第二十四話 愛称ゴッキー
注意)ゴキブリが嫌いな方は飛ばして読んでください。
わんさかゴキブリに対する表現がでますので。
それからも延々と王妃様への敬慕を聞かされ続けた紅藍がようやく解放されたのは、既に日も落ちた頃だった。
戯れに遅いから泊まっていくかと徳妃と賢妃に言われたが、そこは紅藍なりに丁重にお断りさせてもらい、帰途に就く事にした。
しかしーー。
王妃の宮について早々、紅藍は賢妃の宮へのUターンが脳裏によぎった。
「ってか、夜道がコワイくせしてなんだってこんな時間まで居るのよっ!」
ビクッと体を震わせて涙ぐむ美姫ーーいや、男妃を紅藍は怒鳴りつけた。
清廉な朝露の様に儚くも可憐な美貌に加え、怯えた様に震える姿はまるで白く無垢な子猫を思わせる。
思わず守ってやりたいと他者に想わせる様な強い庇護欲をそそる姿だが、紅藍からすれば『ヘタレ王』としか言いようが無い。
賢妃の宮で何度か目にした後、色々とあって彼とは言葉を交わす仲となった。
確か最初は、あまりの虫への恐怖に逃げる事すら出来ず、泣きじゃくっていた所を助けたのが話をするきっかけだった気がする。
そんな彼の名は朝霧。
賢妃の宮に住まう男妃で、何でもそのヘタレっぷりを鍛えるべくわざわざ住み込みをしているらしい。
そもそも、妃達にはそれぞれ自分の宮やら部屋やらを与えられている。
だから、他者の宮に住まうというのはよっぽど何かがあったという事だがーー。
まあ詳しい事情は知らないが、とにかくそのヘタレっぷりに危機感を抱いた四妃がそれを命じたというのは聞いている。
それこそ王都でも滅多に見ない、見た目は極上の美少女だがーーというか、後宮の男妃達はおろか、上層部の殆どが滅多に見ないレベルだがーーヘタレというのはかなりいただけない。
これが女性ならばーーまあ差別と言われるかもしれないが、それでも女の子だしという部分で諦めがつく部分もある。
しかし、男で、しかも女として扱われるのが嫌、強い男になりたいと豪語する者としてはあまりにもヘタレすぎる。
このままでは見た目通りの可憐で恐がりな美姫と言われしまう。
そしてそれを否定出来なくなってしまう。
むしろ否定したら、紅藍は殴る。
そんなーー虫は嫌いだわ、爬虫類は嫌いだわ、暗い所は一神で歩けないわーーな朝霧。
特に一番嫌いなのは、『ゴキブリ』。
艶めく黒い光沢。
しなやかに伸びる二本の触覚。
ほっそりとした、モデル顔負けの肉感的な黒い美脚。
そして、周囲を圧倒するその跳躍力と存在感。
どんな仕打ちにも負けず、やられたらやり返す。
それをモットーとする、ゴキブリ。
それが今、カサカサと隅っこから這い出てきた。
「あ、ゴキブリ」
「へ? ーーっっっっつ!」
次の瞬間、ギィヤァァァアアア!と凄まじい絶叫が響き渡る。
しかし、絶叫すらも可憐だと思えるのは、やはり極上の男の娘だからだろうか?
