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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
33/35

番外編 襲撃の裏で【中編】

 海国王妃――紅玉。

 彼女が王妃になる前は、普通の下働きだったという。

 下働きと言えば、朝は早いものだ。


 しかし彼女は、とんでもなく寝起きが悪かった。

 といっても暴力を振るうわけでもなく、ただ単純に中々起きないのである。


 しかも――。


「あとごふにゅん」


 ごふにゅんって何?!


 舌っ足らずな言葉でおねだりする紅玉は、自分を起こそうとする夫に抱きつきまたすやすやと眠り出す。


 至福の極み。

 海王は彼女を起こす事を止めた。


 別にわざわざ起こさなくても良いのだ。

 まだ床に就くには早い時間だが、最近色々とあって疲れた紅玉が早めの夕食を取って眠りにつき、その数時間後に事は起きた。


 何者かが侵入した。


 あり得ない事だが、実際起きてしまったからにはあり得た事なのだろう。

 今は一刻も早く、侵入者を排除する事に専念する。


 丁度妻の所に来ていた王は最初自らが出ようとしたが、そこはお付きの武官達に止められた。

 そうして素早く現われた貴妃、徳妃、賢妃と共に王妃の寝所へと留まる事となったのだった。


 外からは微かに刃をかわす音が聞えてくる。


 そんな中、取敢えず万が一の事を考えて妻を起こそうとした所、最初の台詞へと戻る。


「ねむぃのぉ」


 可愛らしく強請りながら、すりすりと擦り寄る紅玉。

 普段の紅玉がそんな自分を見たら絶叫ものだが、幸いな事に寝ぼけているというか、半分寝ている彼女にはそんな判断は付かない。

 いや、そもそも寝ぼけている時の自分を覚えていない。


「くっ……我が神生の春だ」

「なんと!常に堪え忍び続けた陛下に春が訪れるとは」

「流石は偉大なる陛下!忍耐の賜ですね」


 と、貴妃と賢妃が褒め称えているが、徳妃からすれば思う事はただ一つ。


 今までのどこら辺で堪え忍んでいたというのか。

 めっちゃくちゃ煩悩のままに触りまくってたじゃないか。

 そして王妃様に嫌がられてたじゃないか。


 そんな心の声が聞えていたのか?


「徳妃、何か言いたい事でも?」

「ない、ないよ全然」


 にこりと壮絶な笑みを浮かべる貴妃の背中からは、暗黒の炎が燃え盛っていた。

 下手に口にすれば確実に殺られる。

 空気を読んだ徳妃はぶんぶんと首を横に振った。


「あとごふにゅん~」

「ああ紅玉。五分と言わずにもっと寝させてやる」

「ありがひょう~」


 と、また紅玉がすりすりと夫の胸に頬ずりした。


 下半身が爆発しそうだった。


「駄目だ耐えろ俺。ここで耐えてこそ真の男だ」

「いえ、寧ろここは美味しく食べて差し上げる事が男かと」

「据え膳は頂くものです」

「全然堪え忍べてないじゃん」


 思わず口にした徳妃は、次の瞬間貴妃と賢妃の殺気光線の的にされた。


「徳妃、あなたとは少し話し合わなければなりませんね」

「私達の中で一番の若輩ものとはいえ、陛下に対する不遜な態度は許せませんからね」


 あ、詰んだ。

 ってか、死んだ。


 いつもは飄々とした徳妃だが、貴妃と賢妃からすれば赤子同然。

 ん?淑妃は?

