第12話 配信者アリサ
翌日、注文していた撮影用ドローンが家に届いた。
小型でありながら高性能の代物だ。
撮影者の周りを自動で追従しながら飛び、何かに衝突しそうな場合は自律AIの制御で回避もしてくれる。
高画質のカメラに、指向性の集音マイクも備えているから、ある程度距離があっても撮影できる。
そして素晴らしいことに、コメントのホログラム投影機能まで付いている。
お値段はたったの500万円。痛手だ……。
でも、有名な配信者はこのタイプを使っている人も多いと聞く。だからこれは、先行投資と考えよう……。
私は近くの公園でドローンのテスト運用を試した後、新宿ダンジョンに向かった。
◆◆◆
管理局の人間に許可証を見せた時、職員は私の顔を見て「あっ」と言葉を漏らした。
それ以外何も言わなかったけど、私の配信の件を知っていたのだろうか、その口は「この人まだ配信やるんだ」と言わんばかりだった。
もちろんやるに決まっている。ルーシーのためだ。
ダンジョンに入って、いつも通り武器を具現化させる。ドローンを起動して、私の隣に浮遊させる。
ドローンのおかげで、左手も使えるようになったのはよかった。
これからはソロの活動になるだろうし、危険度は増す。少しでも安全に活動できるに越したことはない。
安全といえば、ダンジョン救命部隊のことが思い浮かんだ。
思い切って契約することも頭によぎったけど、ルーシーを冷淡に見捨てたあの組織のことが気に入らなかったから、やっぱり契約しなかった。
大事な両親からの死亡保険金を、あの組織に保険料として払うのが嫌だった。
準備はできたけど、私はまだ、配信のスイッチを押さずにいた。見どころが来るまでは、ダラダラと配信はしない。私の配信に雑談はいらない。
私は第三層まで潜った。この層はルーシーが死んだところだけど、感慨に耽っている場合ではない。
マップを確認して、Dブロックのエリアに行った。途中で魔物や他の探索者と出会ったけど、無視した。
私はこのエリアの隅っこの岩陰に陣取って、その時が来るのを待った。
ダンジョン内が薄暗くなってきた。
夕暮れ時になると、夜行性の強力な魔物が動き出す。
特にこの近辺は、夜になると魔物が増えやすい。
その事を知らない初心者が、軽装で挑んでしまい痛い目を見ることも多い。
耳をすませると、斬撃の音がかすかに聞こえてきた。どうやら、近くで探索者が魔物と戦っているようだ。音の少なさからして、ソロだろうか?
私はまだ、岩陰で待ち続けている。きっともう少しだ。
暗がりでじっと耳をすませていると、なんだか自分が狩人になったような気分だった。
私にとっての獲物は、魔物なのか、それとも……。
「うわあああああ!!!」
その時、斬撃が聞こえていた方向から、悲鳴が響いてきた。
これだ。
私はドローンの配信開始スイッチを押した。
RECの赤い光が、岩陰で輝きを放ち、私の瞳に反射する。
ようやく私の配信が始まる。
さっそく、コメントが流れてきた。
<コメント>
・お、始まった??
・キターーーー!!!!
・ついに配信再開!?
・まだやるのか、このチャンネル
・どうかご無事で……
・ルーシーどこ……?
・↑ルーシーは死んだ、もういない
私は急いで悲鳴のもとに向かって走りはじめた。よし、ドローンもしっかり着いてきてくれてる。
私は走りながら視聴者に向けて喋りはじめた。
「皆さん、アリサです。今日は、第三層で活躍する探索者の方を撮りたいと思います」
<コメント>
・この視点、もしかしてドローン?
・画面揺れ少ない!!
・アリサソロで潜ってんの?
・ルーシーかわいい(幻覚)
・なんか悲鳴聞こえない??
「新しくドローン買いました。ルーシーはもういません! 今後は私一人の活動です!」
早口でコメントに返事をする。
「誰か……! 助けてくれ!」
声が近づいて来た。
私は走るのをやめて、慎重に距離を縮める。
ようやく、声の主が見えて来た。
私は物陰に隠れて、様子をうかがう。
そこにいたのは、腕を負傷しながら魔物の群れと戦う、一人の若い男だった。
動かない片腕をぶらぶら揺らしながら、もう一方の手で剣を振り回して、魔物たちを追い払っている。
ソロの探索者だろう。
負傷した腕からは血が滴り落ちていて、周囲の地面を赤黒く染めている。
「……見えました。ソロの探索者のようですね。グラットンハウンドの群れに襲われています」
グラットンハウンドは、毛の薄いハイエナのような細身の魔物だ。特徴的なのは、耳まで裂けた大きな口と、びっしり並んだ鋭い歯だ。
食欲が旺盛で、血の匂いに敏感だから、負傷者がいると群れで襲いかかる。
<コメント>
・襲われてんじゃん!!
・いや助けろよ
・ヤバ
・ええ……
・血が出てる!!
・もっとズームしろ
・やべえwww
・なに撮ってんだ。いいぞもっとやれ
「ご存知の通り、グラットンハウンドは群れで襲いかかって来ます。血の匂いに敏感なので、負傷するとしつこく付け狙って来ます」
男の腕からは、かなりの量の血が出ている。
とても痛々しく、見ていてこっちの心臓もどきどきしてくる……
<コメント>
・解説してる場合か??
・助けないの?
・頑張れ!!!
・もしかしてこの人ヤバい?
・アリサ最低すぎるwww
・何を見せられてるんだ俺は
・苦戦してて草
「苦戦しているようですね……もう少し見守りましょう」
男は懸命に剣を振り回して、敵を倒しつづけていた。でも、動きがあまり良くない……
このままだとこの人は、死んでしまうのだろうか。そう思うと、心がズキズキ痛んだ。こんなところを撮影している場合なのだろうか?
<コメント>
・何言ってんだコイツ…
・助けろよクズ
・見守る(放置)
・ダンジョンって厳しいなあ…
・ええ…ドン引き…
・通報した
・魔物キモすぎ
私は苦戦する探索者をドローンで撮影しつづけた。
「誰かいないのか!!?」
そう叫ぶ男の動きが、少しずつ鈍くなっている。
魔物を何体か倒してはいるけど、多勢に無勢といったところだろうか。
出血量も多く、敗北は時間の問題のようにも思われた。
その時、男が地面の血で足を滑らせた。
バランスを崩したところに、グラットンハウンドたちが一斉に飛びかかった。
「ぎゃあああああぁぁ!!」
男の悲鳴が響き渡る。
……ヤバい、息が震える。この人本当に死んじゃう?
<コメント>
・うわああああ
・悲鳴えっぐ
・ヤバすぎwwwww
・ズームいい感じ
・死んじゃうよ!助けなよ!
・はやくたすけろ
・アリサクソすぎ
・無法地帯だから別にいいだろ
・ヤバいヤバい
コメントの勢いも増している。
視聴者数を確認すると、2万人を超えていた。
登録者数もリアルタイムで増えていっている。
……数字を見ると、不思議と心が落ち着いた。
そうだ、これが求めていたものだったはずだ。
ルーシー、見てる?
私の配信、あなたに捧げるよ。
「助けて! 誰かあ!」
男は倒れ込んだ状態で、しぶとく剣を振り回して、魔物を追い払いつづけている。
かなり深手を負っているようだ。
このままだと、彼は死ぬのだろうか……?
やっぱり私は、助けに行くべきなのかな……?




