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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
32/35

番外編 襲撃の裏で【前編】

※男×男の未遂表現があります。

嫌な方は飛ばしてください。

 朝霧は、それを深い畏怖と震える恐怖の下に見ていた――。



 かの方が来たのは、朝霧がその場に居た侵入者の半数を屠った時だった。

 次から次へと沸いて出てくるゴキブリの様な奴らだったが、それでも一段落したと思った朝霧の肌がそれを感じ取った。


 まさかと思った。


 屠った半数分を補充するかのように現われた者達。


 余力はあったが、これだけの神数が侵入したという事実に朝霧は少なからず混乱していた。


 最初に相手をした者達だけでも、本来はあり得ないのに。

 それのなのに、また、増えた。


 逃げる事は出来ない。

 他の後宮の住神を危険に晒すから。


 だが、馬鹿正直に全員を相手にしていたら、時間がかかり過ぎる。

 そうなれば、彼女の元にいつまで経ってもたどり着けない。


 そう――紅藍。

 彼女を逃がし、追っ手を封じて全てをこちらに惹き付けた。

 いや、元々こいつらの狙いは自分のようだったから簡単に事は成った。

 けれど、だからといって紅藍が完全に安全とは言えない。


 もしかしたら、他にも潜んでいるかもしれない。

 実際に新たに現われた半数は、どこかに潜んでいたのだろう。


 早く紅藍を回収しなければ。

 しかし、先程よりも自分を取り囲む者達の攻撃が激しさを増し、朝霧は中々突破口を開くことが出来なかった。


 特に新たに現われた半数が厄介だった。

 攻撃といっても、朝霧の動きを止める類いのものが殆どだった。

 それは朝霧の身を無傷で捕獲する為だろう。


 滲み出る、穢れた欲望の眼差しが自分を射貫くのに吐気がする。

 はっはっとイヤらしい息づかいが耳を穢す。


 消えろ、消えろ、消えろ――。


 自分に向けられる、穢れた全てを消したい。

 自分の大切な者達に及ぶ危険を、打ち砕く。


 嫌いだ、全部。

 嫌いだ、何もかも。


 この身に群がる害虫どもなど、消してしまわなければ。


 そうして、再び男達を切り裂いていく。

 もっと、もっと早く。

 しかしその一瞬の隙が、朝霧の勘を鈍らせた。


「あっ――」


 手に持っていた獲物を弾き飛ばされる。

 しまったと思った時には、地面に引き倒されていた。

 あっという間に群がってくる男達。

 沢山の手が朝霧を地面に押さえつけ、腕を固定し、服に手をかけ、足を開かせる。


 開いた下肢が閉じられないように、男の体が入り込む。

 そんな事をしなくても、押さえ付けてくる沢山の手で足を閉じることなど出来やしないのに。


 性急に自らの服を脱ぎ捨てようとする男。

 その男も、周囲の男達も、皆ギラギラとした獣にも劣るゲスな光を瞳に宿す。

 ハアハアと荒い息づかいが気持ち悪い。


 殺される事は無いだろう。

 しかし、確実にこの身は穢される。


 もう既に体は慣れきっているから、それほど苦痛はない。

 だから、あえてこの身を明け渡し、隙を突いて皆殺しにするか。


 そんな事を考えていた朝霧の下衣に、とうとう男の手が伸びた。


 引き抜かれた帯が空を舞う。

 はだけられた胸を風が撫でた。

 血飛沫が朝霧の顔を濡らした。


 あれ?と首を傾げた時、自分に体を密着させていた男の頭が無かった。

 首無しの体がぐらりと、後方に倒れた。


 引きつった悲鳴をあげたのは、他の男達。


 押さえつける腕の力が緩んだ隙に体を起こした朝霧の目に、それは映った。


「しゅ、淑妃様――」


 何故かの方がここに――。

 いや、かの方はこの後宮を統括する四妃の一神である。

 有事の時には率先して動かれる立場であり、今までもにも――。


 と、朝霧の視線がそれを捉えた。


「こ、紅藍姫っ」


 意識を失っているのか、だらりと垂れた手。

 淑妃の腕に抱かれた彼女は、いつもの快活な様が嘘のように弱々しい雰囲気を漂わす。

 それは意識を失っているだけでは説明がつかない状況だ。

 いや、紅藍は眠っていても生気に溢れ、活気に満ちていた。


 だから、きっと何かがあったのだ。


「朝霧、服を直せ」

「っ!は、はいっ」


 立ち上がり駆け寄ろうとした朝霧は、淑妃の言葉に自らの姿を思い出した。

 この様な乱れた姿でかの方に近づくなどあり得ない。

 剥かれた服を慌てて整えた。

 半裸に近い状態にさせられていたが、服へのダメージは思いの他小さかった。

 これで服を破り捨てるのが好きな相手だったならば、今頃着ることすら出来ない状態となっていただろう。


 くそっ!こっちはあんまり金がないんだぞ!