 あれはまだマシだ、この老獪さ溢れる二大巨頭に比べれば。


「んにゅぅ~……あれ?貴妃?賢妃どうしたの?」


 どうやら覚醒した紅玉がごしごしと目を擦りながらこちらを見ていた。

 その声に、貴妃と賢妃が優雅な所作でもって振り返る。


 それを丁度横に居た徳妃は、見てしまった。


 そのイリュージョンの巨匠さえも驚きの、素晴らしい変わりっぷりを。


「申し訳ありません王妃様、騒がしくしてしまって」

「でもまだ夜も遅いですからどうぞ眠りください」


 無駄に色気溢れた蕩ける様な笑みを浮かべ、貴妃と賢妃は王の腕の中に居る紅玉に語りかける。


 普通の男、いや女でさえも腰砕けにさせる傾国の微笑。

 なんで王妃様にそれを向けるのかと心の中で突っ込むのは、やはり王妃付きの侍女として部屋に居た楓々。

 因みに彼女は、今の今まで空気を読んで完全に気配を消していた。

 というか、空気と同化していた。


「……なんか、騒がしい?ってか、どうして貴妃と賢妃がここに居るの?あれ?徳妃も居る?」


 そして、自分を抱き締めている相手に気づいた。


「……海王?」

「……」


 見つめられた海王は何か言葉を紡ごうとして――結局何も言葉が出ず、妻を抱き締めた。

 それはまるで恥ずかしさに頬を染める美少女そのもので、もはや乙女としか言いようがない。


 流石は男の娘。

 性別を超越した傾国。

 女性よりも完璧な女性美。


 もはや男的要素が無い海王の乙女っぷりに、楓々は溜め息をついた。


 産まれてくる性別を激しく間違えている。

 しかし言ったが最後、楓々の身は無事では済まないだろう。

 殺されるならまだマシだが、絶対に徳妃辺りに下賜されるのは目に見えていた。


 相手にとって一番苦痛になる事を的確に行なう海王の頭脳を侮ってはいけない。


「海王?どうしたの?また変な夢でも見たの?」


 紅玉は海王の背中をぽんぽんと叩いた。


「もしかして過去の夢?男に襲われた時の夢?囲われた時の夢?愛妾とか寵姫とか正妻とかにされた時の夢?拉致監禁された時の夢?それとも」

「そんな夢ぐらいで俺は揺るがない」

「それもそうか」


 海王の力強い反論に紅玉も納得した。

 ただし、その前に色々と突っ込みどころはあるだろう。


 というか、海王陛下――。


「流石は陛下です。過去の傷すらものともしないとはなんと偉大なお方でしょう。もし私がその立場でしたら、鬱憤晴らしに王都の経済を狂わせるぐらいしたいのですが」

「まあ貴妃、なんとお優しい事でしょう。私がその様な夢を見ましたら、あまりの腹立たしさに無差別攻撃を行ないそうなものですがね」


 神として駄目駄目な発言をする二妃。

 徳妃は自分も四妃に所属している以上、これと同類と思われているんだ――とちょっとだけ世をはかなんだ。


 しかし、実際には自分も神でなしなので、今更ではあるのだが。


「って、なんでみんなが此処に居るの?」

「もちろん、夫婦の仲を深めに来ただけだ」


 海王陛下の言葉に、楓々は思った。


 何神プレイで?――と。


 というのも、夫は海王陛下ただ一神だが、妻は正妃である紅玉を筆頭に、他三名。

 貴妃も賢妃も徳妃も、男ではあるが海王の妃だ。

 妃と言うのは妻。

 海国後宮は基本的に正妃以外は全員男妃であるのが常識なので、むしろ性別的には問題ない。


 むしろ、世間的には王は女性の妻である正妃には興味はなく、寵愛しているのは男妃達だけとされている。

 それこそ、正真正銘の同性愛者としてその偽りの名を馳せていた。


 だから、夫婦の仲を深めるとなればここに居る全員と深めるという事で――いや、世間的に言えば正妃を除く他三名とだろう。

 特に四妃の地位にある妃達は事の他、王の寵愛が深いとされているのだから。


「つまり、四神プレイですか」

「お待ちなさい、どういう数え方ですか」

「誰が抜けているのですか」

「どう考えても夫婦の仲を深める時の妻は王妃様だけでしょうがっ」


 因みに王妃と言えば紅玉を指すのがこの後宮での常識だが、王の妃と言うだけであれば正妃だろうと側室だろうと王妃と呼ぶものである。


 が、そんな事は今の海国後宮では必要のない知識である。


「ってかボクは楓々一筋なんだからっ!」

「……」

「なんで無言になるの!ああもう!王妃様、楓々を早く下さい!」

「駄目」

「酷いです王妃様!ボクと楓々の仲を引き裂く気ですか?!ボク達は産まれながらの永遠の恋神なんですよ?!運命の伴侶なんですっ」


 運命――なんて良い響きだ。

 男に囲われ【女】として生きる事がお前の運命だとか、お前は俺の妻だとか、妾だとか、寵姫だとか、強い男がお前を手にする権利があるとか、訳の分からない事を言われ続けてきた過去には運命を呪った事もあったが、今は違う。


