第四十九話 ミシェルは俺が必ず
ここに来てから三日目。今日の朝のムチ打ちが終わり、小さな牢屋の隅っこで、膝を抱えて座ってた。
研究のサンプルにはまだされてないけど、調整が終わり次第実験もするそうだ。
これだけ叩かれていると、そころ中が腫れちゃって、まるでトマトみたいだよ。これじゃあ、アラン様に嫌われちゃう……て、アラン様には嫌われてるんだった……あはは……。
「…………」
こんな所に来るんじゃなかった……研究はアラン様とやればよかったんだ。そうっすれば、ずっと幸せだったのに――
「……えっ?」
隅に座ってボーっとしていると、なにやら地面がボコボコしてきた。
もしかして、モグラだろうか。そう思って見ていると、地面から白くてフワフワの耳がにょきっと出てきた。
「この耳……まさか!」
顔を出すのに邪魔になっている石を退かしてあげると、そこから出てきたのは……シロちゃんだった!
『やっと見つけたぞ!』
「シロちゃん……来てくれたんだね」
『アランが頼りないから、来てやったぞ!』
「でもどうやって?」
『ミシェルが出て行ってから、その匂いを追いかけたんだぞ。それで、匂いが地面の下にあったから、掘ってきたんだぞ。思ったより時間がかかっちゃって……って! ボロボロじゃないか! どうしたんだ!?』
「じつは……」
なるべく看守に見つからないように、あたしはシロちゃんを抱っこして部屋の隅で丸くなってから、この施設のことや、ここでのことの経緯を話した。
『なんてことを……ミシェル、オイラはどうすればいい?』
今のシロちゃんに出来ること。それは、とても重要なことが一つある。
「あたしね、ここから逃げたいけど、今のあたしにはどうしようもないの」
『なら、オイラがアランに助けに来るように言ってくるぞ!』
「アラン様、来てくれるの!?」
『あいつ、素直じゃないから。まだオイラが屋敷にいる頃、ずっと悲しそうだったぞ』
もうアラン様にとって、あたしはただの他人になり果ててしまった。その事実は、エリーザやスィヤンフィが悪者だという衝撃なんて、足元にも及ばないくらい、あたしの心に暗い影を落としていた。
――そう思っていたのに、やっぱりアラン様は、あたしが嫌いになったわけじゃないんだね……! アラン様、アラン様……えへへ……ぐすん……嬉しいなぁ……!
「ぐすっ……こうなったら、必ず脱出しなきゃ!」
『石なんて持って、どうするんだぞ?』
あたしは、ボロボロになった体から出ていた血を使って、手ごろな大きさの石に、タスケテの一分だけ書いた。
本当はここがどこかわかれば、居場所をかけるんだけど……無い物ねだりをしても仕方ないね。
「シロちゃん、この石をアラン様に持っていって」
『なんだこれ、血で何を書いたんだ?』
「これは文字っていうものだよ。バーンズ家の屋敷に帰ったら教えてあげるね」
『それって……!』
「うん、必ずみんなで帰ろう!」
『それでこそミシェルだぞ! それで、とにかくこれをアランに持っていけばいいんだな!?』
「うん。お願いできるかな?」
『任せるんだぞ! 必ずアランを連れてくるんだぞ!』
シロちゃんは意気揚々と地面の中に帰っていく。それを見送ってから、あたしはバレないように土を元の形にしておいた。
シロちゃん、無事にアラン様達の所に帰れますように……!
****
■アラン視点■
「ちっ、やはり面会は拒絶されるか……」
ミシェルがいなくなってから五日後。心労と寝不足で体調が悪い中、マール家から届いた手紙を見ながら、小さく舌打ちをした。
なるべく荒事は避けるために、直接スィヤンフィ様とミシェルに会って話をしたかったのだが、これではいくら頼んでも無理そうだ。
「どうする……やはり戦力を整えて、マール家に乗り込むか……?」
「アラン様!!」
なんとかミシェルを取り戻す方法を考えていると、使用人が部屋の中に慌ててやってきた。その腕の中では、シロがつぶらな瞳で俺を見つめていた。
「シロ、無事だったか! よかった……心配したぞ」
「アラン様、シロちゃんがこんなものを持ってて……」
「なんだこれは、石か?」
これは……石? シロがどこかでおもちゃとして持ってきたのだろうか……そんなことを思いながら確認すると、そこには血で【タスケテ】とだけ書いてあった。
「まさか……これは、ミシェルが!?」
シロに聞いてみると、小さな頭を縦に振った。
どうしてシロが、ミシェルのメッセージを預かっているんだ……まさか、先日から姿が無かったのは、ミシェルを探しに行っていたのか?
「……俺のような情けない人間よりも、ずっとしっかりしているな……ミシェルを探してくれて、本当にありがとう、シロ」
シロの頭を撫でてから、もう一度石を確認する。
タスケテ以外の文字は、どこにも書かれている感じはしない。これだけだと、ミシェルの詳しい現状は判断できない。
だが、それでいい。ミシェルが助けを求めているというなら、俺はもう迷わない。すぐにでも、ミシェルを助けに行く!
「兄上と、みんなに伝えてほしい。俺はこれから、ミシェルを助けに行く。おそらくみんなには迷惑をかけるだろう……今のうちに、巻き込まれないように、屋敷を去っても構わないと伝えてくれ」
「何を仰っておられるのですか。我々はアラン様の味方です。逃げるようなことなどいたしません」
「……ありがとう。すまないが、留守を頼む! シロ、案内してくれ!」
「行ってらっしゃいませ」
とても理解のある使用人達に深い感謝を述べながらら、俺は走ってスィヤンフィ様の屋敷に向かおうとする。
恥ずかしながら、俺は馬に乗ることは出来ない。それに、今から馬車の準備をしていたら、時間が掛かってしまう。それなら走っていけばいいという結論だったのだが……。
「…………」
「シロ、急に止まってどうした?」
俺は先導してくれていたシロが、急に止まってしまったことを心配して見た直後、シロの体から魔力が溢れ出た。その勢いは、シロの毛という毛が全部逆立ち、強い光を放っていた。
「ぐっ……!」
これ以上目を開けていられない。仕方なく目を閉じて、これ以上目に損傷が無いようにしていると、光が止んだようだ。
「一体なんだった……ん……だ?」
目の前に広がる光景に、思わず言葉を止めてしまった。
なぜなら、さっきまでシロがいたところに、人間二人くらいなら乗せられそうな、九本の尻尾をもつ純白のキツネが、静かに立っていた。
「シロ、なのか?」
「…………」
変化する前の可愛らしい姿から一転して、とても凛々しい顔になったシロは、静かに俺を見つめる。
なぜシロが大きくなれるのか、魔法でなったのか、それともシロの一族の固有の能力なのか。疑問は色々あるが、それよりも今は他に為すべきことがある。
「シロ、頼む! 俺を……俺をミシェルの元に連れて行ってくれ!!」
「……!」
シロは俺に背中を向けると、九本ある尻尾の一つを俺の体に巻き付けて持ち上げ、大きくなった背中に乗せ、走りだした。
「し、シロ? そっちはスィヤンフィ様の屋敷がある方角ではないぞ!」
スィヤンフィ様とミシェルがいると思われるマール家の屋敷とは、反対方向に走りだすシロには、いくら言っても足を止めなかった。
まさか、俺はマール家の屋敷にいると思っていたが、実は違う所にいるというのか?
わからないが、今はシロを信じるしかない。待っててくれ、ミシェル。すぐに助けに行くからな……!




