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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
19/35

番外編 『左』と『右』

「あ、飲み物おかわりお願いします~!」


 王妃様の声を受け、『左』は疲れた様に微笑みを一つ残し、その部屋を後にする。


 パチンーー扉を閉めた後、指を鳴らして歩き出せば背後に二つの気配が現れる。

 それが、背後の扉の前に佇み頭を垂れるが、『左』は気にせず歩き続けた。


 彼らは『門番』。

 あの扉の向こうに居る、大切な存在を守る為の番神。

 ここは『左』の支配下であり、働く者達も『左』の手の者達ではあるが、一般客達が入る場所でもある。

 だから注意してもしすぎる事はなく、それこそ心酔する偉大なる陛下の寵妃が居るともなれば警戒レベルは最高にまで引き上げてしかるべきだ。


 それから間も無く、やはり音も無く先に現れた調理服姿の手の者に飲み物を頼む。


「でーーどうした?」


 手の者が姿を消すと同時に、『左』が背後に向かって声をかけた。

 誰も居ない筈の場所。

 けれど、次の瞬間、艶やかな美女が閑散とした廊下に佇んでいた。


「やっぱりバレていたか」


 銀の鈴を振るような声に愉悦の色が混じっているのに気づき、『左』は小さく溜め息をついた。


「当たり前だ、『右』」


 本来ならば名で呼び合うが、弟は現在仕事中であり、自分もまた仕事の途中。

 だから、役職名で呼び合う。


 『左』が振り向けば、そこにはやはり見覚えのある顔が居た。

 長い髪を美しく結い上げ、女物の衣装を身に纏った『仕事中の姿』。

 男物を身に纏っているいつもの姿でさえ目も覚める様な美しさだが、身につける衣装も女物の今となっては、もはや完全たる『女』のそれでしかない。


 いや、男らしい美貌の自分とは違い、本来の性別を超越した女性と見紛う美貌は、咲き誇る芍薬の花を思わせる艶やかさと華麗さを称えていた。


「王妃様は?」

「奥に居る、楓々と紅藍姫も」

「へぇ~~」


 袖で口元を隠し、奥に続く廊下に視線を向ける弟の口元がゆっくりと引き上がる。


「俺も、後で挨拶に行こうかなぁ?」

「そんな暇があるのか? 仕事中だろ?」

「そのぐらいの時間はいくらでも作れるさ」


 本気でそう思っているのは、兄だからこそ分かる。


「で、何のようだ?」

「もちろん、王妃様の様子見だよ、『左』。俺はこれでも『右』、大将軍側近だぞ?」


 軍部の統括者である大将軍の左右を固める自分達。

 『左』と『右』は、大将軍側近達の中でも二大筆頭と呼ばれる。


 それも、『裏の左 表の右』と、その名が表す各々の仕事は言うまでも無く。


「王妃様が外に出ているからなぁ。はっーーもう二度と、以前の様なヘマは踏まねぇって事だよ」


 深窓の姫君の如き姿には似合わぬ、粗野な口調。

 それでも『右』の美しさは損なわれず、むしろ心魅入られる様な魅力を増す。

 ここに居るのが実の兄でなければ、即座に『右』は襲いかかられていた事だろう。

 といっても、この腕っ節の強い実戦経験豊富な『右』が易々と押し倒されるわけもないが。


 その美貌から、今まで星の数ほど老若男女問わず欲望の対象となってきた『右』にとって、自分の美貌がもたらす効果はイヤと言うほど知り尽くしている。

 そしてその効果ゆえに、どういう状況が自分に降りかかってくるかも。

 だからこそ、『右』の実戦経験はイヤが応にも増え続け、建国と同時に大将軍側近の『右』に据えられた。


 猛者揃いの将軍達を打ち据える、絶対的な強さを有したからこそ、『右』は『右』として存在する。


「まあ、『左』の所に居るから、以前の様な事は万が一にも起きねぇとは思うけどな」

「当たり前だ」


 それは『左』としてのプライド。

 もう二度とあの様な無様な失敗は繰り返さない。


 陛下の聖域ともなるべきお方を危険に晒し、なおかつその白く柔らかな心に傷をつける結果となったあの大事件は今も上層部の記憶に最悪な事実として刻みこまれている。


 どんなに悔やんでも悔やみきれない。

 苛立ち、激しい後悔と悔恨の念に苛まれ続ける。


 それは、王妃様を買った挙げ句、自分の好みと違ったとして手にかけようとしたバカを実際にその手で葬ってもなお。


『王妃様っ!』


 部下が、危機一髪だった王妃様を見て上げた叫びが蘇る。

 