だが、極上とは思えても、五月蠅いという感想が先に来るのは何も紅藍だけではない。
紅藍と同じ様に耳を両手で塞いだ女官達が呆れ顔で麗しい男妃に溜め息をついている。
「ひぃぃぃぃい! ゴキ、ゴキ、ゴキゴキっ」
「へ~、朝霧妃もとうとうゴキブリを愛称で呼ぶようになったんだ」
「ち、ちちちちち、ちがっ」
ゴキブリを愛称で呼ぶなんてとんでもない。
しかし、否定しようにも舌が回らない。
「よく見たら可愛いわよ」
「可愛くないっ!」
朝霧の否定に反応したのか、ゴキブリが飛んできた。
「ぎゃあぁぁぁあっ!」
大絶叫。
阿鼻叫喚。
それでもなお麗しく可憐な姿態。
「それにしてもこのゴキブリの黒い光沢は素晴らしいわね」
「そ、そうですね」
「きっと良い物食べてるのね。まるで黒曜石のようだわ」
黒曜石に失礼だ。
そして、次からは黒曜石を見たらゴキブリに見えてしまうのではないかと、そろそろ女官達も事態の深刻さに気づく。
「そういえば黒曜石の様な髪って褒め言葉があるけど、それって栄養満点のゴキブリ色の髪と同じ意味合いって事よね」
ポンッと、手を叩いて良い事を思いついたと言わんばかりの紅藍。
相反して、女官達は二度と他者の黒髪を褒め称える際に黒曜石うんぬんを使わない事を決めた。
誰がゴキブリと同じ色ですねーーと言われて喜ぶ。
といっても、この世界で黒髪は非常に珍しく、女官達が知る有名どころではかの国の王妃しか思い浮かばないのだが。
「そういえば、凪国の王妃様の髪もゴキブリ色」
その瞬間、ぐわしっと女官達が紅藍の口を塞いだのは言うまでもない。
ここは海国。
それも警備の厳重な後宮。
そして、その中でも更に厳重警備な王妃の宮。
しかし、どこにかの国の密偵がいるかは分からない。
それが、もし自国の王妃様の髪はゴキブリ色ーーだなんて報告したが最後。
ズ~ズン
ズ~ズン
恐怖のBGMと共にやってくるは、恐怖の使者ーー凪国の使者達。
報復として、ゴキブリで海国を埋め尽くされるかもしれない。
そんな事になれば、まず第一の犠牲者はこの朝霧だろうが。
「ヒイィィィィィっ! イヤアァァァァァッ!」
未だにゴキブリと追いかけっこ中。
もしや朝霧の魅力はゴキブリにも通じるのだろうか。
たかが体長3cmぐらいだから交尾はまず無理ーーいや、神とゴキブリが交尾したところで新しい次世代は産まれないだろうが。
そもそも、朝霧は腐っても男だし。
だが、もしゴキブリの体が1メートル八十ぐらいだったら、確実にファンタジーな展開、いや、婉曲な表現はよそう。
確実に襲われてゴキブリの『女』にされているだろう。
それどころか、意地と根性で出産させられているかもしれない。
「……」
「……」
「……」
「……」
容易に想像出来てしまう、それ。
「流石にゴキブリ×朝霧は嫌ですわ」
「ですわね」
「ちょっと映像的にいただけませんもの」
それ以上にもっと大切な事があるだろうが、女官達にとってはいかに映像的に大丈夫かが重要だった。
そして勝手に、仮にも陛下の妃の一神である朝霧をゴキブリと×にしてしまう容赦のなさは、流石は後宮勤めの女官達と言える。
と、その時だった。
柱時計が今の時間を示す様に、腹の底から響く重低音を打ち鳴らす。
「まあ、もうこんな時間ですわね」
「これは流石にお帰り頂かないと」
「キャアアアァァァっ!」
もう完全においとましなければならない時刻。
けれど、朝霧はまだ追いかけっこ中。
「朝霧! いい加減に諦め、じゃなくて受け入れなさいよっ」
「いやだぁぁああああっ!」
「前にも言ったでしょうが! ゴキブリを友達と思えって!」
そうーーそれは後に語られる、ゴキブリ瓶詰め事件。
あまりにもゴキブリを嫌がる朝霧に辟易した紅藍が、ゴキブリを三十匹瓶の中に詰め込んでこのいたいけな子羊に押し付けようとした、それ。
「ゴキブリなんか友達なわけあるかぁっ!」
「んな?! 約3億年前の古生代から絶滅せずに生き残っているゴキブリを! かつて人間界では熱帯を中心に全世界に約4,000種が存在し、「生きた化石」とも言われたゴキブリを! 3億年も種として残存しているゴキブリこそ人類の大先輩じゃないっ!」
「俺達は人じゃないっ」
そう、神である。
「神だって三億年生きるのはなかなか居ないわ!」
神の寿命は平均して数千年。
長くて数万年生きる神も居るが、流石に億には届かない。
