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短編小説(ゆんちゃんのお話)

お子さまカレーからそつぎょうしたい!

作者: 歌池 聡


※しいなここみ様主催『華麗なる短編料理企画』に出品しています。



 ある日の夕方。お友だちと遊んでいたゆんちゃんがお家に帰ると、ママはご飯の用意を始めていました。

 とん。とん。

 台所からお野菜か何かを切る音が聞こえてきます。


「ただいまー!」


 ママに声をかけて、まずは洗面所へ。手洗いとうがいは、ちゃんとしないといけないですからね。

 それからリビングにいくと、今度は何かをいためる音が聞こえてきました。


 あれ? ばんごはんにはまだちょっと早いよね?


 ゆんちゃんがちらっと台所を見ると、ママはフライパンじゃなくて、大きなおなべで何かをいためています。

 それを見て、ゆんちゃん、ピンっときました。


「ねぇ、ママ。今日のごはんって、もしかして──?」

「そう、今日はカレーよ」

「やったーっ!」


 ゆんちゃん、思わずバンザイです。






 家族みんなが大好きなカレー。でもママはなかなか作ってくれません。

 パパが『カレーにはぜったい牛肉だ!』とゆずらないので、牛肉のセールの日以外には作ってくれないのです。ゆんちゃんとしては、チキン・カレーやポーク・カレーでもぜんぜんかまわないんですけどね。


 かずや兄ちゃんがしらべてくれたところでは、カレーにどんなお肉を使うのかは住んでるところでだいぶ違ってて、特にパパの生まれた関西では牛肉派がほとんどなんだとか。


 そういうわけで、ゆんちゃん家ではカレーといえばビーフ・カレー。ちょっとした『ごちそうメニュー』なのです。






 さて、お肉や野菜をいためたおなべに水をいれて、しばらくコトコト煮こんだあとは、ルーを入れていきます。

 いつもなら、ここで半分くらいを別のおなべにうつして、ゆんちゃんたち子ども用のカレーと大人用のカレーを別々に作っていくんですけど──あれっ?


「ねえ、ママ。そのおなべ、ずいぶん小っちゃくない?」

「ああ、これはね──」

「僕が頼んだんだよ」


 ちょうどその時、かずや兄ちゃんがリビングにやってきました。


「僕もそろそろ、大人と同じカレーにしてってさ。だから、そっちの小鍋のカレーはゆん専用だよ」

「えっ!? ──お兄ちゃん、ずるいっ!」


 ゆんちゃん、思わず大声をあげてしまいました。

 かずや兄ちゃんはちょっと困った顔です。


「『ずるい』って何だよ。僕は辛いのが平気になってきたから変えてもらうだけで──」

「それだと、ゆんちゃんひとりだけが『お子さまカレー』になっちゃうじゃん。そんなのズルいよ!」


 じつはゆんちゃん、このごろ『小さな子』みたいにあつかわれることをすごくイヤがります。

 今は、早く大きくなりたくてしかたがないのです。






 ゆんちゃんは4人家族の1ばん年下です。パパもママも、かずや兄ちゃんだって大事にしてかわいがってくれています。

 でも大きくなるにつれて、ゆんちゃんもだれかをかわいがってみたいという気持ちがつよくなってきたのです。


 パパやママに『弟か妹がほしい』とおねがいしてみたこともあります。でも、ふたりともなんだかゴニョゴニョ言って、はっきりとこたえてくれないんですよね。


 ところが何回目かにおねがいしたとき、ママがいいことをおしえてくれました。


「もうすぐ、叔父さんの家族が関西からこっちに引っ越してくるわよ。

 叔父さんのところには『かりんちゃん』っていう3才の女の子がいるんですって。

 ゆんちゃん、かりんちゃんの『お姉ちゃん』代わりになってあげてね?」


 これはすごいニュースです! ゆんちゃんもねんがんの『おねえちゃん』になることができるのです。


 そうとわかれば、いつまでも『小さなお子さま』のままではいられません。かりんちゃんから『おねえちゃん』と思ってもらうためにも、ゆんちゃんもしっかりしなければならないのです。


 それからのゆんちゃんは、手洗いうがいも、言われなくてもきちんとやるようにしました。

 ごはんものこさず食べるし、ファミレスに行っても、もう『お子さまメニュー』なんてたのみません。家事のおてつだいもすすんでやります。


 そう、りっぱなおねえちゃんになるために、めざすはかずや兄ちゃん──はちょっとちがうかな。かずや兄ちゃんはよくスマホにむちゅうになりすぎて、ママにおこられてるし。

 それよりは、かずや兄ちゃんと同い年で、しっかりしていてやさしい──そう、りそうの『おねえちゃん』のモデルは、おとなりのあんなちゃん! ああいう、すてきなおねえちゃんになるのをめざすのです!






