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第五十六話 出発と暖かい光

「あの魔法って、もしかして……!」

「ああ、君が元の世界に変える魔法だ」


 まさか、こんなに早く魔法が出来るなんて思っても無くて、思わず勢いよく立ち上がってしまった。


「すごい、もう出来たんですね! でも、急にどうして?」

「実は、騎士団がスィヤンフィの研究所の調査をする際に、俺も同行させてもらってな。その時に見つけた資料に、とある魔法のデータがあった」

「もしかして、それってスィヤンフィがエリーザと手を組んで研究していた、あたしのいた世界に行く魔法ですか?」

「そうだ。そこには俺では思いつかないようなアプローチのやり方が書いてあった。それを応用し、自分の魔法陣に組み込んだら、うまくいったんだ」


 アラン様……凄い、凄すぎるよ! どれだけ時間がかかるかわからないって言ってた、とんでもない魔法を完成させるのも凄いし、人の研究データを自分のものにして取り入れるのも凄い!


「ただ、あくまで使えるだけであって、重大な欠点がある」

「欠点?」

「この魔法自体が完成したのは数日前で、何度も試してみたんだが……成功率が低くてな……魔法が失敗すれば、全く知らない所に転移してしまい、帰ってこないことがあった。仮に無事に着いたとしても、転移者がどういう状況になるかも、統一性が無かった。それに、帰ってこられなければ意味が無いから、十二時間経ったら自動で魔法が起動して、こっちに戻るように回路は組んだが、時間通りにいかないこともあった」


 確かに、それは大きな欠陥と言わざるを得ないかも……。


「だが、ここから先に発展させようとすると、今度こそ本当に途方もない時間がかかりそうだ。それこそ何十年……何百年……だが、ようやくここまで形に出来たものに違いない。だから、ミシェルに意見を聞こうと思った次第だ」

「…………」

「俺はミシェルの意思を尊重する。行くと言うなら止めないし、改良してほしいなら改良する」


 あたしのことを気にしてくれるアラン様の表情は、あまり浮かないものだった。


 きっとアラン様は、あたしに行ってほしくないんだと思う。失敗したら取り返しがつかないことを、自分の恋人にさせるなんて、普通は嫌だもん。


 でもあたしは……失敗したら、どうなってしまうかわからない、世紀の大博打みたいなことをしようとしているのに、全然怖くなかった。


 その理由は簡単だ。アラン様の作った魔法なら、絶対に成功するって自信があるから!


「あたし、行きます! 一日でも早く、家族に会いたいですし……アラン様の魔法なら、絶対に大丈夫だって信じてますから!」

「……君がそう言うなら、俺はその意見を尊重しよう」


 アラン様は、複雑そうな頬笑みを浮かべながら、あたしの手をそっと取り、あたしの部屋へと連れて来てくれた。


『おかえりだぞ。あれ、なんでアランがいるんだ?』

「シロちゃん、あたし……ちょっと出かけないといけないの」

『そうなのか? いつ帰ってくるんだ? おみやげはたくさん欲しいぞ!』

「……うーん、残念だけどおみやげは持って帰れるか、約束できないんだ」

『それは残念だぞ。でもオイラは我慢が出来るキツネだから、帰って来たらたくさん遊ぶことで許してやるぞ!』

「うん、約束ね」


 色々なことに巻き込んでしまったのに、今もあたしのことを慕ってくれるシロちゃんのためにも、絶対に無事に帰ってこないといけないね。


「そこのベッドに寝てくれ」

「わかりました」

「……そうだ、出発前に、君にしておきたいことがある」

「しておきたいこと?」

「おまじないみたいなものだ」

「おまじない? それって――」


 それってなにと聞く前に、あたしの頭は一瞬にして真っ白になった。

 それもそのはず……あたしの唇が、アラン様の唇に奪われてしまったのだから。


「これで、君は全てうまくいく」

「…………」

「……嫌だったか?」

「嫌じゃないですよ。嬉しすぎて、言葉が出なくなっちゃっただけです。今のあたしなら、なにがあってもへっちゃらって思えるくらい、勇気を貰いました!」


 世界で一番愛のあるおまじないを貰ったあたしは、ゆっくりとベッドに横になる。すると、たくさんの魔法陣が現れ、ぼんやりと発光し始めた。


「それじゃあ……アラン様、シロちゃん。いってきます!!」

「……いってらっしゃい」

『お、おう! いってらっしゃいだぞ!』


 色とりどりの魔法陣が、一斉に強烈な白に染まる。

 眩いなんて表現は生ぬるい――目を閉じても白が目の中に入ってしまうほどの白に包まれたと同時に、あたしの意識は深淵に沈んだ。



 ****



 ここは……どこだろう? さっきまでは真っ白だったのに、今はどこを見ても真っ暗だ……てっきりすぐに帰れるのかと思ってたのに……。


「こうなることを、アラン様は知らなかったのかな? それとも……まさか、失敗した……?」


 そ、そんなことはないよね! アラン様の魔法が、失敗するなんてありえない! それに……アラン様からおまじないをしてもらったんだから、必ずうまくいってるはず!


