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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
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第二十二話 口は……

「あの、でも王妃様が陛下と結婚してくださって良かったです」

「え?」


 王妃様がキョトンとした様子でこちらを見る姿に、紅藍は自分の想いを告げた。


「だって、王妃様がこうして海国に来て下さったからーー私は王妃様と出会えたんですから」


 王妃様にとっては本意でなくとも、紅藍は王妃様が王妃様で良かったと思う。

 それを伝えれば、王妃様が頬を赤らめたままなんだかワタワタとしだした。


「そ、それは私の方です! 私こそ紅藍姫と出会えて幸せですっ!」


 それはあまりにも嬉しすぎる言葉で、思わず紅藍は王妃様に抱きついてしまった。


「王妃様っ」

「紅藍っ」


 だが、咲き誇る百合の花がその生長を止めるのはその数秒後。

 花を萎ませる異様な妖気ーーにハッと二神揃って視線をある一点に向け……。


 二神揃って視線をそらせた。


 あれは、きっと幻覚。

 しかし、世の中そう甘くはなかった。


「妃……」


 向こうに見える大樹の影から見える顔半分と、幹を掴む白い繊手。

 どんな遠くからでも、たとえ顔半分でも、決して見間違う事のない麗しの美貌。

 そして嫋やかな白い繊手は到底男のそれとは思えない。


 そんな、美しき美姫ーーいや、この国の王の宝石の様な瞳に渦巻く光は。


 幹がビシビシと音を立てて、へこむ光景は。


「紅藍姫」

「は、はい」

「あれは幻覚、そう、幻覚なんです。悪い妖精さんですよ」


 いや、それですまされる問題ではーーというか、うちの陛下は確かに妖精の様な可憐さも持ち合わせていますが。


 その時、更に幹が大きく砕かれる音が聞こえた。


「ちょっと! その大樹は後宮の庭職神の方達が丹精込めて世話をしている木の一つなんですから酷い事しないで下さいっ」


 夫の事より、大樹の心配。

 流石は政略ーーいや、恋愛感情0で嫁いで来られた方。


 紅藍は王妃様への好感度を更に上げた。


「……妃」

「何です? 詐欺男」


 こちらにゆらゆらと幽鬼の様に歩いてくる陛下が怖い。

 それは、陛下の後ろに控えていた者達も同じでーー。


 というか一体何処から出てきたのか?

 先程陛下が大樹の陰に居た時には影も形もなかったくせにーー。

 あれか?もしや陛下の後ろに連なるようにして全員で大樹の陰に居たのか?


 自分で考えた予想だが、それはそれで気持ち悪いものがある。


 控えていた者達の中には、見覚えのある顔が幾つもあった。


「陛下、どうかお気を確かに」


 一際美しく陛下の横に並んでも遜色のない美貌の姫は、この後宮の四妃の長たる貴妃。


「陛下、深呼吸は心身共に落ち着けるよい方法でございます」


 長い袖で口元を覆いながら提案するのは、嫋やかな美貌とおっとりとした所作が魅力的な四妃の一神たる賢妃。


「そうそう、陛下。ここは平常心平常心!」


 笑いながら、けれど結構焦っているのは愛らしく清楚可憐な美貌は天使や妖精すら足下にも及ばないと謳われる四妃の一神たる徳妃。


 その後ろには、更に数神の男妃達と侍女達が居た。

 ただ王妃付きの侍女である楓々も見えたが、彼女は少し離れたところから「ファイト」という旗を振っていた。

 ーー助ける気は皆無らしい。


「……王妃」

「何ですか?」


 にっこりと笑いつつ、何故か青筋が立っている王妃様。

 そんな王妃様に声をかけようとした紅藍だったが、それよりも先に王妃様の体は陛下によって奪取された。


「王妃様っ?!」

「何するのよ詐欺男! ってか離せえぇぇぇっ」


 そのまま猛然と走り去る陛下に連れて行かれた王妃様の叫び声があっという間に小さくなっていく。


 それを呆然と伸ばした手をそのままに見送った紅藍の肩を左右それぞれにポンっと叩くのは、後の事を任された徳妃と賢妃の二神。


 そういえば、貴妃を筆頭に、他の男妃達と侍女達は陛下を追い掛けていったのを見た気がする。


「陛下、一体どうなされ」


 そこで紅藍は気づいた。

 そういえば、少し前に王妃様はいたく陛下に対しての怒りを露わにされていた。

 もしやそれをたまたま通りかかって聞いていた陛下がそれを不敬罪ととり、王妃様を罰そうとしているのだろうか?


