも女官でもなく出入り自由になっている相手など紅藍しかおらず、他の誰にも赦さなかったそれを彼女に赦すという事は、王が紅藍を娶る可能性があるのかもしれない。

 いや、既に王は女でも相手に出来るようになっているのかもしれないーーと馬鹿な夢を見る者達も出てきているのである。


 王が女でも大丈夫ーー。

 そうなれば、きっと貴族達は我先にと娘達を送り込もうとするだろうし、男妃達を狙う者達もその触手を躊躇なく伸ばしてくるだろう。

 むしろ、娘を後宮入りさせる者達と組み、男妃達などいらないとして、後宮から叩き出すかもしれない。

 いや、それはまだいい。

 問題は王妃様だ。


 醜い女達の権力争いに王妃様を巻き込むなんて冗談ではないし、そうなった時、あの海王が何をするかわからない。


 ようやく手に入れた最愛の存在を傷つけられて黙っていられるほど、海王は強くは無い。

 いや、たとえ黙認したとしても、必ずや残忍たる報復が来る。


 だから紅藍が後宮の門を最初に叩いた時、誰もが思った。

 すぐに追い出されるだろうーーと。


 なのに、後宮の門は開かれ、彼女は中に入る事を赦された。

 それを赦したのは、他の誰でもない海王その神。


 何か理由があるのかもしれないが、だからといって後宮に置く事はできない。

 その日のうちに帰るから、まだ目を瞑っているのだ。


 それが滞在するとなれば、心ない者達は言うだろう。

 紅藍が新たな王の妃になるのだと。


 特別な理由なく後宮に滞在するという事は、そういう存在であると目される事である。

 いや、たとえ特別な理由があったとしても、口さがない者達は好き勝手噂する。


 そして、平民でしかない王妃様よりも貴族の娘である紅藍の方が王に相応しいと言うのだ。

 

 王に相応しい?

