心の癒やし
人間を構成している種族の中に、魔族がいる。
魔法が得意なボクたちは、最多の人間種であるヒューマンと基本的に同じ見た目だけど、中には角や羽が生えている人もいる。
でも、別に怖い存在じゃなくて、強い魔力が実態かして、形を持って、体の表側に現れているだけだ。
例えば、メルティは両側頭部から後ろ側へ大きくカールする形の角を持っている。
実体化していても、魔力にはあまり重さがないから、特に不便さは感じないらしい。寝る時も消せるらしいので、睡眠時の問題もないっていう、なんとも都合のいい力だ。
でも、ボクはというと、特にそういった追加パーツ要素はない。
っていうか、何も生えてこない。
角も、爪も、牙も、羽も、尻尾も。
魔力が魔族たちの中で一番多いはずなのに、余剰分の魔力が外側に出てこない。
別に、そういった魔王が過去いなかった訳じゃないけど、珍しいと言えば珍しい。
ちなみに、ボクの魔力は、魔王の中では並らしい。
さらに、ボクはついぞ数年前まで田舎暮らしで、宮仕えの仕事に携わったことすらなかった。
当然、魔王らしい覇気もなく、垢抜けない若者の見た目そのものの言動なので、前魔王からいる臣下たちには認められる訳がなく。
魔力も並、覇気も威圧感もない。
おまけに魔王に就任した理由が、前魔王が「君、魔王になりたまえ!」と直接声をかけてきたからというのも相まって、誰もボクのことを魔王扱いしてくれないのだ。
最低限の仕事と対応、挨拶はしてくれるから、心折れてないけど。
カナンの淹れてくれたお茶から顔を上げて、近くの窓へ顔を向ける。
うっすらと映る、焦げ茶色に黄色のメッシュが入ったボサボサの髪。
眠そうな目に、覇気のない顔。
母さん似だって、父さんは言ってくれるし、ボクもそれは嬉しく思う。
けど、この状況は、何とかしないと。
「魔王様、どうかしましたか?」
ため息が漏れ出ると、カナンの心配そうな声が聞こえた。
顔を正面に戻すと、カートの横に立ったカナンが、眉をハの字にしてボクを見ていた。
照明を受けて煌めくような、明るい金色のショートヘア。パッチリとした目元に、緑色の瞳。
幼さの残る丸顔の、可愛らしい彼女は、今年新卒で魔王城に就職してきた。
メルティたちと違って、先代のことを知らず、ボクしか知らない彼女は、ボクのことを魔王様、魔王様と呼んでくれる。
そこに他意はなく、ただ純粋に敬意を持ってくれていることが、ちょっと嬉しかったりする。
ボクも、妹みたいな部下ができて、心の癒やしになっていることは確かだ。
こうやって、たまにお茶も淹れてくれるし。
「ううん。ちょっと考え事」
「そうですか? あんまり無理しちゃダメですよ?」
「無理はしていないさ。っていうか、ボク、一応魔王なんだけどね?」
「魔王様でも、無理はしちゃダメです! 無理するのは、ここぞという時です!」
そう言ってもね、カナン。
仕事を終わらせるために、若干無理をしないといけない時があるんだ。
そうしないと、仲間や他所様に迷惑かけちゃうから。
できるかできないんじゃなくて、やるんだよぉって奴だ。
まさか、それを魔王になって体験するだなんて、数年前までは夢に思わなかったけどさ。
「さて、と。じゃあ、残りもうちょっとだから、さっさと終わらせるよ。カナンも気を付けて帰りなよ?」
「魔王様が終わるまで待っています」
「ダメだよ。君も定時なんだから。早く帰って、ゆっくり休みなさい」
そう言ってあげると、カナンは少しだけしゅんとした様子になったけど、すぐに明るく笑ってみせた。
「わっかりました! じゃあ、魔王様! お先に失礼します! お疲れ様でした!」
「うん、お疲れ様。カートはそのままにしておいて。後で片付けるから」
「えー」
「えーじゃありません。明日もよろしくね」
あまり乗り気じゃなさそうなカナンに手を振って、仕事に戻る。
彼女がちゃんと部屋を出て、そのまま城を出たことを魔力の位置で確認することも忘れない。
それから程なくして、今日の分の仕事が全部片付いた。
所定の位置に全部戻してから、少しぬるくなった紅茶に口を付ける。
うん、十分美味しい。
少しずつ薄暗くなっていく部屋の中で、ようやく訪れた一時の休息を楽しんだ。
ありがとうございます。
後、もう一話、1時間後に投稿いたします。