 楓々がその身を守ってくれていたからこそ、最悪な事にはならなかった。

 それでも、体のあちこちに出来た痣に、目の前が真っ暗になった。


 何故止められなかったのか。

 何故、王宮から出してしまったのか。


 何故、何故、何故ーー。


 あの時、上層部の目は王宮内に向いていた。

 それでもーー。


 心ない、それこそ紅藍姫とは比べものにならない、バカ姫に心を傷つけられた王妃様を思いやる事も出来ず、陛下との言い合いの末に飛び出した彼女を。


 一番最後の痣が消えたのは、つい最近の事だった。


 それが、『左』には許せない。

 それを許した、自分が一番許せない。


「『左』ーー」

「……」


 『右』がポンっと自分の肩を叩く。


「話を持ち出したのは俺だけどーーあまり気にするな。王妃様にもそう言われただろ?」


 助けられなかったのは自分達。

 けれど、王妃様は自分のせいでと謝罪された。

 頭を下げたあの方に、自分達のふがいなさを思い知らされた。


 強引に海国に連れて来たのは、自分達だ。

 だからこそ、守らなければならなかった。

 籠の鳥としたのもそうだ。

 彼女に余計な知識を与えず、生きるのはこの海国王宮の中ーーそれも後宮の中だけで。

 凪国に帰る事が出来ないように、王の側でしか生きていけないようにーー。


 そう仕向けたのは自分達。

 王妃様が学ぶ機会を奪ったのも、自分達。


 だから、王妃様は悪くない。


 それなのに、自分達は。


「俺達は、罪深い事をしている」

「『左』……」

「だが、それでも、失えないんだ」


 凪国の王妃に対する上層部の思いがよく分かる。

 一見して、後宮から出さないその様は異常とも言えるがーー所詮、同じ穴の狢なのだ。

 自分達だけではない。


 海国も、他の水の列強十カ国も、炎の列強十カ国も。


 見付けてしまったから。

 奇跡とも言える、その数少ない確率の中で。


 見付けたーー。


 本能が叫ぶ。

 彼女を、見付けた。


 だから、大丈夫。

 だから、自分達は幸せになれる。


 ただ、何故そう言えるのか分からない。

 けれど、心が叫んで止まないーー。


 今度こそ、『愛する者を殺されずに済む』。


「っ?!」

「『左』?」


 『右』の心配そうな声を聞きながら、『左』は自分の中に強烈に浮かんだ言葉を思い返す。


 今のは?


 何故、そんな言葉が浮かんだのか?