大体がひ孫を見て永遠の眠りにつくし。
そして、神は一歳年を取るのに五十年かかり、なおかつ二十歳を迎えれば完全に成長は止まってしまう。
あとは見た目の年齢を自由自在に自ら変えるぐらいでしか、見た目的には年をとった様にしか出来ない。
因みに、神の寿命は数千年と言われているが、本神が望めば永遠に近く生きる事は出来る。
それをしないのは、あまりにも長く生きる事で魂が疲弊するからである。
魂があまりにも疲弊すれば自然と消滅に近づいていく。
それを回避する為に、『死』があり、冥府にて魂を回復させるべく眠りに就くのである。
ゆえに、冥府は『魂の休息所』とも呼ばれていた。
「朝霧! ゴキブリは友達よ! 心の友、認めなさい!」
「いやだっ!」
「酷いっ! ゴキブリが泣いてるわよっ! ほら、ボクと朝霧は友達ゴッキーって言ってるじゃないっ!」
ブフゥっ!と吹き出す、女官達。
そして口元を袖で多いながらも、肩が小刻みに震える女官達。
「ゴッキー、ゴッキー、ゴッキー! ボクと朝霧は永遠の友ゴッキー!」
「ウワアァァァァァンっ!」
ここに、いじめっ子を越えた鬼畜が誕生した。
が。
「もうやだあぁぁぁぁっ!」
その時、朝霧LOVEーーなのかは分からないが、とにかく追いかけ回していたゴキブリが朝霧の顔面に張り付こうとした。
それを必死に追い払う朝霧が、足を滑らせる。
ビタンと床に尻餅をついた朝霧に、紅藍が溜め息をついて駆け寄った。
が、そんな紅藍の前を飛び交うゴキブリ。
まるで俺の女に近づくな、触るな、殺すぞーーと言わんばかりの攻撃的な威嚇に紅藍はただ一言。
「うざい」
紅藍はスリッパで朝霧の心の友を叩き落とした。
そればかりか、地に落ちたそれをグシャッと足で踏みつぶす。
ーー心の友どうした。
そんな心の叫びが届いたのかどうなのか。
「ゴキブリって、メス本体が殺虫剤とかで死んでも卵嚢の中の卵は無事なんですって! だからしばらくたってから孵化したりとかするって書物で読んだわっ」
つまり、後々の禍根を残さない為に踏みつぶしたという。
確かに、もはやそれはぺっちゃんこ。
卵嚢うんぬん以前に卵も潰れているだろう。
「しかもぺったんこにしても生きている事があるから念入りに潰せって」
いや、「ぺったんこにしても生きるている事があるから注意して」はあったとしても「潰せ」と直球的な攻撃発言をしている書物は中々無いと思う。
「あとね、例えばメスを叩き潰した場合、時期によっては体内にあった卵や幼虫が四散することもあるので、トラウマを植えつけられる事もあるんですって」
その途端、朝霧が絶叫して女官に縋り付いた。
もはや男の「お」の字もなく、ヘタレ国王がここに降臨したーーいや、とっくの昔にしているが。
と、その間にも紅藍は新たに現れた二匹を見事に仕留めた。
が、今の知識が真実とでも言わんばかりに、四散した卵と幼虫。
「お~ほほほほほほ! この私から逃げ切れる獲物は居なくてよっ」
それらを見事に仕留めた紅藍に、女官達は思わずうっとりとした。
もちろん、朝霧すらも思わず心をときめかせてしまう始末だった。
そんなわけで、気づけばもうどっぷりと夜が更けていた。
流石にもう帰らないと、朝霧は怒られるーーどころか、半殺し確定だろう。
だが、それでも朝霧は帰れなかった。
それは、王妃の宮から賢妃の宮まで結構距離があるという事だ。
が、それは直接的な問題ではなく、その長い距離を歩いて帰るというのに、外は真っ暗だという現状だ。
ゴキブリが居なくなってひとまず泣き止んだ朝霧。
しかし今度は暗いのが恐くて帰れないと泣きじゃくる朝霧に、紅藍は頭痛を覚えた。
星が出てるとか、月が出てるとかはもう言った。
また、いくら何でも完全に真っ暗なわけがあるかとも言った。
そうーーここは後宮なのだから。
それは朝霧の方が、紅藍よりもよほど長く住んでいるのだから分かっている筈。
しかし、夜は夜だし昼間みたいに全体的に明るくないと抜かした、こいつ。
暗いところに何が潜んでいるか分からない、何が出るか分からないと騒ぐ、こいつ。
帰れなければ明るくなるまで待たなければならない。
しかし、王妃の宮に男妃が一泊したという事実は絶対にあり得ないらしい。
『陛下がお許しになりません』
それは男妃たる朝霧が王妃様に害される恐れがあるからーーというものだろうか?
