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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
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第七話 行商

 それに、王妃様は紅藍の家出に酷く好意的だった。

 王は好意的かは知らないが、とりあえず紅藍が後宮に居ても大丈夫な様に取りはからってくれた。

 その理由はたぶん王妃様の笑顔が見たいから。


 女に溺れて国を傾けた王は余りにも多いが、たぶん海王は大丈夫だろう。


『仕事に行け』


 と、王妃様に部屋から叩き出されているから、いつも。


「というか、女に溺れてよりも『女性と見紛う絶世の男の娘』に溺れて国を傾けた王の方が多いわよ、あと『傾国の男の娘』を争って滅んだ国も」


 せんべいをばりばり食べ、長椅子でくつろぐーー駄目姫。

 そうか、そんなに後宮から叩き出されたいのか。

 それを男妃達に言ったら切れるぞ、マジで。

 性格悪いの多いんだからな、ここ。


 王妃様の前では借りてきた猫だが。

 あの瑯玕や瑪瑙、天河でさえも飼い主に甘える猫状態なんだからなっ!


 いやその前に、貴族の姫として、淑女を目指す身としてその姿は駄目だろ。


「あ~、熱い」

「扇風機に張り付くなっ!」

「ってか、寵愛深い淑妃ならここは冷房でしょうが。変な所でケチってるのね」

「お前、後宮の維持費がどれだけ財政を圧迫すると思ってるんだ?」


 後宮だけで国庫を傾けたという国は過去にも多い。

 もちろん、海国ではそんな事はないが、好意から保護され養われている身として、節約出来る所は節約しなくては。


 だから、妃達の中には後宮内でも行える仕事を持って一財産稼いでいる者も居る。


「今年の夏は猛暑ね。水着買わないと」

「待て、また溺れる気か」


 以前の潜水艦事件を忘れたのか、こいつは。


「ふっ! 海国の人魚と呼んで」

「人魚に失礼だ」


 人魚は間違っても潜水艦にはならない。


「はっ! この私の余りの美しさには人魚でさえ裸足で逃げ出すという事ね」

「人魚に足はないだろ」


 ごく基本的な事に突っ込む。

 声と引き替えにすれば、足を生やす事は出来るだろうが、果たしてそれを望む人魚がいるかどうか。

 自分ならそんな博打はしない。


「ふんっ! 情緒の分からない妃ねっ」

「情緒関係ないだろ。言葉の使い方すら間違ってるのか」

「きいぃぃぃぃ! うっさいわね! もう、毎日毎日説教ばかりっ」


 自分だってしたくない。

 説教だって以外と体力使うんだぞ。

 その貴重な体力をお前の為に使ってやっているこの俺に良い度胸だーーと、藍銅は心の中で疲れた様に笑った。


「……というか、なんで紅藍姫は勝手に俺の部屋に入って来てるんだ?」

「もちろん、新たな勝負を挑みに、よ」

「帰れ」

「勝負前に帰れるわけないじゃないっ」

「というか、家に帰れ」

「嫌よ! まだあの口うるさいババアが彷徨いてたらどうするのよっ」

「簀巻きにされて持ち帰られてしまえ」


 ついつい本音をポロリ。

 当然ながら、紅藍が怒り狂った。


「酷い! いくら自分が陛下に愛されて幸せ一杯だからって私を見下してっ」

「逆だろ。見下されてるの俺だろ」


 というか、見下すというのも正確には違うのだが、とりあえずいつも超上から目線では見られている。


「これは早急に勝負して、誰が上なのかはっきりとさせなければならないわねっ!」

「お前、陛下と王妃様の温情で後宮に置いて貰っている身でありながらなんだそのデカイ態度は」

「温情で置いてもらってるからこそ、娯楽を提供しているのよ」

「は?」

「この私が淑妃をコテンパンにして超一流の淑女として海国に名を馳せるというストーリーをねっ! どんな映画よりも感動出来るわっ」


 心底見たくないし、面白くもなさそうだーーと藍銅は心の中で断言した。


「ふっ! これで私を捨てた男達も後悔するわね!」

「まあ、その部分だけは同意する」


