芳子との出会い
歴代魔王最弱と言われるボクだけど、魔王であることに変わりはない。
自分では知らなかったけど、魔王になりえる魔力を持っていた。
それまで、田舎や近所の街の大道芸人みたいなことをしていたのに、魔王級の魔力を持っているなんて言っても信じられなかった。
目を白黒させているうちに魔王城へと連れて行かれ、あっという間にボクは次代の魔王へと就任させられた。
先代魔王は、それはもう嬉しそうにサムズアップして、「オーガストを頼むぞ!」と言い残し、どこかへ去っていった。今でも足がかりが掴めてない。
お披露目やら何やらのイベントの後、ボクは大急ぎで田舎に戻り、父さんに今回の騒動を伝えた。
父さんは普段着の上に魔王のマントを羽織ったボクを見て、
「なったものは仕方ない。昔から魔力が多いとは思っていたが、これほどとは。流石、ボクと母さんの息子だな!」
と言って、サムズアップしてきた。
止めてくれるかなってちょっと期待したケド、よく考えたら、一般人が王様の就任にケチをつけるとか、無理だった。
乾いた笑みを漏らしたボクは、着いてきた護衛たちに連行されて城に戻った。
あれから、早一年。
すっかり慣れたのはよかったけど、皆の態度はちょっと余所余所しいというか、塩対応のままなのは、どうにかならないかな。
ビジネスライクは気が楽かもしれないけど、度を過ぎればいいことなんてなにもない。
「はぁ、ボクにカリスマがあればなぁ」
そんなことをぼやきながら、早朝の中庭を歩いていた。
どうにか六時間睡眠を取ることはできたけど、積み重なった精神的な疲労は抜けづらい。
「カリスマは十分ありますよ!」
そう言って励ましてくれるのは、隣を歩くカナンだ。
たまに早起きして、こうやって朝の散歩に付き合ってくれる。
「カリスマがあったら、少なくとも君と料理主任たち以外からも、もうちょっとは親しく話しかけられてるよ」
「メルティさんたちはまだ、魔王様のカリスマに気付いていないだけです! きっと今に気付いてくれます!」
そんな風に励ましてくれるカナンの優しさが心に染みる。
彼女の言うことに全部は賛同できないけど、彼女の元気さと前向きさは見習わないとな。
皆が出勤してくる前に、気を取り戻さないと。
「よし、こんなときは体操だ!」
「はい!」
気分転換に、日課の体操を行う。
昔、教えてもらってから毎日欠かさずしている。
鼻歌を歌いながら体を動かし、少しぽかぽかしてきたところで、深呼吸をして終わらせる。
「ふぅ……よし、戻ろうかな」
「そうですね」
本の少しだけ、気分が晴れたかな。
空元気だとしても、元気だそう。
踵を返そうとしたところで、感じたことがない気配を察知した。
侵入者かな……でも、急に出てきたっぽいぞ。
「どうかしましたか?」
「うん。カナンはここで待っていて」
「あ、待ってくださーい!」
衛兵を呼ぼうかどうか悩んだけど、結局呼ばず、ボクは気配の出どころに向かった。
気配の出どころは、庭の一画にある、花壇からだった。
あの辺りは、先々代魔王の頃に作られたらしく、植物の世話が好きな王妃様が愛していた場所ということで、そのまま残っている。
ボクも、庭師の人たちが大切にしている花壇のことは好きだし、四季折々の花を咲かせるあそこは、ボクの憩いの場所の一つだ。
何かあったらいけないと歩く速度を上げながら、色々と魔法を準備しておく。
そして、到着した花壇の近くで見たのは。
「……女の、子?」
辺りを見回して、呆然としている、黒髪黒目の、変わった服を着た女の子だった。
彼女はボクに気がつくと、ちょっと目を丸くして驚いた様子だった。
魔力は、平均的なヒューマンと同じだから、人間で間違いない。
幼いように見える顔立ちは愛らしく、この大陸じゃ見かけないものだ。
えぇと、ボクの見た目がヒューマンたちからは十代後半から二十代前半くらいに見えるらしいから、彼女はボクの見た目よりも下に見える。
もしかしたら、カナンの見た目よりも下かもしれない。
女の子の顔立ちを見て、少し、昔を思い出したけれど、今はおいておこう。
服装も、少し変わっている。
少し落ち着いた色合いのスカートに、シャツとネクタイを付けている。
よく見たら、どこかの制服みたいだった。
ウチの女子の制服と、似ている部分があるかもしれない。
それはさておき、観察もここまでにして、いい加減、彼女に話しかけよう。
「こんにちは、ここで、何をしているんですか?」
できるだけ刺激しないように話しかけると、女の子は、今度は口を小さく開けて、呆けた様子を見せた。
でも、すぐに切羽詰まった表情になった。
「あの、私、会社にいて、気がついたらここにいて!」
慌てた様子だけど、嘘は言っていないみたいだ。
