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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
34/35

番外編 襲撃の裏で【後編】

 そんなわけで王妃の部屋が凄い事になっているのとは反対に、戦いの場へと赴いた貴妃と賢妃の前にそれは現われた。


「これはこれは、予想外ですねぇ」

「ええ、なんとも素敵な光景ですね」


 居る筈のないもの。

 ある筈のないものがそこにはあった。


 凄まじい方向と共に、それは体をくねらせる。


 合成獣――。


 大戦時代に大量に作り出された生物兵器。

 殺傷能力の高い動物ばかりを組み合わせた『キマイラ』と呼ばれる神工生命体。


 それは今も一部が生き延び、残念ながらこの炎水界の各地に解き放たれている。


 そんなものが、なぜ、ここに居る――。


「大変ですね」

「そうですね」


 大変なんてものじゃない。

 海国上層部ならばまだしも、海国後宮内でこのキマイラに勝てる相手がどれほど居るか――。


 武術に優れた者達は多い。

 強大な神力の持ち主達も実は多い。


 しかし、神力は現在使用制限されている。

 使えば使えるが、使ったが最後空間が不安定になりあっという間に場が崩壊する。


 いわゆる、消滅だ。

 そこにあるもの、いるもの、全てを飲み込み消える。


 後宮だけではない。

 下手すれば、王宮も王都も一気に消える。

 もっと酷ければ、国一つ丸ごと一瞬にして消える。


 避難させている暇などない。

 場が不安定になったが最後、あっという間に消えてしまう。


 それで幾つもの国が消えた。


 だから、神力は使えない。

 使うならば、炎水家の許可が必要となる。


 となれば、純粋に武器を使った戦いになる。

 しかし、このキマイラは速さに長けているタイプだ。


 当時の人間界でも絶滅して久しいディアトリマという巨大な恐鳥類を熊と掛け合わせ、更には幾つもの遺伝子操作を行なって作られたそれ。


 基本形態はディアトリマの姿を保っている。

 が、ディアトリマより体は優に二回りも大きく、それでいて速さはその二倍。

 分厚い黒い羽毛は毛皮の様でいて、鋼鉄の鎧そのもの。

 長い尾は鞭の様にしなり、鋭く大きな嘴と鋭い爪で獲物を捕食する。

 しかも熊の遺伝子のせいか、短いながらも翼とは別に短い手が二本生え、その先には鋭く長い爪が生えている。


 そして当然ながら肉食。

 大戦時代はこいつに食い殺された神々も多い。


「ピンチですね」

「ピンチだな」


 というか、そもそもなんで此処にこれが居る。


 ただ獲物を捕食する事のみしか頭にないが、実は結構頭が良い。

 集団で狩りも行い、幾つかの街がこれによって無神となったという報告もあった。


 いくら自分達とはいえ、これを仕留めるのは容易ではない。

 現に、今回駆り出された武官達はあれに翻弄されていた。


 凄まじい速さでの突進。

 鋭く尖った嘴と爪の猛攻撃。


 蹴られたら確実に首の骨が折れる。


「罠をしかけても壊されそうですね」

「というか早く仕留めないと、建物が壊されます」


 のんびりと答える賢妃だが、実際には建物うんぬんでは済まない。

 既に近くの建物は崩れ落ちているし、木の何本かは壊されている。


 まずい。

 いや、やばい。


「誰があんなものを持ちこんだんでしょうね」

「侵入者でしょう」


 しかしその侵入者の姿が見えない。

 いや、屍累々はあるのだが、全て黒焦げである。


「証拠隠滅でしょうね。あれだけ黒焦げになれば身元に繋がるものは残らないでしょう。因みに残りは逃げました」


 そこに居た武官の一神が答える。

 そして置き土産として、これを置いていったらしい。


「ただ不思議なのは、どうやってこれを侵入させたかですが」