 そもそもそいつらが血迷って紅藍を捨てなければ、自分もこうして巻き込まれる事はなかったのだ。


「さあ! 何の勝負をしようかしらっ」


 そうしてるんるんと目を輝かせる紅藍が次々と勝負を考えていく。


「暑さ我慢大会? それとも、淑女らしくかき氷早食い勝負? それとも、水着セクシーポーズ勝負?」


 一つ目は暑くて却下。

 二つ目は淑女らしからぬ勝負だろう。

 三つ目は断固拒否。


「淑妃! 女豹ポーズよっ! セクシー水着での女豹ポーズっ! 男はそれが好きだって聞いたわっ」

「誰がやるかボケえぇぇっ」


 何をやらせる気だ!

 そして誰が撮影する気だっ!


「出来ないの?! こうよこうっ」


 ……なんでだろう?

 形はあっているのに、あの色気マイナス値の光景は。


「違うだろ! もっとこう! 色気をにじませろっ」


 と、後宮に保護される前に叩き込まれた本気の女豹ポーズをとり、ハッとした。


「違う! 俺は何をっ!」

「くっ! いつも陛下の求めに応じて女豹ポーズをしているだけあるわねっ」

「してねぇよ! むしろ陛下は」


 王妃様のM字開脚の方がーーと言おうとした瞬間、後頭部に激しい一撃を食らった。


「何をバカな事をしている」

「ひっ! 陛下っ」

「陛下、今、淑妃とセクシーポーズ勝負してるんですっ」


 声高々に宣言する紅藍の恐い物知らずには頭が下がる。

 いや、そもそもどうして陛下がここに?


「私の王妃が紅藍姫に会いたいと言ってな」


 途端、陛下が顎に王妃様の一撃を食らう。

 流石王妃様。

 神体の急所を一撃で仕留めるなんて。

 しかしそれで倒れるほどやわな陛下ではなかった。

 しっかりと王妃様の腰を抱き、後ろに倒れかけた体の体勢を整える。


 なんだか、いくら殴っても元に戻る風船の玩具を思い出してしまった。


 いや、そもそも陛下。

 後宮の秘密を自らばらしかけてどうするんですか。


「それで、王妃様はどうしてこちらに?」


 紅藍の声に、王妃様が陛下を突き飛ばしてこちらを向く。

 ああ、陛下。

 海国の偉大なる王としての威厳も王妃様の前では形無しですね、ええ、分かってます。

 威厳よりも王妃様への愛を取りたいという気持ちは。


 ーー全く通じてませんが。


 そんな王妃様は、キャッキャッと笑いながら紅藍と話していた。

 それを見た陛下がハンカチを噛みしめていた姿なんて、きっと幻覚、うん幻覚、何が何でも幻覚。


「また後宮に行商が来ているの」

「行商ですか?」


 警備に厳しい後宮に入れるのは、ごく限られた者達だけ。

 当然、行商として物を売りに来る者達も王宮側の厳しい選定をくぐり抜けてきた者達だけだ。


 第一の条件は、男妃達に絶対に手を出さない事。

 むしろ、関心なしの方が良い。


 と、そんな者達が居るのかと心配すれば、探せばいるらしく、探して探して探し抜いた末に見付けたとある行商が定期的に後宮にやってきていた。


「今回も色々と品物を売りに来てるから、紅藍姫も誘いに来たの」


 他の後宮は知らないが、ここに来る行商達の客は男妃達だけではない。

 後宮に居る全ての者達、つまり侍女や女官、その他の者達も客になり得る資格を持つ。

 だから、侍女見習いという立場の紅藍もまた客として品物を買う権利を有していた。


「今回も沢山品物を持ってきたから、是非とも見に来て欲しいって」

「へぇ~、って淑妃、何してるの?」

「買い物に行くんだよ」


 自分も買いたいものがあった事を思い出し、その準備をしていたのを紅藍に見咎められる。


「淑妃が買い物?! 何を買うのよっ! セクシー下着?!」

「あ、それも売ってるよ」

「売ってても買わんっ! しかも王妃様反応しないでっ」


 むしろ王妃様が買って欲しい。

 そしたら陛下は大喜びするだろう。

 だが、王妃様がそんな下着を買うような事があれば、きっと海国に隕石が降るに違いない。

 つまり、どう逆立ちしようと絶対にあり得ない事。


 思ってて哀しくなった。


「わ、私も行くわっ」

「好きにしろ」


 そう言って、後ろから喚きながら追い掛けてくる紅藍を置いて藍銅は行商の居る中庭へと向かった。

 

