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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
始まり編
1/35

プロローグ

 誘う様な潤んだ瞳。


 飛び交う銀の刃。


 艶めいた笑い声。


 繰り出される刀。



 完全に正気を失う彼は、それでも艶美な美貌に笑みを浮かべ、壮絶な色香を漂わす。


 狂気に彩られた瞳が。

 狂気に彩られた笑顔が。

 狂気に彩られた肢体が。


 少しずつ、伝染する。


 周囲が、狂気に包まれていく。


 何故?何故?何故?


 奪われたものを取り返しに来ただけだ。

 その為だけに、彼は来た。


 決して外に出てはならないと言われた後宮から。


 海国の使者として。

 凪国の祭に彩りを添える華として。


 艶やかに舞う姿は多くの者達を魅了した。

 蠱惑的な肢体は悩ましく蠢き。

 ヴェールに隠されていてもなお、隠しきれない妖艶な艶やかさから滴り落ちる色香。


 そして今、性別を超越した美貌が露わとなる。


 傾国の美姫に相応しい美貌と色香。

 それでいて、纏う気品の高さが、かの者が高貴な存在であると周囲に知らしめる。


 当たり前だ。

 彼女ーーいや、彼は海王の妃。

 海国後宮を統括する、四妃の一神ーー淑妃。

 それが何の間違いか、凪国に足を踏み入れた。


 厳粛な空気漂う舞台。

 それぞれの国が威信をかけて、互いの国から選出した舞姫がそれぞれ披露した舞。

 確かに凪国の舞姫の舞は恐ろしく美しく幻想的な舞を見せた。

 けれどーー。

 先に舞った舞姫が作り出した陶酔にも似た空気をものともせず、触れる事すら躊躇わせる気高く神秘的な舞を披露し、あの場を最終的に支配したのは、確かに彼だった。


 そうして、多くの者達を魅了した気高き舞姫が、刀を手に剣舞を踊る。


 少しずつ、押されていく手勢。

 