 慌てて王妃様を追い掛けようとした紅藍だが、やはり徳妃と賢妃に止められた。


「ちょっ! 離してよっ」

「嫌だよ」

「お断りします」


 紅藍の行動など手に取るように分かる二神は微笑んだ。

 この無駄に正義感のある少女を好ましく思うが、今行けば確実に陛下に殺られる。

 しかしそれでも暴れる紅藍の口から飛び出た言葉に二神は何とも言えない気持ちになった。


 このままでは王妃様が罰せられてしまうーー


 そう言った紅藍に、徳妃の瑪瑙と賢妃の天河は顔を見合わせた。


「それは」

「どういう」

「だって王妃様、陛下のことケチョンケチョンに言ってたもの!」


 その言葉に、二神は先程王妃様が昔の男の事を紅藍に語っていた時の事を思い出した。

 昔の男の話では、たとえ過去の男といえど愛しい妻の口から出るなんてーーとばかりにふつふつと怒りを煮えたぎらせながら見ていた海王。


 その後、王妃様は確かに陛下への怒りを露わにしたが、その時の陛下はそれはそれは幸せそうだった。

 たとえ『詐欺男』と連発されていても。


『紅玉……』


 恋する乙女のように、大樹の陰からうっとりと己が王妃を見詰めるストー……いやいや、我が国の偉大なる国王陛下。


 ストーカーじゃない。

 断じて違う。

 そんなものではないのだ、陛下は。


 自分達を地獄からすくい上げ、更にはこうして安全な聖域を用意してくれた陛下をストーカーなどとは認めたくない、何があろうとも。


「もし王妃様が罰せられたらどうしよう……」

「紅藍姫」

「あ……」


 あの気の強い紅藍が涙ぐみ王妃様を心配する姿に、二神は柄にもなくほだされた。

 それぞれ相手がーーどちらも相手は了承していないがーーいるにも関わらず。


「ああ! 陛下がたまたま通って耳にしてしまったばかりにっ」

「……」

「……」


 ここで突っ込むべきか、真実を伝えるべきかーー。


 瑪瑙と天河はそれぞれ黙ったまま心の中だけで突っ込む。


 はっきりいって此処は、たまたま通りかかる様な場所ではない。

 王妃の宮はおろか、高位の妃達の宮からも遠ざかった後宮の隅。

 それこそ下位の妃との密会に使用とでもしなければ、まず近づかない。


 だから、偶然ではない。

 たまたまでもない。

 むしろ、ストーカー……いやいや、必然なのだ、これは。


 ーー嫌な必然だな、おい。


 瑪瑙と天河は自分のフォローに自分でツッコミをする事態に哀しくなった。


「とりあえず、王妃様は大丈夫だよ」

「徳妃の言うとおりです。貴妃様もいらっしゃいますし」


 もし無体な事をしようとしても、きっと貴妃が体を張って止める。


『王妃様は私にとって生き別れの妹のようなものです』


 そんな生き別れの妹認定を貴妃に勝手にされた王妃様は自分がどれほど幸運か知っているだろうか?


 あの貴妃は、一度自分の懐に入れた相手を決して傷つけたりはしない。

 そもそもその懐に入ること自体がとても難しいが、それをいとも簡単にあの王妃様は行ってしまったのだ。


 そして、自分達四妃はおろか男妃達もまた、王妃様を自分の固く閉ざした懐へと入れて大切に大切にしている。


 本神は嫌だろうが。


 だが、王妃様が悪いのだ。

 自分達の心をこじ開け、その懐を開かせてしまったのだから。


 もう、凪国が返せと言っても返せない。


 生涯、この国でその身を埋めて貰う。

 それが、どれほど罪深い事だとしても。


「どど、どうしようっ!」

「紅藍姫」

「陛下が王妃様にお仕置きされてしまうわっ」


 愛と言う名のお仕置きだろうけどーーと、思った瑪瑙は自分の心の汚らしさが嫌になった。


 というか、自分達が微笑みもプラスして宥めてやったというのに、この姫君は全く聞いていない。

 今までどんな相手ーー上層部を除くーーでも、自分達が微笑めばあっという間に理性をかなぐり捨ててどんな言い分でも飲んだというのに。


 流石は、あの藍銅のーー。


「ああ! きっと今頃殴られて蹴られて鞭打たれて更には『ブスのくせに良い度胸だな』と嘲笑されて『やれ』と言われてそのまま王宮から投げ捨てられて」

「ちょっと待って」

「その発言の主は誰ですか」


 陛下じゃないよね?陛下じゃないよね?


「陛下」

「……」

「……」

「だって陛下と王妃様は政略結婚で、王妃様は子供を産むためだけの繁殖用の雌馬として輸入された『物』で取り替えなんて腐るほどあるからって、一部の貴族達が」


 危うく陛下が愛する王妃様にそんな事をするわけがないーーと叫びそうになった自分達を慌てて律した瑪瑙と天河は、続く紅藍のその発言に怒りが怒髪天を突き抜けた。


 確かに、一部の者達はそう思い込んでいる。

 いや、そもそも子供を産んで貰う為に強引に来て貰った王妃様という表向きの理由が民達に浸透していたーーだってそう民達に説明していたから。


 だから、それは嘘では無い。

 嘘では無いが。


 繁殖用の雌馬?

 『物』?


 確かに意地悪な見方をすればそうだ。

 子供を産む以外の事は求めていないという説明をしているのだから、それが当然である。


 当然であるが、何故だろう?

 こう、他者の口から聞かされると腹が立つのは。


 あまりにも身勝手であると分かっている瑪瑙と天河だが、やはり苛立ちは募る。


「紅藍姫」

「な、何?」

「それを口にした神達にとっても興味があるんだ。誰が言ったの?」

「……」


 紅藍はとっても嫌な予感がした。

 したが、何故か今だけは瑪瑙と天河に逆らう事も出来ずに白状させられたのだった。


 その後、紅藍が白状した者達がどうなったかはーー言わずもがなだろう。


 そしてそんな者達はさておき、ぐったりとした紅藍は何故か瑪瑙と天河の主催する三神だけのお茶会の席に着かされる事となった。

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