 そんなゆんちゃんの気持ちに気づいているママもかずや兄ちゃんも、ちょっと困ってしまいました。

 ゆんちゃんのがんばりはおうえんしてあげたいけど、さすがに大人用カレーを食べさせるのはちょっと早そうですし。


「しょうがないなぁ。じゃあママ、僕も今までどおりで──」

「そうじゃないよ! お兄ちゃんが大人カレーにするなら、ゆんちゃんも大人カレーにするっ!」

「ねえ、ゆんちゃん。和也の方が年上なんだから、ちょっぴり早く大きくなるのは当たり前でしょ?」

「そうだよ。ゆんはまだ辛いの苦手だろ? 別に無理しなくたって──」

「そんなことない! ゆんちゃん、もうお子さまじゃないもん! お子さまカレーからそつぎょうするんだから!」


 いつもはあまりわがままを言わないゆんちゃんですけど、今回はなかなかガンコです。

 

「──ふう、しょうがないわねぇ。じゃあ、ちょっとだけ味見してみる?」


 ママはついにあきらめてしまいました。大きい方のおなべに大人用のルーを入れて、とかしながらにこんでいきます。


「あ、和也。コップをふたつ出して、氷水と牛乳、用意してあげて」

「はいはい」


 かずや兄ちゃんもあきらめたように、コップをよういしています。


 そして、ママは小ばちに二口分くらいのごはんをよそって、その上から大人用のカレーをちょっとだけかけてくれました。


 ──ゆんちゃん、目の前に出された大人カレーを見て、ちょっときんちょうしてきました。

 今まで食べてきたカレーとは、明らかに色がちがいます。今までのカレーが『黄色』だとしたら、このカレーは『こげ茶色』です。


「いい、ゆんちゃん。絶対に無理しちゃダメよ。もうダメだと思ったら残してね?」

「そうだぞ、ゆん。大人だって、辛いカレーが苦手って人も普通にいるんだからさ」


『お兄ちゃん、そういうことは早くおしえといてよ!』


 ゆんちゃん、心の中でさけびますが、自分から言いだしたことなので、もう後にはひけません。

 思い切ってカレーとごはんをスプーンですくって、お口の中に入れます。


 もぐ。もぐ。──もぐ。も──ぐ……。


 お口の中がひりひりして、『からい』というよりすごくいたいです。もう『ごっくん』しちゃいたいのに、のどが言うことをきいてくれません。


「ほら、ゆんちゃん! もう『ぺっ!』しちゃいなさい!」


 ママが口から出すように言ってくれますが、そんなみっともないまねはしたくありません。目になみだをいっぱいためながら、大きく首をぶんぶんと横にふります。


「なあ、ゆん。もう牛乳で流し込んじゃいな」


 かずや兄ちゃんが牛乳のコップをわたしてくれたので、コップ一ぱいを一気のみです。


 ごくっ、ごくっ──ごっくん。


 ようやく『ごっくん』できたゆんちゃんでしたが、なんだかおなかのそこがあつい気がして、うごけません。


「ほらな? やっぱりゆんにはまだ──」


 かずや兄ちゃんがからかうように何か言いかけましたが、ママがそれを止めて、ゆんちゃんにやさしくきいてきました。


「ゆんちゃん、どうする? 今日はどっちのカレーが食べたい?

 あのね、かりんちゃんのお姉ちゃんになりたいってがんばるのはいいんだけど、無理しちゃだめよ。

 辛いカレーが食べられたからって、大きくなったってことじゃないんだからね」


 そう言われて、ゆんちゃんはうつむいたまま小さな声でおへんじしました。


「──やっぱりゆんちゃん、まだとうぶん『お子さま』のままでいいや……」


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― 新着の感想 ―
もう! ゆんちゃんが可愛い!! 子育て経験ありませんが、子供がいたらきっとこうなんだろうなと思えました。 いま仕事帰り。カレーの具材を買って帰宅中です。
背伸びしたい年頃というのはありますよね。 辛くてほろ苦い大人カレーデビューとなりましたが、いい経験になったんだろうなと思います。
微笑ましい…………んだが、パパさん大人げないよ~(´`:) カレーは何でもありでいいじゃない。クラゲとか猫はアレだけど。 大人カレーにタマゴを落として、ちょっとまろやかにするというのはどうだろう? …
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