 既に、そこは大賑わいを見せていた。

 幾つもの露店があり、多くの者達で混雑している。


「これなどどうですか」

「南で採れた金剛石で作った首飾りです」


 もちろん、買う為の資金は殆どの男妃達が自分で作っている。

 でなければ、自由に使って良いと決められた予算から買い物代金に充てるのだ。


 皆が思い思いの品を買う中、藍銅は一つの露店で足を止めた。


「これはこれは淑妃様」

「息災だなーー」


 男の名を呼び、笑う。


「奥方は息災か?」

「ええ、ただもうそろそろ大人しくして欲しいんですがね。全く、もう一神の体ではないというのに」


 一神の体ではない。

 それの意味するものに、藍銅は目を瞬かせた。


「子が出来たのか?!」

「ええ」


 男の微笑みは、心の底から幸せだと言わんばかりのものだった。


「そうか……」


 男の奥方にも会った事がある。

 藍銅の目から見ても好感が持てる彼女は、余りにも自分に自信がなく、自己評価の低い女性ではあったがーー誰よりも優しく、一生懸命の努力家だった。

 そんな彼女は、海国の後宮で女官として働きーーそしてこの男に嫁いだ。


 上層部の子飼いでもある、行商と言う名で活動する『耳』の長に。

 幾つもある『耳』の中でも、この行商の者達は上位に属する。

 彼らの主は、上層部ーー大将軍の側近『左』。


 この男も、そんな『左』の側に居た。

 建国して数年までは。

 そして今、行商の長として、海国各地を巡る。


「では、祝いにたっぷりと買い物をしないとな」


 それを聞き付け、お祝いの言葉と共に他の男妃達も品物を手に取っていく。

 照れた様に笑う男に、他の行商の男達が微笑ましく笑っていた。

 中にはこづき、からかう者も居たが、誰もが幸せそうだった。


「これからも仲良くな」

「ええ、あれが嫌だと言っても離しませんよ」


 笑う男から品物を受け取り、藍銅も笑う。


 幸せそうな、男。

 彼が旅立つ前は、よくこの後宮にも訪れていた。

 そして藍銅付きの女官の一神だった彼女との逢瀬の手伝いをしたのも、藍銅だった。

 その幸せを間近で見てきた分、その幸せを願う気持ちも神一倍。


 けどーー。


「俺も、いつか現れるんだろうか?」


 全てをなげうってでも手に入れたいと願う存在が。

 なりふり構わず、何と引き替えにしても欲しいと願う存在が。


 そして、この穢れた身を厭わず愛し、共に歩いてくれる伴侶が現れる時が来るのだろうか?


 誰にも聞こえない小さな小さな声で呟き、藍銅はそっと渡された品物を腕に抱いた。


「ちょっと! もう少しマケなさいよっ」

「こ、紅藍姫、落ち着いてっ」

「いいえ王妃様! これは商神と客の真剣勝負よっ! 本に書いてあったもの!」

「で、でも、本来の値段の三分の一なんてそれはあんまり」

「そうですよぉ! それ本物なんですからっ」


 既に泣きそうになっているーー行商神。

 『耳』は一流の交渉術も持ち合わせているというのに、何故か押し負けている。

 それも、紅藍相手に。

 百戦錬磨の『耳』がどうした。

 お前の方が死地をくぐり抜けてきた猛者だろ。

 なんで泣かされかけている。


「言っとくけど、この程度の品なんて街にはごまんとあるんだからっ! そしてもっとお手軽な値段なんだからっ」

「え? そうなの?!」


 本気で驚く王妃様。

 元は庶民だが、海国に来てからは後宮から殆ど出られない日々を送っている。

 いわば籠の鳥状態。

 一度外に出たが、その時に引き起こされた大事件により、最低限王宮から出ない様に自らを律している事は藍銅も知っている。


 そんな王妃様に、同情する声も多い。

 けれど、もし万が一同じ事が起きたらどうするのだ?