どうやら、彼女はどこかの会社に勤めていて、気がついたら城の中庭の、花壇の近くにいた、らしい。
普通なら信じられないだろうけど……何となく、彼女の境遇に心当たりがあったので、安心させるように頷いてみせた。
「落ち着いてください。ボクはアーネスト・アーキマンと言います。貴女は?」
「わ、私は、ハナオカヨシコ、です」
変わった響きの名前だ。
でも、似たような響きの名前を実は知っている。
名前の順番も、ボクたちとは違うだろうなってこともわかった。
「ハナオカさん。お答えいただき、ありがとうございます」
「いえ、あの、ここは、どこなんでしょうか?」
「ここは、オーガスト城です」
「オーガスト、城?」
彼女の顔が、見る見る青くなっていく。
これは行けない。
落ち着かせるために、花壇の花の中から見つけたラベンダーに、魔力をほんの少しだけ当てる。
すると、ラベンダーにあたった魔力が波状に広がって、独特の香りを広げた。
彼女はラベンダーの香りの乗った魔力を受けると、顔色も良くなり、呼吸も落ち着いてきた。
「……え?」
少し驚いた様子で、彼女は胸に手を当てていた。
急に落ち着いたことに、驚いたのは明白だった。
でも、さっきまでのパニック症状にはなっていないから、ひとまず安心していいだろう。
「落ち着きましたか?」
「は、い。今、何をしたんですか?」
「あちらに、ラベンダーがあるでしょう?」
ボクが手で示した先には、ラベンダーが植えられている箇所があった。
彼女はそれを確認して、頷いた。
「あの子に魔力をぶつけて、香りを広げたんです」
「魔力?」
「はい。魔力です。貴女にわかりやすくいうと、魔法の源、でしょうか」
彼女が、また驚きの表情を浮かべたところで、
「魔王様ー、待ってくださいよー」
カナンが追いついてきた。
しかも、よりによって、魔王様って呼びながら……。
「あれ、魔王様、その子、ヒューマンですか?」
「…………うん。そうだね」
落ち着いた頃合いに話そうかと思ってたけど、これは無理か。
ああ、もう、彼女の顔が驚きと恐怖に彩られてるし。
「魔王……?」
「……まあ、一応、そう言われています」
取り繕えば逆効果になりかねないので、正直に答えた。
もう一度ラベンダーの香りを魔力で広げると、彼女の顔色も少しだけ戻った。
「改めて、オーガスト国王の、アーネスト・アーキマンです。皆からは、歴代最弱の魔王と呼ばれています」
自分で言ってて物悲しいけど、彼女を怖がらせないためには、これくらい問題ない。
そんなボクの狙い通り、彼女は、恐怖よりも、疑問の方が強まったようで、顔を訝しがらせた。
「あの、魔王、なんですよね?」
「ええ、そうですね」
「……最弱、とは?」
怯えていたけれど、案外、大物なのかな。
ボクだったら、怖くて聞き返せないかもしれないのに。
まあ、怖がられるよりはずっといいか。
「はい! 歴代最弱です! 魔力並! 覇気なし! おかげで、こちらのカナンと食堂の料理主任たち以外からは、塩対応をされています……」
彼女を元気づけるために最初は元気に答えていたけど、自分で自分の心をえぐっていることに変わりはなくて、最後は逆に自分が落ち込んだ。
そんなボクを見かねたのか、カナンが口を挟んだ。
「フィジカルは確かにアレかもしれないですけど、魔力も魔法も凄いんですよ!」
アレって……いや、彼女も悪気があって言った訳じゃない。
でもね、カナン、魔力、並って言ったでしょ……ぐすん。
「それに、市民の皆からは、魔王のお兄さんって慕われているんです!」
「……それは、慕われているんですか?」
「はい!」
元気よく初対面の人間とコミュニケーションを取れるカナンが、眩しい。
それはそれとして、話が先に進まないので、ラベンダーに魔力を当てて香りを広げ、自分の気力も回復させた。
「まあ、そう言う理由で、ボクは魔王です。貴女は、どうやら別の世界から、こちらの世界に来てしまったようですね」
「……やっぱり」
彼女は深刻そうな表情でつぶやくと、肩を震わせた。
指先も震えて、目が少しだけ潤んできている。
「魔王様……」
カナンが心配そうな顔で彼女を見てから、ボクを見上げてきた。
ボクも、彼女のことは放っておけない。
「……落ち着いてください。ひとまず、ここだと冷えます。城へ案内します。そこで、詳しい事情をお聞きしましょう」
彼女は、ボクとカナンを交互に見た後、おずおずと頷いてくれた。
ボクが触れると怖がらせると思い、カナンに彼女の手を取って立たせてもらい、そのまま一緒に歩いてもらう。
これが、ボクたちと、佳子との出会いだった。
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