寵愛する妃と、名ばかりの妃を一緒にしたら確かにかなり危険だろう。
けれど、あの王妃様がその様な事をする筈がないと言えば、王妃の宮に居る女官達が顔を見合わせていた。
その時の表情は、驚いた様な、困った様な……いわば、困惑した様な何とも言えないものだった。
が、すぐに朝霧を賢妃の宮に誰が送り届けるかで問題となった。
とりあえず、女官達の中で一番手の空いている者がーーという話になったが、それでも忙しい事には変わりない。
だから紅藍が朝霧を送り届ける事にした。
「こ、紅藍姫がですか?!」
「とてもありがたい申し出ですが、紅藍姫の手を煩わせるわけには」
「あなた達もまだ仕事があるんでしょう? その点、私はもう仕事もないし」
というか、見習いな為に元々がたいした仕事がない。
どちらかというと、行儀見習いという感じなので仕事と言うよりは勉強をさせられている感じだった。
「ですが、殿方と二神っきりというのは」
「殿方って、陛下の妃の男妃でしょうが。お相手は男で、しかも陛下以外はあり得ない、の。そんな陛下の寵愛を受けていて、しかも陛下一筋の相手が、別の相手、しかも女に手を出すわけ無いじゃん。むしろ出される方よ!!」
胸を張って言えば、女官達が戸惑ったように顔を見合わせる。
朝霧に至っては。
「ち、ちがっ! 陛下の寵愛は王」
隣に居た女官が素早く朝霧の肩を掴むと、そのまま腹部に一撃入れた。
「ぐふっ!」
「へ?」
咳き込む事も出来ずに蹲る朝霧。
キョトンと首を傾げる紅藍ーーどうやら、腹部に一撃という決定的瞬間は他の女官達が上手く壁となって見えなかったらしい。
「まあ、朝霧様! どこかお加減でも悪いのですか?」
「気温も少しずつ下がってまいりましたしね」
「体もガタガタと震えていますものね」
危うく後宮の秘密ーーというか、男妃の、陛下の秘密をバラしかけた朝霧を力ずくで黙らせた女官が優雅な所作で膝をつく。
そうして俯く朝霧の顎を掴んで自分と視線をあわさせると。
『バラしたら殺すぞ、ゴルァア?』
「朝霧、なんで土下座してんの?」
「う、うるさいっ!」
女官の前で土下座する朝霧に質問すれば、紅藍はそう怒鳴られた。
「とにかく、もう夜も遅いですからご自分の宮に戻られた方が良いですわ」
「う、動けないんだけど」
腹部への一撃がもたらす影響は思いの外大きかったらしい。
女官は舌打ちした。
「仕方有りませんわね」
送って行くーーそう口にしかけた時、宮の奥からパタパタと女官が一神駆けてきた。
「皆様、終わりました」
その言葉に、女官達の纏う空気が一変する。
相対していた女官が朝霧を放り出し、素早く宮の奥に向かうのを皮切りに、他の女官達もあっという間に続いて姿を消してしまった。
後に残されたのは、朝霧と紅藍の二神のみ。
「……」
「……」
静寂が重たい。
「……」
「……とりあえず、送るわ」
完全に放置。
けれど、放置された所でこのままでは朝霧は本当に王妃の宮で一夜を明かす事になってしまうとして、紅藍はヘタレ男妃の強制送還を決行したのだった。
息を吐けば白い靄が出る。
外套を身に纏ってはいるが、王妃の宮に戻る時よりも増した寒さが身にしみた。
しかし、どう見ても朝霧の体を小刻みに震わすそれは、ただの寒さだけではない。
王妃の宮から離れて進んだ先には、淡くライトアップされた花畑が点在する。
それはまだ王妃の宮の敷地内であることを示すものであり、暗い夜の闇を照らす貴重な光源でもある。
