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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
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第十四話 嫌な占い


 そんなわけでーー。

 なんだかとっても色々な事で釈然としない藍銅。

 おかげで、最近の血圧は更に劇的に上昇中。

 下降の一途を辿るどころか、もはや上しかない、血圧に関しては駄目な上昇志向爆走中。

 そろそろ下げないとマズイですと医師には言われているのだがーーどうにもこうにも、最近は特に苛々が募っていた。


 そんな藍銅の苛立ちを加速させているのは。


「淑妃! 酷いのっ! 瑯玕がねっ」

「淑妃! 瑪瑙の事どう思う?」

「淑妃! 天河って絶対にキチクよね」


 最後のは同意するが、何故だろう?この、胸の苛立ちは。


「は? 淑妃は淑妃でしょう?」


 なんで奴らだけ名前で呼ぶのだと紅藍に問えば、そう言われた。


 まさか、まさかと思うがーー。


「そもそもあなたは名乗ったのですか?」


 藍銅の懸念に、瑯玕はびしりと指摘した。

 ーーああ、うん。確かに名乗ってなかった、な。


 そして苛立ちはもう一つあった。


「ふんふふふ~ん」


 音程が所々外れ、リズムも所々ずれている鼻歌を歌いながら、紅藍が何かをごそごそとやっている。

 それはもう見なくても分かる。

 今日も王妃様とのお忍びで得た戦利品を仕分けしているのだ。


「これが瑯玕でしょう? これが瑪瑙で、これが天河ーー」


 四妃の名を呼び、買ってきたものを仕分けしている。

 その姿に、苛立ちが更に募る。


「あ、これは宰相閣下で」

「……」


 けれど気になって、そろりと品物をのぞき見た藍銅の目が見開かれる。


「……紅藍姫、それ」

「あ、淑妃にも一個ね」


 そうして渡されたのは、王都でも有名な『恋のお守り』袋。

 某神社で売られており、それを巡って幾つもの争いまで起きていると言われるほど、「モテナイ神」必見のアイテム!これで意中の相手は自分のもの、今まで何組ものカップルが続出中でーー。