 余りにも強烈すぎた言葉。

 けれど、それは認識すると同時に波が退くように霧散し始める。


 そうして手を伸ばした時には、それは淡い靄となって、最後には消えた。


「『左』!」

「な、なんでも、ないっ」


 もう、分からなくなっている。

 自分は、何をーー。


「顔色が悪いぞ? 働き過ぎじゃないか?」

「俺がこの程度で倒れるほどヤワなものか」

「言っとくけど、『左』はかなりのワーカーホリックだからな」


 ワーカーホリック、仕事中毒、仕事依存。

 それは特に、彼女達が出て行ってしまってから濃度を増した。


「お前の奥さんも心配してたぞ」

「それを言うなら、お前の妻もだろ」


 と互いに言いーーそして、互いに。


「奥さん」

「なんで」


 二神で、項垂れた。


 仕事に逃げなければ、いや、逃げてもなおこの苦しさからは逃げられない。

 いや、逃げる事自体が間違っている。

 だが、百戦錬磨の自分達でさえ、あそこには手出しが出来ない。


 王都近隣の山の頂にある、『大神殿』。

 先の大戦ではその数を減らしたが、それでも種族の大半は海国の奥地に住まう、強大たる力を司る一族。

 その竜族の一神が、その大神殿の女神殿長として君臨する。


 そんな女神殿長は、竜族が手中の珠として大切にし育む『姫』の姉であり、いわゆる『婚約者に裏切られて捨てられた女』として一族を出奔して大神殿に飛び込んでしまった。

 そうして現在では、神殿長としてその手腕を発揮する。

 元、竜族の女戦士。


 迎えに来た一族の者達をバッタバタと投げ捨てていると聞く。


『お願いです! うちの、うちの姫をっ』


 竜族が陛下に泣きついてきたのも記憶に新しい。

 しかし、あの女神殿長に関しては、陛下ですら持て余している状態であり、今の所竜族は泣き寝入りするばかりだった。


 というか、竜族からすれば踏んだり蹴ったりだろう。

 そもそも、あの女神殿長の婚約者は彼女を捨ててないのだから。


 ただ、『姫』の婚約者候補の一神として勝手に持ち上げられてしまっただけで。

 と、そんな婚約者候補は現在五名居り、その中の一神として未だその婚約者はその名を連ねている。


 せめて名をリストから消した上で来いと言いたいが、消したくても消せない状況なのだろう。

 そんな女神殿長が、自分達の元から逃げた『左』と『右』の妻達を囲い込み、離さないで居る。



『離さないわけではない。ただ、戻りたくなれば自分達から戻るだろう』



 と言う女神殿長だが、どう考えてもそれはあり得ない。

 それぐらいならとっくに戻ってきてくれている。


 そうして、妻達が逃げて半年。


「いっその事、大神殿を侵略?」

「バカ、やったら陛下だけでなく竜族も切れる」


 竜族と事を構えるつもりは全くない。

 が、仮にもあの神殿は竜族の姫が統括している。

 その姫が危険に晒されるとなれば、竜族も出てこざるを得ないだろう。


「何だよ何だよ! あの一族! 自分達の姫すらまともに捕獲出来ないくせにっ!」

「落ち着け、『右』」

「うがああぁぁあっ! そもそも最初に姉姫を捕獲出来ていれば、こんな事にならなかったんだろうがよぉっ!」

「いや、まさか向こうも姉姫があんな手段を取るとは思わなかった」


 婚約、いや、結婚間近だった姉姫は、笑顔で花嫁衣装をビリビリに破り捨てたという。

 ーーまあ、そんな結婚間近の姉姫の婚約者を勝手に妹姫の婚約者に据えた狸達も狸達だが。


 そんな、竜族の『奇跡の姫』たる妹姫。

 だが、妹姫も完全たる被害者だろう。


 何せ、あの妹姫は姉姫に対しての大のシスコン。

 にも関わらず、姉姫はさっさと一族を捨てて飛び出してしまったのだから。


 姉姫は徹底していた。

 それこそ、完璧なまでに徹底しすぎていた。


 一族を捨て、故郷を捨て、花嫁衣装を破り捨て、結婚指輪を活火山の火口へと投げ捨てて。


 極めつけはーー。


 自分の『初めて』を、商売男に渡したという。



『もう生娘じゃないから、万が一にもアレと復縁なんてあり得ないからなっ』



 なんつぅ意地っ張り。

 意地っ張りを通り越し、あっぱれ。


 婚約者は卒倒したという。

 竜族の最強七大竜の一神ーーとは思えない、狼狽の末に。


 そんな竜族。

 広大な海国の中に一国を築き上げられる程の勢力を持つ、竜族。

 でも海王陛下LOVEで、陛下一筋で、陛下の為なら『自らの身を凪国の女王様に捧げて奴隷化しても構いません』と声高々に言える程の忠誠心を捧げる、竜族。


 そんな彼らは、敬愛する海王陛下に泣きついた。

 もうどうにもならないから。

 

 だが、泣きつかれたこちら側としては、どうにもならん。


「……なんかこうして思い返すと、可哀想な男が多いな、うちの国」

「それに俺達も入るのか」

「俺達だけじゃなくて、他の上層部も。ああ、あと藍銅も可哀想な男に入るかも」

「……」


 入るのか、あいつも。


 そんな事を『左』は思ったが、口に出さなかったのは彼なりの優しさだったりする。

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