 それだけが分からない。

 ただ武官達の話では、突如茂みからこれは出てきたらしい。


 となると、どうにかして侵入させ隠れさせてたという事になるが――。

 その侵入のさせ方が分からない。


「門から入れば分かりますし」

「隠し通路であれば、あの巨体では通りませんし」


 むしろ詰まる。

 いや、詰まってくれた方が仕留めやすいが。


 と、武官の一神がキマイラに蹴り上げられた。

 傍に居た武官に嘴の洗礼が襲いかかる。


 このままでは、尊い武官の命が犠牲になる。


 貴妃と賢妃はそれぞれ獲物を手に持つ。

 先に動いたのは、槍を手にした賢妃だった。


「はぁ!」


 かけ声と共に、トドメを刺そうとしたキマイラの足に槍を突き刺す。

 しかし、分厚い毛皮でダメージは殆どないようだった。

 それでも武官が逃げ出すだけの時間は稼げたようで、仲間達が傷を負った武官を助け出す。


「こちらです!」


 裾を翻し、袖を靡かせ槍を操る。

 まるで蝶のようにヒラヒラと舞い、蜂のように槍を突き刺していく。

 だがやはり手応えは殆ど無かった。


「っ!」

「まずは、あの分厚い鎧のような毛皮を何とかしないと――」


 見た目は鳥だから毛皮と言うよりは羽毛というのが正しいのだが、熊の遺伝子も持っている上に、やはりどう見てもあれは羽毛には見えない。

 性能も羽毛じゃないし。

 しかもその羽の合間に鋭いトゲが生えているので、容易に近づく事も難しい。


 再び突進してきたキマイラを避ける。

 嘴と爪が襲いかかってくるのを受け流す。


 まともにやり合えばこちらが殺られる。


「上層部ならばこのように手こずらないのでしょうが」

「しかし全てにおいて上層部を頼るのはしたくないですね」


 何でもかんでも上層部となれば、彼らの負担は計り知れない。

 既にこの聖域とも言える後宮を自分達は与えられているのだ。

 それだけでも、上層部の負担はかなり大きい。


 だから自分達は決めている。

 絶対に、上層部の役に立てる様な存在になろうと。

 彼らを支えるのだ。

 そして彼らが認め、安心して仕事を任せられる様な神材となるのだ、と。


 その為には、そう簡単に彼らを頼っていてはいけない。

 頼るとしても、できる限りの事をした上でなければ。


 もちろん、だからといって見誤ってはいけない。

 大切なのは、神命である。


「武官達を下がらせました」

「ありがとうございます、貴妃」


 怪我をした武官の応急手当をする貴妃を背に、賢妃はキマイラを相手にする。

 貴妃の武術の腕前もかなりのものではあるが、賢妃には敵わない。

 そう――賢妃が後宮で一番強いのだ。

 だからこういう敵の場合は、下手に貴妃が手出しする事で賢妃の足をひっぱりかねないとして、彼は早々に離脱を選んだ。

 そして自分の得意な知識を使って、重傷を負った武官の手当を行なう。

 武官は全部で十五名。

 うち二名が重傷、三名が骨折、五名が軽傷である。

 無事なのは五名しか居ない。

 そしてその五名が、いざとなったら怪我神達を連れて逃げなければならない。


「申し訳ありません!」

「武官でありながらこの様な失態を」

「この上は、命と引き替えにしてでも」


 あのキマイラに手も足も出ない事を恥じ、傷を負い戦えなくなった自分を恥じ、それこそ逆再覚悟で――と息巻く彼らに貴妃は口を開いた。


「無駄死にするつもりですか」

「無駄などではありません!」

「そうです!この俺の命で皆様をお守り出来るならこんな命惜しくなどありません!」

「我らは国の為に戦い国の為に死ぬ覚悟を持った武神です!」

「陛下の為ならばこんな命などっ」


 と、一番最後に叫んだ男の後ろに、にゅっとそれは現われた。


「っ!」


 貴妃の後ろで、賢妃は確かにキマイラと闘っていた。

 だから、あれは違うキマイラだ。


 まさか、二匹目?!