 星の数ほどの縁談が降り注いでいる四妃や宰相、間違っても上層部にもいらない代物だ。

 だが、そこを指摘すれば。


「何言ってるのよ! これは本命との仲を進めるものよっ!」


 直球の抉りは残酷だった。

 どうして知っている。


 そうーーどうでも良い相手からは求められまくっても、本命からは決して求められないこの悲しみ。

 その筆頭が、王だ。


 多くの美姫や美女達がその側に侍る事を願い、その為に幾つもの争いが起きているものの、王にとって彼女達への興味は全くない。

 そして、何よりも愛している少女からは、全速力で距離を置かれている。


 強引な手段で王妃にした事でかろうじて縁が保たれているが、それは蜘蛛の糸よりも細いものだろう。


『これはあれか? 子供しかないのか?』


 だから、王妃は妊娠するのが難しいと言っているだろう。

 しかしあの王の事だから、気合いと根性で成し遂げるかもしれない。


「淑妃もこれを使うと良いわ」

「その心は」

「自分一神の力では無理な事が、この私が買ったお守りで叶えられる事で吠え面をかくがいいーー何するのよっ!」


 お守りを床に投げつけた藍銅に、紅藍が喚く。

 誰が使うか、そんな裏心ありまくりの代物。

 とはいえ、今まで自分に贈られまくった裏心ありの代物とは、その裏心自体の種類がかなり違うが。


「淑妃! この私に負けるのがそんなに嫌なの?!」

「そんな裏心出されてまで使う馬鹿がどこに居る」

「その第一人者になればいい事よ」

「死んでもなるかっ」


 そして心底余計なお世話だ、その気遣い。

 たぶん皆が返品するだろう。


 だが、実際には返品は殆ど出なかったというーー。


「お守りだろうと何だろうと、これで楓々との仲が進展するなら使うよ!」

「中々に効果があるらしいですから」

「これで、将軍の固い心が癒えてくれればいいんですけどね」


 いやいや、賢妃。

 固くしたのはお前のせいだろう。


 元々固かったが、この鬼畜に狙われたせいであの薄幸な将軍の心は凝り固まってしまった。


 と、話はそれたが、お守りを返品しなかった他の四妃達。

 加えて、他の男妃達もそれを返品せず、また上層部も返品しないという、この現実。


 モテてはいるが、本命には決してモテない。

 海国の恋愛事情は、藍銅が思うよりも危機的状況という事か。


「お~ほほほほほほ! 淑妃も諦めてこの私が買ったお守りの効果に縋ると宜しくてよっ」


 調子に乗りまくった紅藍の高笑いが響く。


「まあ、淑妃は既に陛下の妻だから、この場合は不倫相手になるでしょうけど」

「居たらどうする」


 普通、一国の王の妻ーーしかも側室とはいえ、それに別の相手が居たら大問題だ。


「居ないの? 可哀想に」


 え?何この哀れみたっぷりの顔は。


「陛下に殺されるっつうの、妃に手を出したら。それともお前が相手に立候補でもするか?」

「ごめん、同性愛の嗜好はないわ」

「異性だろ俺達はっ!」


 ビシリと笑顔で侮辱してくれた紅藍に藍銅は怒鳴った。

 というか、同性ってなんだ。

 お前は女で俺は男だろう。

 ああ、そうか、そうだろう。

 紅藍にとっては、自分など異性対象とは全くーー。


(ん? なんだ、それ)


 今、自分は何を思ったのだろう。

 紅藍が自分を異性対象として見ていないのは当然だし、そもそもどうして見なければならないのだろうか。

 むしろ見られなくてせいせいする筈ーー。


 なのに、この、胸の苦しみは何だろう。

 いや、この苦しみはずっと昔からあった。


 紅藍と、出会って間もなくの頃から。


「というか、こっちの心配するより、自分の心配をしたらどうだ?」


 苦しくなる息を整えながら、皮肉げに笑えば、紅藍がふんっと鼻で笑ってきた。


「もちろん私の分もあるわよ」

「ーーは?」


 紅藍の分も、ある?


「で、王妃様の分も」

「あったら駄目だろ」


 藍銅に渡す以上にまずいだろ、それ。

 ってか、もう王妃様の分はいらないだろ、今更誰との恋を進めるというのだ。

 まかり間違っても、王とのではない筈だ。

 となれば、本当なら現れていただろう運命の伴侶?

 現れた途端、王に始末されると思うが。


「それでね、恋占いもしてもらったのよ」


 だから、王妃様に関しては。


「それで、王妃様の占いが特に凄かったのよ!」

「何が」

「もちろん占いの結果!」


 そう言って、紅藍が教えてくれた内容はと言うと。


 ーー貴方の運命の相手は、冷酷な鬼畜ドSでかなり高い地位に就く男性でしょう。

 それも、一国の統治者レベルです。

 しかも絶世の美貌と高い能力の持ち主である事から、多くの恋のライバルが現れてはあなたをいじめ抜いてくる筈です。それは彼との仲を進めるには避けようのない現実であり、むしろ死んだ方がマシというぐらいの屈辱と恥辱、そして苦痛を与えられます。苦労しかありません。一生女性問題、男性問題で悩まされ続け、側室問題が持ち上がるでしょう。