ふわりと甘い香りが漂ってきた。
今日はやけに花が香るが、今は山茶花が満開の時期を迎えている。
特にこの近くには、神々の世界にしかない『山茶華』という一際匂いの美しい花が植えられているから、余計にその香りは強いものとなっているだろう。
大きく息を吸いこめば、心地よい匂いが肺に染みこんでいく。
その香りを楽しみながら歩けば、あっという間に花畑は後ろへと遠ざかっていった。
代わりに目の前に現れたのは、王妃の宮の敷地と他の後宮の区域を仕切る門。
それを通り抜ければ、後ろで門が閉まる音が響く。
それを聞きながら前を向けば、確かに暗闇がぽっかりと口を開けていた。
しかし、歩き始めてほどなく新たな光を得る。
それぞれの宮に繋がる、整備された赤煉瓦の道に等間隔に設置された照明がそれだった。
センサー式で、動く者に反応して点灯する。
そうーー王宮内で最も警備の厳重な後宮が、完全に真っ暗なんて事は無い、いや、あり得ないのだ。
警備が厳重だからこそ、明かりの重要性もしかと認識されている。
加えて、警備兵たる女兵士が定期的に巡回している。
また照明自体は省エネ対策で常に点灯はしていないが、近くまで行けばセンサーが反応して明かりが点く仕掛けとなっている。
まあーー煌々とはほど遠い淡い光ではあるが。
しかし真っ暗では無い。
だから暗いのが恐くても、明かりがつけば大丈夫な筈だ。
誰も居ないと言うが、巡回する警備兵が居れば怖くないだろう。
なのにーー。
「手、痛いんだけど」
「う、五月蠅いっ」
がっちりと握られた手がミシミシと音を立てている。
流石は男妃。
見た目は絶世の美女でも、力は完全に男だ。
なんて感動ゼロの淡々とした気持ちも、手に走る痛みに何とも言えない気持ちがそこにプラスされる。
というか、なんだって紅藍は朝霧と手を繋いでいるのか。
『お、女をこんな夜道で一神で歩かせるわけには行かないからなっ』
なんて言葉的には十分でも、動作がそれをしっかりと裏切る某男妃のせいで。
そんな某男妃はもちろん朝霧で。
ようは、照明があるから、巡回があるからと言っているにも関わらず、「突然明かりがついたらコワイ」、「突然暗がりから神が現れたらコワイ」とヘタレさ全開となった朝霧が紅藍にしがみついてきたからで。
つまり、「コワイので手をつなげ」と、本神は認めていないが、ようはそういう事である。
「ちゃんと隣に居るから平気でしょうが」
「平気なわけあるかっ! 突然違う相手と手を繋いでいたって事もあるんだからなっ」
「ホラーじゃないの、それ」
しっかりと手を握っていて別神。
怪談話でそういうのはよくある。
ある、が。
「私達、神よね?」
「当たり前だ」
「神が幽霊とか怖がるってどうよ」
「はぁ?! 神が幽霊怖がったら駄目なのかよ! それ差別だろっ」
差別とかそういう問題ではない気がする。
しかし、それを指摘すれば朝霧が余計に怒るので紅藍は黙った。
既に涙目でこちらを睨み付けつつも、抗いがたい色香を漂わしている朝霧。
無駄に色気が濃いな、おい。
それ、誰対象での色気だ、おい。
化け物とか嫌いなくせに、これだったら嫌いなものまで呼び寄せかねないぞ、おい。
実際に見た事はないが、もしそういう幽霊とかがいるならそれすらも惑わし引き寄せかねない色香を漂わす男に紅藍は『本末転倒』という言葉を思い出した。