 王妃様を失うなんて考えられない、いや、失えない。

 王妃様を失った時が、海国の滅亡の時だ。


 陛下も、上層部も確実に狂うだろう。

 自分達男妃達だってまともでいられるか分からない。


 だから、外には出せない。

 たとえ飼い殺しになろうともーー。


 藍銅は、紅藍を苦々しく思う。


 外に出られない王妃様の前で、外の話をする、その考えなしさに。

 だが、それは次の瞬間別の驚きで上塗りされた。


「私は外で買い物なんてした事ないですけどねっ」

「した事ないくせに偉そうに言ってたのかよっ」


 藍銅は危うく頽れかけた体を叱咤し、膝に力を入れた。


「うっさいわね! した事なくたって知ってるのよっ!」

「自分で経験した事もないくせに偉っそうに!!」


 売り言葉に買い言葉。

 止めようとした男妃達の制止も遅かった。


「偉そうに? 当たり前よ! 私は偉いのよっ」

「どこがだよっ」

「五月蠅いわね! なら淑妃は経験した事あるの?! 外で買い物した事があるの?!」


 ないーー。

 外に出ようものなら買い物する前に拉致られる。


「私はあるよ! こ、この国じゃないけど」


 王妃様が「はいはい」と手をあげ、少し哀しげに微笑まれた。

 この国じゃないーーそれが王妃様の故郷だと男妃達だけでなく、行商神達も気づいた。

 陛下が無言で王妃様の肩を抱く。


 何とも言えない空気が、場を支配した。


「へ~~、それでその国ではどうだったんですか? 値段」


 こいつは本当に空気が読めない。

 いや、今のはあえて読まなかったのかーーこれ以上空気を重くしない為に。


「え~と、その、私庶民だったから、ここにある商品が置いてある様な店には中々入れなくて」

「じゃあ、やっぱり知らないんですね」

「紅藍」

「別にバカにしてるわけじゃないわよ。ただ、聞いただけ。それに、知らない事なんて誰にでもあるでしょう?」

「それをお前が言うのか」


 一番言って欲しくない相手に言われる、この理不尽。

 いや、そう思うのは自分の心が狭いからだろうか。


「あ、でもね、下町とかには詳しかったんだからねっ!」

「シタマチ?」

「そう! 美味しい料理屋さんとか、安くても良いものを売ってる雑貨屋さんとか、それに、それにーー」


 最初は勢いよく話していた王妃様の声が、段々と萎んでいく。

 故郷の事を思い出したのだろう。


「……買い物……か」


 昔はよく行っていたという。

 買い物籠を片手に、値切りだってよくやった。


 それが、陛下に見初められ、そして自分達男妃達の懇願で凪国が動いて。

 最終的に来る事を決めたのは王妃様自身ではあるけれど、そんな彼女に幾つもの嘘をついて、真実を隠した自分達。


 王妃様が嘘つきと叫ぶのも当然。

 騙されたと嘆くのも当然。


 だって、真実を明かしていれば、王妃様は決して此処には来なかっただろう。

 自分を『女』として見る、男のもとには。

 今まで数多くの男達に酷い目に遭わされ、最後は子供さえ殺された、彼女は。


「懐かしいな……」


 ポツリと呟いた王妃様に、誰もがなんと声をかけていいのか分からなかった。


 なのにそんな中、藍銅だけは見てしまった。

 場の空気をものともせず、一神何かの考えにふけっている彼女を。


 そして何かを考えつき、ニヤリと笑う、紅藍を。


 絶対、こいつ何かする気だ。


 藍銅の脳裏に、『問題』という名のそれが全力疾走する姿がよぎった。

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