 同じ――いや、所々で違うそれは、鋭い嘴を哀れな武官へと向けた。

 それで、捕食しようと。


 ぎらりと、光る。

 嘴。

 死ぬ。

 食われる。

 武官は助からない。


「っ――!」


 叫ばなければ。

 危ないと。

 危険だと。

 逃げろと。

 今すぐ逃げろと。


 でも、言葉が。


 武官も何かに気づいたのだろう。

 振り返ろうと体を動かす。

 でも、間に合わない。


 ああ。

 食 わ れ る。


 キマイラの鋭い嘴が、地面に突き刺さる。

 そこに串刺しにされた武官の姿が――。


 ない?


 え?


 無い?


「え?」


 悲鳴が聞えた。


「王妃様!」

「ああ、なんて事を!」

「紅玉様!」


 絶叫。

 絶叫。

 絶叫。


 駆けてくる。


 あれは、『右』。

 あれは、徳妃。

 あれは、楓々。


 賢妃の悲鳴も聞える。


「あ――」


 見た。

 地面を。

 キマイラの嘴がささった場所から少し離れた場所に。


 彼女と武官は倒れていた。


「……王妃、様?」


 地面に倒れた王妃様。

 武官の上に覆い被さるようにして。

 その右足の脹ら脛が赤く染まっている。


 赤い。

 血が。

 血。

 流れてる。


 傷。

 深い。

 流れてる。

 血。


「……」


 キマイラの嘴を見た。

 ゆっくりと地面から抜かれていくその先に、赤いものが付いていた。


「あ……」


 あれで。

 なにをした?

 貫いたのか?

 傷つけたのか?


 あの滑らかな肌を抉ったのか?


「う、あ、あ、ああぁぁぁぁっ!」


 怒りが頂点を突き抜ける。

 キマイラに向けて。


「この、駄目鳥がぁぁぁっ!」


 自分が発したとは思えぬ禍々しい声で。


 呪詛にも似た呪いの言葉を叩き付ける。


「死んでしまえ!!」


 もし自分が言霊を使えたならば、とびっきりの残忍な死を送ってやったものを。

 獲物を手に、走り出す。

 自分の力では一撃を入れられるかも疑わしいが、そんな事はどうでもいい。

 今はとにかく、あれを、あの、忌々しい肉の塊をどうにかしなければ。


 消してしまわなければ――。


 しかし獲物がキマイラに届く事は無かった。


 ぐらりと揺れた巨体が、後ろへと倒れていく。

 ドン、ドン。


 時間差で、二つの音が聞えた。

 一つは貴妃の前に居たキマイラ。

 そしてもう一つは、賢妃の前に居たキマイラ。


 ピクリとも動かなくなったそれに、貴妃は肩すかしをくらった。


 目標物が居なくなった事で手にした獲物は見事に空ぶった。

 そのままの勢いでキマイラに向って倒れ込みそうになった体を何とか立て直した。


 そのせいで、より間近に見てしまったキマイラは。


 死んでいた。


 獰猛な光を失った目は白く濁り、口からは長い舌がだらしなく飛び出していた。


 何が起きたのだろう?