 楓々との事ではもはや運命を信じる。

 むしろ運命しか存在しない。


「楓々は私の友達だから駄目です」

「酷い王妃様!」

「酷いのは徳妃よ!隙あらば楓々に襲いかかって物陰に引きずり込んで既成事実を作ろうとしてっ」

「手段は選んでいられないんです」

「そうですよ王妃様。私達を虐げてきた者達の常套手段でしたから」

「本当に欲しいものはどんな手段を用いてでも手に入れなければ」


 おほほほほと笑う貴妃と賢妃の笑みがどことなく黒く見えたのは気のせいじゃない。


「いやいやいや!ってか自分がそんな事をされたんならむしろ止めようよ!自分がされてイヤだったんでしょう?辛くて苦しくてイヤだったんでしょう?なら同じ事をしちゃ駄目よ!!」

「甘いですね、王妃様。それでは大切なものが失われます」

「奴らは酷く狡猾ですからね。私達を手に入れる為なら、どんな手段を用いようと、誰がどれだけ死のうと、幾つもの村や町を滅ぼそうとも構わないのですから。それこそ、私達の弱点となるものを探り当て、少しでも安全区域から出ようものなら即座に攫って餌として利用します。そして最後は利用価値が無くなったとして、いや、私達の気を引く者の存在など許せない――として殺すんですよ。今までがそうでしたから」


 ほほほ、と上品に笑う賢妃が紡ぎ出した淀みない言葉。

 その全てがロクでもないものだが、それらは全て賢妃達が受けてきた過去だ。

 そして今も、その危険性を常に孕んでいる。


 後宮から一歩出たが最後、彼らを拉致しようと手薬煉ひいて待つ者達が一斉に襲いかかるだろう。

 だからこそ、彼らはこの後宮から出られない。


「ここに保護され私達は平穏を得ました。でも、まだ真の意味での自由はありません」

「貴妃……」

「そしてその自由を勝ち取る為に、私達はこの場所で心身を鍛え、文武に励み、才を磨き開花させていく。いつかは外に出る為に」

「賢妃……」

「常に虐げられてきた」

「大切な者を奪われてきた」

「大切な者を作る事も出来なかった」

「全てを奪われてきた」


 そして、「もしも」と言う名の下に、殺されいった。


「顔を見たこともないのに」

「名前すら知らないのに」

「存在すら知らないのに」

「勝手に気を回して」

「存在を知ったら好きになるかもしれない、顔を見たら好きになるかもしれない、名前を聞いたら好きになるかもしれない」

「そんな事は許せない。自分のものなのだから。自分以外はいらない」

「そういって、自分の勝手な考えでもって罪無き者達を虐殺していった者達のなんと多かった事か」

「それでも、その原因となった我らは死ぬ事さえ出来なかった」

「刃で肌に少し傷つければ、村一つ滅ぼされた」

「彼らの助命を懇願すれば、拷問の末に殺された」


 地獄しかなかった。


 何をしても殺される。

 何もしなくても殺される。

 何も知らなくても殺されていく。


「狂わない方がおかしかった日々」

「全てお前の為だと言い続けられながら、多くの者達が殺されていく」

「その地獄から救い出してくれたのが海王陛下」

「ここでは、誰も殺されずに済む。知っている者が、知らない者も殺されていない」

「ここだから私達は生きていけるのです」

「だから私達は決めたのです」


 この聖域に手を出すものは。

 そして、王に仇成す者は。


 海国後宮に来た者達は、多かれ少なかれ――いや、全員が同じ様な地獄に堕とされてきた。


 守る為に手放しても殺され。

 守る為に知らないふりをしてもやっぱり殺され。


 最初から心を見せなくても、心を押し殺しても、殺される。


 「もしも」と言う名の下に。


 大切な者など作れなかった。

 大切な者がどこかで生きていてくれる事を祈ることすら無意味だった。


 だって死んで居るのだから。


 もう、見たくなかった。

 誰かが殺されていく所を。

 大切な者が、罪無き者が殺されていく所を。


 見ていない所で殺されるのも、イヤだった。


 だから、ここは楽園。

 もう苦しまなくても良いのだと。


 その大いなる翼で守ってくれた場所。


 だから――。


「私達は赦さない」

「そう――絶対に」


 微笑み、すっと立ち上がる貴妃と賢妃に紅玉は慌てて口を開いた。


「ど、どこに行くの?」

「心配せずともすぐに戻って参ります」

「しばし御前を失礼するだけです」



 そうして優雅な足取りで滑るように部屋を出て行く二神を慌てて紅玉が追い掛けようとするが、自分を抱き締める夫の腕に阻まれた。


「海王!」

「ここに居ろ」

「でも!何か変よ!外からも音が――何かとんでもない事が起きているんじゃっ!」


 そうなれば、一番危険に晒されるのは貴妃達男妃達である。

 え?紅玉は?