「とにかく、辺りを調べてみよう……!」


 地面のような所に立っているのか、それとも宙に浮かんでいるのか。全然わからない状態で、あたしは懸命に足を動かす。


 上も下も、右も左も漆黒に包まれた空間のせいで、進んでいるのか止まっているのか、はたまた落ちているのか……それすらもわからないまま、足を動かし続ける。


「……あたし……どっちに行けばいいの……?」


 どれだけの時間が経ったのだろうか。どれだけ進めたのだろうか。何一つわからず、どこに行けばいいかもわからない状況を前にし、ついに立ち止まり、顔を俯かせてしまった。


「うぅ……アラン様……」

『真琴、そんな所で何をやってるの?』

『真琴、なにをグズグズしている』


 声に反応して顔を上げると、そこにはもう見たくもない人達の顔があった。それを見るだけで、無意識に体が強張ってしまう。


「ま、ママ? パパ? どうしてここにいるの?」

『早く今日の分の勉強をしなさい! 終わるまでごはんはあげないし、寝ることも許さないわよ!』

「ひぃっ……!?」

『早く酒を買ってこいバカ野郎! 誰のおかげで飯が食えてると思ってんだ!』

「や、やめ……叩かないで……!」


 時間にすれば、十秒にも満たないくらいの言葉だけで、あたしの思い出したくない過去が、鮮明にフラッシュバックする。


 あたしは……ただ元の世界に戻って二人に会いたいだけなのに、どうしてこんなことになっているの?


「やめてよ……あたしをいじめないでよぉ!」


 人より劣っているとはいえ、魔法が使える今のあたしなら、突然現れたママとパパに抵抗できたかもしれない。

 でも、あたしの心と体に刻み込まれた深い傷がそれを拒む。そして、これ以上傷つかないように、ただ体を丸くさせる。


 そんなあたしは、頭に何かがそっと乗っかり、愛でるように優しく撫でられる感触を感じた。


 おかしい。ママもパパも、あたしのことをこんなに優しく撫でるなんてことはしない。一体誰……?


「……?」


 優しく頭を触る手に反応して顔を上げると、さっきまでいたママとパパの代わりに、真っ白な人型の何かが、静かに立っていた。


 この真っ白な生物は一体なんなの? いや、そもそも生物なの? ひょっとして、オバケ!?


 ……ちょっと待って。仮にオバケとして、どうしてあたしの頭を撫でたの? それに……どうしてこのオバケを見ていると、懐かしくて少し切ない気分になるの?


『ミシェル、立ちなさい。大丈夫、あなたなら出来るわ』

「声が聞こえる……あなたの声なの? あたしを……ミシェルを知っているの? あなたは……誰?」

『ミシェル、こっちよ』


 あたしの言葉に応えるつもりが無いのか、あたしの声が聞こえてないのか……オバケはあたしの手を取って立ち上がらせると、暗闇の中を歩きだした。


 この手……凄く暖かい。それに、あたしはこの手を知っている。記憶にあるわけじゃない……体がこの手と温もりを知ってるって叫んでるの。


「ねえ、あなたは誰なの?」

『…………』


 やっぱりあたしと会話をする気は無いみたいだ。何度話しかけても、何の反応も無い。やっぱりオバケなのかな……?


『着いたわ。ここよ』

「こんなところに光が……宝石みたいに綺麗……」


 指先くらいしかない、小さな光に触れると、その光は一瞬で大きくなり、あたしの体をすっぽりと包み込んだ。


『さあ、行きなさい。あなたを待っている子供達の元へ』


 光に包まれ、漆黒の世界の状況が見えなくなっていく。そこに取り残されたオバケにお礼を言おうと視線を向ける。


 相手は助けてくれたとはいえ、変なオバケには違いない。そんな相手にお礼をするなんて変かもしれないけど……もう会いたくても、絶対に会えない気がして……自然と声が出た。


「ありがとう!!」


 ありがとう――この言葉と共に、あたしの胸の奥からは、言いようのない悲しみや寂しさ、でも同時にほのかな暖かさを感じていた。

 そんなあたしの視線の先で、オバケは優しく手を振っていた。


 その時だけは、なぜかオバケの姿じゃなくて、あたしの知らない……真っ白で、まるで儚い雪のような美しい女性が、微笑んでいた。


「っ……ありがとう、本当に……ありがとう!!」


 どうしてオバケが人になったのか。

 どうしてこんな暗闇の中にいたのか。

 どうしてこんなに感謝の気持ちと言葉が出るのか。

 どうして……こんなに涙が零れるのか。


 あたしにはわからない。でも……時間はそれ以上残されていなかったようで、あたしは再び意識を失った。





『いってらっしゃい、ミシェル。私の……可愛い、娘。あな……たの未……来に、こううんと、祝ふくが……ありますように……』

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