 本職ではなくとも、彼女達も王宮に勤めるからにはそれなりの実力の持ち主達である。

 けれどーー。


 このままでは、連絡を受け、武を極め司る彼らが来るまで保たない。


 それを回避するにはーー。


 ちらりと、見る。

 怯える、彼女達を。


 彼の狙いはーー彼らの狙いは、彼女達。

 その身柄を引き渡せば、今までの事が嘘のような穏やかな笑みを浮かべて立ち去っていくだろう。


 傷一つなく、その身柄を奪う事が、彼らの最大にして最重要たる目的だから。


 だが、引き渡された彼女達の身の安全は保証されない。

 いや、傷つけられる事は無いだろう。


 ただ、二度と檻から出られなくなるだけで。


 一度逃げ出した彼女達を、彼らは赦さない。

 今度は決して逃げられない籠に閉じ込め、死ぬまで逃がさない。


 寵愛と言う名の毒を注ぎ、子供と言う名の枷で繋がれる。


 駄目だ。

 このままでは、誰も幸せになれない。


 恐怖に戦く嵐。

 必死に嵐を守るーー楓々。


 愉悦に笑むーー彼、ら。


 だから、果竪は動いた。




「何故、邪魔をする! 互いの国を戦火に巻き込む気か?! 彼女達さえ渡せば」

「渡さない」


 果竪は、決して視線をそらさなかった。


「彼女達は、この国の民!! たとえどういう経緯だろうと、この国に助けを求めてきた彼女達をっ!! この国の民となった彼女達を見捨てるなんてするものですかっ!」

「国を滅ぼす気か王妃!」

「王妃だからこそ、守るのよっ!」


 叫ぶ果竪に、淑妃ーー藍銅は気圧された。


 雷光のような眼差し。

 見る者全てを圧倒する、気迫。


 それは、彼が愛した彼女と同じーー。


 そして彼が彼女から奪ったものと同じーー。


「王妃、様」


 か細い声で呼ぶ彼女に、気づく。


 自分を守ろうとする王妃に縋り付き、もう良いからと叫ぶ彼女。


 嵐ーーいや、紅藍。

 彼女さえ、彼女さえ逃げなければ。

 瑪瑙も楓々を失わずに済んだ。

 そして、自分も此処まで来る事はなかった。


「紅藍」


 嵐ーー紅藍が、自分を見て怯える。


 しかし、それすらももう傷つきすぎた心は痛まない。


「来い、紅藍」

「嵐は渡さない」

「黙れ! ソレは俺のものだっ!」


 繰り出す刀。

 鋭い一撃が、凪国王妃に向かって。


「いい加減にしなさいっ! 淑妃っ!」


 雷光の様な眼差しが、藍銅の手を狂わせる。

 凪国王妃を避け、壁に突き刺さった刀。


「泣かせて、どうするのよっ!」


 正気に戻ってという叫びと共に、張られたーーなんていう生やさしいものじゃない一撃を食らいながら、藍銅は心の中で笑った。


 正気に戻したいなら、何故自分から奪うのか。


 気づいた時には遅かった、手遅れだった。

 でも、取り戻す事は出来る。


 だから、だからーー。



 彼が、来た。

 ずっとずっと逃げ続け、ようやくこの国で平穏を得て静かに暮らしていた。

 けれど、彼は来た。


 平穏は、二年で破られた。

 後宮から出られない身でありながら、舞台で艶やかに舞う姿にまさかと思った。

 ヴェールを被りながらも、すぐに彼だと分かった。

 顔を隠しても、肌を露出しない衣装に身を包んでいても、彼の輝きと美貌は隠せない。

 その匂い立つ色香に酔いしれる群衆の歓声とは余所に、一神逃げた。


 そうして逃げた先まで、彼はやってきた。


 腕を取られ、体を抱え込まれて引き寄せられた。

 身近に感じる香りに、思い出すのはあの恐怖の日々。


 彼の住む宮の隠し部屋に押し込められ、意思を無視され、力ずくで体を開かれた。

 あまりの痛さに泣き喚いても、今まで誰ともそういう関係になった事が無いと分かってもなお、彼の責める手は緩まなかった。


 たった一神、暗い部屋に閉じ込められた。

 その暗闇を切り裂くようにして伸ばされた救いの手。


 その手を差し伸べたのは、自分が住まう国の女性の最高位にあった存在。


 けれど、そんな彼女さえ自分を逃がした罪で幽閉されてしまった。

 あの時、一神残って自分達を逃がしてくれた。

 残れば、どうなるか分かっていても、共に行けばより追っ手が増すとして残るざるを得なかった。


 そうして、命からがら必死になって逃げ続け、ようやく凪国についてからーー。


 自分を逃がしてくれた女性の末路を知った。

 幽閉され、一歩も外に出る事を赦されずに居るというーー海国王妃。


 そんな彼女の存在をちらつかされて、抵抗する気力を失いかけた時、現れたのが凪国王妃だった。


 彼女の侍女の一神として働く中で、海国王妃様が頼れと言った意味を理解した。

 そうして今、凪国王妃は自分を守る為に戦ってくれている。


 だから、自分も戦わなければ。

 けれどーー。


「紅藍ーー」


 呼ばないで。

 もう、私はその名を捨てたのだから。


「紅藍、紅藍、紅藍ーー」


 血を吐くような叫びと共に、体に刻み込まれた恐怖が蘇りーーそして、ゆっくりと意識が闇に飲まれていった。


「らん、どう……」


 意識を失い頽れていく嵐と視線が合う。

 ああ、どうして……今更、名前を呼ぶのか。

 今まで、一度も呼ばれた事がなかったのに。


 どうして。

 どう、して。


 およそ囚神を入れておく所とは思えない、整えられた広い室内。

 昨夜の暴挙を『無かった事』とされ、護送を待つ身となって監禁された宮の奥で、ひたすらに思う。


 ただ、一緒に居たかった。

 美しいから、全てを奪われる、こんな神生。


 地獄の様な生に、光を与えてくれた姫。


 赦さない。

 自分から、全てを奪う者達を。


 でも、同時に感謝する。

 尊敬する、敬愛する。


 何者にも屈さず、彼女を守るべき民と言い切り、体を張って守り抜いたーー凪国王妃の姿に。


 気高くも美しい、王妃としてあるべき姿に。



 けれど、苦しい、辛い、憎い、腹立たしい。

 憎悪と怨嗟に心が支配される。



 そして壊れていく。

 沈んでいく、どこまでも。

 彼らと共に。


 今、陛下を含めた海国上層部と後宮に、『まともな者』は誰も居ない。

 壊れる時は、すぐそこまで迫っている。


 けれど、忘れるな。

 必ずや、戻ってくる。


 この国に。

 いや、お前の元に。


 だから、忘れるな。


 凪国王宮を出立する馬車に足を踏み入れる前に、藍銅は彼女を見た。

 高い塔の上から、怯えた様子でこちらを見る、彼女を。


「しばしの自由を満喫すればいいーー」


 彼女が帰るのは、この腕の中しか無いのだから……。



 視線があった。

 壮絶なまでに麗しい笑みを浮かべ、動いた口元に引き寄せられ。

 そして後悔した。


 諦めていない。

 狂気の中に確固たる意思を感じ取った。


「どう、して」


 どうしてそこまで彼は自分に執着するのだろう。

 王の妃でありながら……王の寵愛深い四妃の一神でありながら、彼は妄執じみたものを自分に向けてくる。


「私が、間違っていたの?」


 あの場所から出なければ良かったの?


 いや、違う。


 他の男に嫁いだにも関わらず、未練がましくも彼の居る王宮に足を踏み入れたーーそれが大きな間違いだったのだ。


 思い出す。

 あの日、王宮に訪れるという間違いを犯した日の事を。


 そして思い出す。

 純粋に彼と好き勝手に言い合えた時の事を。

 

 まだ、恋も何も分からなかったあの日が、たぶん一番幸せだった。

 そしてそれに縋り付いたからこそ、あの日、間違いを犯したのだ。


 王宮に、足を踏み入れるという、間違いを。




 

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