 貴妃達に比べれば危険性などあってなきに等しい。

 海王は?

 元々が強すぎるのでまず捕獲出来ない。


 というか、そもそも後宮で起きる騒動の殆どは男妃達を拉致しようと侵入する者達に寄る者である。

 つまり、紅玉などお呼びでは無いのだ。

 お呼びなのは、紅玉の命を狙う者だ。


 しかし、それは9対1の割合で9割9分9厘方が男妃達の拉致組なので、実は滅多に紅玉が襲われる事は無かった。


 なので、無問題。

 問題なのは貴妃達である。


 外から聞えてくる騒ぎから、誰かが侵入したのは紅玉も悟っていた。

 となれば、貴妃と賢妃が外に行くのは危険だ。

 何としてでも止めなければと思うのだが、夫の腕は外れない。


「海王!!」

「王妃様、大丈夫ですから」


 徳妃も紅玉を宥めにかかる。

 そう――あの二神の心配はいらないだろう。

 むしろ彼らにとっての心配は王妃様である。


 もし王妃様に何かあったら。

 もし王妃様が怪我したら。

 もし王妃様が――。


「国滅ぼしちゃうかも、ボク」


 いや、徳妃がやる前に陛下や上層部がやるだろう。

 だから徳妃としては、楓々さえ安全な場所に逃がせば後はどうでも良かった。


 それほどまでに王妃様を愛している。


 しかし当の本神からは。


「何馬鹿な事言ってるの!!」


 と、思い切り叩かれた。


 徳妃の愛は王妃様にはまだレベルが高いようだ。


 しかし今はそうでも、少しずつ時間をかければ。


「王妃様、ご無事ですか?!」

「へ?『右』さん?」

「『右』など他神行儀な!私は貴方の僕!阿蘭と呼び捨ててくださいませっ」


 バンっと扉を開けて入って来たのは、海国大将軍が側近――『右』こと阿蘭。

 その登場に、反応したのは徳妃だった。


 そう――普段二神を知る者達はこう言う。


 決して仲は悪くないと。

 いや、むしろ仲は良い方だと。

 そして阿蘭は四妃に対してかなり礼儀正しいと。


 しかし――ただ一つの事に関しては例外だと。


「阿蘭まで来るって事は、これはもう絶対に何か起きているって事ね!教えて阿蘭」

「王妃様はその様な心配をせずとも良いのです。ただご無事で居られればそれだけでこの阿蘭、幸せでございます。そう、後は俺達にお任せ下さい」

「いや、だから」

「そしてどうか、事が済みましたら頭を撫でて頂ければ」

「へ?頭を撫でるの?」


 紅玉は大して考えもせずに阿蘭の頭を撫でた。


「ああぁぁぁぁあ!何ソレずるい!なんで阿蘭だけっ」

「煩いな、お前は自分の女に撫でてもらえ」

「阿蘭は奥さん居るだろ!奥さんに撫でて貰えよっ」

「煩い!伊緒と王妃様は違うんだよ!因みに伊緒には毎日撫でて貰ってる」

「今は逃げられてるくせに」

「死ぬか?」


 殺気を放つ二神に、紅玉はオロオロと二神を交互に見る。


「え、なんでそんな怒ってるの?」

「ふっ……俺の妻はなんとも罪深い」

「んな事言ってる場合かぁぁぁぁ!」


 夫を右ストレートで仕留める王妃様。

 その傍では、阿蘭と徳妃が取っ組み合いを始める。


 それを見守りながら、楓々は溜め息をついた。


「侵入者を倒す前に王妃様が陛下を仕留めそうなんですが」


 そして阿蘭と徳妃辺りは相討ちになっていそうな気がする。

 しかしここで彼らを止められる者は誰も居なかった。

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