第15話 同業者
今日も新宿ダンジョンで、配信活動を始める。
といってもまだ事件の匂いは何もしないので、私は第三層の岩陰に隠れながらその時を待っていた。
ただ今日は、しばらく待ってもなかなか悲鳴も叫びも聞こえてこない。
岩陰に身を寄せながら、私は何度も耳を澄ませた。
悲鳴。
助けを呼ぶ声。
魔物の咆哮。
――何でもいい。
何かが起きる兆しを、私は待っていた。
待つ、というより、嗅ぎ取ろうとしている感覚に近い。
事件の匂い。
事故の予感。
それが、自分でも少し嫌だった。
でも、ここに来てからは、そうやってしか配信を始められなくなっている。
静かすぎる。
今日は、妙にダンジョンが行儀がいい。
位置取りが悪かったのかな……?
なんて思っていたら、上の方からサイレンの音が聞こえてきた。
オレンジ色の制服に身を包んだ人間たちが、列をなして降りてくる。救護物資を背負った四脚のドローンも一緒だ。
あれは間違いない、ダンジョン救命部隊だ。
どうやら、探索者からの要請を受けて出動したようだ。
救命部隊は、エリート探索者で構成されている。ものすごいスピードで私のいる高さまで降りてきて、さらに深くまで進んでいく。
整った動き。無駄のない足運び。
救命部隊は、迷いなく降りていく。
誰が見ても分かる、「本物の探索者」だ。
私は岩陰から、その背中を見送ることしかできない。
――ああいう人たちが、助ける側。
私は、ただ映す側。
同じダンジョンに潜っていても、立っている場所が、最初から違う。
……おっと、考え込んでいる場合じゃない。
これは配信しなきゃ。
ドローンの配信機能をオンにして、配信が始まった。
<コメント>
・アリサキターーーー!!!
・今日も事件を嗅ぎつけたか?笑
・おつ
・ヤバい映像見せろ
・ルーシーはどこじゃ……?
・↑おじいさん、ルーシーはこの前死んだでしょう?
・あれ救命部隊か?
「今日は、ダンジョン救命部隊が出動しているのを見かけたので、追いかけます」
私はそう言いながら、すでに救命部隊の後を追っていた。
……すごい速さだ。探索者としてエリートでもなんでもない私は、置いていかれそうになる。
向かう先は四層の奥の方のようだ。
私は息切れしながらも駆け足でダンジョンを降りていき、なんとか救命部隊が向かったところに後から追いついた。
「はあ……はあ……、なんとか、追いつきました……。ここは五層にも近いエリアなので、強力な魔物にやられた探索者が出たんでしょうか?」
<コメント>
・救命部隊はっやww何だあの速度
・やっぱあいつら実力あるな
・死人出たのかな?笑
・アリサの息切れ……助かる
・事故ばっか追いかけて恥ずかしくないのこの女
・カメラブレないな。相当高いドローンだろこれ
・【悲報】アリサ、体力が無い
サイレンの音がする方に駆け寄ると、すでに怪我人の救助が始まっていた。
どんな怪我人なのか確認したくてズームしたけど、隊員たちの背中でよく見えない。
近づけば、邪魔になる。拒まれるかもしれない。
最悪、罵声を浴びる可能性だってある。
分かっている。
分かっているけど――。
今日の配信が、何も起きないまま終わる方が、私には耐えられなかった。
「……割り込んで撮影します」
<コメント>
・割り込むのかよ
・そこまでするかwww
・やると思った
・知ってた
・さすがアリサ
・コイツ終わってんな
・倫理どこ
隊員たちに拒絶されるかもしれないけど、私は救助しているところに無理やり入り込んでカメラに収めようと思った。
今日はまだ、撮れ高というには程遠い状態だ。
せめて怪我人の様子だけでも鮮明に撮りたい。
そう思って近づこうとした時、急に後ろから声をかけられた。
「アンタ、アリサ?」
振り返ると、黒髪ツインテールの小柄な女がいた。一瞬、子供かと思った。
女の隣には、私と同じように撮影用と思われるドローンが飛んでいる。
「ああ、やっぱり! アリサでしょ?」
女は私の顔を見てそう言った。
「あの、誰ですか……? いま忙しくて……」
<コメント>
・誰この女?
・子供?
・かわいい
・なんだコイツ
・こいつヤヤコじゃね?
・ヤヤコじゃん
・ヤヤコ?
