chap プロローグ 裏切りの夜
深夜のローマ。
豪邸では著名人たちを招いた華やかなパーティーが続いていた。
黒い背広を纏った男が、シャンパングラスを片手に廊下を抜ける。足音は早く、しかし異様なほど静かだ。
一室へ滑り込むようにして入り、扉を閉める。
電灯のない闇の中、あらかじめ隠しておいた白銀のアタッシュケースを開いた。
中から現れたのは黒光りする拳銃──グロック26。
男は無駄のない動作でサプレッサーを取り付ける。
迅速な動きでアタッシュケースを回収し、グロックを懐に滑り込ませると、男は通気口へ身を滑らせた。
金属の内部を這うように進み、息を殺したまま、標的のいる部屋へと向かう。
「では、ボス。我々は廊下で待機しておりますので、ごゆっくりお休みください」
「ああ、任せる」
警備の部下たちが廊下へ下がり、寝室には一人の男が残された。
ジョヴァンニ──今回の標的。
ソファにくつろぐその背後へ、暗殺者は音もなく降り立つ。
懐からグロック26を抜き、引き金に指を掛けた。
「随分と早い刺客だな、ローマン」
気配を殺していたはずの空気が、わずかに揺らぐ。
それでもジョヴァンニは、背後の殺気に気づいていた。
「伝説の殺し屋に暗殺されるのも、悪くはない」
命を握られたまま、彼は落ち着いた手つきで煙草に火をつける。紫煙がゆっくりと天井へ消えた。
「あんた、最初から分かっていたのか?」
「無論だ。お前を差し向けた連中の見当もついている」
「そうか……」
呟きと同時に、ローマンは静かに引き金を引いた。
サプレッサー越しの乾いた破裂音。
火薬の匂いが室内に広がり、薬莢が床を跳ねる。
──いつも通りの仕事。
ローマンはグロック26を懐へ戻すと、落ちた薬莢を拾い上げた。
そして迷いなくベランダへ身を躍らせる。
ローマンの姿は、深い夜の闇へと溶けていく。
暗殺現場から離れた先──森に囲まれた静かな公園。
そこには、一人の女コルヴィーナが待っていた。
「こんばんは、ローマン」
「コルヴィーナか。何の用だ?」
「仕事の報酬を持ってきたの。受け取って」
彼女は白銀のケースを軽く放り投げる。
ローマンは片手で受け取り、そのまま蓋を開いた。
中には、金貨が十枚。
「随分と受け渡しが早いな」
「早い方がお互い得でしょ?」
「そうだな」
報酬を確認したローマンは、ケースを閉じて背を向ける。
「じゃあな」
その瞬間だった。
「──ウチとの契約はここで終わり」
ローマンの足が止まる。
「ここから先は、お互い“何の関係”もないわ」
コルヴィーナは静かに口角を吊り上げ、細い指を鳴らした。
直後、森の闇から黒ずくめの兵士たちが姿を現す。
手にはUMP45やMP5といった短機関銃。
完全武装の一団が、ローマンを包囲していた。
「だから──ここで貴方を殺しても、何の問題もない」
「“死神”に楯突いて、生きて帰れると思うなよ……」
ローマンは小さくため息を吐いた。
次の瞬間、地を蹴る。
ベルトに仕込まれていた暗器ナイフが閃き、一瞬でコルヴィーナの懐へ潜り込む。
「かっ……!」
鋭い一閃で彼女の喉から鮮血が噴き出した。
不意を突かれた兵士たちが、慌ててUMP45とMP5をローマンへ向ける。
だが遅かった。
ローマンはグロック26を抜き、最前列の兵士の頭を撃ち抜いた。
倒れ込む兵士からUMPを奪い取る。
そして引き金を引いた。
銃声を鳴らし、 一人、また一人と兵士たちの頭部が正確に撃ち抜かれていく。
カチャリ──。
UMPの弾切れを知らせる乾いた音が響く。
その瞬間、ローマンは躊躇なくUMPを前方の兵士へ投げつけた。
怯んだ隙を逃さない。
懐から抜いたグロック26が火を噴き、兵士の頭部を撃ち抜く。
倒れ込む兵士の手からMP5を奪い取り、ローマンはそのまま銃口を次の標的へ向けた。
――15分後。
公園には、屍の山が築かれていた。
連戦による疲労で、ローマンの呼吸は荒い。
足取りも僅かにふらついている。
それでも彼は倒れない。
ポケットからスマートフォンを取り出す。
だが、銃撃戦の最中に被弾したのか、画面には大きな亀裂が走っていた。
電源も入らない。
「クソッ……!」
吐き捨てるように呟き、ローマンはその場を後にする。
向かう先はアジトだった。
アジトへ戻ったローマンは、机の引き出しから予備のスマートフォンを取り出した。
コール音が数回鳴る。
「もしもし」
「……アヤか。少し問題が起きた」
「どうしたの?」
「クライアントに裏切られた」
ローマンは壁に背を預ける。
「恐らく、もう警察も動いてる。ここもすぐ割れるだろう」
「なるほどね……なら、暗殺協会のルールに従って、アタシがアンタを保護しないといけないわね」
「そうなる」
「とりあえず、こっちで準備しておくから、すぐ日本に来な」
「助かる」