 しかし、その暗すぎる未来を拒み逃げる事はまず不可能であり、地獄の果てまで運命の相手に追い掛けられる事間違いなし。まず逃げたら拉致監禁です。

 ようは諦めて運命を受け入れるしかありませんーー。


「どんな情熱的な相手なのかしらね? あ、この占いの結果には王妃様も感動して泣いてたわ」


 いや、それ感動して泣いたのと違う。

 というか、なんだその的確すぎる占い結果。

 誰が占った。

 どう占った。


 しかも回避不可能なんて、もはや呪いのレベルだろう。


「それで、楓々の占い結果もね」


 運命の相手からは逃げられません。

 腹をくくって、諦めてください。


 長ったらしい占い結果を要約すると、むしろこれだろう。

 藍銅はそっと両手で顔を覆った。

 運命の相手が瑪瑙だった事で友神の恋が叶う未来に良かったと思いつつ、やっぱり楓々は不幸なのかと悩みつつ。


「それで、私の占い結果なんだけどね」

「紅藍姫もしたのか」

「したわよ」


 言い切る紅藍だったが、すぐにシュンとした顔になる。


「どうした?」

「うんーーなんか、変な占い結果だったなって」

「変な?」


 一体どんな結果ーーいや、たぶん王妃様達のとそう変わらないものだろうが。


「三振バッターアウトの起死回生ホームラン」

「は?」

「だってそう書いてあるもの」


 そう言って渡された紅藍の占い結果。


 三振バッターアウトの起死回生ホームラン。

 あなたは、三度の恋に破れます。

 一度目は薄すぎる自覚によって。

 二度目は冷たい激情によって。

 三度目は激しい狂気によって。

 けれど、嘆く事はありません。

 根底まで落ちた後は昇るだけ。

 さあ、恋のホームランを打ちましょう。


「なんだ、これ」

「知らない」


 わけわからん。

 しかも、三度って何だ。

 そして狂気とかって。


「まあなんて言うか、センスないな、この占い」

「そこまで言う?!」


 言う。

 藍銅は喚く紅藍の額を手で抑えながら、しっかりと言い切った。


「もうもう! 淑妃の馬鹿! せっかくお守りを買ってきてあげたのに! この私の深すぎる心による慈愛と慈悲の思いが分からないの?!」

「思い切り自分に対する欲だろ」


 藍銅に少しでも勝ちたいという思いがあふれ出ている。

 しかも、全く隠す気もないそこがあっぱれというか、清々しすぎるというか。

 ここまで本心ダダ漏れの裏表の無さはどうだろう。


 そんな事を考えていると、藍銅の手が振り払われた。


「淑妃の馬鹿! もう知らないっ」

「お前は俺の恋神か」


 なんだその言いぐさ。

 まるで恋神に対する様な表情、仕草、言葉についついそう言って、藍銅はまた困惑した。

 その言葉を口にした時、体を駆け抜けたこの感覚は何だったのだろう。

 心地よく、何時までも漂っていたいと思う程の歓喜がこみ上げたあの感覚は。


「ふんっ! もう良いわっ」

「おい、どこに行く?!」

「気晴らしに決まってるでしょう!」


 ぷんぷんと怒る紅藍が駆け出し、藍銅がそれを追い掛ける。

 しかし、とうとう捕まえる事が出来ず、後宮の入り口へと辿り着いてしまう。


「紅藍姫っ」


 藍銅の手をすり抜け、紅藍の体が後宮の外に出た。

 けれど、藍銅の足は門の手前で止まる。


 伸ばされた手が、虚しく宙を掴みーーそして降ろされた。


 体がもう覚えてしまっている。

 ここから、出る事は赦されない事を。


 今も、門の外から感じる幾つものギラギラとした気配に、藍銅は激しい苛立ちを覚えた。

 男妃達に懸想した者達が、恐れ多くも王宮に自分達の刺客を放ち、後宮の妃達を拉致する機会を狙っている。

 この吐き気がするほどの気配は、そんな主の意を受けた者達のもの。

 ここから一歩踏み出せば、途端に彼らは藍銅に襲いかかるだろう。


 排除しても排除しても、膿のようにわき出てくる害虫ども。

 どれだけ叩き潰しても、また新たな芽が出てくる。


 出れば、奴らの思うつぼ。

 それどころか、他の男妃達まで危険に晒すだろう。

 そして何よりも、後宮に保護されるまで受け続けた屈辱が、藍銅の体をこの安全な場所に縛り付ける。


 だから、藍銅はここから出られない。


 そしてそんな藍銅を置いて、紅藍はいとも簡単に外に出てしまう。

 その絶対的な差を、噛みしめる。


 後宮から出られない藍銅とは違い、紅藍は自由にどこにでも行ける。

 今もそう。


 もう、その後ろ姿は見えない。

 あっという間に駆け去ってしまった少女に、藍銅は拳を握りしめた。


 自分には無い自由。

 後宮からは出られない身。


 そうーー自分は出られないのに、紅藍だけは思うがままに駆けることが出来る。

 自由に外に行き、自由に出歩く事の出来る、少女。


 藍銅が望んでも望んでも手に入らないものを、持つ少女。


 彼女は知らないだろう。

 自分の持つ、幸運を、自由を。

 それを、藍銅が望んで止まず、けれど決して手に入れられない事を。


 誰もが言うーー彼女は藍銅に絶対に敵わないと。

 彼女の能力は低すぎると。


 けれど、そんな彼女は藍銅が焦がれて止まないものを持っている。

 それも、男妃達全員が焦がれるものを。


 だから、紅藍は後宮から自由に出る事が出来る。


 嫉妬が身を焦がす。

 どうして、自分は外に出られないのに。


 走り去る少女を追い掛けても、後宮を出られた時点で追い掛ける事も出来ない。

 必ずや、立ち止まらなければならない我が身を嫉妬が焼き焦がす。


 どうして、どうして、どうしてーー。


 駆ける少女一神捕まえらぬ自身を。

 外に自由に出られない自身を。


 そしてーー藍銅が外に出られないのに、一神駆ける少女を。


 藍銅は、呪った。



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