「ヤヤコ……?」
コメント欄を見て、小さく呟く。
「私、ヤヤコっていうんだけど……アンタと同じダンジョン配信者だよ。知らないの?」
そう言いながら、小柄な女――ヤヤコはこちらを見下すようにクスクスと笑った。
同業者。
その言葉が、胸の奥で小さく引っかかった。
仲間でもない。味方でもない。
でも、確かに同じ場所に立っている存在。
同じものを探し、同じように、他人の不幸を待っている。
「ヤヤコ……さん? すみません、知らないです」
「え~。知らないんだ……残念だなあ……私はアンタのこと知ってるのに」
「そ、そうなんですね……」
「ルーシーの配信、見たよ。いや~痺れるねえ。友達の死でバズるなんて、私でもできないわあ……」
と言いながら、ヤヤコは歩いてこちらに近づき、私と救命部隊の間に入り込んできた。
「すみません、何か用があるんですか? いま私、撮影をしてて……」
「ん? なにを撮影するっていうの?」
「……向こうの救急現場を」
そういうと、ヤヤコはニヤニヤと笑いながら、私のドローンに向かって手を振って、言った。
「もう撮影するもんなんてなくない? 救命部隊はそろそろ手当を終えて行っちゃうよ?」
「ですから、急いでます」
「アンタさ、分かってないよね」
ヤヤコは声のトーンを落として言った。
「この現場は、私が先に押さえてもう配信したの。アンタ知らないでしょ? 救命部隊が駆けつけてくる前、ここでどんな激しい戦闘があったか」
「それは……」
「つまり、アンタは遅いってこと。……私の方が先に来た。早い者勝ちだよ?」
ヤヤコはこちらのカメラに向かってポーズを取り、煽り立てるように言った。
「そんなルールないです」
「ああ、そう。じゃあ撮れば? 悪いけどハイライトは私が配信しちゃったから、もう撮れ高なんて残ってないし、二番煎じにしかならないと思うけど」
<コメント>
・くそ生意気
・ヤヤコうっざ
・こいつも炎上系?
・アリサより前から活動してるぞ
・アリサ、先輩に挨拶しとけ笑
・ダンジョン内の倫理死んでるな
・でも早い者勝ちだよなこういうの
悔しい……完全に先を越された。
ヤヤコの態度はムカつくけど、言ってることは正論だ。コメントも言っているとおり、撮影は早い者勝ちだ。
同じ内容を別の配信者が配信したところで、二番煎じにしかならない。
<コメント>
・まあ正論じゃね
・ヤヤコ早いな
・さすが先輩
・アリサ負けたかwww
・【悲報】アリサ、先輩配信者に敗北
・アリサ顔見せろ
・今日はこれが撮れ高だな笑
「じゃあ私は行くから。配信頑張ってね~」
手をフリフリと揺らして、ヤヤコは去っていった。
その表情は完全に「勝った」と言わんばかりだった。
私は、カメラを止めた。配信画面は真っ暗になり、コメントだけが流れている。
<コメント>
・撮影切ったwww
・アリサ敗北wwwwww
・画面真っ暗、顔真っ赤www
・だっさwwwww
・完全に負けた笑
・アリサ頑張れ
・ヤヤコうぜえな
・炎上配信者同士仲良くしろ
・どっちも同じ穴の狢だろ
コメント欄は私を煽り立てる内容が増えている。
眉間にしわが寄る。手が汗ばんでいる。
悔しい。
スマホを開いて、ヤヤコのアカウントを検索した。
先ほどの彼女の配信を探して、その視聴回数を見てみる。
私より、上だった。
悔しい。
私は後れを取った。
何がいけなかった?
ダンジョン救命部隊に追いつけなかった体力のなさはダメだった。
いやそもそも、待機場所も良くなかった。
安全を考慮していつもどおり第三層で待ち構えていたけど、凄惨な出来事はもっと深い層で起こることが多い。もしも四層や、あるいは五層にあらかじめ陣取っていたら、さっきの事件をいち早く配信できていたかもしれない。
ヤヤコに負けたのも悔しいけど、それ以上に、探索者としての実力不足を自覚させられたのが悔しい。
絶対になんとかしてやる。
安全な場所で、事故が転がり込んでくるのを待っているだけじゃ駄目だ。
もっと深く。もっと危険な場所に。
次は、私が「先に」見つける。
そうしなければ、同業者には勝てない。