 何故、突然こんな事に――。

 貴妃はキマイラに素早く視線を巡らせ、そして気づいた。


 キマイラの頭に深く突き刺さった鉄の棒。

 太い鉄パイプぐらいのそれは、しっかりとキマイラの頭を貫通していた。

 二匹とも。

 右から左へと。

 貫通している。


 しかも、貫通した際に脳の組織が一部押し出されたのか、地面に散らばっていた。


「……これ、は」


 よろよろと後ろに後ずさった貴妃を、無傷の武官の一神が支える。

 その耳に、聞えてきた。


「ふん……たわいも無い」


 偉大なる王の声に、貴妃がかの君を見る。


 彼は何事も無かったように、立っていた。

 そして汚物でも見る様に、キマイラを見下ろしていた。


 しかしすぐに興味を失ったかのように視線をずらし、歩き出す。

 自分の、妻の元へと。


「へ、陛下っ」


 声をかけるが、振り向く事は無かった。

 そこに、ふらふらと徳妃がやってくる。


「徳妃」

「はは、ははははは」

「徳妃、これは」

「さ、流石、陛下だね。うん、凄い、凄い、よぉ」


 まるで壊れた玩具の様に笑う徳妃の肩を掴み揺らす。


「徳妃、これは陛下が」

「あはははは!当たり前じゃん!陛下、陛下、陛下!そう、陛下だよ!陛下しか無理じゃん!ってか一撃ってどうなのさ!一撃だよ!」

「俺でも無理だ……流石は陛下だ」

「凄い、凄い凄い凄い!ああ、なんて凄いんだ、陛下は」


 頬を赤らめ、その強い男の、雄の姿に激しく反応する徳妃。

 そんな彼にゾクリと体が震えた貴妃だったが――。


 ドクンと、心臓が脈を打つ。


 たった一撃で。

 あれを、倒した。


 それまで恐怖で震えていた体が。

 圧倒的な強さに、突然の出来事に呆然としていた頭が。


 ゾクゾクと、急激に震え出した。

 全身を血が駆け巡る。

 歓喜。

 狂喜。

 強い雄の勇姿に見惚れ、その逞しい残り香に酔いを覚え始める。

 体が反応する。


 ああ、ああ――なんて事だ!


 いや、これは当然の事なのだ。


 『女』として調教された体が、次世代を生み出す為に強い雄を求めるのも。

 雄を惑わせる為に淫らに欲情するのも。


 体が、雄に支配される事を望む。


 どうか、奪ってと。


 このキマイラ二匹を一撃で仕留めた陛下。

 その凄まじい強さに。


 徳妃が、賢妃が、そして貴妃が。


 いや、『右』も。

 ここに居る武官達全員が。


 絶対的な強さを持つ支配者たる雄に、『女』を支配される。


「あ――」


 体が反応する。

 どんどん、熱くなる。

 駄目だ、こんなの。


 しかし体の高ぶりは止まらない。


 雄に奪われる為に。

 雄に奪って貰う為に。


 その為だけに、雄を惑わす体に造り変わろうとする。


 貴妃は自分の体をかき抱く。

 長年『女』として調教された体は、貴妃の思いを簡単に裏切る。


 耐えろ、耐えろ、耐えろ。


 あれは自分の様な穢れた相手が触れて良い方ではない。


 あの方に触れられるのはただ一神。


 欲しい、欲しい、欲しい。

 あの、逞しい雄に抱かれたい。


 駄目だ、そんな事を考えるな。


 葛藤する二つの思いに押し潰されかかったその時。

 貴妃の耳に、それは飛び込んで来た。


「怪我がなくて……良かったあぁ」


 他神はそれを情けない声と言う。

 それほどに、いや、かなり場違いな声に貴妃はその方向を見た。


 居たのは、王妃様。

 彼女が助けた武官に抱きつき、おいおいと泣く姿にギョッとした。

 王妃様が泣いている。

 何故?

 どうして?


 恐縮して、自分の命など助けなくても良かったという武官に王妃様の涙混じりの怒声が響いた。


「死ぬなんて冗談じゃない!死なせてたまるものですかっ!死なせない、死なせない、絶対に誰一神死なせないんだからっ!ってか軽々しく命を捨てるなんて言わないで!」


 と、武官をぶんぶんと振り回す王妃様に。


「王妃が振り回してもいいのはこの俺だけだ!」


 陛下が激怒した。


 まあ、うん。

 文字通り、振り回されてるよね。


 とりあえず――。


「止めましょう」

「止めなければ」

「止めないと不味いよな」

「うん、まずいまずい」

「流石に純粋な武官達の夢を崩させるわけには」


「今度そんな事言ったら殴るからね!」


 武官に詰め寄る王妃様に。


「駄目だ!殴るなら俺を!むしろ俺を殴れ!」


 とても誤解される発言をのたまう陛下。


 とりあえず陛下は放置して、武官達をここから撤収させよう。

 彼らの夢と希望を長続きさせる為に。


 貴妃、賢妃、『右』、徳妃、楓々の思いが一つになった瞬間だった。


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