 衣装の新調は限られた機会にのみ。

 他は今持っているものを繕い何度も着回しする。


 それは、四妃と言えども同じだった。


 それが、海国後宮の物資事情。


 後宮費用で国庫を傾けさせるなど冗談ではないとして、節約が求められている。


 と、衣装の事ばかり考えていたが、今はそのような状況ではない。


 再び朝霧の前に広がる赤い霧。


 悲鳴が、上がった。


「ひぃぃ!」

「くそっ!陣形を立て直せっ」


 男達が獲物を抜く音がする。

 ここで逃げないその根性には恐れ入るが、たとえ逃げても逃げ切る事は出来ないだろう。


「淑妃様、どうかここは自分に」

「いい、手を出すな」


 一度仕損じた身が何をと思う。

 淑妃の言葉は最もだった。

 恥じ入り自己嫌悪に陥る朝霧だが、そこにかけられた淑妃の言葉に思わず顔を上げた。


「別にお前の事を信用してないわけじゃない。あんなもの、失敗にもなりはしねぇよ。しかし、今回だけは俺に譲ってもらう」

「淑妃、様?」


 失敗じゃないと言われた。

 信用してないわけじゃないと言われた。


 それだけで、朝霧の心は救われた。


「ただ今回は、俺の苛々を発散させたいだけだ」


 そう言うと、淑妃は糸を操り男達の首を、四肢を飛ばしていく。


「しゅ、淑妃様!ならばせめて、紅藍姫を」


 片手で糸を操る淑妃に朝霧は申し出る。

 いくら淑妃が強いとはいえ、紅藍姫を片手で抱いたままでは闘いにくいのは明かだ。

 しかし淑妃はその懇願を退ける。


「このぐらい、なんのハンデにもなりゃしねぇよ」


 紅藍を抱えたまま、淑妃は鮮やかな手つきで糸を繰り出し続ける。


 かさりと何かを踏む音に朝霧がハッと振り返れば、二つの影を認めた。

 その影の持ち主の名を、朝霧は絞り出す様な声で紡いだ。


「『左』様、『右』様」


 海国大将軍が二大側近――『左』と『右』。

 『左』――雲仙。

 『右』――阿蘭。


 双子でありながら、男性美に溢れる美男子の雲仙と女性美に溢れる男の娘の阿蘭は、巷では運命の恋神としてもてはやされている。

 しかし、真実を知る一神である朝霧としては、他の者なら二神並ぶ姿に黄色い声をあげて卒倒するようなツーショットに別の考えが浮かぶ。


 軍の名高い『左』と『右』が二神揃って後宮に居る、この事実。


「流石は賢妃お抱えだねぇ」


 婀娜っぽく笑う阿蘭。


「賢妃が可愛がるのも納得です」


 凛々しい笑みを浮かべる雲仙。


「『左』様、『右』様……今、この後宮で起きている事は」

「ふふ、一筋縄でいかない事は確かですね」

「ったくよぉ、面倒なこった!まあ、駆けつけてみればもうフィナーレ間近だったみたいだけどよぉ?ったく、こちとら久しぶりに暴れられると思えば淑妃が全部持っていっちまうなんてな」

「阿蘭」

「わ~ってるよ!事態の早期収拾だろ?けど、淑妃が全部やっちまってるんだから軍神である俺達の面目は丸つぶれじゃん?そもそも淑妃があんだけ強いってなんだよ」


 ぶぅぶぅ文句をたれる『右』に、『左』が苦笑する。


「そんな事は最初から分かってる事だろう」

「まあな。淑妃だけじゃない。貴妃も徳妃も賢妃もみ~んな軍部に所属していてもおかしくない強さだからな。ってか、将軍クラス?ったく、面倒な野郎達が手ぐすね引いて待ち伏せてなきゃ、是非とも軍に勧誘するってのによお」