 冗談ではない。


 あんなちんちくりんのどこがーー。

 王に相応しいのは王妃様だけ。

 紅藍など、王の側室にすらなれない。


 いや、誰の妻だろうとなれないのだ。


「べ、別に私は陛下と王妃様を引き裂くつもりなんかないわよ」

「なくても、周囲がそう見るんだ!」

「何よ! 淑妃のケチっ」

「ケチって何だ! この分からず屋っ! どこまで考え足りずなんだっ! お前の行動一つで周囲にどういう影響を与えるか少しは考えろっ」

「ーーっ」


 顔を真っ赤にした紅藍が怒り狂って藍銅に飛びかかる。


「五月蠅い五月蠅い五月蠅いっ! そんなの知らないわよ! 引き裂く気はないって言ってるんだからそれでいいじゃないっ!」

「よくないんだよっ!」

「ちょっ! 二神ともやめなよっ!」


 騒ぎを聞き付けて、世話役の女官や侍女達が駆けつける。

 そしてそれを更に聞き付けて、男妃達も姿を見せる。


 それを見ながら、瑪瑙がオロオロとした。


「このままじゃ、陛下のお耳にまで入っちゃうよ」


 そんな瑪瑙の心配通り、海王は足を運ぶこととなる。

 その時には、貴妃と賢妃に引き離されてもなお争っていた藍銅と紅藍が、ボロボロになりながらも怒鳴り合っている所だった。


「それで、この有様か」

「は、はい」


 四妃筆頭たる貴妃も頭を悩ませている。


「確かに藍銅の言うとおりです、がーー」

「別に、問題はなかろう」

「え?」

「花嫁修業として、王妃付きの見習い侍女とでもすれば」

「で、ですが陛下っ!」


 それでは何の解決にもなってないと貴妃は叫ぶ。

 口さがない者達は、どんな手段を使ってでも自分達の望む様に話を作る。

 王妃付きの見習い侍女としても、それは紅藍を妃にする為の準備の一つとでも言われてしまえばどうするのだ。


 それこそ、後々王妃様との禍根を作らないように、互いに仲良くさせ慣れさせる為の準備期間とでも言われてしまえばーー。


「そのような戯言、いくらでも封じようがある」


 そう言った王の笑みに、四妃達だけでなく、その場に居た全員が寒いものを感じた。

 この王はやると決めたら、やる。


 そう、それこそ、どんな手段を用いても。

 そして自分の利益にしてしまうのである。


 その証拠に、滞在を赦された紅藍が期間限定で後宮に滞在する事になった後、やはり口さがない事を言う者達は現れたのだがーー。


「ねぇ、知ってる? 陛下」

「ああ。なんか凄いよな」

「毎日の様に、四妃様や他の妃様達の所に通われて」

「なんか紅藍姫が後宮に滞在した時には、まさかーーとも思ったけど、さ」

「ああ、やっぱり麗しい妃達にしか興味がないって事だな」

「それに、紅藍姫は通わない王妃様の見習い侍女だから、最初から眼中に無しって事だろうし」

「そうそう、やはり陛下を真にお慰め出来るのは四妃達を筆頭とした妃様達だけなんだよ」

「だろうね。それに、王妃様は跡継ぎを得る為に迎えられた方だし、ね」


 王の男色家については、国民は諦観していた。

 だからこそ、そんな王が他の男妃達を隣で愛でているにも関わらず、こうしてこの国に嫁いで来てくれた王妃様の心の広さには敬服しかなかった。


 もう、相手が誰でもいいから、なんとかしてくれーーそれしかないほど諦めきった国民。

 王としては、施政者としては、男としては限りなく尊敬し心酔すべき存在だが、跡継ぎが産まれないのはとっても困る。


 それほどに、男妃達しか眼中にない王。

 そこに、紅藍姫という新しい女性が後宮に一時的にも滞在すると聞いて、後宮が本来の役割を果たし始めるかと期待もしたがーーやはり、愛でられる花は変わらなかった。


 そんな、古くから居る後宮の妃達の熱愛の噂がまことしやかに王都を流れて一週間。


「そうか、やっぱり俺が被害を受けるのか」

「もともとただでさえ流れていた男妃達への寵愛の噂だけど」

「前よりかなり多くなりましたね」

「ってか、みんなわかってないよねぇ」


 瑪瑙の言葉に、他の四妃達が溜め息をついた。


「確かに男妃達の所には通ってるけど、実は王妃様に会いに来てるだけだなんて」


 そうーー。

 王の想い神は王妃様。

 たとえ何がどうなろうとそれは変わらない。

 そして、男妃達と王様の間には肉体関係なんて欠片もない。

 ただ、保護する際に必要だからと与えられた位である。


 つまり、だ。

 保護対象としてでしかない男妃達の所に通う王が会いに来ているのは、その部屋の主ではない。

 むしろ今回一番被害を喰らった王妃様である。


「王妃様が一番可哀想だよね」


 寝た所を運ばれて、今回休む男妃の部屋に転がされる。

 そして男妃は別の部屋で夜を明かすのだ。

 王妃様に謝罪しながら。


「後でお慰めしなくては」

「今回こそ切れてどこかにいっちゃいそうですしね」

「ってか、藍銅がきちんと紅藍姫を制御しないから」

「俺のせいかよっ!」


 そんなわけで、紅藍姫が後宮に居ても全く王の妃候補として考えられなくなってしまった今。

 とっても調子に乗った紅藍姫の指導をするよう、他の四妃から藍銅は脅された。


「王妃様は居てもいいよって言ってくれてるけどね!」

「まあ、なにげに紅藍姫は王妃様に良く仕えてますが」

「王妃様の笑顔は増えてますが」


 三神の声はハモった。


 ー早く家出を止めさせろー


 んな事、わかっている。


 けれどーー。

 紅藍姫の居る生活に藍銅が少しずつ心地よさを覚えているのも、事実だった。

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