「確かに惜しい神材である。ただ最終的には本神の意志によるがな」

「けどよぉ、なんかもう決着付きそうで、俺達何のために来たって感じ?」


 拗ねた様に『右』が呟けば、『左』も苦笑しながら頷いた。


「まあここは淑妃に任せよう。それより、王妃様の方は大丈夫なのか?」

「ぜ~んぜん平気だって」

「言葉の使い方間違えてるぞ」

「うるさいな。とにかく、王妃様の下にはあの方もいらっしゃるし、他の四妃様達も居る」


 あの方――それが陛下を指しているのは朝霧にも分かった。


「けどさぁ?こいつら、ほ~んと馬鹿だよなぁ?」

「阿蘭?」

「だってよぉ、一部の奴ら――行ったんだぞ?」

「……」

「我らが王妃様の下に。ああ、ほ~んと馬鹿、馬鹿、馬鹿」


 ひたすら馬鹿と呟き続ける阿蘭の瞳が、妖しく光った。


「馬鹿は、死んで直さないとなぁ?」

「死んでも直らないと思うが」


 大切な王妃様に刃を携えて向った者達。

 神を殺す武器を手に、あの神域に駆けた愚か者ども。


 他の場所ならまだ許せた。

 しかし、王妃様の住まうあの場所に、血生臭い代物を手にした侵入者など、あってはならない。


「ああ、腹立たしい、憎らしい、愚かしい」


 くすくすと笑う阿蘭は、国を幾つも滅ぼした傾国の美姫すらも敵わぬ禍々しい色香を放つ。


 その隣には、双子の弟の妖艶さに溜め息をつきつつも、それに飲まれずに淑妃と侵入者達の戦況を冷静に見守る双子の兄。


「それにしても、紅藍姫はこちらで回収しなくていいのか?」

「下手に取ったら殺されると思うぞ。朝霧もよく殺されなかったな」

「そ、そうですね……」


 今も紅藍を腕に抱えて闘い続ける淑妃を見やり、三者三様の思いを抱く。


 血塗れの美姫。

 血祭りの巫女姫。

 殺戮の女神。


 あれ?全部女に対する言葉だろ、それ。

 なんていう突っ込みをしつつも、あれはどう見ても女だ。

 口調がいくら男らしくても、その美貌と色香、所作が全てを台無しにする。

 いや、所作といっても仕草が女性よりも女性らしいから、口調が男でも駄目なのだ。

 そのギャップが良い、ギャップ萌えとかいう馬鹿にはむしろご褒美になってしまうのだから。


 なんとも不憫な男である。

 そんな事を考える『右』に、『左』は思う。


 お前も同じだろ――と。


 『左』は口にしないが弟の『右』に対して結構な割合で、「どうしてこいつ、正真正銘女として生まれてこなかったのだろう?」とか「こいつもう女だろ」とか「どう見ても女にしか見えない」とか、色々と失礼な事を思う事が多かったりする。


 もちろん聡明で賢明なので、口にはしないが。


 一言でも漏らせば、兄弟と言えどボコられる。


「もうこっちは大丈夫そうだし――王妃様の所に行こうかな?」


 そんな事を呟いた『右』に、『左』は呆れ混じりに口を開いた。


「行ってもいいが、着いた時には終わってると思うぞ」

「――つまんねぇ」


 と言いつつ、それでもいそいそと行こうとする『右』。

 これはあれだ。

 絶対に王妃様に会いに行く気だ。

 そして頭を撫でてもらう気だ。


 あの、気位の高い『右』が。

 あの、気高い『右』が。


『あ、あのっ!俺の頭を撫でてくださいっ』


 と、以前王妃様に願い出た際、四妃達を絶句させたのは今も記憶に新しい。

 しかしそんな駄目駄目な男の願いを叶え、その頭を撫でてくれた王妃様の優しさに『左』も涙した。


 犬かお前は!!


 その後、男妃達の間で『王妃様に頭を撫でて貰うブーム』が勃発し、実は今も続いているのを『左』は知っている。

 そして朝霧も知っている。


「あの、『右』様が行ってしまったんですけど」

「いい、ほっとけ」


 どうせ、あいつに勝てる相手などそうそう居ないのだからほっといても構わない。

 それよりも、今はこちらである。


 小さな笑い声は次第に声量を増し。

 そして、狂気を増長する。


「淑妃と言えども、所詮はただの男か」


 いや、ただの男よりも厄介だ。

 だからこれ以上、その闇が広がるならば。

 状況を視続けながら、『左』は介入する機会を伺った。


次が後編になるか、中編になるかは未定です(土下座)

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